「…ふぅ」 「何とか今日も無事に乗り切れましたね」 凪の言葉に頷いて遠くにいる真桜たちに声をかける。 「今日はもう終わりみたいだし、引き上げようか。おーい!撤収だぞー!!」 周りには既に黄巾党の姿は見えず、西の空は夕暮れから闇に染まりつつあった。 撤収の声に合わせて、周囲からぞろぞろと人が集まってくる。 「ふぃ〜、今日もお勤めご苦労さんっと」 「もうクタクタで歩けないの〜」 別動隊の面々が座り込みながら口々に疲れを口にする。 疲労を隠し切れないにも関わらず、真桜はニヤリと笑って軽口を叩いた。 「一刀は今日も凪に守られるお姫様やったんか?」 もはや恒例になりつつある冷やかしの声も今日ばかりは余裕で受け流すぞ。 「俺がいつまでも役立たずの唐変木だと思ったら大間違いだぞ!!」 「こんな自信満々な一刀君は初めて見るの!ねぇねぇ、何をしたの?」 「聞いて驚くなよ」 一同に背を向け、自信満々にたっぷりと間を空けてから、俺は宣言した。 「敵前に飛び出して奴らを凪のところに誘導したんだ!」 「はーい、おっちゃんらもお疲れさん。今日は仕舞いやでー」 「怪我をした人はとっとと手当てしてもらうのー」 振り返るとみんな既に帰路についていた。遠い。 「一刀殿、我々も参りましょう」 「うぅ…凪だけは俺の味方だよね」 「はい!先程の囮役は見事でした!逃走速度と逃走経路の選別眼は私たちも敵いません」 「それ褒めてないよね…」 まぁいいさ。戦闘で役に立てないのは分かってることだし、俺は俺にできることをしよう。 俺たちが集落に留まり、黄巾党と戦い始めてから既に二月が過ぎていた。 初めは俺たち4人で始めた防衛戦だったが、住民たちの協力を得つつ何とか生き延びている。 俺たちを含めて全員がこの村に住んでいる人なので襲撃があれば随時飛び出すという、なんともその場凌ぎの集団だ。 それでも最近は有志参加のおっちゃん達との連携が取れるようになり、 時には集落の入り口で踏ん張り、時にはわざと中まで引き込んで囲んだり。 定期的にやって来る黄巾党を相手に集落を守る戦いを続けていた。 このご時世に軍の援助無しに黄巾党からの襲撃を跳ね除けているという噂は瞬く間に周辺へ広がり、 今ではわざわざ俺たちのいる村へ移り住んで防衛に参加してくれる物好きな人もいる程だ。 そんな折、いつものように夕食兼打ち上げを行っていると村の主要メンバーが集められた。 「大梁義勇軍?」 「せや。ウチらも大所帯になってきたやろ?もう村の警備隊って規模を超え始めとる」 「そこで我々も正式に反黄巾党勢力として旗揚げしようと思いまして」 真桜と凪が口々に説明する。 「ちょ、ちょっと待って。軍に志願するの!?」 「いえ、正規の軍ではありません。形態は今まで通り、有志参加による義勇軍です」 「ハッタリの効く名前でもあった方が何かと便利やろ?味方も集まりやすいし」 「なるほどなぁ…」 確かに、俺たちの集団はどんどん大所帯になっている。より多くの人を守るためにも凪たちの言い分は正しい。 だけどそんなにうまくいくのだろうか?小さな村一つ守るのに必死になっているというのに。 「この村以外も黄巾党の被害に遭っている人々は大勢います。他の助けを当てに出来ない以上、我々も立ち上がるべきです」 「う〜ん、確かに人数は増えてきてるけどさ。他の村まで遠征するほどの余裕はあるのかな?」 「確かに物資や装備に関しては十二分とは言えませんが、近隣の集落から我々に合流してくれる者たちもいますし、決して無理な話ではないかと」 一応、一時のテンションに流されているだけではないようだ。安心と同時に少しでも仲間を勘繰った自分を恥じる。 「そういうことなら、やってみる価値はあるんじゃないかな。そもそも俺に相談なんかしなくても、俺は凪たちに付いて行くのに」 そう言うと、その場にいる人間が一斉に顔を見合わせた。 「何?」 「それでな一刀。ちょ〜っとだけお願いがあるんやけど」 「お願い?俺にできることなら何でも協力するけど…」 「本当なの!?わーい、これで決まりなのー!」 「おい沙和!きちんと説明しないと駄目だろう」 全く話が見えてこない。俺に何をさせるつもりなんだ? 「まず内容を教えてくれないかな?何を話してるのかサッパリだ」 「実はですね…」 「我々の代表者になっていただきたいのです」 姿勢を正して頭を下げた凪から発せられた言葉を理解するのに暫くの時間が必要だった。 「え?」 暫しの沈黙の後、やっと発した言葉は何とも間抜けな一言だった。 「いや無理だろ」 そして正直な言葉が後に続く。俺が集団を率いるだって? 「俺なんかには無理だって!凪も真桜もサワーも、俺なんかよりずっと強いじゃないか」 「大将ってのは強いだけじゃアカンねん。みんなをまとめられる奴やないと」 「一刀君なら沙和たちをきちんと引っ張ってくれると思うのー」 駄目だ。この二人じゃ話にならない。助けを求めるように凪を見ると、再度頭を下げられた。 「すみません。私が一番に一刀殿を推薦しました」 「凪ぃー!!」 「し、しかしですね。知識や判断力、公平性や人格諸々を考えると一刀殿が適任だと思うのです」 それは俺を買いかぶり過ぎだろう。俺の正体は何と言ってもただの高校生なのだ。 「何や凪ぃ〜。そんな硬い言い方せんでもええやん」 「なっ!?」 「一刀君になら命を預けられるって力説してたの〜」 「沙和ー!それは言わないって約束したじゃないか!」 姦しいという言葉が相応しい光景が目の前で繰り広げられる。 普段ならここで和んでしまうが、今日は話が大きすぎる。 「そう言ってくれるのは嬉しいけど…真桜たちはそれでいいの?」 「ん?まぁなぁ…凪ほどじゃあらへんけど、ウチらも一刀のことは好きやし信用しとるで」 「今までの付き合いで一刀君の人柄は分かってるつもりなの」 凪の追撃を避けながら二人からも太鼓判を押されてしまう。 突然の要望に頭を抱えていると、今まで凪たちの後ろで黙って座っていた男たちからも声を掛けられた。 「頼むよ兄ちゃん!」 「俺たち、アンタになら付いていけるよ!」 一緒に戦ってくれている村のおっちゃん達も一斉に俺を推薦している。 「みんな…今まで以上に危険だよ?」 「おうよ!兄ちゃんの作戦と嬢ちゃんたちの強さがあれば心配ねぇさ!」 「おっちゃん達にも家族がいるだろ?」 「引き篭もって自分たちだけ安全に暮らしたってつまんねぇだろ!?」 どうやら一同の決意は固いらしい。 「うーん、それじゃ俺より適任の人が現われるまでの代役ってことなら…」 「一刀殿より相応しい者などおりません!」 「まぁまぁ凪。今はそういうことでえぇやん」 「これで決まりなのー!」 なんだか大変なことになってしまった。 元の時代へ帰る方法もサッパリ見つからないのに、こんなことをしていていいのだろうか。 でも凪たちの信頼に応えたいとも思う。まずはやってみるか。 「そんなら一刀の呼び名を考えんとな」 「軍の一番偉い人は将軍様って決まってるの〜」 「おいおい、そんな偉そうな肩書きは勘弁してくれよ」 北郷将軍なんて想像しただけで吹き出してしまう。 「でもなぁ。俺達の代表なんだし、それなりの役職に就いてくれねぇと困るぜ」 賑やかになり始めたところで思案顔だった凪が顔を上げて提案する。 「それでは、隊長というのはどうでしょう。勢力名こそ大梁義勇軍ですが、規模としてはまだまだ隊の域を脱していませんし」 「隊長かぁ…えぇんちゃう?」 「北郷一刀隊長の誕生なの!」 「よーしみんな!北郷隊長を胴上げだ!」 『よっしゃー!』 胴上げされるのは初めての経験だったが、悪くない気分だった。 あとはみんなの期待を裏切らないよう、俺は俺にできる精一杯を尽くすだけだ。 胸に熱い決意を秘め、テンションの上がったおっちゃんたちは俺の体を受け止められず、床に激突する羽目になったことは言うまでもない。 数日後。 「それじゃみんな、行って来るよ」 「おう!全部売るまで帰ってくるんじゃねぇよ北郷隊長!」 「だからその呼び方やめてってば」 大梁義勇軍として旗揚げするに当たり、先立つものが圧倒的に不足している俺達は近くの街へ出稼ぎに行くことにした。 出稼ぎと言っても、村のみんなで編んだ竹カゴを売りに行くという行商スタイルだ。 これが軒並みいい出来で、この時代の人は現代人よりも手先が器用なのかと驚かされた。 「これだけ応援されると、全部売るまでは帰れませんね」 「まったくだよ。責任重大だな」 「大丈夫やって。いざとなったらウチのこの全自動カゴ編み装置が火を噴くで」 「火を噴いてどうするんだよ…」 「売ってくれないと困るのー」 そんな他愛の無い話をしながら街を目指す。 何でもこれから行く陳留という街はこのあたりでは一番栄えている街で、新しく赴任した州牧――州牧ってのは州を治める長官のことだ。 新しく赴任した州牧の治世が好評らしく、急激に人や物資が集まっている注目の街らしい。 俺はこの時代の都会というところへ行くのはこれが初めてだったので、少し浮かれていた。 「もう竹カゴ売るのめんどくさーい!」 目的地へ到着する前に早くも匙を投げる輩が約一名。 「そうは言うてもなぁ…全部売れへんかったら、せっかくカゴ編んでくれた村のみんなに合わせる顔がないやろ?」 「そうだぞ。せっかくこんな遠くの街まで来たんだから、みんなで協力してだな…」 「もう疲れたのー!おなかすいたのー!」 こ、こいつは… 「なら勝負ってことにしぃひん?」 「勝負?」 「二人ずつに分かれて竹カゴ売り捌くんや。先に完売させた方の勝ち。負けた方が今日の晩飯全奢りや」 「おい真桜、貴重な路銀を…」 「賛成なのー!そういうことなら頑張っちゃうの!」 「まぁまぁ凪。完売させるのは悪いことじゃないんだし」 「…分かりました」 凪を渋々納得させたところでチーム分けはどうしよう? 「ウチは沙和と組ませてもらうわ。凪は隊長とごゆっくり…ぐふふ」 「なっ!おい真桜、そんな勝手な…」 「凪?俺と一緒なのが嫌なら真桜あたりと組むけど?」 カゴ売りの経験なんてないし、頼りないのは確かだからな。 「いえそんな!隊長と組むのが嫌なんてことは!」 「そういうこと。んじゃきばりやー」 「絶対奢らせてやるのー」 早くも勝利宣言をしながら遠ざかっていく二人を眺めて溜息をつく。 「あいつら元気だなぁ。それじゃ俺達も行こうか?」 「そ、そうですね…あいつら後で覚えてろ…」 「…………」 「…………」 「………………」 「………………」 「……………………」 「…良いものだな。このカゴは」 「どれも入魂の逸品です」 「そうか」 「…はい」 「……」 「……」 「………」 「………」 「……よし」 「…………ッ!」 「これを一つ、もらおうか」 「……はっ」 息詰まる攻防の末、前髪の長い女性が竹カゴを1つ買っていった。 美人な上に隙のない動作で目立つその女性は満足げに竹カゴを受け取ると例を言って去っていった。 うーん、美人は竹カゴを持っても絵になるなぁ。 「一刀…隊長。何を見惚れているのですか?」 「い、いや!?見惚れてなんていませんよ!?」 「そうですか…自分はてっきり彼女に目を奪われているのかと」 「そそそそんな訳ないじゃないか!それよりも好調だね!この調子なら全部売れるんじゃないかな?」 「えぇ、村のみんなが編んだカゴは都会でも通用する出来栄えですから」 「よーし、この調子で完売させて真桜たちをギャフンと言わせてやるぞ」 「その意気です。もう一頑張りしましょう」 そう言って頷き合うと、俺達は再び道行く人々へ声を掛け始めた。 こうして順調に滑り出した竹カゴ行商。 凪とタッグを組むのは初めてではないし、協力して次々と売り捌き、全ては順調に見えた。 だけどこの後あんなことになるなんて、この時の俺は思ってもいなかったのです。 北郷隊、一歩前へ 第三章 前編 完