未だ戦乱の気配が色濃く漂う大陸。 黄巾の乱、董卓の変、そして官渡の大戦――― 幾多の戦いを経て、並み居る群雄達は徐々にその数を収斂させていった。 天険に囲まれ、安逸の只中にある益州の劉璋。 絶えず蛮族の脅威に晒され、強兵を養う西涼の馬騰。 積年の恨み重なる袁術を追放し、呉を再興した揚州の小覇王・孫策。 未だ頑健なる荊州の劉表と、先の敗北からその庇護下に流れ着いた劉備。 その劉備軍との同盟を破棄し、再び流浪の将として野に下った虎狼・呂布。 そして北の雄・袁紹を降し、劉備・呂布連合軍を撃退して河東・河北一帯に勢力を伸ばした乱世の奸雄・曹操。 戟の響きは未だ衰えず。 鬨の声が荒野に止む事は無く。 更なる戦と血を求め、英雄達は全土を駆け巡る。 やがて来る意志と意志の激突、避けられぬ戦いの為に。 隻腕の御遣い 四 曹操の本拠地・許都の中心部、城壁に囲まれた居城。 その執務室で、城主である曹操孟徳―――華琳は雑多な政務に追われていた。 「―――先頃、新たに支配区域に加わった旧袁紹領……河北四州について、経営方針の目途がおおよそ立ちました」 大量に積み上げられた竹簡を上から紐解き、様々な懸案事項について桂花が報告する。 「第一に治安の安定及び民衆の生活保全についてですが、これに関してはあの種馬……こほん。  北郷の立案した都市警備計画を流用する形で施行していきます。また……」 滔々と流れる説明に耳を傾けている華琳の眼は、ぼんやりと在らぬ方向を見据えていた。 「―――更に、冀州において散発的な反乱を繰り返している黒山賊については至急の対応が……華琳さま?」 「え?」 途切れた声に華琳が顔を上げると、桂花は元より、室内に居た稟と風も驚いた顔で主を見つめている。 「どうかなさったのですか、華琳さま?」 「……別に、何でも無いわ。続けなさい」 稟の問い掛けにも大した反応を見せず、華琳は心此処に在らずといった調子で頬杖を突いた。 思わず顔を見合わせた三人は、同時に首を傾げる。 最近の華琳は、以前に比べて物憂げな表情で過ごす日が多い。 それは決まって執務中であったり、閲兵中であったり―――要するに“あの男”の顔が近くに無い時だ。 「そう言えば、今頃お兄さんは治療の真っ最中でしたかねー? ねー稟ちゃん」 「え!? あ、ええ……確か、頃合としてはそうだったかと」 唐突な風の物言いに、ぴくりと華琳が反応を示す。 「ふふふー」 「………何か含みが有る様ね、風」 「いえいえー、華琳さまがお仕事に身が入らない御様子でしたのでー」 「へっへっへ、バレバレだぜぃ」 口許に手を遣ってにやにやと微笑む風と、その頭の上でゆらゆら揺れる人形の宝ャ。 華琳は眠たげな彼女を睨み付けると、一度だけ大きく息を吐いた。 「……良いわ、続きは休憩を挟んでからにしましょう。私も少し、気分を入れ替えてくるから」 「あ……はい! ……全く、何であんな奴に……」 「了解しました」 「ごゆっくりー」 三人に見送られ、華琳は足早に執務室から出て行った。 元々、目的地は決まっている。そのまま脇目も振らず廊下を突き進み、城内のとある一室を目指す。 そして角を曲がったところで、目指す扉の前に立つ長身の男が目に入った。 男もまた、華琳の接近に気付いてその精悍な面をこちらへ向ける。 「おお、曹操じゃないか」 「あら、ごきげんよう華佗」 気軽に声を掛けて来た赤髪の青年・華佗に、華琳は立ち止まって挨拶を返す。 劉備・呂布連合軍の侵攻に際して戦場に現れたこの流れの医師は、華琳の要請に折れる形で許都に滞在していた。 「どうかしたの? こんな所に突っ立って。……治療に来ていたのではなくて?」 「ああ、たった今終わったところだ。取り敢えず経過は順調そのものだ。それで、な」 何やら珍しく歯切れの悪い華佗に、華琳は不審そうに眉根を寄せる。 「………」 「あ、おい!」 おもむろに、華琳は眼前の部屋の扉を開け放つ。 中は、もぬけの殻だった。 多少乱れた寝台にも、竹間が転がる机にも、書物が乱雑に積み上げられた床にも、猫の子一匹見当たらない。 ただ、壁に立て掛けてあった木刀と、外出用の長衣だけが無くなっていた。 「………済まん、止めたのだが」 室内を見て固まった華琳に、華佗が気まずそうに声を掛ける。 ぷるぷると震え出した華奢な背中からは、怒りと諦めの気配が色濃く滲み出ていた。 「あの……馬鹿………っ」 掠れた声は、無人の部屋に溶けて消えた。 「はぁっ!!」 許都から少し離れた山間の川辺。 「せいっ! やぁっ!!」 鋭い気合と共に、木刀を振るう一人の少年の姿があった。 「たぁっ! ………うわわわあっ!?」 上段から一閃させた木刀がすっぽ抜けて宙を舞い、少年―――北郷一刀はそのまま地面へ倒れ込んでしまった。 「痛ぅ〜………」 顔面からモロに激突し、すぐには起き上がれない一刀。 その汗みずくの上半身には、左腕が無かった。 「くっそー………もう一回だ!」 右腕だけで何とか起き上がり、一刀は頭を振って数間先に落ちている木刀を拾いに行く。 その動きさえ、以前と比べて何処かぎこちなかった。 (早く、この重心に慣れないと…) 劉備・呂布連合軍を撃退した戦から一ヶ月。 その最中に左上腕から先を失う大怪我を負った一刀は、現在リハビリの真っ最中であった。 「まさか、こうも勝手が違うなんてなぁ……」 転がった木刀を拾い上げ、一刀は再び構えを取った。 慣れ親しんだ剣道の構えではなく、右半身を前にして少し斜めに傾いだ、変則的な構えである。 主要器官の一部を喪失し、均衡を崩された肉体は以前とは全く異なる反応を示した。 立つ、歩く、走る、しゃがむ、跳ねる――――今までは出来て当然だったそれらの動きにも。 そして物を持つ事も、構える事も、扱う事も、全てを右腕だけでこなさなければならない。 元々、剣術でそれなりに鍛えていた事もあってか順応は早かったが、やはりどうにもならない事はあった。 『早く復帰したいのなら、兎に角動き、心に今の肉体を納得させる事だ』 この傷を治療した青年医師はそう言った。 これまでの生活で染み付いた動きから、今の身体に合わせた動きを模索し、少しずつ再構築していく。 (まあつまり………意識を変えろ、とにかく慣れろって事だよな) 華佗の言を自分に分かり易く噛み砕き、一刀は木刀を振り続ける。 理解はしていても、それは当初から困難を極めた。 「せいやっ!! ……くっ」 余った柄が動きを阻害し、その度に強く握り直す。 こうして実感するのはやはり、五体満足という言葉の重みだ。 一刀の利き腕は右だが、得手では無い筈の腕が今までどれだけ重要な役目を果たしてきたか。 振り下ろす、突く、薙ぐ、打ち込む。その全てに、無視し得ない齟齬がある。 だからこそ、その齟齬を埋める為に無心で動き続ける。 初めはただ歩き、そして構える。それだけで瞬く間に十日が過ぎた。 身体が言う事を聞かなくなれば書物を読み、少し回復すればまた歩く。それを幾度繰り返したか。 今こうして動けているだけでも、格段の進歩なのだ。 「………ふぅ」 滝の様に流れる汗を拭い、一刀は竹筒の水を口に含んだ。 陽は既に傾きつつあり、そろそろ夜の気配が滲み始めている。 「もうこんな時間かー……早いもんだな」 治療の後、城を抜け出してから既に数刻。 一応、華佗には伝言を頼んでおいたが……ほぼ無断で出てきた事に変わりは無かった。 「華琳には直接言っておくべきだったな………怒られるかな。うん、絶対怒られるな」 脳裏に浮かぶ、周囲を圧する威厳を振り撒く華琳の姿。 鋭く細められた瞳が、階下に正座する自分を冷たく見据えている。 (うわっ、怖っ!) その想像を慌てて振り払い、川縁まで歩いた一刀は持っていた布を濡らして身体を拭き始めた。 「帰ったら包帯も替えないとな……」 視界に入る左腕に、一刀は独りごちた。 既に傷は塞がり、血が滲む事も無いが、流石に汗染みはどうにもならない。 一刀はそのまましゃがみ込むと、右手だけで水を掬い、ばしゃばしゃと顔を洗った。 「あ痛つつつ……」 皮の剥けた掌が刺激され、刺す様な痛みが走る。 澄んだ水面に小波が立ち、自分の顔が映り込んだ。 「………」 左頬の大きな刀瑕。他はおおよそ消えたが、これだけは残った。 敢えて口の端を歪ませると、痕もそれに併せて微妙な歪みを見せる。 秋蘭などは「男が上がる」とむしろ笑っていたが、実際のところ、一刀自身も別に気にしてはいない。 (傷の分だけ、何かを守ったって事だしな) そういう誇り高い部下が居る手前、この程度で泣き言を垂れていたら叱られてしまう。 「――――――隊長ーーーーーーーーーーーッ!!!!」 そう、こんな風に。 「………って、アレ?」 怒りと焦りに満ちた声が、川辺一帯に響き渡った。 直後、大地を揺るがす疾走音と共に人影が茂みから飛び出して来る。 「………凪!?」 見るからにしなやかで、それでいて鍛え上げられた小柄な肢体。褐色の肌に刻まれた無数の痕。 半ば予想はしていたが、産毛が逆巻くほどに何か危ない波動を放出している部下の姿に、一刀は思わず眼を剥いた。 余程慌てていたのか、肩で息をしていた凪は姿勢を正し、その鋭い瞳で一刀をキッと睨む。 「こんな所で……お一人で何をしているのですか、隊長!!」 「いや……その、リハビリを。今日は調子も良かったしさ、たまには静かな場所で集中してみるのも良いかと」 「り、りは…? ……そんな意味不明な言い訳は通用しません!!  また何かあったらどうなさるつもりなんですか!?」 「分かった、分かったってば! 俺が悪かったから! 落ち着けって……」 真剣過ぎるほどに真剣な凪の詰問に、一刀は降参の身振りで応える。 「………っ。……わ、私は最初から落ち着いております」 頬を紅潮させたまま、凪は大きく深呼吸。 しかし、細められた瞳は未だ疑わしげに一刀を見据えていた。 勿論、一刀自身も軽率な行動だったと分かってはいる。 ここは元居た平和な時代ではない。凪の言う通り、何が起こるかは分からないからだ。 (でも、なぁ) ただ、一刀が城に居れば、何をどうしたところで気に病んでしまう人間は居る。 だから叱られるのを承知の上で、こうして一人で出てきたのだ。例え、それが自己満足でしかないにしても。 ……まあ、探しに来たのが凪で良かった、という正直な感想も、無くはないのだが。 (これでもし他の奴だったら、考えるのも恐ろしい結末が待っていた可能性が……) 「と、とにかく! 皆が心配しておりますから……早く帰りましょう、隊長」 「………ああ。ごめんな、凪」 一刀が頭を下げると、凪は慌てて首を振る。束ねられた長い髪が、動きに合わせて激しく揺れた。 「い、いえ! 私の方こそ、興奮して隊長にご無礼を…!」 「いんや、黙って出てきた俺が悪かったんだし。凪は別に何も悪くないよ」 話しながらも地面に投げ出していた荷物を一刀が拾おうとすると、すかさず凪が先に拾い上げてしまう。 「隊長、私が持ちます」 「あ、おい凪………別に良いってば」 「良くありません」 聞く耳持ちません、とばかりに顔を背ける凪に、一刀は思わず苦笑した。 元々、三人の部下の中では甲斐甲斐しい方だったが、戻ってきてからは益々その傾向に拍車が掛かっている。 「はい、隊長。そろそろ冷えてきますから」 そう言って、凪は一刀に丈の長い着物を羽織らせる。 「ああ、悪い」 特に寒くは無かったが、一刀は順々と従う。 右袖を通し、そして左。中身の無い左袖がだらりと垂れると、途端に凪の顔が曇った。 こういう顔をさせたくないから、一人になったというのに。 (………まあ、そう簡単には変えられない、か) これでも、少しはマシになったのだ。 直属の部下という立場がそうさせるのか、当初は凪も真桜も沙和も、三人が三人共に激しく落ち込んでいた。 普段は底抜けに明るい部下達が沈んでいるのは、見ていて辛かった。自分が原因ともなれば尚更に。 そのまま俯いてしまった凪の頭に、大きな右手が優しく載せられる。 上目遣いに視線を遣す不安げな顔に、一刀は殊更明るく笑ってみせた。 「隊、長……」 「気にすんなって言ったろ? 別に俺は後悔してないんだから」 「でも……」 「でも、じゃない。例え凪でも、これだけは譲らないぞ。  ―――ほら、早く帰ろうぜ?」 「………はい」 促した一刀が先に歩き出すと、慌てて凪がその左側に付き添う。 その気遣いが嬉しく―――そして何処か、悲しかった。 「うーーーーー……凪ちゃんめー、抜け駆けしやがったなのー……」 「まー、ウチらが組になっとったんが運の尽きやなー………はふぅ」 華琳の命により、凪が一刀を迎えに行った頃合と同時刻。 警備隊の隊舎で、真桜と沙和は報告書の作成に追われていた。 たった一日分の報告とは言え、ここは曹操の本拠地・許都。 市街も人口も規模は旧都・洛陽に迫る勢いがあるだけに、その量も結構なものがある。 「隊長……今までこんなん一人で纏めてたんやなぁ」 「ホントなのー……単にダラダラしたり残業してたりした訳じゃなかったんだねー」 眼鏡を弄りつつ、敢えて的外れな発言をする沙和に真桜が苦笑を返しかけ……開いた口は、そのまま溜息に繋がった。 「ウチら……守っとる気でおって………見えへんところじゃホンマ、隊長におんぶに抱っこやったんやね」 「うん……やっぱり、隊長は隊長なのー」 顔を見合わせ、同時に深く嘆息する二人。 彼女達の上司である一刀が休養に入ってからおよそ一ヶ月間。 凪も、沙和も、一刀の負傷を知って落ち込み、自分を責めない日は無かった。 しかし、三人の中で一番自責の念に駆られていたのは、実は他ならぬ真桜であったのだ。 劉備軍の侵攻時、自ら囮となった華琳を補佐するべく残留となった武将――― 真桜は三人の中でただ一人、一刀と共に戦線を支えていた。 そして一刀が前線で孤立した華琳を救うべく飛び出した時、真桜は何も出来なかった。 凪と沙和が出発する前に交わした三人だけの約束―――“残った自分が、隊長を守る”。 だが、守れなかった。 戻ってきた時、一刀はまさに生死の境を彷徨っていたのだ。 (ウチ、嘘吐きやん……何が守るや……肝心な時ばっかヘマして………ただの、役立たずやんか) 寝台で力無く身を起こす一刀を見た瞬間、目の前が真っ暗になった。 命令とは言え彼の傍を離れてしまった自分に、一時は本気で殺意すら抱いた。 (せやのに――――) 左腕を無くした一刀は、笑っていた。 華琳を守れたと。そして皆を守れたのだと。 痕の残る笑顔で、誇らしげに胸を張っていたのだ。 そこから先はもう、駄目だった。 抑えていた何もかもが溢れて、気が付けば三人とも泣きじゃくっていた。 泣きながら謝って、謝って、謝って――――頭を撫でてくれる優しい手に、それすら出来なくなった。 その手の片方を奪ったのは、つまりは自分なのだ。 だから、誓った。 どれだけ泣いたところで、もう一刀の左腕は戻らない。 だとしても。 (隊長の、左腕の代わりになりたい――――ううん、ちゃう。ウチが『なる』んや) 誰が何と言おうと、傲慢であろうと、そう決めた。 そしてその想いは、三人とも同じ筈。 ならばこの業務も警邏も訓練も、全てはその一環。 隊長が戻ってくるその時まで、せめて恥じる事の働きを残したい。 「ふー……ようやく一段落なのー……。真桜ちゃんはー?」 「ウチももー終わるでー。さっさとせな時間無くなるよってに」 「んー? 何か用事ー?」 「あー、うん。ちょい野暮用でなー」 「へー、奇遇だねー。沙和もこれから用事あるのー」 そう言うなり、沙和はいそいそと文箱と竹簡を片付けに掛かる。 「隊長、もう帰っとるかなー?」 「うーん、凪ちゃんだしー……まあ、寄り道は無いと思うのー。  ―――それじゃ、先に行くねー! ばいばーい!」 「おーう」 元気良く飛び出して行った沙和を見送り、真桜もまた筆を置いた。 「んー……まずは倉庫から補充やろー……んでもって一旦帰って道具揃えーの……後はー……」 ぶつぶつと呟きながら、手だけは別の生き物の様に道具を片付けていく。 「うっし、ほんじゃまーいっちょ張り切っていこかー!」 両手で威勢良く頬を張り、真桜もまた勢いを付けて隊舎を飛び出す。 行く先は既に決まっている。やる事は頭の中にあり、後はそれを形にするだけ。 (凪も沙和も頑張っとる。ウチもウチなりのやり方で、隊長のお役に立つんや!) 抑え切れない感情を燃料に、真桜は黄昏の市街を駆け抜けて行った。 一刀と凪が城に帰り着いた頃、既に陽は地平に没していた。 「すっかり遅くなっちゃったな」 「………」 「………何、その目は」 「いえ、別に」 「はいはい、全部俺が悪いんですよーだ」 「知りません」 ぷい、とそっぽを向いた凪に、一刀は苦笑して頬を掻いた。 そのまま二人で城門を潜ったところで、前方から声が掛けられた。 「おー、一刀ー! やーっと帰ってきよったわー! 凪もおっかえりー」 「……あれ、霞? どうしたんだ、こんな所で」 からからと笑いながら近付いてくる羽織に袴姿の女武者に、一刀は目を瞬かせる。 こうして待たれていたという事は、やはり無断外出は既に周知の事らしい。 「イヤやなー、出迎えやん。お・で・む・か・え。……帰り、遅いんで心配しとったんよー?」 「出迎え? ……にしてはやけにタイミングばっちりじゃないか」 「たいみー? 何やそれ。一刀の言葉は時々よー分からんわ」 「あー……まあ、時機というか何というか……良く帰ってくるのが分かったな?」 「そりゃそうや。上から見とったもん」 そう言って、霞は指を上に向けた。つられて一刀が顔を上げる。 「………もしかして、ずーっと城壁の上に居たのか?」 「えへへー」 誤魔化す様に笑う霞。照れか、或いは肌寒さの所為か、その頬は少し赤い。 「図星か。………まあ、ありがとな」 「そ、そんなんはどうでもええんよ。それより、な、一刀。これから時間あるん?」 「え? ああ、まあ……」 「空いとる? ほんなら、今から呑まへん?  ほら、今まであの変な医者に止められとった所為で全然やったやんかー。もうそろそろええやろー?」 「そうだなぁ……」 一刀は顎に手をやり、少し迷う素振りを見せる。 しかし、今まで黙っていた一人はその逡巡を許さなかった。 「駄目です」 いつの間にか一刀にべったりくっ付いていた霞が、強引に割って入った凪に引き剥がされる。 「あーん、凪ぃ〜……」 「申し訳ありませんが、隊長は療養中です。霞さまもご理解ください」 「酒は百薬の長って言うやろー? ちょびっとくらい…」 「過ぎれば毒です。大体霞さまは少し目を離すとすぐにそんな……何ですか、その眼は」 「ふぅーん? ………心配せんでも、別に凪の隊長を独り占めしたりはせぇへんから」 「なっ!? そ、そういう事を言っているのではなく! それに、隊長は私だけのものという訳では…」 「あははははは!」 生真面目な凪をからかって遊ぶ霞に、一刀はゆっくりと首を横に振った。 「凪が怖いから今日は止めとくよ。また今度な?」 「ちぇー………しゃーないなー。ほんなら今度な! 絶対やで?」 「………隊長、私の何処が怖いのか詳しくご説明頂きたいのですが」 左には相変わらず凪が付き添い、右腕には霞をぶら下げ、一刀は城内へと歩みを進める。 「あ、せや一刀。今日は風呂の日やでー」 「ああ、そう言えば……」 出し抜けな霞の言葉に、一刀は今日がその日である事を思い出した。 所構わず転倒を繰り返したおかげで、多少河水を浴びたとは言え一刀の身体は上から下までドロドロである。 水が貴重なこの時代においては、それこそ湯水の様にという訳にはいかない。 「そっか、そいつは有り難いな」 その心地良さを想像し、我知らず一刀の心は浮き立った。 「………にゃはは、せやったら一緒に入ろかー?」 「え?」 「………なっ!?」 にやにやしながら一刀の顔を覗き込む霞に、凪が目を見開いて硬直する。 「……なーんて、な! 残念やけどウチもう先に頂いとってん。せやから安心し、凪」 「……っ! べ、別に心配などしておりません」 「またまたー、分かり易いなー凪はー。……あー! それとも凪が一緒に入るつもりだったん!?  もー、大胆なんやからー!」 大袈裟に囃し立てる霞の声に、凪の頭から“自制”の二文字が消し飛んだ。 「……霞さまっ!!」 「うっひゃー! そんな怒らんでもええやーん!」 どたばたと追いかけっこを始めた二人に、一刀は再び苦笑を漏らした。 「……っておい! 俺の荷物!」 気付いた時には、既に二人は廊下の奥へと消えてしまっていた。 「ああもう………ま、良いか。後で取りに行けば………」 「―――――あー! 兄ちゃん、おっかえりー!!」 「ん?」 軽快な足音と共に背後から響いた、甲高く元気な声に振り向けば、 「兄ちゃーーーーーんっ!!!」 「ぐあっ!?」 勢い良く突進してきた小柄な影がそのまま飛び上がり、一刀に正面から激突した。 その衝撃に、一刀は押し倒される形で廊下に転がってしまう。 「痛つつ…………こら、季衣。危ないからいきなり飛び掛るなよ」 「ごめーん、兄ちゃん大丈夫ー?」 仰向けになった一刀の上で、馬乗り状態の季衣が無邪気に謝る。 ぴこぴこ揺れるお団子頭の下で、満面の笑みが咲いていた。 「こらー季衣ー! 廊下で暴れるなって何度も言ってるでしょー!? ……って兄様!?」 そこへ駆け込んできた別の少女が、季衣と縺れ合っている一刀を見て素っ頓狂な声をあげた。 「……あー、流琉か。どうした?」 「どうしたって兄様………もう、季衣! 早く兄様から降りて!」 「ちぇー」 頬を膨らませる流琉に、季衣が渋々といった調子で一刀の身体から立ち上がる。 「はい、兄様。掴まってください」 「悪いな」 流琉の差し出した手を取り、一刀は身を起こした。 「ねー兄ちゃん、ご飯まだでしょ? 僕たちと一緒に食べようよー」 早速纏わり付いてきた季衣が、一刀の右袖をぐいぐい引っ張る。 「いや、俺はこれから風呂に……そう言えば、二人はもう入ったのか?」 「はい、さっき上がったばっかりですけど」 「うん、気持ちよかったよー! ……そっかー、もう少し早ければ兄ちゃんも一緒に入れたのになー」 「ちょっと、き、季衣!? …………兄様?」 「俺は何も言ってないからな!?」 疑わしげに見上げてくる瞳に、何故か既視感を覚える一刀。 「まあ、俺は取り敢えず風呂に行くよ」 「分かりました。……あ、兄様! その、お一人で………大丈夫ですか?」 気遣わしげな流琉の視線は、隠しながらも一刀の垂れ下がった左袖を気にしていた。 本当に、良く気が付く。ただ、やはり必要以上に気を煩わせたくない。 「大丈夫だって。いい加減慣れたし、日常で困る事はあんま無いよ」 上目遣いの流琉を乱暴に撫でながら、一刀はにやりと口の端を持ち上げて見せた。 ―――大嘘である。むしろ日常の細かい所作の方が、今の自分の不便さを嫌になるほど実感する。 (まあ、どうせバレてるだろうけど……) 流琉は勿論、季衣もあれはあれで聡い娘だ。 だから、無闇に背負い込んでしまう。戦う者には似つかわしくないその優しさ故に。 それはこの二人に限らず、三部下や霞もそうだし、他の仲間だってそうだ。 その気持ちに支えられて、一刀はここまでやってこれたのだ。 しかし、支えられてはいても――――その気持ちに甘えてしまう訳にはいかない。 それが分かっているから、本心はどうであれ、二人とも無理強いまではしないのだろう。 「それじゃな、二人とも」 「あ、はい……行ってらっしゃい、兄様」 「兄ちゃーん! まったねー!!」 ぶんぶん手を振る季衣と心配そうな流琉に別れを告げ、一刀は大浴場へと足を向ける。 二人がこちらを伺う気配は、曲がり角を越えるまで続いた。 岩造りの浴場には、他に人影は無かった。 掛け湯をしてから煙る湯船に身を沈めると、一刀の口から我知らず声が漏れた。 「ふぃーーーーー………極楽、極楽」 日中の運動に火照った肉体から、濃く重い疲れが湯の中に染み出していくかの様だ。 凝り固まった筋肉を解す様にぐっと背筋を伸ばし、一刀は顎先まで沈み込む。 「くー………流石に無理し過ぎたか」 全身満遍なく鈍い痛みがあり、特に右腕はそれに加えて軋む様な感覚がある。 云わば左腕の負担が全て掛かっていた訳だから、当然と言えば当然だった。 「上がったら華佗に鍼でも打ってもらうか……居ればだけど」 城に滞在しているとは言え、華佗は頻繁に外出していた。 居たら居たで「無理をするな」と怒られそうではあるが、一刀自身は止めようと思っていない。 長々と療養していられるほど、楽観的な状況でもないからだ。 袁紹を倒し、河北を版図に加えたとはいえ、未だ従わない豪族や賊徒、蛮族の数は多い。 特に先の徐州防衛戦による消耗は無視し得ず、それを狙って荊州の劉表や呉の孫策が動かないとも限らない。 事実、武将達は調練に力を入れ始め、文官達は軍の再編と拡充に追われている。 そして華琳もまた、更なる重責を抱え込んで政務に精励していた。 「…………華琳、か」 ぽつりと呟き、一刀は左腕に目を落とした。 今日はお互い、顔を見ていない。 この一ヶ月間でも、全く会わない日というのは珍しかった。 今朝のすれ違いなど、一刀にとっては知る由も無い事だが。 (別に、何が変わった訳でも………いや、変わったか) 多分、変わったのだろう。あの日、左腕を失った時―――華琳を助けた時から、これまでの関係とは決定的に。 顔を合わせても、話をしていても、何処かに言い様の無い、しかし不快ではないぎこちなさがある。 それが望んだ変化なのか、一刀には分からないけれども。 (まあ、仕方ないのかも知れないけどな) ぶくぶくと泡を立てながら、一刀は深みに嵌っていく思考を投げ出した。 結論など出る筈も無い。分かるのはただ、今のままではどうにもならないという事だけだ。 「……何にせよ、早く復帰しないとな」 「うむ。だが無理は禁物だぞ? 既に北郷は自侭に出来る様な身分ではないのだからな」 「ああ、分かってるよ………」 ………。 「っておい、秋蘭! 何で居るんだよっ!?」 「ん? …ふふふ、居ては拙いのか?」 いつの間にか隣で湯に浸かっていた秋蘭が、派手に飛沫を立てて仰け反る一刀をさも可笑しげに見つめていた。 無論、全裸である。手拭どころか、手で隠してすらいない。 くつくつと笑う秋蘭の豊かな双丘が、湯に浮かんでその存在を主張している。 「いや何、私達も今しがた調練から帰ってきたところでな。  それで一にも二にも風呂に入ろうとやってきてみたらお前が先に入っていたという訳だ」 「説明になってない! つーか居るって分かってるなら何の躊躇も無く入ってくるなよ!  ……って、私“達”?」 如何にも挑発的な秋蘭の仕草から目を逸らしていた一刀の耳が、何やら不穏な単語を拾い上げた。 「ああ、そうだ。おい姉者、いつまでそんなところに隠れているつもりだ?」 「何ぃ!?」 一刀の驚愕に反応する様に、脱衣場と浴場を繋ぐ扉の影から特徴的な髪の毛がにゅっと突き出された。 「…………」 妹と同じく一糸纏わぬ豊かな肢体を恥ずかしげに縮めている春蘭に、秋蘭がちょいちょいと手招きする。 普段からは考えれない大人しい挙措で近付いてきた春蘭が、恐る恐る一刀の隣に身を沈めた。 「………何だ」 「………いや、別に」 じろりと一刀を睨む隻眼にも、いつもの強気は無い。 毒気を抜かれた一刀は、開き直って大きく身体を伸ばした。 「で、何企んでるんだ? 秋蘭」 「企むとは酷いな。私達はそんなに信用が無いか?」 心外だ、と言わんばかりに鼻を鳴らす秋蘭に、一刀は深く溜息を吐いた。 「それに、これは姉者が言い出した事なんだぞ? 北郷が入っているならと」 「しゅ、秋蘭!」 それまで真っ赤な顔でお湯を弄っていた春蘭が、妹の言葉に思わず立ち上がった。 「あ」 「あ」 湯を弾く鍛え上げられた裸身が、一刀の前に露になる。 「きゃあああああっ!!」 あられもない悲鳴を上げて、春蘭が再び湯船に没した。 「丁度良いから一緒に入って北郷を洗ってやろうと、まあそんなところだ」 ぶくぶくと頭まで浸かってしまった春蘭を余所に、秋蘭は涼しい顔で言葉を継いだ。 「……時々春蘭に大して酷いよな、秋蘭は。で、洗うって何だよ」 「お前、その腕で背や頭を上手く洗えるのか? 無理だろう」 「……む」 痛い所を突かれて、一刀は押し黙ってしまう。 旧い付き合いだからだろうか、秋蘭の言葉には遠慮が無い。 「ぷはぁっ! ……そうだ! き、貴様が長々と風呂に入っていては他の者にも迷惑だからな!」 流石に息が続かなくなったのか、顔だけ勢い良く飛び出してきた春蘭が自棄気味に喚いた。 「うむ、だから我々に任せておけ」 「え、おい!?」 「ええい! 今更じたばたするな!」 言うや否や、春蘭と秋蘭はそのまま一刀の身体を掴むと、力を合わせて洗い場まで軽々と運んでしまった。 少しの抵抗など物ともせず、二人は一刀を座らせてその背中を洗い始める。 何とか前だけは隠した一刀が、形ばかりの抵抗を試みた。 「二人とも、良いってば……うひぃっ! いいい今のどっちだ!? こそばゆいわっ!!」 「北郷、静かにしろ」 「……」 この二人相手だと、恐らく何を言っても押し通されてしまうだろう。 一刀は抵抗を止め、身体から力を抜いた。 「はぁ……分かったよ。もう好きにしてくれ」 「ふん、最初からそう言えば良いのだ」 「ふふふ、良かったな姉者」 「べ、別に良くなど無い!」 されるがままに任せる一刀を、瓜二つの姉妹が入念に磨いていく。 意外に広い背中を一心不乱に擦る春蘭と、大雑把な姉を補う様に色々な箇所へ手を伸ばす秋蘭。 姉はともかく、妹の方はいまいち分かり難いが、今の状況が好意から出たものであろう事は一刀にも分かる。 二人とも口には出さないが、無茶をした一刀を心配しているのだろう。 (やれやれ……) 気遣いに情けなくなる反面、やはり嬉しさもある。 華琳と共に、この世界で最初に出会った仲間。 それを絆と呼んで良いのか、一刀にはまだ分からないけれど。 「……って、痛いっつーの春蘭! 力入れ過ぎだよ!」 これぞ春蘭、と痛みに悶える一刀。 「おおっ!」 赤く染まった一刀の背中に狼狽する春蘭。 「……姉者」 慌てる姉の様子に、相好を崩して微笑む秋蘭。 「はぁ……変わんないな、二人とも―――」 二人との間に、繋がるものを確かに感じる。 「ん、何だ? 何か言ったか?」 「うむ?」 「何でも無いよ」 ありがとう、と。 呟いた声は湯気に紛れて、二人には届かなかった。 結局、ほぼ全身を丸洗いされた。 妙な雰囲気にならなかったのは一刀が疲れていたのと、二人が遠慮したからだろう。 (見て見ぬフリをしてくれて助かった……まあ、ちょっと、惜しかった………かな?) 特に秋蘭は絶対に気付いていただろうが、空気を読んでくれた様だ。 そんな事を考えながらようやく部屋に辿り着いた一刀は、そのままふらふらと寝台に倒れ込んでしまった。 「………あー」 開いた口から、呻き声が勝手に漏れる。 体勢を変えようにも、身体が言う事を聞いてくれない。 (……やっぱ、無理、し過ぎた、か) 気を緩めると、思考すら途切れ途切れになる。 視線を横に流すと、乱雑に積み重なった書物や竹簡が目に入った。 書庫から持ってきた物もあれば、桂花や風に頼み込んで貸して貰った物もある。 「今日は、もう………」 無理か。呟きにも力は無く、思考は徐々に取り止めが無くなっていく。 (せめて、顔だけ、でも、見に行こうと………思ったんだけど、な―――) おそらくは今も働いているであろう、金髪の少女。 その顔を思い浮かべながら、一刀の意識は闇に落ちた。 深更。 規則正しい寝息が響く、既に灯の落ちた部屋。 音も無く扉が開かれ、小柄な影がするりと忍び込む。 特徴的な巻き髪を揺らしながら、影は寝台へと近付いていった。 「………」 うつ伏せに眠る部屋の主の横顔に、影は息を潜めて見入る。 窓から差し込む星明りに、二人の顔が仄かに照らし出された。 一刀と、華琳である。 (まったく……) その静謐な寝顔を、苛立ち半分で見下ろす華琳。 自分に挨拶もせず寝てしまうとは、一体何様のつもりなのだろうか。この男は。 倒れ込んだまま寝てしまったのだろう。毛布も被らず、上着すら床に落ちてしまっている。 左腕には、真新しい包帯が巻かれていた。 「………一刀」 余程疲れているのか、死んだ様に寝入る一刀。 その顔へと無意識に手を這わせようとして、華琳は思い止まった。 今朝、一刀とすれ違った後に放った細作達から、今日一日の彼の動きは詳しく聞いている。 その無謀とも思える一刀の頑張りが何に起因しているのか――― 全ての原因が自分だと求めるほど自惚れてはいないが、一端くらいは担っているだろう。 だから、面と向かって諌める事も躊躇われた。 (……この曹操孟徳ともあろう者が) いつしか感じた疑問を、再び心の中で反芻する。 いつからだろうか。一刀の行動が、言葉が、反応が、こんなにも気になる様になったのは。 最初は、天の国―――未来からやって来たと吹聴するこの男を利用してやろうと、ただそれだけだった筈なのに。 沈黙が支配する部屋で、華琳は一人、自問を繰り返す。 「――――――………、う」 「…? 一刀?」 思考の海に沈んでいた華琳の意識が、微かに響いた呻きに現実へと引き戻された。 顔を上げると、いつの間にか仰向けになった一刀が、右手で左腕を抑えていた。 「う、ぐ………」 苦悶に眉を歪ませ、歯を食い縛る一刀。 爪が食い込むほどに握り締められた左腕は、何も掴めないまま虚しく空を掻き毟る。 「一刀………」 気付いた時には、華琳はその身体を抱き寄せていた。 一刀の頭を胸に抱き、自身の鼓動を直に伝える。 そして、自分の手を一刀の右手に重ね、優しく撫でた。 あの時、自分がそうされた様に。 (大丈夫、貴方には私が居る。大丈夫―――) どれほどの時間、そうしていたのだろうか。 華琳の腕の中で、一刀の呼吸が徐々に穏やかなものへと変わっていく。 それでも尚、華琳は労わる様に一刀を撫で続けた。 髪を、頬を、そしてそこに刻まれた痕を。 ふと、華琳の視線が下へ落ちる。 解かれた左腕には、赤い色が滲んでいた。 「………」 少しの思案を経て、華琳はそれを、慈しむ様に己の舌で拭う。 ぴちゃり、ぴちゃりと、ゆっくりとした水音が部屋を浸していった。 「…………一刀」 静寂に包まれた空間。 微かな息遣いと、鼓動だけが響く。 蒼い月光に照らされた寝顔に、抗い難い衝動が突き上がる。 気付けば、鮮やかな真紅に彩られた可憐な唇が、目を閉じた一刀のそれを掠めていた。 「………、ん」 ぴくり、と一刀の瞼に震えが走る。 「―――――っ!」 瞬間、華琳は身を翻し、音を殺す余裕も無く部屋を飛び出していく。 鼓動は爆発しそうなほどに高まり、火照った顔は身を切る風を受けても冷めやらぬ。 (どうして、どうして、どうして、どうして―――――!?) 次々と湧き上がる果ての無い疑問を抱え、華琳は居室までの道をひた走った。 それでも、否定し様の無い感触が、唇から消えてくれない。 見る者とて無いその逢瀬を、月だけが静かに見守っていた。 隻腕の御遣い 四 了