第三章 第二話 「ほんまに生きて帰らなあかんで」 水関の守備の増援に向かう先遣隊五万。 霞を筆頭に、副将として華雄など数名の将が従う。 「そーいや、華雄。陛下には会うて来たん?」 霞の問いに、華雄は首を横に振った。 「なんや、華雄っちはそれでええんかいな」 「……今回の出征の件は、賈駆殿からも内密にするように言われておりますし……  それに……」 「それに?」 本当は、出征前の挨拶をしようとしたところ、先客(呂布)がべったりと 陛下に甘えていて声がかけられなかった、という言葉を華雄はぐっと飲み込んだ。 「今回の戦は、今までにないほど危険な戦なのでしょう?」 「……せやな……。  こんだけの手勢で三十万の大軍を食い止めなあかん。  普通に考えたら、勝ち目はまあ、ないわな」 日頃は軽い口調の霞が淡々と答える。 霞ですら、緊張を隠せない。 「ですが、陛下や都の民のためにも、我々は絶対に負けられませぬ……。  この戦に敗れては、陛下に合わせる顔もない……」 そう言うと、華雄は首から紐でぶら下げていた小さな袋のようなものを握り締めた。 「なー、華雄っち。何や、それ?」 「え?な、何ですか?」 「それや、それ。その紐ついた袋みたいなん」 「あ、ああ……これは、以前に山賊討伐に出征する折に、陛下がお守りにと  くださったもので……」 「ほー。華雄っち、ええなぁ。そんなもんもろうてたんか」 「ま、まあ……」 「そんなんもろたら、そら気合入れて頑張らなあかんなぁ」 「は、はい。私が次に陛下とお会いするのは、  陛下に仇なす賊軍を打ち倒し、都に凱旋したその時……。  そう、心に決めました」 「おーおー。立派な決意や」 「そして、そして……都へと凱旋した暁……には……」 急に華雄が赤面してうつむく。 「……暁には?」 「今度こそ、陛下に……我が……真名を……」 わくわくしながら華雄を見つめていた霞だったが、その言葉を聞いた途端に 思わず脱力してしまった。 「……え?まだやったん……」 「……」 黙って肯く華雄。 「華雄」 「はい?」 「あんた、可愛いところあんねんなぁ」 「か、からかわんでください!!」 「そーいや、ウチより付き合い長くて仲良さそうやのに、  あんたのことまだ陛下は『華雄』って呼んどったもんなぁ」 「……なかなか……言い出す機会が……なかったもので」 「なんや、こーやって見ると、華雄っちもただの乙女やなぁ」 にっひっひと笑う霞。 「な、何を仰るか!」 「えーやんえーやん。ちぃーとくらい可愛らしい方が、陛下も好きやとおもうで。  まあ、そーゆーことやったら、余計な生きて帰らんとあかんなぁ」 そんな二人のところに副将の一人が駆け寄って来た。 「出立の準備、完了しております。  張遼将軍、号令を!」 「おっし!  ええか!敵は陛下や相国のことを勝手に悪者にして、叛乱を起こした賊軍や!  ウチらは、そんな盗賊まがいの連中から、この洛陽を守らなあかん!  この戦い、正義はウチらにある!  賊軍がナンボのもんや!」 「おおっ!」 「総員、水関へ向けて進発開始!」 「おおっ!」 五万の兵の声が轟く。 そして、先遣隊は移動を開始した。 少しして、霞は華雄を振り返り、言った。 「必ず生きて帰る言うて、帰って来ぉへんかったもんをようさん見てるからな……。  ほんまに生きて帰らなあかんで、華雄」 さて、そんな頃。 詠の謀略で、俺は勉強部屋に閉じ込められていた。 今まで引きこもり(引きこもらされ)皇帝だった俺も、この前の王允の事件以来、 国政に参加するために、人前に出ることが多くなった。 人前と言っても、もちろん宮廷内だけど。 俺としては、普通に振舞っているつもりなんだけど、 もともと一介の高校生だったからか、文官たちから 「陛下はもうちょっと皇帝らしい立ち居振る舞いを身に着けてください」という 苦情が殺到したため、俺に家庭教師がつけられることになった。 侍中という役職にある蔡邑さんという人で、学問も教養も超一流の方なのだそうな。 「……ねぇ、先生」 「どうしましたか?陛下くん」 蔡邑さんが眼鏡位置を直してから、俺の顔を見てにっこりと微笑んだ。 「みんなの言う皇帝らしい立ち居振る舞いって、そんなに大事なの?」 ちなみに今、俺は頭の上に本を三冊乗せられた状態で、歩くレッスン中です。 ついでにさっきから、10回は本を落として叱られています。 「はい、そこで回れ右してください」 立ち止まって方向転換をする瞬間、気をつけていたつもりだけど、 やっぱり頭の上から本が落ちた。 「こんなのが皇帝に必要なことなのかなぁ?  他にもうちょっと大事なこととか、あるんじゃないかと思うんだけど……」 屈んで落とした本を拾う俺。 出来れば、今は違う勉強をしたいんだけどなぁ……。 もうちょっと勉強らしい勉強と言うか。 「他に大事なことと言いますと?」 「例えば、政治のこととか」 「そうですね。もちろん政治のことを学ぶのも大切なことです。  でも……」 「でも?」 「帝として一番大切なことは、公正に人材を起用し、適材適所に努めることです。  帝自身が万能である必要はありません。  お仕えしている文武百官は、帝の補佐をするためにいるのですから、  政務は政務が得意な人に、荒事は荒事が得意な人に任せればいいんです。  優しい月ちゃんを政務の長に。  頭の回転が早くて、月ちゃんの欠点を理解している詠ちゃんをその補佐に。  用兵にも武勇にも長けた霞ちゃんに兵馬を率いさせて、と  今のところ、陛下くんの人選は、適当であると思います。  ですから、良い帝である素質はお持ちだと私は思いますよ」 俺が拾った本を女神のような笑顔を湛えつつ、俺の頭の上に乗せる蔡邑さん。 「でも、別に詠や霞は俺が任命したわけじゃないしなぁ……」 「では、陛下くん。  月ちゃんと詠ちゃんと霞ちゃんに呂布ちゃん。  この四人の中で政権を任せたいと思うのは誰ですか?」 「月だと思う」 「どうしてですか?」 「いや、どうしてって……  霞は霞で意外とうまくやってくれそうな気がするけど、  面倒だとか何だとかで、本人は絶対に嫌がりそうだし。  詠は頭はいいんだけど、理想が高すぎるとゆーか、  頭でっかちなところがあるように思えるから、  どっちかと言えば、統治者よりは、やっぱり補佐の方がいいと思う。  恋は……言うまでもないだろうし……」 「なるほど。よく特徴を捉えていらっしゃると思います」 そう言うと、蔡邑先生は俺の頭の上から本をどけた。 「……?」 「やはり、陛下くんには人を見る目というのがあると思います」 蔡邑さんの柔らかな手が、俺の頭をそっと撫でる。 「そ、そう?」 最近は、人やセキトをなでることはあっても、 なでられるということはあまりなかった。 なので、何だか妙に照れくさい。 「だからこそ陛下は、人を上手に使うということをおぼえる必要があります」 そう言うと、蔡邑さんは俺の頭にまた本を乗せだした。 「そこでなんでまた本!?」 「陛下くんに、皇帝らしい所作を身に着けていただくためですよ」 「皇帝らしい所作?」 「陛下くんは、皆さんからよく『皇帝らしくない』と言われていますよね?」 言われてます。 はい、言われてます。 文官たちから言われているのが、まさにそれです。 「言われるけど……」 「何がいけないのか、っていう顔をしていますね。陛下くん」 「……」 皇帝っぽくない皇帝っていうのも、悪くないと思うんだけどなぁ。 「陛下くんのそういう飾らないところが好き、という方がいますね。  霞ちゃんとかは、そういう子の典型です。  ですが、そうでない人たちがいます。  どうしてだかわかりますか?」 「……わからないです」 ただ単に人の好き嫌いとかなんじゃないかな、とも思うんだけど。 「では、都で帝にお仕えしている、ということが、  名誉なことだっていうのはわかります?」 「それは……何となく」 こっちの世界に来る前、近所に息子さんが一流の会社に勤めているのを 自慢している人がいた。 まあ、息子が犯罪者だっていうよりは立派な会社に勤めているっていう方が 親としては鼻が高いだろう。それはわかる。 「では、どうせお仕えするなら立派な帝に仕えたい、尽くしたい……  そう思う気持ちは、おわかりになりますか?」 「まあ……」 そりゃそうか。 暴れん坊将軍とかも、ちゃんと将軍らしくする時は将軍らしく振舞っていたもんな。 「……というわけで、立派な皇帝としての立ち居振る舞いを身に着けて欲しい、  そう言われているわけですね」 「それは何となくわかったけど、でもさ」 「でも?」 「それでいいの?」 立ち居振る舞いが立派でも、中身が伴ってなければ意味がないと思うんだよな。 「そうですねー。  見た目さえ立派なら、中身は気にしない人というのもいることを  陛下くんは憶えておいた方がいいですね」 そういうものか。 何だかなぁ、と思わないでもないが、そういうものなんだろうな。 「……」 「陛下くんの場合、中身は及第点だと思いますから、今はこっちの努力が先ですよ」 「……むー」 こうなったら、一日も早く立派な皇帝の所作とやらを身に着けるしかないな……。 一方、都を目指す反董卓連合軍。 総大将である袁紹の 「雄雄しく、勇ましく、華麗に進軍」 という指示のせいかどうかはさておき、鳥のように大空から見たならば、 三十万の軍勢は、だらだらと進軍を続けていた。 目指す先は、洛陽への関門の一つ、水関。 「どうも気乗りがせんのぉ」 可愛らしいほっぺをぷぅと膨らませた金髪碧眼の少女が、 馬車の中で退屈を持て余して、足をぱたぱたしている。 「退屈しのぎにれんごーぐんに参加したのに、  退屈で退屈で仕方ないのじゃー」 彼女は、このだらだら進軍する連合軍の中で、 水関攻略の先陣を務めることになった袁術。 袁紹の従妹であり、荊州の太守の地位にある彼女は、 この連合軍に参加する諸侯の中でもトップクラスの大物で、 実に五万もの兵力を率いて参陣している。 が、その人となりは、ご覧のとおりのただの駄々っ子。 そんな彼女を見て、困ったような嬉しそうな笑顔をしているのは、 袁術のお守り役であり、袁術軍の指揮を執る腹心、張勲。 「んもぅ、美羽様ってばー。  まだ進軍を開始してから、何日も経っていないじゃありませんか」 そう言って、袁術の目の前ででんでん太鼓をでんでんと鳴らす張勲。 「飽きたのじゃ」 ぷいっとそっぽを向く袁術。 「水関に着いたら、たくさん面白いことがありますから。  もう少しの辛抱ですよー」 「面白いこととな?」 「はいー。例えば、いつもどおり孫策さんに先手を任せて、  普通に戦わせたら、たぶん勝っちゃうでしょうから、  色々と嫌がらせしてあげちゃいましょう」 笑顔で張勲、ひどいことを言う。 「それは面白そうじゃのう。  でも、そんなことをして孫策が負けてしまっては、妾たちが困るのではないか?」 小首を傾げる袁術。 「大丈夫ですよー。適当なところで美羽様が助け舟を出してあげれば、  手柄も美羽様のものになりますから、一石二鳥じゃないですかー」 「おおっ」 袁術の表情がぱあっと明るくなる。 「それは名案なのじゃ!水関に着くのが楽しみじゃのぉ」 そんな笑い声が響く馬車の外。 「……」 懸命に平静を装いながらも、こめかみをひくひくさせている女性がいた。 袁術の客将、孫策である。 「孫策様……どうか冷静に……」 懸命に孫策をなだめる護衛の兵たち。 もし、孫策が激昂して暴れた日には、周囲にいる兵含めて、 一人も生きてはいられないだろう。 彼らは、それがちゃんとわかっているのである。 「わかってるわよ。  いい加減、もう付き合いも長いしね」 怯える兵たちに、苦笑ではあるが笑顔を返す孫策。 「あ、ありがとうございます」 「ちょっと袁術に文句言いに来たんだけど、今のでどっと疲れちゃった。  また後で出直すことにするわ」 「ははっ。  あ、あの……孫策様……」 「んん?なぁに?」 「我らが主がご迷惑をお掛けしまして、本当に申し訳ございません……」 「ああ……あははっ。  あなたたちが悪いわけじゃないんだから、いいわよ。  私が言えた義理じゃないけど、あなたたちも大変ねー」 兵たちにウィンクして去って行く孫策。 (ああ……孫策様が主だったらなあ……) 兵たちは言葉に出しこそしなかったが、孫策の背中を見ながら、 そんなことを考えていた。 「あーっ!もう腹立つーっ!」 自陣に戻ってきた瞬間、大声をあげて近くの木を蹴飛ばす孫策。 そんな孫策を見て苦笑するのは、彼女の信頼する二人の側近。 「落ち着かんか策殿」 一人は、孫策の母である孫堅の代から仕える宿老、黄蓋。 弓の名手であり、兵からの信頼も篤い重鎮である。 「祭殿の言うとおりよ、雪蓮。気持ちはわかるけどね」 もう一人は、孫策の親友であり、軍師を務める周瑜。 誰もが認める孫策が最も信頼する相棒である。 「ぶーぶー。二人揃って、まるで私が悪いみたいじゃない!」 「悪いとは言わんが……のう?」 「だってさー、だってね!」 怒りに任せて、かくかくしかじかと馬車の中から聞こえた話を話し出す孫策。 「腹立つでしょ!怒りたくもなるでしょ!」 「まぁ……ねぇ。  で、どう?雪蓮。話して少しは落ち着いた?」 「うん……」 周瑜の言葉に肯く孫策。 そんな孫策を見て、まるで子供だな……と思う周瑜であった。 「しかし、張勲にも困ったものじゃの。  この数で水関に仕掛けねばならんというだけでも、頭が痛いと言うのに……」 袁術軍の兵力が五万とはいえ、孫策に与えられた兵は五千のみ。 黄蓋のぼやきはもっともである。 「冥琳、水関の様子はどうなの?」 「張遼が五万の兵を率いて守りを固めているそうだ」 「やあねぇ。要害に篭った五万を相手に、たかだか五千で戦えだなんて、  それだけでも十分過ぎる嫌がらせなのにねぇ?」 「全くじゃな。  ここは一つ、名軍師殿の知恵で何とかしてもらわねばのう」 黄蓋が腕を組んで豪快に笑う。 「そうねー。  よろしくお願いね、冥琳っ」 「やれやれ。二人とも気軽に言ってくれる……。  それにしても、敵はもう少し多いかと思っていたのだが、  どうやら、向こうは向こうで事情があるようだな」 相手は十倍、しかも地の利は向こうにあるという状況にも関わらず、 三人の表情には、不思議と自信が溢れていた。 進撃する連合軍の中でも比較的後方に、北平の太守である公孫賛の一軍があった。 「いやぁ、こうも進軍が遅いといらいらするなぁ」 馬上で大あくびの公孫賛。 「ははは。伯珪殿ご自慢の白馬義従もこれでは形無しですなぁ」 その隣で笑うのは、公孫賛の客将である趙雲。 そして、その二人のやや後方に…… 義勇兵として、公孫賛の部隊に参戦している劉備たちの姿があった。 「はくばぎじゅーって何なのだ?」 そう質問したのは、巨大な蛇矛を肩に担いだ小さな猛将。 見た目は子供、力は化け物、張飛。 「公孫賛さんが連れている騎兵のことですよ、鈴々ちゃん」 張飛の質問に答えたのは、背の丈は張飛と変わらぬくらいの少女。 見た目は子供、頭脳は大人顔負けの諸葛亮。 張飛が武力で劉備を支える一人なら、諸葛亮は智で支える一人である。 「さすが朱里は物知りだな」 こちらは、張飛と並ぶ武の要、関羽である。 「彼女は、張飛や諸葛亮と異なり、大人な身体をしている。  とても大人なボンキュッボン。豊かな胸にくびれた腰、肉付きの良い尻、  身の丈ほどもある艶やかな黒髪もまた、実に見事なものである」 いつの間にやら関羽たちのところに、前方にいたはずの趙雲も混じっていた。 「……ちょ、趙雲殿っ!」 「はっはっはっ。照れることない。全て事実ではないか」 「……っっっ!」 真っ赤になる関羽を見て、馬上で楽しそうに笑う趙雲。 そう言う趙雲とて、体つきは負けず劣らず立派なものなのだが、それはそれ。 「愛紗さんたち、楽しそうですね……」 「うん。新しい友達が増えたみたいで楽しいよねっ」 関羽たちの更に後方には、鳳統と劉備がいた。 鳳統もまた、諸葛亮や張飛と背丈や年の頃は同じくらいに見えたが、 悪く言えば暗そうな、良く言ってもおとなしそうな印象を受ける。 その見た目どおり、賑やかな関羽たちの輪には入れず、 少し離れたところから見ている鳳統。 そして、劉備は笑顔でそんな鳳統の傍らにいた。 「新しいお友達……?」 「うんっ。雛里ちゃんもすぐに仲良くなれるよ。  だって、白蓮ちゃんも趙雲さんもみんないい人だもん」 と、そんなところに、前方で趙雲と軽口を叩き合っていた張飛の心無い一言が。 「余計なお世話なのだっ!鈴々はこれから大人になって、愛紗も顔負けの  ばいんばいんのぼんぼーんになるのだ!  本当にかわいそうなのは、背は高いのにひんにゅーな桃香お姉ちゃんなのだ!」 「はうっ……」 申し訳ない。 ここにいる劉備玄徳はひんぬーである! 背の高さは関羽と同じくらい、胸の大きさは張飛と同じくらい。 それがこの世界にいる劉備なのである! 「こ、こらっ!何を言うか鈴々!」 「にゃー」 暴言を吐いた張飛の頭を関羽がぽかっと殴る。 「あ、あわわ……桃香様……」 劉備の隣にいた鳳統があわあわしながらも、彼女を気遣う。 「あ、あははは。大丈夫だよ、雛里ちゃん。  鈴々ちゃんは悪気があって言ったわけじゃないし」 心配する鳳統に、にこっと微笑む劉備。 「そうなのだ!鈴々には悪気は全くなかったのだ!」 「開き直るなっ!  も、申し訳ございません、桃香様」 にかっと笑う張飛の頭をまた関羽がぽかっと殴る。 「いいんだってば。気にしないでー」 笑顔で関羽に手を振る劉備。 「はははっ。劉備殿の家中は、実に愉快な方が多いですな」 関羽たちをからかっていた趙雲が、劉備たちのところまで下がってきた。 「そうですか?」 「ええ、それはもう。  伯珪殿も悪い方ではないのですが、少々面白みには欠けておりましてな」 「趙雲さん」 急に真面目な顔で劉備に名前を呼ばれたので、趙雲は少々驚いた。 「……何ですかな?」 「そんなこと白蓮ちゃんの目の前で言っちゃダメですよ?」 「むむ。それはまた何故に?」 「昔、同じ学び舎で勉強していた子に『真面目でつまらない』って言われて、  その日の夕方、私に『おい、桃香。今から面白い顔の練習するから付き合ってくれ』  ってお願いしに来たことがあるくらい真面目なんですから。  面白みに欠けるなんて、白蓮ちゃんに面と向かって言っちゃダメです」 劉備はそう言って、くすっと笑った。 「ほほう。それは面白いことを聞きましたな」 にやりっと笑う趙雲。 「今の話、内緒ですよ?」 「いやいや、先ほどまで伯珪殿が退屈そうにしていましたからな。  ちょっと楽しませてさしあげることにしますよ」 「あ、趙雲さーん!」 劉備の制止を聞かず、趙雲は笑いながら、随分と前方にいる公孫賛の元に。 「……桃香様、うかつです……」 内緒であるはずの話を、迂闊に話してしまった劉備を、鳳統が諌める。 「えへへ、ごめんね。でも、見ててー雛里ちゃん」 「?」 劉備の視線の先を鳳統が追うと、顔を真っ赤にした公孫賛が駆けて来た。 「こらーっ!桃香ーっ!」 「あはっ。ごめーん、白蓮ちゃーん」 「ごめんじゃあるかーっ!バカーっ!」 そう言いながらも、公孫賛の顔はどこか楽しげで、 二人を見る皆も、すっかり満面の笑顔である。 「いやはや、見事なものですなぁ」 いつの間にやら、鳳統の隣に戻ってきた趙雲。 「……?」 「さっきまで退屈だのいらいらするだの仏頂面をしていた伯珪殿が、  あんなに楽しそうになられた。  それだけではない。周りの兵に至るまで、すっかり笑顔になりました。  劉備殿は大したものです」 「そう……ですね……」 「寂しそうな顔をしていた軍師殿も、笑顔になりましたし……な」 「……あっ」 趙雲に言われて初めて、鳳統は自分もつい笑っていたことに気がついた。 「そうそう、鳳統殿」 「……?」 「不安そうにもじもじされている姿も保護欲がくすぐられますが、  笑顔の方がずっと愛らしいですぞ」 しれっと、こういうことを趙雲は言うのだ。 「……っっっっ!」 途端に耳まで真っ赤になる鳳統。 「あっはっはっは。赤面されたところもまた可愛らしいですな。」 そんな鳳統を見て、高笑いする趙雲。 「こらーっ!星ーっ!いつまで油を売っているんだーっ!」 まだ顔を真っ赤にしたまま、腕をぶんぶん回して公孫賛が趙雲のことを呼ぶ。 「では、鳳統殿。私はこれにて失礼致します。  お茶目な大将が呼んでおりますゆえ」 ウインクして趙雲は去って行った。 その趙雲と入れ替わりに、やって来たのは諸葛亮。 「雛里ちゃん、趙雲さんともうお友達になったんだねっ」 「えっ?う、ううん……」 顔を赤くしてうつむきながら、首を横に振る鳳統。 「そうなの?でも、とっても仲良さそうに今、お話してたでしょ?」 「う、うん……」 言われてみれば確かに、先ほどまで趙雲と笑顔で話をしていた。 趙雲とは、劉備たちが公孫賛の軍に合流する時に、軽く挨拶した程度の間柄。 人見知りの激しい鳳統にとって、それは驚くべきことだった。 「雛里ちゃんもすぐに仲良くなれるよ」 さっき、そう言った劉備の笑顔が鳳統の心に浮かんだ。 「えへへ。よかったね、雛里ちゃん」 「うんっ」 向かい合って、両方の手と手を合わせる鳳統と諸葛亮。 実に可愛らしい光景である。 「まあ、連合軍言うたかて、一枚岩やないやろーとは思っとったけど、  思うとった以上にバラバラやねんなぁ」 斥候の報告を聞いた霞の感想である。 「賈駆殿の指示は、ひたすら水関に篭って敵を迎え討てというものだったが、  こうなると……」 霞の隣で報告を聞いていた華雄が口を開いた。 「うん?」 「いや、関の外に兵を伏せ、長駆してきた敵を一撃して、  相手の出鼻を挫くというのも悪くないのでは、と」 「ほほー」 霞は、華雄の進言に興味を持った。 当初は、ぞろぞろと迫る三十万の大軍が水関をぎっしりと包囲する というイメージで考えていたため、 連合軍の各陣の距離が離れたまま進軍しているこの状況では、 華雄の提案した作戦も悪くないと思えたのだ。 「確かにこっちの方が圧倒的に兵が少ないわけやから、まさか関の外で  仕掛けてくるとは思わへんやろうしなぁ」 「一万ほど兵をお借りできれば、敵の先手を存分に打ち倒してご覧に入れますが」 「うーん……まあ、ええか。  そのかわり、ちゃんと退き際は心得るねんで?」 「承知!」 「あと、念のために一人つけるわ。そやな……胡軫!」 「ははっ」 一人の将軍が、霞に呼ばれて進み出る。 「華雄を補佐したり。  あと、華雄。作戦やけどな……」 霞から指示された二箇所に五千ずつ兵を伏せて、華雄と胡軫は息を潜めて敵を待つ。 斥候の話によると、敵の先陣は袁術軍。 そのうち、孫策という客将が率いる五千の兵が突出して先行しているらしい。 一手は、その孫策隊に背後から襲い掛かり、 袁術軍の本陣が慌てて合流しようとするとするところにもう一手が奇襲をかけ、 被害が大きくなる前に、速やかに関に退くという作戦であった。 が、霞たちにとっても、孫策たちにとっても予想外の事態が起きた。 連合軍に参戦していた鮑信・鮑忠という姉妹がいた。 当初の布陣では、割と後方に配置されていたのだが、 後方にいては功を逃すと焦った余り、勝手に持ち場を離れたのである。 そして、抜け駆けをして、水関に奇襲をかけるつもりだったところを、 華雄隊の斥候が発見した。 (……華雄将軍、どうなさいますか?) (見逃すわけにもいくまい……) 「総員抜剣!突撃ーっ!」 「おおおおおおーっ!!」 華雄の号令一下、精鋭五千が鮑姉妹の部隊に襲い掛かる。 「て、敵だーっ!」 「な、何故こんなところに敵兵が!?」 慌てふためく鮑信軍の兵たち。 まさか、奇襲するはずの自分たちが 奇襲を受けるとは、夢にも思っていなかったのだろう。 動揺する鮑信軍の中に、大将らしい姿を見つけた華雄。 立ち塞がる兵たちを蹴散らし、疾風の如く駆け寄る。 「ひ、ひいっ!」 戦斧一閃。 上半身と下半身が永遠の別れを告げてしまったのは、鮑信の妹の鮑忠であった。 「て、撤退!撤退ーっ!」 妹が討ち取られる様をやや離れた場所で目撃した鮑信は、妹の仇討ちなどということは 微塵も思うことなく、部隊に撤収を命じた。 瞬く間に総崩れとなる鮑信軍。 華雄隊は逃げる鮑信軍を追撃し、かなりの損害を与えた。 倍近い敵軍を相手に味方の被害はほとんどなく、ここまでは圧勝だったが……。 「伝令!胡軫隊が袁術軍の先陣、孫策隊と接触。交戦状態に入りました!」 「何っ!?意外と早かったな……」 少し時間は遡り。 水関へ向け、進軍していた孫策隊。 「ねぇ、ちょっとどういうことよ冥琳」 「私に言われても……困る……」 彼女たちの遥か前方で、抜け駆けした鮑信軍と董卓軍が、水関の外で衝突した。 連合軍の統率が取れていないことを察してはいたが、 まさかここまでとは思っていなかったのである。 「どこぞのアホが抜け駆けでもしたのかのぅ」 そのとおりです。 「しかし、敵もやるもんねー。  まさか、関の外に出て兵を伏せてるとはねー。あははっ」 あっけらかんと笑っている孫策。 「笑い事じゃないでしょ、雪蓮……」 「どうするのじゃ、策殿。  助けに行くのか?」 「んー……もう間に合わないでしょ。  それより、ちょっと待ってー」 「待つって……何をじゃ……?」 戦況が見えているわけでもないのに、間に合わないと断定することにも驚いたが、 ちょっと待ってという孫策の謎の発言を聞いて、困惑する黄蓋。 「まあ、見ていればわかりますよ。祭殿」 周瑜の方は何かを悟ったらしい。 「ふむ」 進軍速度を変えずにゆっくりと、孫策の部隊が更に前進を続けていると…… 遥か前方で、壊走する鮑信軍の退路を断つように、 董卓軍の伏兵が更にもう一隊、喚声をあげて現れた。 「おー。相変わらず策殿の勘は大したものじゃな」 「よっし。全軍、突撃するわよ!」 剣を抜いて、孫策が先頭を切って駆け出す。 胡軫隊はちょうど、逃げて来る鮑信軍と孫策隊に挟撃されたような状態になった。 「何っ!?もう孫策隊が?」 華雄隊と鮑信軍の交戦を見ても、孫策隊が進軍速度を変えなかったため、 胡軫はすっかり油断していたのだ。 「くそっ!後方の孫策隊を迎え討て!」 慌てて転進を指示する胡軫の耳に、微かに鈴の音が聞こえた気がした。 「……遅い……」 胡軫の周りにいた兵が一瞬で、まるで糸を切られた操り人形のように倒れる。 「何事だ!?」 「鈴の音は……黄泉路へと誘う道しるべと知れ」 突如現れた謎の影。 「貴様、何奴っ!」 謎の影が振るった朴刀を、手にした矛で辛うじて受け止めた胡軫。 「我が名は甘寧。  主命により、貴様を討つ……」 「何を小癪なっ!」 胡軫の突きをバックステップでかわす甘寧。 次々に突きを繰り出しても、甘寧はひたすら避けるばかり。 「どうした!かわしてばかりでは私には勝てんぞ」 そう言って、胡軫が渾身の力を込めて矛を突き出す。 あまりに当たらないので、つい力が入りすぎてしまった一撃と言ってもいい。 「……そうか」 またもや後ろにかわすと思いきや、甘寧は斜め前に一歩踏み出し、 左手で矛の柄をつかみ、ぐいっと引っ張った。 つんのめりそうになった胡軫は、慌てて矛を奪われまいと両手に力を入れる。 が、手元の矛に意識が集中した一瞬の隙に、胡軫の首は宙を舞った。 「……ご忠告、痛み入る」 地面に落ちた胡軫の首を拾い上げて、甘寧は勝ち名乗りをあげた。 「胡軫、討ち取ったり!」 「しまったっ!胡軫を死なせてしまうとは……この華雄、一生の不覚っ!」 胡軫戦死の報を受け、華雄は地団駄を踏んだ。 「友軍を救出し、水関へと下がる!急げよ!」 すぐに配下の手勢を結集させる。 敵に一撃を加え、その隙に友軍を逃がそうという考えだ。 「深追いするなよ!一当てしたら、すぐに退くのだ!  突撃ぃーっ!!」 華雄の号令で、彼女の部隊は一丸となって突撃を開始した。 「くっ……なかなか手強い!」 「あらあらー。意外と強いわねー」 真正面からぶつかり合う華雄隊と孫策隊。 胡軫の隊の残存兵と合流した分、兵力では華雄隊の方が上回っていたが、 それでも戦況は当初、互角に見えた。 しかし。 「……ん?」 孫策隊の戦線の一部が崩れ、じりじりと後退を始めた。 追撃するべきか否か、華雄は戸惑った。 味方の兵と合流したらすぐに退く予定だったが、 強敵が見せた隙を逃すべきかどうか迷ったのだ。 だが、後方の水関から退き鐘が鳴らされたため、 華雄は追撃は断念し、撤収した。 「あらら、つれないわねー」 退いて行く董卓軍を見て、孫策が残念そうに呟く。 「ふむ……こちらの考えが見透かされたか?」 苦笑する周瑜。 「水関の守将、張遼はなかなかの切れ者という噂です。  我らの目論見を見抜かれた可能性は、あるかも知れませぬ」 その周瑜の傍らに控えるのは、大手柄を立てた甘寧。 「味方の兵は少ない、守りは固い、おまけに敵は切れ者か。  頭痛の種ばかり増えるな……」 周瑜がこめかみのあたりを指で押さえながら、ため息をつく。 わざと戦線を崩し、袁術の本陣まで後退して本隊を巻き込もうとしていたのだが、 あっさりと退かれてしまったのである。 これでまた新しい手を考えなければならない。 「ま、欲張りすぎちゃダメってことかしらねー」 くすくすと笑う孫策。 「そうだな。緒戦で敵の将軍の一人を討ち、倍近い敵兵を相手に、  一応は勝利したのだから、我が軍の戦果としては上々か……」 水関を睨みながら周瑜が呟いた。 彼女が考える水関攻略の策とは、どのようなものだろうか。 「申し訳ありません……」 沈痛な面持ちで華雄が帰ってきた。 「おう!よう無事で帰ってくれたなぁ」 その華雄を霞が笑顔で迎える。 だが、華雄の表情は浮かないまま。 「胡軫将軍とお預かりした兵を失いました責任は……」 「華雄のせいやない。  元はといえば、行かせたウチの責任でもあるしな」 「いえ……」 「敵の先手の部隊は撃破したんやし、結果としては悪うないと思うで」 「はっ」 「しかし、あの孫家の相手は、胡軫には荷が重すぎたんやろなぁ。  ほんま……胡軫には悪いことしたわ」 「孫家……ですか」 「おう。なんでも孫子の子孫やとか言うてるそうやけど、  黄巾の乱の時にも大活躍しとったらしいで」 「……」 確かに鮑信軍と異なり、兵も統率が取れており、強かった。 それだけにあの時の一瞬の隙を逃さず撃破するべきだったか…… という思いが、華雄の控えめサイズの胸を去来した。 「まあ、戦いは始まったばっかりや。  これからも頼むで、華雄」 「ははっ」 水関の戦いは、こうして痛み分けから始まった。