第三章 第一話 「逆賊董卓討つべし!」 董卓たちが政権を握ったことを不満に思う王允一派の陰謀。 加担した者たちも、楽成で捕縛された韓玄の証言から芋づる式に 詠の指揮で次々に検挙された。 詠は検挙された人たちを全員処刑しようとしていたけど、 俺は一人ずつ面談のうえ、やり直しを希望する人には ……それなりに大変なはずだけど……チャンスをあげることにした。 一度だけ。 二度目はないよ、と伝えて。 けど、俺たちがすっかり一件落着したと思っていたその頃、都から離れた地では 一番恐れていたことが現実になりつつあった。 洛陽より遥か北東、渤海郡。 この渤海郡の太守である袁紹は、曹操と同じ頃に十常侍によって、 地方に左遷された武官の一人である。 四代続けて三公……まあ、とっても出世した人を輩出した名門の出で、 その名家のコネと、彼女自身の持つ優美な外見と類希なる運の良さで エリート街道を邁進していた。 賊を討伐しに行けば、ちょうど賊が仲間割れをしている最中で 彼女が何もせずとも賊が勝手にほぼ壊滅状態になっていたり、 叛乱を起こした領主を征討に向かえば、怖気づいた部下が領主の首を差し出して 命乞いをして来たり、という具合。 そんな彼女の唯一ライバルと言える存在が、同期で同じく名門の出身である (と言っても、家格で言えば袁紹の方が断然上なのだが) 曹操であった。 若手の出世頭であった二人は、少なくとも互いに「麗羽」「華琳」と 真名で呼び合う程度には、互いのことを認めている仲だった。 「まさかあんな運だけの女だなんて思ってもみなかったのよ」 「華琳様、何か仰いましたか?」 「いいえ。ただの独り言よ。気にしないで頂戴」 例え、運とコネだけで出世していたのだとしても、 曹操は、決して本人には言わなかったが、その恐ろしい強運を評価してもいた。 運も実力のうち、という言葉を都で共に過ごしていた頃に 痛い程に思い知らされていたのである。 現在はともかくとして、名門出身で出世街道まっしぐらだった袁紹にとって、 董卓たちは、いずれ蹴落とすべき相手であった。 「あんな成り上がりの田舎娘が、名門袁家の後継ぎである  この私の上に立つなど、あってはならないことですわ!」 地方の領主に任命されてからというもの、 袁紹が董卓に対する愚痴を口にしない日はなかった。 とはいえ、地方の太守が、中央で権力を握っている董卓に対抗し得るべくもなく。 不平を漏らしながらも地方でくすぶっていたのだが、 そんなある日、近隣の領主たちが彼女の下を訪れた。 「あの王允さんが!?」 近隣の領主たちから王允が都で処刑されたという話を聞いたその時、 袁紹は手にしていたデザート用の匙を落としたという。 ちなみにこの日のデザートは愛玉糸。 この時代にあったのかどうかなんて、恋姫世界だから関係ないさ! さておき。 「んもー、麗羽さまってば匙を落としちゃってドジですねぇ。  斗詩ぃー、新しい匙持ってきてあげてー」 全く空気を読まずに、匙を落とした袁紹を笑う文醜。 「んもぉ、文ちゃん。それどころじゃないってば。  麗羽様もお世話になったことのある王允さんが、殺されちゃったんだよ!」 一方の顔良は、真っ当なコメントとリアクション。 さすが袁家の良心。 「そ、そうですわよ、猪々子さん。  その……王允さんが処刑されたというのは、本当ですの?」 「はい。どうも十常侍亡き後の董卓たちは、都で自分たちに従わないものを  次々と粛清しているそうです」 「都だけではありません。  その魔の手は、地方の領主にも伸び始めていると聞きます」 「我々とていつ言いがかりをつけられて、殺されるかわかったものではありません」 領主たちは口を揃えて、董卓の非道を訴える。 「聞けば聞くほど、あの田舎娘……許せませんわね」 日頃、董卓のことを快く思っていなかっただけに、袁紹も怒り心頭である。 「じゃあ、麗羽さま。今から洛陽まで乗り込んで、  董卓たちを都から叩き出しちゃいましょうよ!」 「文ちゃん……それはいくら何でも無理だよぅ」 「何だよ、斗詩ー。人が盛り上がってるところに水注すなよなー」 「まず相手は大軍なんだし」 「敵が十万だろうが百万だろうが、あたいの敵じゃないぜ!」 文醜のその自信がどこから来るのかわからない。 たぶん彼女自身もわかっていないに違いない。 ついでに言うと、文醜にとって、そんなことはどうでもいいに違いない。 「兵力の件は、いかがでしょう?  名門である袁紹様が天下に号令を発して、董卓に不満を持つ諸侯と連合すれば  董卓を打倒できるくらいの兵力は集められるのではないでしょうか?」 「もちろん、我々も助力致します!」 顔良にとっては意外なことに、領主たちは文醜の意見を支持した。 「ほらなー、斗詩。  意外と世の中、何とかなるもんなんだって。  今までだってそうだったろ?」 嘘だ。絶対に嘘だ。 と、顔良は思ったが、そんなことを言っても無駄なのは百も承知。 だが、ここは唯一の良心と言うか、良識派として、 退いてはならないと、懸命に食い下がる。 「……でも、単純に董卓さんに不満を持っているからって  帝に反逆するようなことになってまで、  兵を挙げようっていう人は、多くないんじゃないですか?」 「それは……確かに……」 腐っても漢帝国の威光というのは、未だ健在であり、 董卓は気に入らなくても、漢帝国を打倒しようという程の気運はない。 ので、顔良の意見を聞いた領主たちはうなだれてしまった。 顔良の発言があるまでは、 董卓打倒=漢帝国への反逆となるなんて、場にいる者たちは考えていなかったのだ。 ただ、董卓が気に入らないから倒そうという単純な発想。 もっとも、皇帝に任命された相国を気軽に打倒しようという話が出ること自体、 漢帝国の威信の失墜と言えるのだが。 が。 しかし。 「ああ、それでしたら、私」 「……袁紹様?」 「皇帝陛下から、董卓を打倒して漢の国を救って欲しいと密勅を受けておりましたわ」 「えええええええええええええええええ」 袁紹の爆弾発言。 これには顔良だけでなく、領主たちも大いに驚いた。 ただ二人、言った本人である袁紹と 袁紹が言った言葉の意味を理解できなかった文醜だけは、驚く彼女たちを見て きょとんとしていた。 「逆賊董卓討つべし!」 「天意は我らにあり!」 「早速、我らも近隣の諸侯に呼びかけまする!」 袁紹の一言が、漢への反逆という最後の迷いを吹き飛ばし、 ここに袁紹を盟主とした反董卓連合軍が結成されることになった。 何せ皇帝の勅命なのだ。 これ以上の大義名分はない。 「あのー……麗羽さま。  皇帝陛下から密勅があったって……本当ですか……?」 領主たちが帰った後、辺りに自分と袁紹と文醜以外の人間がいないのを確認してから、 顔良がおそるおそる袁紹に訊ねた。 「何を言ってるの?  昨日、斗詩さんだって一緒にいたでしょう?」 「…………………………………………………………………………はい?」 顔良は、懸命に昨日の朝起きてから眠りに就くまでの記憶を思い出していた。 が、どう頑張ってみても、袁紹が、 皇帝陛下から董卓打倒の勅命を受けたという記憶はない。 間違いなく、ない! 「あのー……麗羽様……。  私、そんな記憶はないんですけど……文ちゃんは記憶ある?」 「んー?あたいが昨日のことなんていちいち憶えているわけないだろー?」 「そうだよね……」 文醜の記憶力はさておいても、少なくとも顔良自身は、 皇帝からの密勅なんていう大イベントがあったら、忘れるはずがない。 が、とりあえずここは、袁紹の言い分を聞いてみることにした。 「麗羽さま。どうしても密勅の件、思い出せないんですけど……  よろしかったら、その時のことを教えていただけませんか?」 「仕方ありませんわね。斗詩さんも猪々子さんも。  そうですわねー……あれは、確か私たち三人で密林を……」 「密林!?」 顔良は全く予想だにしない単語が、いきなり袁紹の口から飛び出したので、 思わず大声をあげてしまった。 「そうそう。幻の秘宝の地図を手に入れた私が、斗詩さんと猪々子さんを連れて、  密林を旅して、様々な困難を乗り越えた末に、  地図にある宝の場所に行ったら、あの生意気な田舎娘の董卓が  私のお宝を横取りして……その時に、皇帝陛下が董卓を討てと私に」 「あの……麗羽さま……。  昨日、私たちは城から出てませんよね?」 顔良は確信した。 やはり私の記憶に間違いはなかった、と。 「そうだっけー?  ああ、でも、密林なんて行ってないなぁ」 よかった。 顔良は袁紹未満だが、文醜よりは遥かに大きな胸を撫で下ろした。 ここで文醜が袁紹に同意したりした日には、手に負えないもの。 「……んー……。  そういえば、そうですわねぇ」 「もしかして、麗羽さま……それ……夢じゃ……」 「……」 「……」 「斗詩さん」 「はい……」 やっと袁紹が己の過ちに気付くかと思いきや、 「これは、きっと天意ですわ」 「……は?」 「皇帝陛下が、私に夢枕で董卓を討てと命じられたのよ」 開き直った。 「ぇぇぇぇぇぇ」 「そうよ。そうに違いありませんわ!  そうに決まりですわ!」 顔良は思わず、頭を抱えて座り込んでしまった。 だが、袁紹が密勅を受けて、董卓討伐の兵を起こしたという話は、 諸侯を通じて、全国に拡がり始めたのだから、 今更「ごめんなさい。夢でしたー」ではすまない。 となれば、この嘘……突き通すしかないのである。 「そう……ですね……」 トホホ……と涙を流しながら、顔良は決意した。 勝てば官軍、負ければ賊軍。 こうなれば、頼みは諸侯と袁紹の強運のみ。 「事が成れば、私は天下人。  斗詩さんも猪々子さんも立身栄達は思いのままですわよ。  オーホッホッホッホッホ!オーホッホッホッホッホ!」 かくして、反董卓連合軍は結成された。 袁紹を盟主に仰ぎ、集結した諸国の領主たちの軍は、総勢三十万。 有名なところでも、荊州の太守であり、袁術の従妹でもある袁術。 幽州太守の公孫賛、西涼からは太守である馬騰の名代として馬超。 そして、曹操の姿もあった。 反董卓連合軍への参加要請を受けた曹操は、困惑していた。 「予想以上の大軍になったわね、桂花」 「はい、華琳さま。  まさか、皇帝の密勅なんて話が出るとは……」 そもそも、曹操と荀ケのプランはこうだった。 董卓を貶める流言を各地に広めて諸侯の不安を煽り、 頭の悪い袁紹を焚きつけて挙兵させるというものだった。 袁紹の強運をもってしても、反董卓連合軍が勝利するとは思っていなかったが、 曹操自身も反董卓連合軍に参加し、連合軍をうまく利用することで、 董卓の軍を相当消耗させることが出来るだろう。 そこで、温存していた別働隊で都を押さえる。 曹操たちとしては、連合軍が惜敗するくらいが一番面倒がないのだ。 ところが、今や兵の数だけで言えば、連合軍は董卓の軍を凌駕している。 こうなると、連合軍で如何に活躍して勝利するかが肝心になる。 「桂花、本当に密勅があったと思う?」 「万に一つもないと思います。  しかし……」 「……しかし?」 「事情に通じていない地方の領主では、袁家ならあるいは……と考えるものが  いても仕方がないのかも知れません」 「そうね。  皇帝の人となりも不明、聞こえる噂は董卓の暴政、名家に下る密勅……  お膳立てした甲斐があったいうものね」 曹操はくすりと笑った。 その笑いには、若干苦笑のエッセンスが含まれているように見えた。 「あの……華琳様。  密勅が嘘だったとして……嘘だと私も思うのですが、  その嘘をあの袁紹が考えたのでしょうか?」 「確かに麗羽が考えたにしては、効果的過ぎる嘘ね。  ……誰か入れ知恵でもしたのかしら?」 ここまで反董卓連合軍が大規模になったのは、袁紹の吹聴する皇帝の密勅のおかげだ。 「董卓討伐が皇帝の勅命とあらば、権力争いなどに興味がない諸侯も動きますし、  兵を挙げるのには、これ以上にない大義名分です」 「思ったよりも面白くなりそうね……ふふふ」 その頃の俺たちは、と言うと。 「陛下!城下ですっかり、陛下のことが噂になっていますぞ!」 ねねがそんなことを言いながら俺の部屋に入ってきた。 「何それ」 「都雀の噂好きには困ったものなのですが、紫苑殿を助けて王允を討った話に  色々と尾ひれがついて、話題になっているのです」 「ほほー。恋知ってた?」 「……」 恋は首を横に振って答えた。 「恋殿はあまり城から出られないですからな!  ねねも旅のお供の一人として、鼻が高いのです」 あの旅の道中であまりねねが活躍していた記憶はないのだが、 本人が嬉しそうなところに水を注すのも野暮というものだし、蹴られたくないし。 「そういう話がもっと広まれば、月とかの悪い噂とかも払拭できるよなぁ」 「ふむ……それはいい考えかもなのです」 「いい考え?」 「そうなのです。この噂話をもっと積極的に他の都市にも拡げれば、  きっと悪い噂など一掃出来るのです!」 ねねが目をきらっきらさせながら、答えた。 「よし。じゃあ、早速詠たちに相談してみるかー」 なんてすっかり手遅れな会話をしていた。 俺たちがそんなのんびりしていた頃、既に洛陽城下の董卓の下に 反董卓連合軍が洛陽へと進軍を開始した、という報告が入っていた。 「渤海太守の袁紹を総大将に、諸国の領主が参加した連合軍の兵力はおよそ  ……三十万……」 報告する兵の口調は暗い。 「多いわね、随分」 詠の表情は相当険しい。 都にいる禁軍と近隣の防衛の兵士をかき集めても、二十五万に満たない。 それは当然、都や近隣の拠点防衛、治安維持などに当たっている兵たちを 含んだ数なので、二十五万人全てを投入できるわけではない。 兵力だけで言えば、圧倒的に不利なのである。 「せやなぁ。よう三十万も兵隊を集めたもんやで」 うんざりとした表情の霞。 「そうね。参加している顔ぶれを考えても、ちょっと異常だわ」 「えらい嫌われたもんやなぁ、月ー」 場の雰囲気を少しでも明るくしようと、冗談を言ったつもりの霞だったが、 「へぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」 声をかけられた月は、さめざめと泣いていた。 「ちょっと、霞!」 「すまんすまん。そんなつもりやなかってん」 「へぅぅぅぅ」 「しかし、ほんまに何があったんやろな。  袁紹に有名どこだけでも袁術、曹操、馬騰、公孫賛……ぎょうさん揃うてるなぁ」 「……」 「……?」 と、ここで伝令の兵の様子がおかしいことに詠が気付いた。 「ちょっと」 「は、はいっ!」 「何か隠してない?」 「そ、それがまだ未確認情報が……」 「いいから言いなさい。判断はボクたちがするから」 「は、はい……。おそらくは賊軍の流言だと思うのですが、  袁紹が董卓様討伐の密勅を受けたと……」 「はぁ?」 詠の片眉がぴくっと跳ね上がった。 「ないわー」 苦笑する霞。 「……陛下が……?」 戸惑う月。 「確かに霞の言うとおり、あの間抜け陛下に限って、袁紹に密勅だなんてことは  間違いなくないわね。  けど……陛下とボクたちのことをあまり知らない田舎の諸侯だと、  そんな嘘を信じる可能性があるかも知れないわ」 「袁家ちゅーたら名門中の名門やしなぁ」 「とはいえ……ボクたちを政権の中枢から引きずりおろしたい連中も、  決して少なくはないだろうし、偽の勅命に騙されて参加した連中もいれば、  名を上げる目的で参加したような奴らもいるでしょ」 「……詠ちゃん……」 「月……残念だけど、戦いは避けられないわ」 悲痛な表情で答える詠。 「まあ、とにかく伝令ごくろーさん。  また急な仕事が入るかも知れへん。今はゆっくり休んどき」 「ははっ。失礼致します」 伝令の兵が退室したのを確認してから、霞が話し出した。 「で、三十万もの大軍相手や。  まともに真正面からどかーんて戦うわけにもいかへん。  どないする?」 「幸い、洛陽は西には函谷関、東には虎牢関と水関があるから、守りは堅いわ。  長期戦に持ち込めば、寄せ集めの連合軍は、補給とかに支障が出て瓦解するはずよ」 詠の選んだ作戦は持久戦だった。 遠方から参戦している太守たちは、国許から物資を運ぶだけでも一苦労だ。 長期戦になればなる程、負担は大きくなるし、近隣の太守でも他の太守に 兵糧を貸せるほど余裕があるものは限られてくる。 貸し借りなどでも揉めれば、連合軍内での内輪争いが発生することも考えられる。 長引けば長引くほど、連合軍は戦力を維持するのが困難になるわけだ。 「なるほどな。  まあ、面白くはないけど、悪くもない作戦やな」 「敵は水関を目指して進軍しているらしいから、  霞は五万の兵を連れて、水関の守りを固めて。  念のため、函谷関にも兵は割くけど……」 「五万なぁ……孫子かて五倍おったら攻めぇて言うてたんやから、  もうちょい兵力が欲しいとこやねんけど」 「……ボクだって出来るならそうしてあげたいわよ。  でも、すぐに動かせて戦える兵はそれが精一杯だもの……。  あと五万は、何とか投入できるようにするから……お願いよ……」 「しゃあないか。  副将の人選は適当に任せてもろてええか?」 「任せるわ。人選に関して、ボクが協力できることがあれば何でも言って」 「おおきに。ほな、後でちょっと相談させてもらうで」 あくまで口調はいつもどおりだが、霞の表情は真剣そのもの。 堅固な要害という地の利があるとはいえ、三十万の大軍を五万で迎え討つのだ。 並大抵の覚悟では務まらない。 「霞さん、ごめんなさい。  私がもっとしっかりしていれば……」 部屋を出て行こうとする霞の手を、月がそっと握る。 「何言うてんねんな。月のせいちゃうよ。  悪いのは賊軍の連中や」 「……どうか無事帰ってきてくださいね……」 「おう!どーんと大船に乗った気持ちで任せとき!」 そう言って、霞は晒に包まれた胸をどんと拳で叩いた。 その日の夜。 「詠ー。入るでー」 詠の部屋を霞が訪れた。 「悪いわね、霞……」 「かめへんかめへん。  それより、昼に言うてた相談の件やけどな」 「うん……」 「とりあえず、副将で陛下ん所から華雄を借りたいねん」 「華雄を?」 「せや。  あと、こっからが肝心やけどな。  後詰の大将、誰にするつもりやった?」 「……」 「いくら兵が必要やから言うて、李確や郭に指揮させるわけちゃうやろ?」 「……出来れば避けたいわ」 「そこでや。  恋も陛下から借りて欲しいねん」 「え?」 「今でこそ陛下にべったりやけど、恋の強さは別格やからなー。  後詰の大将は、恋が最適やと思う。  恋が援軍で来るんやったら、心強いっちゅーもんや」 「わかったわ。  陛下に恋と華雄を貸してもらえるように、責任を持って、ボクが説得する」 その詠の言葉を聞いて、霞がにかっと笑った。 「それ聞いて安心したわ。  ところで、陛下には連合軍の話するん?」 「……」 「言わへんのかいな」 「……これはボクたちの失態だもの。  関係ないあいつを巻き込みたくないし、  こんな格好悪いところ見せられないわ……」 「まあ、ええわ。  ほな、恋と華雄の件、頼むでー。  ウチの方で陛下の護衛には、新しい子を見繕ったるさかい」 「霞……ごめん……」 悲痛な顔で霞を見送る詠。 「ごめんやないやろ。  ありがとう……でええ」 「……うん……」 妙に神妙な顔をした詠が、俺の部屋を訪ねてきた。 「珍しく一人なんだな」 「……わ、悪い?」 ちょっといらいらしている感じだな。 怒らせると面倒かも知れないので、あまりからかわないことにした。 「いや、別に悪くないけど。  もうすっかり辺りは暗いのに、どうかしたの?」 夜這いなの? なんてわけはないな。詠に限って。 表に恋もいるし。 「ちょっとお願いがあるんだけど……  恋と華雄を少しの間、借りたいのよ」 何かと思えば、そんなことか。 最近、恋も華雄も山賊討伐などの任務で出かけるようになった。 二人の腕を俺の護衛で腐らせておくのももったいないし、 俺としても、それが困っている人たちのためになるなら断る理由はない。 ということで、だいたい二人が交代でそういった討伐任務に参加するようになった。 「いつもの山賊退治?」 「う、うん。そんな感じ……」 詠の様子がやはり少しおかしい。 元気がないからと言って、気さくに「あの日?」とか言える雰囲気ではない。 霞とかがいれば、また話は別なんだけどな。 二人きりだとちょっと気まずい。 「何かあったの?」 「ちょっと……ね。  あの……その……ごめん……」 「いや、別に謝らなくたっていいってば。  で、二人一緒にだっけ?」 「う、うん……。  二人が戻るまでの間、代わりの護衛は用意する……から……」 「おう。そっか。悪いね。  まあ、一人より二人の方が、仕事も早く片付くだろうしな。  それに、華雄はもともと月の配下なんだし、気にしないでいいよ」 どうも調子が狂うなぁ。 何か詠があまりに元気がないので、気を遣ってしまう。 「……ありがと……」 「どういたしまして、だ。  何があったか知らないけどさ、詠が元気じゃないと、  からかえなくてつまんないから、早く元気になれよ」 「……うん……って、バカっ!  あんたのことちょっといい奴かもとか思って損した!バカ!バカ!バカーっ!」 そう言って、俺の胸をぽかぽかと叩いた勢いはいつもの半分もなかった。 「……詠……へーかは、ばかじゃない……」 恋がにゅっと現れて、詠の首根っこを捕まえる。 「ご、ごめん。ボクが悪かったから。放して、恋」 「……わかれば……いい……」 部屋を去る詠の背中を見て、 はて、月と喧嘩でもしたのだろうか……なんてこの時もまだ俺は、 暢気なことを考えていたのだ。 「かずと……」 「うん?」 「またかずとに会えなくなる……」 恋が部屋の戸のところで寂しそうに呟く。 「入っておいで」 「でも、ここを守るのが恋の仕事……」 「こんな夜に来る人ももういないから、平気だよ。  それに俺を守るんだったら、近くにいても守れるでしょ?」 「……ん……」 この日の恋は、普通に歩いて入ってくればいいものを、 犬や猫みたいに四つん這いになって、部屋に入って来た。 「にゃあ」 「にゃあ!?」 鳴き声は猫だけど、雌豹のポーズ!雌豹のポーズじゃないか! 恋の背中から形の良いお尻にかけての流線型が美しい。 それはそれとして。 「どうしたの?恋」 「……」 恋はそのまま俺に近寄ってきて、俺の膝に頬ずりを始めた。 その仕草があんまり可愛かったので、恋の頭を撫でる。 すると、今度はその撫でる手に頭をすりすりしてきた。 とりあえず恋の頭を撫でながらも、もう片方の手で恋のことを抱きしめてみる。 「また……かずととあえなくなる……」 「……ごめんな……」 「かずとは悪くない……これも恋の仕事……」 そう言って、恋は寂しそうな目で俺を見上げる。 「そうだね……。  困っている人たちを助ける立派な仕事なんだ。  恋は偉いな。俺も恋を見習わないとね」 俺はそう言って、恋の髪を優しく指ですくようなしながら、撫でた。 「恋はかずとに会えないとさびしい……。  胸がきゅーって……なる……」 「俺もだよ……。  でも、山賊に苦しめられている人たちのことを考えれば、我慢しないと……ね?」 こう言っておかないと、任務放棄とかしそうだもの。 俺を最優先にしてくれるのは嬉しいけど……ね。 「……恋、がんばる……。がんばって、早く帰ってくる……」 「おう。  でも、もしも、恋が危険な目に遭った時には、俺が必ず恋のこと、助けるからね」 「かずとが……恋を……」 「うん。  ……変……?」 「ううん……恋は……うれしい……」 そう言って、恋は俺の頬をぺろりと舐めた。 「……今日は猫なの?」 「……きょうは……あまえんぼ……」 恋が甘えんぼなのは、いつものことな気がするんだが…… と思っても口に出さないでいると、恋が俺の顔をじーっと見つめていた。 「……どうした?」 「……かずと……いってらっしゃいのちゅー……」 「……早くない?」 今日出かけちゃうわけでもないだろーに。 「はやくない」 「しょうがないなぁ……」 苦笑しながら俺は、恋とそっと唇を重ねた。