「一刀殿、大丈夫ですか?」 「あ、あぁ…なんとか……」 ちっとも大丈夫じゃない。今日も俺は焚き火の傍でひっくり返っていた。 凪たちを行動を共にして三日が過ぎた。 黄巾党に襲われているという村へ向かうため、俺たちは山道を毎日歩いていたのだが…。 「情けないなぁ一刀。それでも男かいな」 「真桜たちがたくまし過ぎるんだよ…」 そう。凪たちはどう見ても普通の女の子なのに考えられない速さで山道を登っていくのだ。 「運動は好きだし、体力には割と自信あったんだけどなぁ…」 筋肉痛になった両足を解しながら溜息をつく。 「この時代には車もバイクもないもんなぁ。みんなこれくらいの距離は歩いて移動してるのか」 そう考えてみれば、外出するたびに車や電車を利用する現代っ子が敵う訳がないのかもしれない。 「でも女の子にここまで差をつけられるのは男として悲しいものが…」 「初対面の時点で情けなかったんだし、いまさら気にすることないのー」 そうだった。凪たちにとって俺の第一印象は這い蹲って半泣きになってる姿だった。 「このままじゃ文字通り足を引っ張るだけじゃないか…」 寝転がったまま頭を抱えてしまう。まさかこんなに基礎体力が違うなんて。 「うがああああああ」 「一刀君うるさいのー。さっさと寝ろなの」 痛い。小石を投げられた。 目的の集落までは山を越えなければならないが、途中に都合よく宿があるとは限らない。 俺たちはもっぱら適当に開けた場所で火を起こして野宿していた。 一通り転がって木にぶつかったところで起き上がると、サワーがジト目でこちらを見ていた。 「いや、俺は火を見てるからみんな先に寝ていいよ」 「また一刀が最初に火の番かいな。たまにはウチが代わるで?」 ニヤニヤしながら真桜が脹脛を突付いてくる。 「うるさいな!筋肉痛が酷くて解さないと眠るどころじゃないんだよ!分かってて聞くな!突付くな!」 「私が揉みましょうか?」 凪が真面目な顔をしながら提案してきたが、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。 「いやいやいや!そこまでしてもらわなくても大丈夫だって!」 「そうですか?」 「うん!いやもうホント必要ないっていうか元気元気!」 「そうですか…」 どうしてそんなにガッカリするんだ。 気を遣ったつもりなのに横髪が垂れるほどしゅんとしてしまった。お言葉に甘えた方がよかったのか…? いや、そもそも女の子にマッサージさせるなんてそんなふしだらなこと…。 「やろうや!」 「ひぃっ」 一瞬、心を読まれたのかと思って心臓が止まりそうになった。真桜侮り難し。 「一刀ぉ〜、凪がああ言うてくれとるんやし、やってもらい」 頭の上に柔らかくて重いものが二つ乗る感触。こ、これはまさか!? 「い、いやだって悪いし…」 そう言いながらも頭皮の神経に全てを集中する。俺は今、頭皮になりたい…ッ! 「そうですよね…一刀殿には私の力なんて必要ないですよね……」 伏し目がちになった凪が唇を噛みながら苦笑しているんだけど、何故俺はこんなに罪悪感を感じているんだ? 「あ〜っ!一刀君が凪ちゃんをいじめてるの」 「はぁ!?何でそうなるんだよ!俺はそんなことさせちゃ悪いと思って…」 「そうだ沙和。一刀殿は私に気を遣ってくださったんだ。好意の押し付けは良くないぞ…」 いかん、涙目になっとる。 「わ、分かった!分かったよ!じゃあちょっとだけお願いしよう、かな…?なーんて」 パアアアアアアアアア 凪の表情とともに周囲が明るくなる。なんて分かりやすい子なんだ…。 「はいっ。任せてください」 「せやせや。人の好意には素直に従ったらええねん」 「凪ちゃんがんば〜、なの」 心なしか真桜とサワーも嬉しそうだ。本当に仲の良い三人組だなぁ。 「では、いきますよ」 結論から言うと、凪のマッサージはとても有効だった。 今ではすっかり体が楽になっている。 (な?すっごいやろ?) そろそろ眠ろうかという矢先に、背後の真桜が小声で話し掛けてきた。 (確かにすごいけど…お前知ってただろ) (あ、バレた?) そう。凪のマッサージは効果抜群だが、物凄く痛いのだ。 どれくらい痛いかと言うと、この世界に来た直後におっさんにいきなり蹴られた時より痛かった。 あんなものは痛い内に入らない。痛いっていうのはもっと怖いものだと確信した。 (どうしてあんなに痛いのに効果があるんだ!?おかしいだろ!) (そんなのウチに分かるわけないやん。一刀も仲間になった訳やし、一度は体験させてあげたくてなぁ) (ってことは真桜たちも…) (とっくに体験済みやで……) (そうか…) 思わず遠い目をしてしまう。恐らく真桜も同じ表情だろう。 「でもさ」 「?」 「あんなかわいい顔されたら…断れないだろ?」 「ほほぉ〜」 「あの表情をさせた時点で悩む余地はないと見たね!」 「…一刀って思ったよりアホなんやなぁ。あ、褒め言葉やで」 「やべっ、いつの間にか声が大きくなってたな…凪たちを起こしても悪いし、俺たちもそろそろ寝よう」 「せやね。ほなおやすみ〜」 そう言った途端、真桜は寝息を立て始めた。このメリハリは見習うべきかもしれない。 歩き疲れたこともあり、俺も目を閉じるとあっという間に睡魔に襲われ… (凪ちゃん凪ちゃん、お顔真っ赤なの) (一刀殿も真桜も声が大き過ぎるんだ…ッ!) 背後で誰かが勢いよく毛布を被った。ような気がした。 薄れ掛けていた意識は、そこで途切れた。 翌朝。 「いや〜よく寝たわぁ」 伸びをしながら首をコキコキと鳴らす真桜。 「ようやく野宿にも慣れてきたなぁ…俺って意外と適応力あるんだな。お、おはよう凪」 声を掛けると凪は唐突に立ち上がった。 「そろそろ出発しましょう」 「へ?」 「こうしている間にも黄巾党は罪のない人々を襲っているかもしれませんから!」 「お、おう。それもそうだな」 遠足に来ている訳じゃないんだ。俺は気を引き締め、凪に続いて立ち上がる。 「凪ちゃんかわいいの〜」 「沙和!」 二人は何か言い合いながら先に歩いて行った。 うーむ、さっきから凪が一度もこちらを見ないのは何故だろう。 顔を合わせたくない理由でもあるのか…? 「…あぁ、寝癖か」 「んな訳あるかい」 4日ぶりのハリセンは、周囲に小気味良い音を響かせた。 太陽が高く昇った頃、俺たちは見晴らしのいい丘の上にいた。 「あとは一気に下るだけですね」 見下ろすと、凪たちが向かっているという集落が見えた。 「あそこを目指してるんだよね?」 「えぇ。規模こそ小さい集落ですが、逆に大した警備も整っていないことを黄巾党に目をつけられたらしいです」 「大勢の兵士がいる大都市を攻めるより、一般人しかいない小さな街の方が安全に襲えるって訳か」 意外というかなんというか。なかなか合理的な活動をしているらしい。 「そんなことで襲われてもたまらんで」 「まったくなの」 口調こそ普段と変わらないものの、三人の表情は真剣だった。 やっぱり現代日本は平和な世の中だったんだなぁ、と変なところで感心してしまう。 身を守る術を持たない俺はこの世界で無事に過ごせるんだろうか。 不安に駆られながらもう一度眼下を見下ろすと、集落へ向かう集団が見えた。 「うん?」 よく見れば全員馬に乗って急いでいるようだ。 「なぁ凪。あの人たちは何であんなに急いでるんだろ?」 「急ぐ?どこですか?」 「ほら、あそこ。黄色い頭をした人たちが馬で…」 ちょっと待て。黄色? 「アホォ!」 真桜の声を合図に一斉に駆け出す俺たち。 「あ、あれってやっぱり…」 「間違いなく黄巾党です!」 走りながら喋ると体力を使うが、一向にスピードを緩める気配はない。 ついていくだけで精一杯だけど、ここで遅れるわけにはいかない。 俺は凪たちの姿を見失わないように、必死に野山を駆け下りた。 俺たちが集落に辿り着いた頃、黄巾党の姿は既になかった。 「遅かったか…ッ」 凪が悔しそうに奥歯を噛み締めるが、すぐに気持ちを切り替えて怪我人を救出するべく駆けていった。 「……」 俺も手を貸すべきなのは分かっているのに足が動かない。 いや、足どころか手も動かないし目線を動かすことすらできない。 「何だよこれ…」 三国志の世界だって? この世界に来てから俺はどう思った?どう感じていた? …ずっと、ワクワクしていた。 毎日が退屈だなんて思ったことはない。学校に行けば友達もいるし娯楽にも事欠かない。飢えたことなんて一度もない。 だけど、タイムスリップなんて非日常が降って沸いたことを、俺は確実に楽しんでいた。 二千年以上離れた時代、何故か史実とは性別の違う武将たち、そして俺を助けてくれた凪たちの強さ。 ファンタジーと言っても過言ではないこの世界を満喫していたのだ。 「ここ」がどういう場所なのかも分かっていなかったのに。 目の前の光景に思考が追いつかず、沈みかけていた意識を無理やり引き戻す。 目に入るのは燃えている民家。泣き叫ぶ子供。血まみれで倒れている人々。 倒れている男性に必死に声を掛ける女性。怪我人を運ぶ凪や真桜たち。 何がファンタジーだ。 民家から立ち上る火の粉も、子供の泣き声も、鼻をつく鉄のような匂いも。 全て疑いようの現実なのだ。 「うぇっ…」 何だろう。気持ち悪い。 その瞬間、俺は数日前のように無様に膝をつき、胃の中身を洗いざらい吐き続けた。 「奴らは定期的にこの集落を襲い、食料や物資を奪っていくらしい」 「一気に攻め落とさんのは延々と搾り取るためかいな。性格悪ぃ連中やな〜」 「でも黄巾党って、もっと頭の悪い攻め方しかしないって話だった気がするの」 「有能な指揮官でも味方に引き入れたのか…?」 あの後、俺たちは使われていない物置を間借りして夜を明かしていた。 凪たちの救護活動に対する住民の感謝の気持ちということで、断る理由はなかった。 結局、俺はあのまま何もすることができなかった。 凪たちは俺に気を遣って敢えて声を掛けないでいてくれる。 その優しさは今の俺にとって痛いだけだが、おかげで考えを纏める時間は十分にあった。 「よし!!!」 パァン! 勢い良く自分の頬を叩き、数時間ぶりに顔をあげると三人の女の子が心配そうに俺の表情を覗き込んでいた。 「一刀殿、大丈夫ですか?」 「あんま無理せん方がええで。一刀の時代は平和やったんやろ?血を見るのも珍しいて言うてたやん」 「顔色も良くないの。いい子だから今日はもう休むの〜」 会ったばかりの得体の知れない俺にこんなに優しい言葉を掛けてくれる。 だけど今はもう、彼女たちの好意に甘えるときじゃない。 「聞いてくれ」 三人の言葉を遮り、姿勢を正す。 そして床に地面が着くほど頭を下げ、嘆願する。 「頼む!みんなと一緒にいさせてくれ!」 「へ?」 「ほえ?」 「か、一刀殿?私たちはこれからも一刀殿と共に行動するつもりですよ」 いかん。言い方を間違えた。 「いや、そうじゃないんだ。帰る方法を探すためとか、身の安全のために一緒にいて欲しい訳じゃないんだ」 顔を上げ、そこまで言ってから、もう一度考える。 本当にこれでいいんだろうか。 俺にどれだけのことができるだろう。何もできないかもしれない。 だけど、ここで凪たちにおんぶに抱っこじゃ、あまりにも格好悪過ぎるだろ? 何もしないまま、今日みたいな思いをするのは御免だ。 「俺にも……凪たちを手伝わせてくれ!」 大きな声でハッキリと宣言し、再び頭を下げる。 凪たちは驚いているのか、短い沈黙が流れる。 笑われるだろうか。それとも役立たずだと怒られるか。 返事を聞くのが怖い。背中に嫌な汗を感じながら頭を下げ続けていると、ようやく声が聞こえた。 「…それは、私たちとともに黄巾党に苦しめられている人々を助けたいということですか?」 「そうだ!」 凪の目を真っ直ぐ見据え、即答する。 「危険ですよ?」 「分かってる」 「死ぬかもしれへんで?」 「死ぬのは怖いけど…死なないよう努力する」 「元の世界に帰る方法を探さなくていいの?」 「勿論それも大事だ。でも今はみんなを手伝いたい」 初対面で無様な醜態を晒し、体力面で遥かに劣り、この集落の惨状に立ち竦むどころか吐き続けただけの俺が信用されるとは思わない。 でも今の気持ちだけはきちんと伝えなくては。 「一刀殿は未来からやって来たのでしょう?危険を冒してまで、この時代の人々を助ける必要があるのですか?」 「確かに俺はこの時代の人間じゃない。でも、今は…今この瞬間は、ここが俺の現実だ」 そう。胃の中が空になって胃液だけを戻しながら考えたこと。 ここはファンタジーではなく、現実なのだ。 ならばどうするのか。決まってる。 理不尽なルールに縛られたファンタジーなら抗いようもないかもしれないが、現実は変えられる。少なくとも変える努力はできる。 「もし俺が明日、元の時代に帰れるとしても。それが今日泣いている人を助けない理由にはならない」 俺の言葉を聴きながら、凪も俺の目を真っ直ぐ見つめてくる。 どれくらい無言で向き合っただろう。数秒か、数十秒か、数分か。 それまで真剣な表情だった女性陣が揃って表情を緩めた。 「もちろんです。ともに罪のない人々を救いましょう」 「よう言うたで!一刀も男の子やなぁ」 「まずはこの集落を襲ってる奴らをケチョンケチョンにしてやるの!」 心地よい歓迎の言葉に、ようやく緊張の糸が解けてふにゃふにゃになってしまう。 「よかったぁ〜〜」 溜息を吐きながら尻餅をつくと、しばらく立ち上がれそうになかった。 「私たちが断るとでも思ったのですか?」 「だってさ、ここ数日の俺の醜態っぷりを考えたら愛想尽かされても仕方ないな、と思って」 「真桜も言っていたように、一刀殿は争いの少ない時代で生まれ育ったのでしょう」 「それはまぁ…ね」 確かに俺の住んでいた日本は平和だったが、世界に戦争がなかった訳じゃない。 要するに俺は平和ボケしているのだ。 「それほどの急激な環境の変化にすぐ対応できる方が恐ろしいですよ。それに一刀殿の気持ちは十分伝わりました」 「せやせや!硬いこと言わんと、これからもよろしゅう!」 「一刀君も自分にできることをやればいいと思うの!」 「そうだよな…うん。何ができるかは分からないけど、俺やってみるよ!改めてよろしくな」 意を決したことで気分だけでなく、体まで軽くなったような気がした。 俺たちはがっしりと握手をした後、まずどうすればこの集落を救えるのか話し合い始めるのだった―。 北郷隊、一歩前へ 第二章 完