「…訳が分からん」 オッス、オラ北郷一刀! 聖フランチェスカ学園に通うごく普通の学生なんだけど… 気付いたらだだっ広い場所にいた。訳分からん。 「えーっと確か俺は家にいて…」 そう。家にいたはずなのだ。 だがここは家ではない。俺の家にだって屋根くらいある。 「夢遊病か…?」 この歳で未来に絶望しか抱かない推理をしながら周囲を見渡してみる。 いわゆる荒野という風景だろうか。日本ではお目にかかれない開けっぷりだ。 「ドッキリにしたって手が込みすぎだろ…」 いつもの癖でポケットから携帯を取り出してみるが圏外だった。 これでは及川に迎えに来てもらうこともできない。 状況が全く把握できず途方に暮れていると何やら近付いてくる物体が目に入った。 「人…いや馬?」 今時馬に乗ってるなんて何なんだ?ここは映画村なのか?」 「おう兄ちゃん。珍しいモン持ってるじゃねえか」 馬から降りながらチョビ髭のおじさんに声をかけられた。 見ると後ろにはあと二人の男がいて同様に馬から降りているところだった。 髭にチビにデブなんてアクの強い三人組だなぁ、なんてことを考えてからようやく我に返った。 「あの、すいません……ここ、どこですか?」 「……はぁ?」 俺の渾身の質問にトーンの高い声で返す小柄な男。 「それにその格好……映画かドラマの撮影ですか?随分凝ってますけど……」 「……?」 「アニキ。こいつ、頭おかしいんじゃないすか?」 「あぁ。俺もそう思ってたところだ」 散々な言われようだが、ここがどこかも分からない今は形振り構っていられない。 「あの…?よかったら道を教えてもらいたいんですけど。ここどこですか?やっぱり京都の映画村?」 「何だか分からんが、言葉は通じてるみてぇだな」 髭のおじさんの顔に笑みが浮かぶ。 「勿論ですよ。だっておじさんも日本人ですよね?」 「お前さんがニンジンでも何でもいいさ。言葉分かるんなら、金…出してもらおうか」 「……は?」 いつの間にか俺の頬に冷たいものが当てられている。 何を言われているのか全く理解できなかったが、頬の冷たい感触だけが妙にリアルだ。 「え、えっと……?」 気付けば全く知らない場所にいて初めて会った人間にカツアゲされてしまい、完全にテンパってしまう俺。 「兄ちゃんの持ってる金、全部置いていけって言ってるんだよ。あぁ、その光る妙な服も脱いでいってもらおうか」 チビとデブは俺の背後へ回り、完全に囲まれてしまっている。 「わ、分かりました…これくらいしかないですけど……」 1対3で勝てるわけがない。仕方ないがここは素直に財布を差し出しておこう。あぁ、俺の二千円札… 「何だこりゃ?」 「何って二千円札ですよ。いくら浸透しなかったからって、一度くらいコンビニのお釣りに交じってて微妙な気持ちになったことあるでしょう?」 「訳分かんねぇこと言ってんじゃねぇよ!」 「ぐうッ」 腹を蹴られたのだと気付くのに数秒掛かったが、急な痛みに襲われて俺は膝を折っていた。 「ごほっ。何すんだよ!金なら渡しただろ!」 男たちを見上げながら抗議の声を挙げると、三人ともニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら俺を見下ろしていた。 「駄目だこいつ。久々の獲物かと思ったけどとんだ外れ籤だぜ」 「アニキ、めんどくさいから服だけ剥いで殺しちまいましょうよ」 チビと髭がかったるそうに話している言葉がやけに遠く聞こえる。 (今殺すって言ったか…?嘘だろ、カツアゲからいきなり殺傷事件?ていうか何でそんなに俺の服を剥ぎたがってるんだこいつら!) 腹の痛みと二千円札を奪われる喪失感、そして形のない嫌な予感に脂汗が止まらない。 「こ、殺すって…」 「この調子じゃ金目のものも持ってなさそうだし、そうするかぁ」 まるで夕食の献立を決めるかのように軽く言い放つ髭。俺の命はハンバーグと同レベルかよ! だんだん腹が立ってきたぞ。 「ふざけんな!お前ら一体何なんだよ!」 声が震えてるのがバレバレだが、今の俺にはこうして怒鳴るくらいしか抵抗できない。 「あぁもうめんどくせぇ。お前ら適当に片付けとけ。服は汚すんじゃねぇぞ」 髭の男の言葉に従い、チビとデブが刃物を持ちながら俺の両脇から近付いてくる。 何だよアレ…ナイフにしちゃデカ過ぎないか? そんなことを妙に冷静に考えていると、後頭部を髪ごと捕まれて地面に叩きつけられた。 「いてぇな!離せよチビ!」 「こいつまだ自分の立場が分かってないらしいな!」 そのまま顔を蹴りつけられ、痛みと恐怖で体が竦む。 何なんだよ…どうして俺がこんな目に……。 「二度と生意気な口利けないようにしてやるよ…ケケケッ」 「……ッ!」 頭を捕まれたまま首筋に刃物を当てられ、血の気が引く。 「や、やめ…」 その時だった。 またしても俺は何が起きたのか理解できなかった。 爆発音のようなものが聞こえたと思ったら、チビとデブが遥か前方に飛んでいったのだ。 いや、飛んでいくというよりは吹き飛んだという方が正しい。 やがて地面をゴロゴロと転がり、二人の男は動かなくなった。 唯一立っている髭のおっさんは俺の後ろを見て口をパクパクさせている。屋台の金魚を思い出す動きだ。 時が止まったかような錯覚を覚えながら恐る恐る後ろを振り向いた時、俺の時間は今度こそ停止した。 「お前たち…今すぐその人から離れろ!」 凛とした立ち姿。 真っ直ぐ前だけを見据えた瞳。 両腕両足、顔にまで及ぶ無数の傷跡。 蒸気を上げ赤く染まる右足。 綺麗な銀色の三つ編みを風に棚引かせながら――彼女はそこに、立っていた。 「聞こえなかったのか。離れろと言ったぞ」 そう言いながら近づいてくるその人物は歳は俺と同じくらいだろうか。 小柄な割にすらりと伸びた手足。無駄のない引き締まった肢体。 歩くたびに揺れる長い三つ編み。思いのほか際どい衣装。 (コスプレが流行ってるのか…?) 急な展開の連続に頭がついていけず、そんな場違いなことを考えていると、彼女の後ろには二人の少女がいた。 「アカンなぁ。アカンでぇ。大の大人が寄って集って弱いものいじめ。恥ずかしいと思わへんの?」 弱いものとは俺のことだろうか。 大きな胸を揺らしながら大きなドリル状のものを肩に掛け、関西弁の女の子がぷらぷらと歩いて来る。 「もー。凪ちゃんってば急に走り出すんだもん。ビックリしちゃうのー」 思わず腰が砕けそうなほど緊張感のない声で息を切らせながら眼鏡を掛けた少女が後に続く。 突然の美少女三名の乱入に俺は未だに固まったままだったが、髭のおっさんは我に返ったらしい。 「な、何モンだてめぇら!」 「私たちが何者かは関係ない。その人から離れろ。これで三度目だ、次はないぞ」 その女の子は少し距離を置いたところで立ち止まり、髭のおっさんを鋭く睨み付けながら言い放った。 「へ、へへへ…正義の味方面した阿呆なのか、獲物を横取りしようとしてんのか…どっちにしろこうすりゃ動けないだろ?」 無様に倒れたままの俺の頭に衝撃を受ける。どうやら頭を踏まれたらしい。 そして背中に何やら尖ったものが当てられる。ちくしょうまたかよ! 「あ、アホぅ…」 「知〜らないっと」 後ろの二人が溜息をついたのが見えた途端、三つ編みの子が右足を蹴り上げた。 「うげぇっ!?」 その瞬間、俺の頭を踏みつけていたおっさんが汚い悲鳴を上げながら吹っ飛んだ。 そのまま先程のチビとデブを彷彿とさせる縦回転を披露しながら二人の隣に倒れ伏した。 「す、すげぇ…」 立ち上がるのも忘れて呆然としてしまう。 当然だ。一応爺ちゃんの元で武術を齧ったことのある俺も、あんなものは見たことがない。 「すげぇ縦回転……」 「そっちかーい!!」 スパーンという音とともに盛大に頭を叩かれた。 「いってぇー!」 目の前に見える星にクラクラしながら立ち上がると、いつの間に近くまで来たのか、関西弁の子がハリセンを構えて立っていた。 「アンタなぁ、もっと他に言うことあらへんの?第一声が縦回転って何やねん」 「あ、あぁ…そうだ。ありがとう。何だかよく分からないけど助けてくれたんだよな?本当に助かった」 「……」 「へぇ〜」 残る二人の少女が意外そうな目で俺を見てくる。 「な、何だよ。何か変なこと言ったか?まさか言葉が通じてないわけじゃないよな?」 「何を訳の分からんことを。あんな雑魚にボコッボコにされとったヘタレの割にはちゃんとしたお礼言えるんやなぁ思てんねん」 「おい真桜…」 「真桜ちゃん言い過ぎなの〜、確かにそうだけど」 何だか屈辱的な気分だが、助けてもらったことには変わりない。苦笑いしながら頭を掻く。 「お礼なら凪に言い、ウチらは放っとこうて言うたんやけどな。絡まれとるアンタを見掛けるなり一目散に走り出したんやからな」 「凪ちゃんはいい子なの〜」 ニヤニヤと三つ編みの子を見ながら言う二人。 でも不思議とその笑顔には嫌な感じがしない。きっと本当に仲の良い三人組なんだろう。 当の本人はと言うと、さっきからほとんど言葉を発しない。無口な子なのかな? 「その、改めてありがとな。えぇと、凪…さん?」 「「「!!!」」」 正面に向き直ってお礼を言い直すと、目の前の三人が急に目を吊り上げた。 「なぁアンタ…調子に乗りすぎちゃうか」 「もうちょっと痛い目見ちゃうのー?」 二人の女の子に凄まれて思わず一歩後退る。 言葉こそ発しないものの、凪と呼ばれた三つ編みの子さえ髭のおっさんを睨んだ時のような視線で俺を貫く。 「え…何だ?何か悪いこと言ったか?」 「あたりきしゃりきのコンコンチキや!初対面で真名を呼ぶなんてどういうつもりや言うてんねん!」 真桜と呼ばれていた子にが俺の胸倉を掴んで物凄い剣幕でまくし立てる。 「ちょ、ちょっと待ってくれ!名前を呼んだのがそんなに気に入らなかったのか…?」 「アンタ頭だけじゃなくて耳も悪いんか!?真名を呼んだことが問題なんや!分かっとるやろ!」 「マナ…?何言ってるんだ?凪って名前じゃないのか?」 「また…ッ!えぇ度胸しとるやないの」 ギリギリと襟を掴まれ絞められる。 「ぐえぇぇぇ…ちょっ待て!く、苦しい…」 女の子なのになんて力なんだ。全く振り解けない! 「真桜、待て。何だか様子がおかしい」 さっきから話題の中心になっている子(凪と呼んだら怒られるみたいだ)が絞殺を制止する。 「えぇところやったのに…このままキュッと絞め落としてやな…」 ブツブツと危険なことを言いながら俺を解放する巨乳少女。 「ゲホッゴホゴホッ」 凪と呼ばれている子が咽る俺にさっきよりは柔らかい、しかし決して暖かくはない目線を送りながら質問をする。 「あなたは真名を知らないのですか?」 「ゲホゲホッ……マナ?さっきから言ってるけど何なんだ?」 「はぁ〜!?真名を知らんなんて、ンな訳ないやろ!」 「そう言われてもな…呼んじゃいけないものなのか?」 「ほんならアンタの名前言うてみい」 「俺か?俺は北郷一刀。苗字が北郷で名が一刀だ」 「北郷…一刀」 「あぁ、気軽に一刀って呼んでくれ!キラッ」 ちょっとだけ爽やかにキメてみたけど完全にスルーされた。 「一刀殿は本当に真名というものをご存知ないのですか?」 「う〜ん、申し訳ないけど知らないな…というか、聞いたこともない。と思う」 「ほんごーかずとぉ〜?何や妙な名前やなぁ。まぁえぇわ一刀。もう一つあるやろ?アンタにも真名が」 「だから何のことか分かんないってば」 「真名っていうのは女の子にとって大事なものなの〜。男の子は気軽に呼んじゃいけないの」 「いえ、別に性別は関係ないです」 眼鏡の子のよく分からない説明が補足される。 「ま、要するにおいそれと他人に呼ばれちゃアカン名前ゆうこっちゃ」 「特別な名前ってことか…?」 よく分からないが、苗字や名前とは別にそういう名が存在するらしい。 服装も妙だし、どこか地方の風習が残ってる場所に住んでる子たちなのかな。 「何となく分かった。君たちの真名は俺なんかが軽々しく口にしちゃいけない名前ってことだな」 「そういうことなのー」 「あるやろ?アンタにもそういう名前が」 「いやぁ、さっきも言った通り俺は北郷一刀。名はそれしか持ってないんだよな。強いて言えば親からもらった一刀ってのが真名みたいなもんかな…?」 下の名前で呼び合うほど親しい友人なんて数える程しかいないし、あながち間違っちゃいないだろう。 「「え?!」」 「うわわわわ…」 何やら三人とも急に狼狽え始めたぞ。 「え…何?」 「で、ではあなたは会ったばかりの私たちにその名を呼ばせていたのですか!?」 「へ?あぁ、一刀って呼べって言ったこと?」 「何ちゅうこっちゃ…」 「大胆なのぉ……」 「???」 「な、なぁ凪。こういう場合はどないしたらええねん」 「そんなこと私に聞かれても…」 「二人とも男の子の真名を呼んじゃったのー。キャーキャーなのー!!」 今度は急に後ろを向いてごにょごにょと話し始めた。どうでもいいが眼鏡の子はもう少し声のトーンを落としたほうがいい。 話し合いが終わったのか、くるりと俺の方を向き直る三人組。 「ソ、そういうことでしたら!私のことも真名で呼んでくださって結構です」 凪という真名の少女が微妙に声を裏返らせながらそう宣言するが、顔は真っ赤になっていた。 「ちょい凪。ホンマにええのん?」 未だに納得してないのか、困ったような表情の巨乳少女の頬も仄かに赤くなっている。 「問題ない。私たちが一刀殿の真名を呼んだのは事実だし、この人は悪い人じゃない」 「確かになぁ〜。あんなおっさん連中にやられるくらいやし、今だって何も考えてなさそうにボケ〜っとしとるし…」 さっきから失礼だな君は。 「よっしゃ。凪が認めたっちゅーことはウチが認めたも同然や!ウチのことも真名で呼んでええで!」 「え…いいのか?えっと君が凪で、そっちの子が真桜…でいいのかな?」 「はい」 「よろしゅう」 控えめな笑みを浮かべる凪とは対象的にニカッと気持ちのいい笑顔の真桜。 「あ〜ん、私のことも忘れちゃ駄目なの〜。私のことも、沙和って呼んで欲しいの」 仲間外れにされているとでも思ったのか、何故か挙手をしながらアピールする姿に思わず和んでしまう。 「そういえばきちんと名乗っていませんでしたね。失礼しました」 深々と頭を下げる凪。ま、真面目だなぁ…。 「では改めて。我が名は楽進。字は文謙。真名を凪と申します。以後お見知りおきを」 「ウチの名は李典や。字は曼成。気軽に真桜って呼んでくれてええで」 「于禁なのー。字は文則、真名は沙和って言うの。よろしくなのー」 「俺は北郷一刀だ。真名は…ない」 ニコッと笑って三人とそれぞれ握手する。 格好や言動は少しおかしいけど、三人ともいい子みたいでよかった。 凪に真桜は明らかに漢字の響きだよな。やっぱりここは日本なのだろうか。 そして俺は無事に家に帰れるのだろうか。 それにしてもサワー。 何故一人だけサワー。 ハーフなのか…? これが俺と凪。そして真桜、沙和との出会いだった。 同時に北郷隊旗揚げの日でもあったのだが、それはまだ先の話。 北郷隊、一歩前へ 序章 完