「つまり一刀殿は気付いたらあの場所にいて」 「自分がどこにおるんか分からんけども何故か言葉は通じて」 「突然やってきたチンピラに絡まれてたってことなのー?」 「うん、そういうことなんだけど…」 凪たち三人と出会ってから数時間。凪たちの案内で近くの街へ移動して食事をしながら俺の事情を説明していた。 ここまでの移動で気付いたことは、この国は文化水準が極端に低いってこと。 車どこかバイクや自転車も走っていないどころか、コンクリートで舗装すらされていない。 この辺では割と大きな街らしいけど、コンビニも見当たらない。 気になることはそれだけじゃない。 凪たちが名乗った楽進、李典、干禁という名前には聞き覚えがあった。 確か三国志に出てくる武将の名前で、三人とも魏に所属していたはずだ。 「まるで三国志の時代にタイムスリップしたみたいだな」 言ってから自分で笑ってしまう。 周囲を見ているとそう思ってしまうのも無理はないが、少なくとも楽進らは俺の知っている限り男性の筈だ。 女性、しかも俺とさほど歳の変わらない女の子たちが過去に勇名を馳せた武将だなんて、いくらなんでも荒唐無稽すぎる。 じゃあどういうことなのかと問われると困ってしまうけど。 そんなことをボンヤリ考えていると目の前の三人がまたコソコソと話していた。 「ヤバいで凪。こら完全に壊れとる」 「こ、こら真桜。失礼だぞ」 「どう聞いても危ない人にしか聞こえないのー」 またしても酷い言われようだ。 「聞こえてるんだけど…。それに俺が言ったことは全部本当のことだよ」 声を掛けると三人揃ってくるりとこちらに向き直った。 「まぁ、見た感じ酔っ払っとる訳でも気が狂っとる訳でもなさそうやけど…」 「当たり前だ!」 酔っ払いはともかく、狂人だと思われては堪らない。もっとも、今の状況は気が狂うかと思うほど珍妙なものではあるんだけど。 「記憶喪失ということはありませんか?頭部に強い衝撃を受けると一時的に記憶が混乱するという事例も聞いたことがありますが」 真剣な顔で凪が問いかける。この子だけは真剣に話を聞いてくれているようだ。 「うーん、その可能性も考えたんだけど…自分の名前も言えるし、親の顔だって覚えてる。今までの人生のこともバッチリ覚えてるんだよなぁ」 「ほんならあの場所に行く記憶だけ抜け落ちとるっちゅーことか」 「そうなるね。自分でも分からないけど、本当に気付いたらあそこにいたんだ」 「記憶があるなら住んでいた場所に帰ればいいんじゃないのー?」 「一刀殿が住んでいた場所というと…ニホン、でしたね」 「やっぱりそないな国聞いたことあらへんわ。割と大きな国なんやろ?」 世界有数の経済大国だと思うんだけどなぁ。意外と日本の名は知られていないらしい。 「我々が知らないだけという可能性も十分考えられますが」 「ウチらの知らん場所なぁ」 「まるで天の御遣いみたいなのー!」 また知らない単語が出てきたぞ。 「天の御遣い?」 凪が首を傾げているところを見ると、常識というわけではないらしい。 「えぇー、凪ちゃん知らないのー!?確かー管輅って占い師が言ってたらしいの。天の遣いが現れて今の世を鎮めてくれるって。今じゃ街中その噂で持ちきりなのー」 「あー何やそんな噂も聞いたことがあるような」 「くだらない。沙和も真桜もそんな与太話を信じているのか?」 「占いは与太話なんかじゃないのー!」 冷たく切り捨てる凪の言葉にサワーが頬を膨らませる。 「まぁウチは信じとるっちゅー訳やないけども、そういう話があってもええとは思うで?」 「盛り上がってるところ悪いけど、俺はごく普通の学生だから世を鎮めるとかそういうのはちょっと…」 一瞬顔を見合わせると、三人はどこか悪戯っぽく笑った。 「そらそうや。そない大物にそうそう出会えてたまるかいな」 「一刀殿は一刀殿ですよ」 「そもそもそんな立派な人には見えないのー」 「もし本当に天からの遣いがいるなら、会ってみたいけどね」 八方塞になったところでさっきから気になっていた疑問を口にしてみる。 「そういえば三人はどうしてあんなところを通りがかったの?」 真桜とサワーが中央にいる凪の顔を見る。 「黄巾党という者たちをご存知ですか?」 「黄巾党って…」 黄巾党といえば後漢が弱体化するきっかけになった反乱軍で、三国志の初期に登場する名前だったはず。 「また三国志かよ!?」 「さんごくし、とは?」 「い、いや気にしないで…その黄巾党、がどうしたの?」 「最近急激に勢力を伸ばしている集団なのですが、周囲の集落を手当たり次第に荒らし回っている野盗のような連中です」 「凪はそれを見かねて片っ端からぶっ飛ばしとるっちゅー訳や」 「沙和たちはも凪ちゃんに賛成して一緒に旅をしてるのー」 「マジかよ…」 俺は思わず頭を抱えていた。 凪たちが冗談を言っているわけではないことは顔を見れば分かる。 だとするとここは本当に三国志の世界だってのか? 「まぁそういうこともあるのか…あるのか?」 性別の問題は残るけど、彼女たちが目の前にいる事実は変わらない。 おっさんに蹴られた腹がまだ痛いところを見ると夢でもないらしい。 「どうしました?何か心当たりが?」 一つの結論に達した俺の様子を感じたのか、凪が顔を覗き込んでいた。 「心当たりというか…これしか考えられないと思うんだけど」 俺は改めて自分の考えを全て話した。 この場所に心当たりはないこと。 楽進や干禁、李典という名前は過去の人物のものであること。 俺は未来からやってきたのかもしれないこと。 三国志では凪たちが男性として描かれていることは黙っておいた。余計な混乱を生むだけだろう。 一通り話し終えると、三人とも微妙な表情をしていた。 「疑うわけではありませんが…」 「せやけど嘘つくならもうちょいマシな嘘もあるやろうし…」 「いきなりそんなこと言われても信じられないのー。何か証拠は持ってないの?」 「うーん証拠かぁ…」 そう言われても、未来からやってきたことの証明なんてどうすればいいんだろう。 ポケットの中をまさぐってみるといくつか硬いものが手に当たった。 「そうだ、携帯!」 さっきは圏外表示だったからすぐに閉じたけど、これは証拠にならないだろうか。 「ケータイ?その小さな箱ですか?」 「これは箱じゃなくて、ええと遠くの人と話せる…ってこの時代に電話なんかないか…。…ッ!写メがあった!」 幸いバッテリーが残っていたため、携帯を開いて凪たちに向ける。 「ちょ、何やの!?」 「いいからじっとしてて」 シャラーン 「変な音がしたの!」 「これでどう?」 三人へ向けて携帯をひっくり返して液晶画面を見せる。 「これは…私たちですか?!」 「うおおぉぉおおお何やこれ!鏡か!?」 「でもこの私たち動いてないの!絵…なの?」 三者三様の驚きを見せる凪たち。 「これはカメラって機械で、そうだな…すごく正確な絵みたいなものかな」 「しかし、一刀殿は筆も紙も持っていませんでしたが…?」 「うん、筆も紙も使わずにここを押すだけで撮れるんだ」 「こないな絡繰見たことないわ。なぁなぁ、分解してもえぇ?」 「駄目に決まってるだろ!」 怪しい目付きをしている真桜から慌てて携帯を奪取する。こいつ本気だったな…。 「と、とにかくこれで信じてもらえた?」 「ウチは信じるで!だから分解…」 「真桜、しつこいぞ。私は最初から一刀殿を信じていましたよ」 「凪ちゃんたちが信じるって言うなら沙和も信じるのー!」 マジか。 俺自身がまだ信じ切れてないのに信用されてしまった。 「それで、一刀殿はこれからどうするのですか?」 「どうするって言われてもなぁ…この時代に知り合いなんていないし金も持ってないし…」 携帯をポケットに仕舞いながら考える。まさに路頭に迷うとはこのことだ。 「よろしければ、私たちと一緒に行きませんか?」 「へ?」 「私たちは黄巾党に襲われているという山向こうの集落へ向かう予定なんです。色んな場所を移動すれば未来へ戻る手掛かりが見つかるかもしれませんし」 「そりゃ願ってもない話だけど…お邪魔じゃないの?」 確かに全く当てもないこの世界で、一人で行動するよりはこうして顔見知りになった三人と行動した方が安全だし楽しいに決まってる。 「それに、正直言って一刀殿が一人で行動するといつ先程のような輩に襲われるか心配でなりません」 「うぐっ」 男が女の子に言われる台詞じゃないけど、確かに凪の強さは凄まじかった。 「うぅ…お世話になります」 「はいっ」 自分の情けなさに悲しくなりながら頭を下げると、凪の明るい返事が聞こえた。 「凪ちゃんって時々強引なの〜」 「沙和ぁ〜、野暮なこと言うもんやないで」 ニヤニヤしながら真桜が凪を覗き込む。何だ…? 「?」 凪が小首を傾げている。どうやら凪も意味が分かっていないらしい。 「ま、ウチはかまへんで。一刀が悪い奴やないのは話してて分かったし、未来の絡繰のことも聞きたいし」 「沙和も未来のお洒落や洋服について色々聞きたいの!」 「おう、何でも聞いてくれ」 これで当面の方針は決まった。 元の世界に帰る見通しはハッキリ言って暗いけど、まぁ何とかなるだろう。 「そうだ、一つだけ」 急に真面目な顔になって凪が切り出す。 「何?」 「一刀殿が未来から来たという話、私たち以外にはしない方がいいでしょう」 「え、何で?」 「まず信じてもらえず狂人扱いされかねないこと。そして沙和の言っていた天の御遣いのことです」 「どういうことなのー?」 「今は漢王朝の力が弱まり、黄巾党が幅を利かせて世の中が荒れています。天の御遣いという存在を利用しようとする者や邪魔だと思う者も少なくないでしょう」 「なるほどなぁ…こっちの人にとっては未来から来た人間も天から来た人間と変わりないか」 こんな時代に得体の知れない存在がどう思われるか、確かに余計なリスクは避けるべきだろう。 「分かった。俺の正体は凪たち以外には秘密にしておくよ」 「凪は心配性やなぁ。そない気にせんでも大丈夫やって」 「真桜、何かあってからでは遅いんだぞ」 「はーいはい。ほんなら凪が一刀を守ってやったらええやん」 「いや、俺も一応男なんで女の子に守ってもらうわけには…」 「任せてください。一刀殿のことは私がこの身に代えてもお守りします!」 目を輝かせながら宣言する凪。 どうも彼女の使命感を刺激してしまったようだが、俺だって剣道習ってたんだ。 油断さえしなければ素人には負けないだろうし、だいいち凪みたいな女の子に守られるわけには… そこまで考えて、さっきチンピラ三人組にボコボコにされたこと。 そしてそいつらを一撃で吹っ飛ばした凪の蹴りを思い出す。 … …… 「…はい。お世話になります」 いつの間にか、俺はもう一度頭を下げていた。 北郷隊、一歩前へ 第一章 完