第二章 第三話 「理由などというものは、ひどく簡単なものですよ」 「もし、ご存知でしたら、この子の母親  ……黄忠様がご無事かどうか……  教えていただけませんか?」 牢に囚われた黄忠さんが、冤罪なのかどうか。 それを確かめるために、彼女が治めていた楽成に向かった俺たちは、 その道の途中で、山賊に襲われていた女の子たちを助けた。 ……いや、実際に助けたのは華雄と張遼なんだけどね……。 そして、まるで嘘みたいな偶然だけれども、 俺たちが助けた璃々ちゃんっていう子は、あの黄忠さんの娘だった。 村人たちが城主を慕って、かなりの距離がある都まで わざわざ助命嘆願をしに行こうとしているくらいなんだから、 楽成まで行くまでもないだろう。 そして、黄忠さんが無罪ということは、 同時に敵が存在することも確定したわけだ。 黄忠さんを陥れたという役人、そして虚偽の報告をした監察官。 少なくとも、二人。 もしかしたら……もしかしなくても、それ以上いる可能性は高い。 だとすると、黄忠さんの生きている以上、 璃々ちゃんたちが迂闊に都に近付くのは危険な気がする。 となると、 「とりあえず俺たちが都を出た時には、黄忠っていう人が処刑されたっていう話は  聞かなかったよ。  何でも偉い人が病気になって、お裁きは延期になったとか何とか」 「本当!?よかったぁ」 「璃々様!よかったですな!」 「そうと聞けば、一刻も早く都へ!」 俺の言葉を聞いて、璃々ちゃんたちは慌てて都へ向かおうとする。 「……都へ行ってどうするつもりなのです?」 そんな璃々ちゃんたちに声をかけたのは、ねね。 「そ、それは……お役人に掛け合って……」 「本当に役人たちがぐるになっているとしたら、逆に危ないのでは?」 「……」 陳宮の言葉を聞き、気まずい様子で顔を見合わせる村人たち。 「……おかあさん……」 そんな村人たちの様子を見て、泣きそうな顔になる璃々ちゃん。 「璃々様、大丈夫です。きっと何とかなります!」 「そうです。黄忠様は何も悪いことをしていないのですから!」 「……うん……」 一瞬、陳宮が俺の方を見て、目配せをした。 「ああ……もし、よかったら……俺たち、都に懇意にしている将軍がいるから、  その人を紹介しようか?  その人だったら、たぶん璃々ちゃんたちの力になってくれるから」 なるほど。 都から来た商人であるはずの俺たちが、 何の理由もなしに都へついて行くというのも変な話だ。 道中の用心と、要人の取次ぎをするという言い訳があれば、 ついて行くのは自然になる。 「命を助けていただいたうえに、そんなことまでしていただいて、よろしいので?」 「いいですよ。俺たちもひどい話だと思うし、それに……  城主様に恩を売れるのでしたら、これ以上ない幸いですしね」 ちょっと悪戯っぽく笑いかけてみせる。 こうして、俺たちは、璃々ちゃんたちと一緒に都へ戻ることになった。 行きと比べると、徒歩の村人たちも連れているので 更にゆっくりの旅となる。 さすがにまだ小学生くらいの璃々ちゃんを長距離歩かせるのは可哀想なので、 恋が一緒の馬に乗せてあげている。 「ねーねー、おねえちゃん。おねえちゃんはあっちのおねえちゃんより強いー?」 璃々ちゃんはだいぶ恋に懐いているみたいだ。 「ん……かゆーと?」 「うんっ。あのおねえちゃんとどっちがつよいのー?」 「んー……恋のほうがつよい……」 「じゃあ、あっちのおねえちゃんはー?」 そう言って今度は張遼を指差す璃々ちゃん。 「恋のほうが……つよい……」 恋は別格だから、たぶん張遼も華雄も文句を言わないんだと思うけど、 ……二人とも笑顔が若干ひきつっているが…… これが張遼と華雄のどっちが強いかだったら、ちょっと大変なことになるな。 恋で良かった。 本当に良かった。 「すごーい!でもねーでもねー。  璃々のおかーさんもとーっても強いんだよー!」 無邪気な笑顔で恋を見る璃々ちゃん。 「……うん……。  おかーさんのことは……すき……?」 「うん!璃々、おかーさん大好き!」 そう答えた璃々ちゃんを見て、恋は優しく微笑んだ。 「はぁー。あんな顔で微笑んだりできるんやなぁ」 と言ったのは張遼。 「ん?俺といる時はいつもあんな感じだぞ?」 「さよかー。  昔の何があっても表情変わらへん頃と比べたら、まるで別人やなー」 最近では、こういう恋が当然のような気がしていたんだけど、 言われてみると、そうかも知れない。 出会った頃に比べると、本当に恋は色々な表情を人前でも見せるようになった。 その日の夜。 宿に着き、一息ついてから、 さあ璃々ちゃんたちを連れて、 晩御飯にでも繰り出そうかとしたその時のこと。 「璃々様!ご無事でしたか!」 璃々ちゃんたちの部屋から女の大声がした。 とりあえず、様子を見にみんなを連れて、 璃々ちゃんたちの部屋の様子を見に行くと…… 「焔耶お姉ちゃん、どうしてここに?」 「留守を任されてはおりましたが、璃々様たちが旅立ってから数日……  どうにも心配でいても立ってもいられず……」 「お前様までこっちに来ては、城に残された者たちは……」 「だ、だけど、ワタシは……璃々様たちが  道中、山賊たちや刺客に襲われてはしまいかと」 「ありがとね、焔耶お姉ちゃん」 「璃々様……」 そこにいたのは、ちょっと大柄で、一部だけ金髪なのか白髪なのか染めている感じが 特徴的な黒髪の女の人。 その人たちは、俺たちが璃々ちゃんに声をかけるよりも早く立ち上がり、 俺たちに向かって武器……でっかい金棒を突きつけた。 金棒だから、尖端恐怖症の人でも安心……とかはどうでもいいな。 「誰だ、貴様らっ!」 「!」 「お下がりください!」 さっと俺を庇うように前に出る恋と華雄。 「え、焔耶お姉ちゃん!この人たちは、璃々たちを助けてくれたいい人たちなの!」 「何!?そうなのか……すまなかった。  ワタシの名は魏延。  黄忠様に仕えている。璃々様たちが世話になったようだな」 ……ん? 魏延って言うと、蜀で確か反骨の相ありとか言われて、 孔明が死んだ後に味方に殺されちゃう人だっけ? だとすると、気をつけた方がいいか……。 「俺は、都から来た商人で三蔵と言います。  こちらは俺の連れの者で……いや、驚かせてすみませんでした」 ちなみに、三蔵というのは俺の偽名だ。 それはさておき、俺の言葉を聞いた魏延の眉がぴくっと動いた。 「……都……から……?」 「ええ。璃々ちゃんのお母さんが冤罪で捕らえられていると聞きまして、  日頃俺たちが懇意にしている将軍をご紹介することで、  お役に立てるかなと思いましたもので……」 「怪しい……」 魏延から超疑いの眼差しで見られる俺たち。 「何がだ!?」 魏延に真っ先に食ってかかったのは華雄。 「お前たち、韓玄の回し者じゃないのか?」 「……韓……玄……?」 韓玄と言うと、確か三国志で黄忠とか魏延が仕えていた人だっけ? どういうことだろう? 「誰やそれ」 俺だけじゃなく、張遼たちも似たような表情をしていたみたいだ。 「フン。どうやら、韓玄の回し者じゃなさそうだが……  何か隠し事をしている感じがするな」 ドキッ 魏延の邪推は外れだけど、でも隠し事をしているというのは当たりだ……。 「やはり怪しい……。  将軍を紹介するとか言って、璃々様たちを  罠に嵌めようとしているんじゃないだろうな?」 「もし、そうなのだとしたら、こんな回りくどい真似せずに  道中で始末しているのです。邪推もいい加減にするのです!」 気の短さなら負けていないのがねねだ。 「何だと、このチビ!」 「ぬぬぬぬぬー!誰がチビなのです!」 「まあまあ、落ち着いて……」 うーん……用心深いのは悪いことじゃないけど、 この魏延という人、なかなかに面倒くさいな。 「まあ、いい。  この焔耶が来たからには、璃々様を見事悪党どもからお守りし、  紫苑様を必ずやお救いしますぞ!」 「じゃあ、璃々ちゃん。どうする?  俺たちは一緒に都に行かない方がいいかな?」 「貴様、さっきから商人の分際で璃々様に馴れ馴れしい!  璃々様と呼べ!璃々様と!」 この一言を聞いた瞬間、華雄と恋の殺気が沸点に近付いているのを感じた。 でも、懸命に堪えてくれているようだ。 我慢してくれ。な? 今の俺はただの商人ってことになってるんだし! っていうか、俺はそもそも一介の高校生だった人間だし! 「い、いいよ、焔耶お姉ちゃん。  お兄ちゃん、今までどおりでいいからね?」 「ありがとう、璃々ちゃん」 これ以上、ギスギスした雰囲気になるのは耐えられないので、 とりあえず俺たちは、部屋に戻ることにした。 「何なんだ、あの女は!」 華雄は完全におかんむり。 「……」 恋も不満そうな表情。 「まあまあ、今は一応、俺たちは旅の商人で、  向こうは城主の補佐とかそんな感じの人なんだから。な?」 「それはそれとしても、感じ悪い奴やったなぁ」 張遼も顔には出さないもののムッとしていたらしい。 「それは否定できないけどさ……」 「ああいう風に中途半端に頭が回る者ほどタチの悪い者はいないのです!」 陳宮もほっぺをぷうっと膨らまして、ご機嫌ななめなご様子。 「まあ、都に戻るまでの辛抱や。  後でギャフンと言わせたったらええねん」 「見ておれ、魏延め。後で吠え面かかせてくれる」 「……それ、人聞き悪いって……」 「は、ははっ。申し訳ございません」 「でも、俺のためにそんなに怒ってくれて、ありがとな」 「もったいないお言葉……」 華雄はとりあえず少し落ち着いてくれたみたいだ。 「恋も……おこってる……」 「恋もありがとな。そして、二人ともよく我慢してくれたね」 「……恋がおこったら、だいなしになる……」 「さすが恋殿!見事な状況判断なのです!」 よし。恋もねねもいつもどおりに戻った感じだ。 「ほな、とりあえず飯食いに行こかー」 飯屋に向かう途中。 「なぁ、ねね」 俺と陳宮の身長差は随分とあるので、耳打ちするのは非常に難しいのだが、 そっと話しかけてみた。 「何なのです?」 「さっき名前が出た韓玄って聞き覚えある?」 「ん〜〜〜。たしか、黄忠殿を訴えた役人がそんな名前だったと思いましたぞ」 「なるほど。さんきゅ、ねね」 「……さんきゅ?」 「あ、いや。ありがとな、ねね」 「どういたしましてなのです」 得意げなねね。 さすが軍師だけあって、記憶力が良くて頼りになる。 短気なのが難点だけど。 それでも、ねねがいてくれて助かった。 「ちょっといい?」 今度は、張遼に声をかけた。 「何やー?」 「この近所に信用の出来る武官とかはいる?」 「んー……ちょっと離れた城にやったら、おるっちゃーおるけど……  どないしたん?」 「黄忠さんの無罪は証明されたようなもんだから、黄忠さんのことを訴えたという  役人を捕縛したいんだ。  逃げられちゃったら、困るからね」 「そやな。ちょっと頭固いのが玉にキズやけど、アホみたいに正義感は強い  高順っちゅうのがおるから、そいつに頼んだるわ」 「おお。助かる。  ……でも、ちょっと離れた城ってどうやって伝えに行くんだ?」 「ウチやったら一日あれば行ける距離やから、二日ちょい……三日もあれば、  十分追いつけるわ。  あんまり余計なもんの耳に入らへん方がええやろ?」 確かに、敵……獅子心中の虫が、どの程度の規模存在するのかがわからない以上、 あまり人に知られたくはない。 「さすがだね。  じゃあ、悪いけどよろしく頼むよ」 「霞でええよ」 「……へ?」 「ウチの真名や。  一緒に旅しとって、あんたは信用してええ人間やってわかったわ。  これからもよろしゅうな」 「お、おう。よろしく」 「なぁ……試しに呼んでみてくれへん?」 張遼改め霞が随分と甘ったれた声で俺に言った。 まるで、おねだりしてくる猫みたいに。 「え?」 「ええやん。なぁなぁ」 くっ。 目をきらっきらさせやがって! 「し、霞……」 「もう一回!もう一回!今度はもっと気持ち込めて!」 猫なで声ってたぶんこういう声のことを言うんだと思う。 「き、気持ちって……」 「細かいことは気にせえへんと!」 「霞……」 「へへへへへー。  おおきに。ほな、ちゃちゃっと行ってちゃちゃっと帰ってくるわ!」 そう言うと、霞はあっという間に俺たちの視界から消えた。 「……何かあった……?」 「ああ、ちょっとお遣いに行ってもらったんだ。  二、三日で戻って来ると思うから、俺たちはとりあえず腹ごしらえを済まそう」 翌日から、俺たちは璃々ちゃんたちとは少し離れて、都への道を進むことになった。 まあ、あの魏延も恋ほどじゃあないだろうけど、強そうではあるから 璃々ちゃんたちも大丈夫だろう。 治安は比較的良い方の都へ近付いていることもあり、特にアクシデントもなく、 霞も二日で俺たちに合流して、 ついに俺たちは黄忠さん無罪の証人を連れて、都へと帰ってきた。 「あの、三蔵さん」 洛陽に入ってすぐ。 璃々ちゃんが俺たちの方に来て、話しかけてきた。 もちろん、魏延はすぐ近くで俺たちを睨んでいるが。 「何だい?璃々ちゃん」 「お知り合いの将軍っていうのは、何ていう人なの?」 「呂布っていう人だよ。  信用できる人だから、大丈夫」 「おかーさん……きっと助かるよね?  璃々、またおかーさんたちと一緒に暮らせるよね?」 「もちろんだよ。約束する」 「うんっ♪」 そこへ 「楽成から来られた方々ですか?」 俺たちに数名の兵士が声をかけてきた。 「うん。そうだよ」 璃々ちゃんが素直に答える。 「我々は、黄忠様に昔お世話になった者でして、楽成から璃々様たちが  黄忠様をお助けするべくこの洛陽に向かわれたと聞きましたので、  お待ちしていたのです」 「長旅でさぞお疲れでしょう。  私どもの主人の屋敷にご案内します。さ、こちらへ」 そう言って、璃々ちゃんを連れて行こうとした。 「待て!」 それを制止したのは魏延。 「璃々様が洛陽へ向かわれたのは、秘密にしてあるはずだ。  なのにどうしてお前たちが知っている?」 「あなたは?」 「楽成の魏延だ」 「ああ。あなたが魏延殿でしたか。  あなたが璃々様を追いかけて出て行ってしまったので、残った者たちが  早馬で伝令を寄越して来たのですよ」 「ふむ……」 怪しい。 何か怪しい。 「すみません。あなたたちの主人というのはどなたですか?」 「……何だ、お前は?」 「三蔵というケチな商人でございますよ」 「商人如きが……まあいい。璃々様を不安がらせてもいけませんからな。  司徒、王允様という方だ。  皇帝陛下にお仕えするとても偉い方だぞ」 王允……確か、人の良さそうなお婆ちゃんというイメージの人だった気がする。 あまり話したことはなかったけど、黒幕という感じはしない人だった。 けど、三国志だと、董卓と呂布を仲違いさせて、呂布に董卓を殺させた人。 だとすると、この世界では俺たちの敵である可能性はある……。 「なるほど。璃々ちゃ……璃々様。ここまで一緒に旅をしてきたご縁です。  俺たちも一緒に連れて行ってもらえませんか?」 魏延と兵士たちの手前、気を遣って敬語で話してみた。 「貴様らなんか連れて行くか!」 と、魏延が食ってかかった来る。 「まあまあ。俺たちだって璃々様がお母さんと再会する感動の場面を  見てみたいし」 「ならんならん!」 一方、兵士の方は何やらひそひそ話の後、 「よし。お前たちもついてこい!」 俺たちを連れて行く気になったようだ。 「ダメだ!こんな奴らを連れて行くのは反対だ!」 と魏延が反対したが、取りあってもらえず。 何より璃々ちゃん自身が 「お兄ちゃんたちも一緒がいい!」 と言ったのが決め手になった。 王允の屋敷に連れて行かれる途中のこと。 「……おい、三蔵とか言ったな」 魏延が俺にこっそりと話しかけてきた。 「うん?」 「どうして逃げなかったんだ」 「……」 「ワタシがいれば、璃々様一人くらいなら守れるが、  お前たちの面倒までは見られないぞ」 「……その口調だと、魏延もあいつらは怪しいと思っていたんだね」 「ワタシだってバカじゃない。それぐらいわかるさ。  だが、奴らの罠に嵌ったフリをすれば、紫苑様を陥れた連中に近付ける」 「けど、璃々ちゃん一人しか守れないんじゃダメじゃないかな」 「何だと?」 「璃々ちゃんもおじさんたちもみんな助けないと意味がないんだ。  魏延一人ではそれが出来なくても、俺たちがいれば出来る」 「……お前……」 「頑張ろう。  璃々ちゃんが、お母さんやみんなと一緒に、楽成に笑顔で帰れるように……さ」 王允の屋敷に着いた俺たちは、広い屋敷の中にある別荘のような館に通された。 「ここは、竹裏館と言いまして、王允様が特別なお客人をもてなされる時に  使われる館なのです。  こちらにてしばしお待ちください」 兵士たちは、そう言って一礼すると、出て行った。 「特別なお客人……なぁ」 霞がにやにやしながら、部屋の中の調度品を見て回る。 「ふむー。いかに我々でも、屋敷にいきなり火をつけられては、  絶体絶命ですなー」 腕組みしながら、ふむーと唸るのはねね。 「ねねなら有無を言わさずに火攻め?」 「そうですなー。兵で囲んで火をかけて、逃げ出した者を片っ端から始末ですな」 「……ええっ?」 璃々ちゃんとおじさんたちが、俺たちの会話を聞いて思わず立ち上がる。 「ああ、大丈夫。  そうならないように俺たちや魏延が守るんだから……ね?」 俺はしゃがんで、璃々ちゃんの目線に自分の目線を合わせて微笑む。 「本当?」 「本当だよ。璃々ちゃんは俺たちがとーっても強いこと、知ってるだろ?」 正確には、強いのは俺じゃなくて恋とか霞とか華雄なんだけどね。 「璃々様!こんな奴らなどいなくても、ワタシさえいれば  都の雑兵など千や二千押し寄せようとも、この焔耶が」 そう言って胸を張る魏延の口を、無造作に恋が手で塞いだ。 「しっ……だれか……くる……」 部屋に護衛の兵を二人連れて、品の良さそうな老婆が入ってきた。 俺の記憶に間違いがなければ、この人が王允だ。 「黄忠さんの娘さんは……どちらのお嬢さんですか?」 王允は璃々ちゃんとねねを交互に見ながら言った。 「は、はい。私です」 璃々ちゃんが返事をする。 「はじめまして。私は王允と言います。  よろしくね、璃々ちゃん」 そう言って、王允はにっこりと笑った。 悪そうな人には見えないんだけどなぁ……。 「……囲まれたで……」 霞が俺にそっと囁く。 そうか。 やっぱり戦うことになるのか。 「お連れの方も随分いらっしゃるのね……  けど、残念だわ。  あなたたちにね、ここから生きて出てもらうわけにはいかないの」 そう言って、王允は俺たちに背を向けて、指をパチンと鳴らした。 次の瞬間、周囲の戸を蹴破って、武装した兵士たちが大勢現れる。 それに対し、恋、霞、華雄、魏延もそれぞの得物を構えて臨戦態勢に。 俺も深呼吸してから、借り物の剣を鞘から抜く。 旅に出る前に、護身用として選んだ武器がこれ。 本当は日本刀に近いような反りのある剣の方が、元剣道部員の俺としては まだしっくりくるのだけども、やむなく消去法で選んでものだ。 槍とか戟よりはまだ使いやすそうだったから。 それはそれとして。 「王允!  どうして韓玄の讒言に口裏を合わせて、黄忠さんを陥れるような真似をした!」 「別に黄忠さんでなければならない理由は、ありませんでしたよ……。  強いて言うならば……」 「言うならば?」 「多くの人に慕われている人が、冤罪で処刑される。  その方がより都合が良かっただけのこと……  黄忠さんだったのは、偶然ですよ。  璃々ちゃんには可哀想ですけど、ほんの……偶然……」 「そして、董卓政権の悪評を地方へ流布して、  反董卓の勢力を蜂起させるそんな計画か?」 「……あなた……何者です?」 王允が振り向いた。 今だ! あのセリフを言うなら今しかない!! 「王允!余の顔を見忘れたか!」 「……その声……そのお顔……まさか……」 みるみる王允の表情が変わる。 まるで帰ってきたら、家が家事で全焼していた人のような驚き顔に。 いや、実際にそんな人を見たことはないけど。 「そのとおりやで!」 「観念するのだな」 「張遼!華雄!お前たちまでいるということは、まさか本物の……」 「……王允。どうしてへーかを……うらぎった……」 恋が悲しそうな瞳で王允に問いかける。 「陛下!?」 周りの兵士たちに動揺が走る。 璃々ちゃんや魏延たちは……ぽかーんとしていた。 うーん。本当に時代劇みたいだ。 「呂布……お前までいるということは、  そこにおわすのは、本当に皇帝陛下ですか……」 「そうだよ。  王允、おとなしく降伏してくれれば、命までは取らない」 出来れば、この場にいる誰一人傷つくことなく、 事態が収まってくれるのが一番いい。 「……」 「王允!兵たちに武器を捨てさせろ!」 「お、王允様……」 王允の兵たちは、皆、王允の返答に注目する。 「こやつは畏れ多くも陛下の名を騙る不届き者じゃ……。  斬れ!斬り捨てよ!」 ああ……これもまた時代劇のお約束のセリフだ……。 四方から襲い掛かってくる王允の兵。 だが、戦いは、あっという間に終結した。 恋、霞、華雄という董卓軍最強戦力が三人に魏延までいたもんだから 百人近い兵隊が相手でも、璃々ちゃんはもちろん、おじさんたちも傷一つなく、 まるで無双系ゲームのような圧勝劇。 ……俺は一人相手に必死だったけどね……。 ちなみにその一人は最後、恋が後頭部に当身チョップを食らわして 気絶させましたとさ。 それはそれとして。 王允は華雄に跪かされている。 その首に突きつけられた華雄の金剛爆斧。 「王允。どうしてこんなことを……」 「……」 「王允……頼む。教えてくれないか」 跪く王允に向かって俺は頭を下げた。 俺に斬りかかるように命じた彼女。 俺と一対一だったならともかく、人目がある。 彼女を救うことは難しいだろう。 だからこそ、せめて知りたかった。 彼女がどうしてそうしなければならなかったのか、を。 頭を下げた俺に対して、王允は とてもとても優しい声で まるで初孫に語りかけるかのような穏やかさで話し始めた。 「頭をお上げください、陛下。  皇帝たる者、みだりに臣下に頭を下げるものではありません。  まして、私は陛下を弑逆しようとした罪人ですよ。  皇帝ならば、堂々と私を見下しなさい」 頭を上げた俺と王允の目が合う。 彼女はもう刃向かったりしない……俺は、その目を見て、確信した。 「華雄。斧を下ろして」 「陛下?」 「いいから。もう大丈夫だから」 渋々、華雄が王允の首筋から斧を離す。 「陛下……理由などというものは、ひどく簡単なものですよ。  長年、漢帝国を支えて来た我らを差し置いて、  西涼の田舎から来た成り上がり者が、武力を背景に国政を私のものとする……  私たちには、理由なんて、それだけでも十分過ぎるのです」 そうか。 十常侍が好き放題してきた陰で、彼女たちはそれでも国を支えていたんだ。 「王允……ごめん……」 「ふふ……陛下は、本当にお優しい方に育たれたのですね。  あなた様を偽者呼ばわりして、配下に殺させようとした私に謝るだなんて……  優しくて……変わったお方……。  そして……甘いお方!」 不意に王允が俺に向かって、素早く駆け出した。 その手にはいつの間に取り出しのか、短剣が。 「!」 「おのれ、王允!」 直後に背後からは、華雄の金剛爆斧が背中に振り下ろされ、 正面からは、俺を庇うように立ちはだかった恋の方天画戟が、 王允の胴を貫いた。 床へ膝をついて ずるりと方天画戟の切っ先が胴から抜け ゆっくりと倒れる王允。 「どうして……」 「陛下……これでいいのです……。逆臣は討たれるのが宿命……」 「王允……」 「ふふ……逆臣のために……涙など……こぼされますな……」 「だって!」 「その涙に……お応えして……  陛下……鳥籠の外……には……既……に……」 そこまで言って、王允は事切れた。 泣くなと言われても、涙は溢れてきた。 どうして俺は、この人を救えなかったのだろう。