第二章 第二話 「おかーさんは何も悪いことしてないもん!」 政権を握った董卓たちが断行した大粛清。 それは腐敗した漢帝国の膿を、一気に出し切ってしまおうという荒療治なのだが、 俺は不安を感じていた。 董卓たちがやっている粛清は、形こそ違うかも知れないが、 俺の知っている三国志の展開を再現してしまうんじゃないか? この世界の董卓たちは、俺の知っている三国志の董卓たちとは全然違う。 出来るなら、俺はこの董卓たちがどんな世を築くのか、見てみたい。 そのために、俺は俺に出来ることをやりたいと思った。 裁きを受ける予定の囚人のなかに、あの五虎将軍の一人である黄忠がいると知って 彼女……やはり黄忠さんも女性だったのだけれど、 黄忠さんと会い、その人柄に触れ、彼女を信じることにした。 「さて、どうなさるつもりですかな、陛下」 さっきから難しい顔をして、腕組みをしている陳宮。 「うん。再調査をどう納得させるかが問題だよな」 「あの賈駆殿が選んだ人間に疑いがかかっているのです。  賈駆殿とて、人格や能力はそれなりに優秀な人を選んでいるはずですぞ」 「賈駆の選んだ人間が正しくて、  黄忠さんが嘘をついているなら、話はそこまでだ。  けど、そうじゃないとしたらさ。  人格、能力共に認められたはずの人が不正に携わっていることになる。  しかも、結構な規模の不正が行われている可能性もあるわけだ」 話の内容が内容だけに、俺も周りに人がいないか気をつけながら、 二人……前回の途中からセリフがなくなっちゃったけど、呂布と陳宮の二人に 最低限聞こえるくらいの小さな声で話す。 「もしそうだとしたら、由々しき事態なのですが……  賈駆殿にも矜持があるのです。  そう簡単に再調査など認めるとは思えんのです」 「そうだなぁ。  でも、放っておいたらまずいことになると思うよ。  例えば、今回の件で黄忠さんが正しくて、監察官たちが不正を働いていたとする。  だけど、黄忠さんが処刑されたと聞くと怨恨が残るよね。  そういったことが各地で続いていれば……」 「実質的な最高権力者である董卓殿への反感になりますな」 「うん。そうすると、政権交代を狙う連中がつけこむ材料になる」 反董卓連合軍が結成される要因としては、十分だ。 「ふむー。問題はどうやって賈駆殿を納得させるかですなー」 「そうだね。でも、深刻な問題だって可能性を認識させることが出来れば、  賈駆も再調査を拒否しないと思うんだ」 俺の言葉を聞いた陳宮は、少し驚いたような顔をした。 「陛下にしては、珍しくまともな考えですな」 「はっはっは。褒めても何も出ないぞー」 「ケチな陛下なのです!」 「……」 そんな俺たちを見て、恋が微笑む。 「ん?どうした、恋」 「へーかとちんきゅ……なかよしになった」 「な、ななななな!」 「そうかー?」 「へーかとちんきゅ……なかよしだと、恋もうれしい」 「な、なら、恋殿に免じて仲良しでいてやるのですっ!」 ほっぺを赤くして、ぷいっとそっぽを向く陳宮。 「はは。それ、仲良しって態度かよ、陳宮」 俺はそんな陳宮を見て笑った。 「……でいいのです……」 「ん?ごめん、よく聞こえなかった」 陳宮が小さな声で何かぼそっと言った。 俺の陰口をこっそり叩く時くらいの声の大きさで。 「ねねで……いいって言ったのです!おバカ陛下!」 「え?それって……」 陳宮の……真名だよな……。 「ちんきゅ……」 優しそうな目で陳宮を見る恋。 まるでやんちゃな子供を見る母親のような目だ。 「いいのか?」 「ねねは、恋殿の家臣で、恋殿のことを陛下は真名で呼ばれているのですから、  仕方なく、ねねも真名で呼ばせてやるのです!」 一生懸命に照れ隠ししているように見える陳宮に、 俺は出来るだけの優しさを込めて言った。 「ありがとな、ねね」 「はあぁぁあ?あんた、本気で言ってんの?それ」 黄忠さんの件を再調査したいという提案を聞いた 賈駆のリアクションは、あまりにも予想どおりだった。 予想よりだいぶ声は大きかったけれど。 俺が人払いを希望したので、場所は董卓の執務室ではなく、董卓の私室。 室内には、俺と恋、ねね、董卓と賈駆の五人だけ。 更に、盗み聞きとかされないように、華雄と張遼が見張りをしている。 「本気だよ」 あくまで、室外に声が聞こえないように、小声で俺は答える。 「現地の役人から訴状が出て、派遣した監察官が間違いないって報告してんのよ?」 「それが本当に正しいっていう証拠は?」 「証拠って……」 「例えば。  現地の役人が不正を働いていたとする。城主がそれを取り締まろうとしたところ、  その役人は中央の監察官と結託して城主を陥れた……そういう可能性もあるよな?」 証言が真っ向から食い違っている以上、可能性としてはあるはずだ。 「……ないとは言わないけど、そんなこと言ってたらキリがないでしょーが」 賈駆の言うことも最もだと思う。 毎日、相当な数の裁判をこなしているわけだから、いちいち再調査などしていられない というのもわかる。 「それに、一応……監察官の人選は詠ちゃんがしましたから……」 董卓も控えめながら賈駆の意見を支持する。 が、俺も はいそうですか と引き下がるわけにはいかない。 「なるほど。  自分が選んだ人間が、不正に加担しているかも知れない、  なんてこと言われたら、確かに面白くないよな。  俺も人を信じるのは大切なことだと思うよ。  けど、自分が選んだ部下のことは信じて、被告人のことは信じない……  それってまずいんじゃないか?」 「だ、誰も被告のことを信じないなんて言ってないでしょ!?」 とは言いながらも、ばつの悪そうな表情をする賈駆。 「本人曰く、住民に聞いてくれれば真偽はわかるって言ってるし、  その程度の確認くらい、いいんじゃないか?」 「それに賈駆殿。監察官の言のみを信じるようになってしまうと、  やがて不心得者が出て、不正の温床となる可能性がありますぞ」 思わぬねねの援護射撃。 「……陳宮、あんたまでそんなこと言うと思わなかったわ」 賈駆の見せた意外そうな顔。 俺も意外だ。 ついでに董卓も驚いている。 「もし、不正の温床が生まれていたとしたら……  それが気付かない間に、拡がっていたとしたら……  どうなるかくらいはわかるだろう?」   「……詠ちゃん……」 董卓が賈駆の袖を少し引っ張る。 「……月、ボクもバカじゃないもの。  こいつの言うことが正しかった場合に  起こり得る事態くらい予想できるわ……」 「そうだね。最悪、地方の諸侯が連合して  都に攻めてくるくらいのことは起こり得るよね」 ねねも俺の横で肯く。 「……再調査の件は了解したわ。  ただし、仮にあんたの言うとおりの事態が発生しているのだとしたら、  再調査の話を聞いて、良からぬ動きが出ないとも限らないわ。  再調査は極秘で……完了するまでは、月が体調を崩したとか何とかで  裁判を延期させておけばいいわね。うん」 「でも、詠ちゃん。再調査を誰にお願いするの?」 「うーん……それが悩みどころなのよねー」 賈駆も董卓も人選に悩んでいる。 ふふ、予想どおりだ。 「じゃあ、再調査は俺が人選してもいいかな?  賈駆たちも知っている人をちゃんと選ぶから安心してよ」 しれっと言ってみる。 「……あんたが?」 「うん。今回の件の言いだしっぺだしね」 「詠ちゃん。この際だから、陛下の気の済むようにやらせてあげたらどうかな?」 「ちょっと引っかかる言い方だけど……  俺が間違っていたようなら、董卓たちのやることに二度と口は挟まない。  だから、今回は俺に任せてみない?」 「しょーがないわねー」 賈駆は盛大にため息をついて、俺の提案を条件付で了承した。 「だけど、霞を連れて行くことが条件よ。いい?」 「ほほー?」 「嫌とは言わせないわよ」 賈駆が凄む。 「いいよ。じゃあ、張遼には賈駆から伝えておいてね」 「わかったわ」 「ただいま。華雄、張遼、見張りご苦労様」 「ははっ。異常はありませんでした!」 ビシッと背筋を伸ばして、華雄は俺に報告した。 「はぁ。やーっと終わったんかいなー、内緒話」 「うん。極秘な話だけども、二人には近いうちに伝わることになると思うから、  気を悪くしないでね」 「近いうちにとか言わんと、今話してくれてもええねんで」 そう言って、にかっと笑う張遼。 「そうしたいのは山々なんだけどね。それは俺の役割じゃないんだ」 「なんや、陛下のいけずー」 俺にはぐらかされて、張遼はふざけて口をとんがらせる。 「ちょ、張遼将軍!陛下に向かってそんな」 「冗談やって、華雄」 「例え冗談であっても、陛下に無礼ではないか!」 「あ、いやいや。いいから、華雄。  華雄だって、冗談くらい気軽に言っても別にいいんだよ」 「陛下……  私は……冗談は苦手です……」 眉毛をハの字にし、困った顔をして俺を見る華雄。 そんな彼女を見ていたら……と言うと、まるで小学生のようだが、 ちょっとした悪戯心が芽生えてきた。 「な、何をなさいます!」 なでなで。 華雄の頭をなでてみた。 「華雄の頭をなでてるんだけど?」 「そ、そんなことはわかります!  私はこ、子供ではないのですから、そのような……」 慌てて、華雄が俺の手の届く距離から離れる。 まだ俺と話す時は、緊張が抜けないみたいだけど、 それでも最近では随分と、色々な表情を見せてくれるようになった。 それはたぶん、華雄が俺に心を開いてくれたり、 ありのままの俺と向き合ってくれているっていうことなんだと思う。 ただ、華雄のことのひどく生真面目な性分というのは、 この先もずっと変わらないんだろうけどね。 「いやぁ、困った顔した華雄が可愛かったのでつい」 そう言って、今度はそばにいる恋の頭をなでなで。 ちなみに、恋の頭はなでなですると、 触覚みたいに生えている髪の毛の感触が結構楽しい。 猫じゃらしにじゃれつく猫の気持ちが、少しわかるというものだ。 「かゆー……なでられるの……きらい?」 「す、好きとか嫌いとかそういう問題では……」 「陛下ー。ウチもウチもー」 「お、おう……」 まるで猫がすりついてくるような感じで張遼が俺にすりついてきたので、 空いたもう片方の手で頭をなでる。 頭をなでられながら、目を細めて得意げな顔で華雄を見る張遼。 「ちょ、張遼将軍まで!!」 「おう、どないした華雄。うらやましいんかー?」 うむ。 どうやら張遼は、俺が華雄をからかって楽しんでいるのを察して、 一緒になって遊ぼうとしているようだ。 こういう一緒にバカしてくれそうな人材というのは今までいなかったから、 ある意味貴重と言えるかも知れない。 「う、うらやましくなどあるものかーっ!」 真っ赤になって否定する華雄。 「れ、恋殿もいつまでも、陛下になでられて喜んでいる場合ではないのです!」 「……?」 不思議そうに小首を傾げる恋。 「ああ、ごめんな。ねねもいいこいいこ」 恋をなでていた方の手で、今度はねねをなでる。 「な、なっ!?  べ、別にねねはなでてくれなどとは言っておりませんぞーっ!」 「はははこやつめははは」 ねねの頭をわしゃわしゃしていると、ふと華雄が何やら大ダメージを 受けているっぽいことに気がついた。 あれ?俺、何か悪いこと言ったか? 「あ、あれ?華雄……?」 「ど、どうしたのです?華雄」 「そ、そんな……」 口をぱくぱくさせている華雄。 声にならない声で何かを言っているようだが、よくわからない。 「え、えっと、ごめん。悪ふざけが過ぎたかな……。  華雄、ごめんね?悪気はなかったし、  華雄のことを傷つけるつもりもなかったんだけど……」 とりあえず、華雄の頭を慌ててなでてみたけど、 心ここにあらずなご様子。 そこへ…… 「あんたたち、いつまでバカやってんのよ!  霞も華雄も恋も陳宮もさっさと仕事に戻んなさい!  バカ陛下もさっさと部屋に戻る!」 怖い顔の賈駆が現れて一喝したので、 結局、華雄が何にショックを受けていたのか わからないままになってしまった。 「……ち、陳宮まで……陛下に……真名で……」 orz 翌朝。 俺は恋とねねと華雄の三人を連れて、董卓たちの執務室を訪れた。 「おーい、董卓ー、賈駆ー」 「あ、陛下。おはようございます」 「何よ、朝からにやにやして気味の悪い……例の件の人選は終わったの?」 「うん。実は昨日のうちに考えてあったからね。  そっちは張遼にもう伝えたの?」 「一応伝えてはあるわ」 「そうか、ありがとう。  じゃ、面子だけど……  とりあえず、そっちが選んだ張遼と俺が選んだ恋、華雄、ねねと」 「……恋と華雄ってあんたの護衛を二人共行かせちゃっていいの?」 「うん。だって、俺も一緒に行くから」 董卓と賈駆と華雄が盛大にずっこけた。 「あんた寝言も大概にしなさいよね!」 「人選は俺に任せるって言ったじゃないか」 「そんなバカなこと言うってわかってたら、ボクが人選してたわよ!」 「いや、でもさぁ。董卓や賈駆は忙しいだろうし、俺ならどうせ暇」 「だーからってこの国の皇帝が、お忍びで視察になんて、前代未聞よ!  言語道断だわ!」 「前代未聞っていうのは、俺を止める理由にならないなー」 何かねねにも、前に同じようなことを言った気がするな。 「でも、陛下にそんなことをさせるわけには……」 董卓も控えめ口調で反対する。 「どうして?」 「どうしてって……陛下に万一のことがあっては……」 「大丈夫だよ。恋も華雄も張遼もいるし」 うんうん、と肯く恋。 「恋がいれば、そりゃー山賊の千や二千、真正面から襲ってきても平気でしょーけど、  皇帝陛下が少数のお供を連れて、のこのこ旅に出たなんて知れたら、  そんなのは比にならない程の危険が山ほど襲ってくるに決まってんでしょ!?  あんたみたいなボンクラ皇帝でも、ボクたちには必要なんだからね!」 「んー……でも、昨日さ。  黄忠に会いに行った時」 「はぁ!?ちょっと待ちなさいよ。  あんた、囚人に会いに牢獄まで行ったわけ!?」 「うん」 やれやれとため息をつくねねに、びっくりし過ぎて言葉を失っている董卓と、 平然としている恋と、ブチギレ寸前の賈駆と。 「陛下……どうしてそんなことを……」 「バッカじゃないの!?あんた、本当にバッカじゃないの!?  皇帝のくせに何でそんな場所に行って、囚人なんかと話してんのよ!  あんたには皇帝としての自覚がないんじゃないの?  っていうか、あんたなんか皇帝失格よ!」 はっはっは。 三国志の世界では、神算鬼謀の士として恐れられている賈駆だけど、 今のところ、全ての言動が予想どおりすぎる。 と言うのも、賈駆が呆れるような言動で俺が先手先手を取って、 賈駆の反応を予想したうえで発言しているのだから、 次の言葉もすらっと出る。 「皇帝失格って言うけどさ。漢を作った劉邦だって、  決してやんごとない生まれだったわけじゃないだろ?  賈駆に言わせれば、劉邦だって皇帝失格なんじゃないかなぁ。  漢帝国を作ったけど」 「き、詭弁よ!」 「詭弁かぁ。そうかも知れないな。  けど、俺は牢獄まで行って、あの黄忠って人と話して良かったと思うけどね」 「な、何よ……」 今にも噛み付きそうな賈駆の目を真正面から見据えて、俺は言葉を続けた。 俺もだいぶ度胸がついてきたじゃないか。 「賈駆。  俺がその皇帝失格な行動をしなかったら、今回の件も  今までどおりに処理されていたんじゃないか?」 「……」 よしよし。 今のところは俺のペースのまま話せている。 と思う。 「それに、賈駆でさえそんな感じなんだから、誰も信じないんじゃない?  皇帝がわずかな供を連れて、一城主の不正の再調査に行くなんて」 「あんた……本気なの?」 「割と。大真面目に」 董卓が病気で倒れたことにして、黄忠たちの刑の執行は先送りにする。 そして、その間に俺たちが楽成城へと調査に行く。 賈駆も最後まで渋っていたが、この計画は秘密裏に実行されることになった。 黄忠さんが 彼女自身の言うように無実の罪で投獄されたのか、 それとも彼女が罪から逃れようと嘘をついたのか。 この道を行けばわかるさ 「元気ですかーっ!」 「陛下はほんま元気やなぁ」 「これこれ、悟空。その呼び方は禁止しただろー?」 「ええやん別にー。周りに誰もおれへんのんやしー」 というわけで、 恋とねね、華雄と張遼の四人を連れて、俺たちは楽成へと続く道を北上中。 とりあえず、身分が知れるのはまずいので、 偽名を西遊記から拝借して 俺は三蔵、張遼が悟空、恋が八戒、華雄には悟浄と名乗らせている。 「……ところで、三蔵様」 「うん?どうした、八兵衛」 「ねねの名前だけ、どうにも納得がいかんのです」 「いいじゃん。八兵衛。かっこいいぜ八兵衛」 そして、とりあえず三蔵法師の馬の名前が思い出せなかったので、 うっかりさんな陳宮には八兵衛という名前をつけてみた。 「変な名前なのです。とっても変な名前なのです!」 「そうかなあ?」 「そうなのです!」 「そうかなあ?」 「そうなのです!」 こんなやり取りをしながらの道中は、結構楽しかった。 その日の夜。 「つっっっっっかれたーーーーーー」 城を出る前に少しは練習をしたが、慣れない乗馬というのは非常に疲れる。 宿で部屋に案内されるや否や、俺は布団に大の字になった。 「だらしないなぁ、三蔵様はー」 「仕方ないだろー。こんなに長い時間、馬に乗ったのは初めてなんだからー」 今までは、馬車での移動ばっかりだったからなぁ。 「あんた乗せて歩いてた馬の方がよっぽど疲れるねんで」 「……すみません。ごもっともで……」 「……かずとは……よくがんばった……」 恋が突っ伏している俺の頭をいいこいいこしてくれた。 「ありがとな、恋」 「……ん……」 夕食は俺が元気だったら、外で食べたかったけど、 とてもそんな体力は残ってなかったので、宿で食べた。 贅沢を言うと罰が当たると思うけど、 宮廷のお上品な味というのはどうにも、 ついこの前まで体育会系の学生だった俺には物足りなかった。 けど、宿の人が用意してくれた夕食は、俺好みのがっつり系で大満足でした。 さすが八兵衛、いい宿を選びましたね。 などと、心の中で黄門様の真似をしつつ、 部屋に帰ってすぐに、疲労感と満腹感で俺は、布団に倒れ込むようにボディプレス。 そのまま泥のように眠ってしまいそうになったが、 ものすごく今更だが、ふと思った。 「……ん?まずくないか?」 「何がや?」 「ここの宿のご飯は美味しかったですぞ!」 「いや、そーじゃなくてな。  俺、若い女の子四人と一緒の部屋ってまずくないかって」 とか言いながらも俺は起き上がれずに、うつ伏せなのだが…… 「……恋はかずとのそばがいい……」 そう言って、恋が俺の腰の上に顎を乗せて、寝そべる。 「ねねは恋殿のそばにいますぞーっ!」 その恋に抱きつくようにねね。 「まあ、うちは別に気にせぇへんけど……」 にやにやしながら、張遼が華雄の方を見る。 「な、何だ?」 「別にぃ〜」 「わ、私は護衛する立場にあるのですから……その……  同じ部屋でも……」 顔を真っ赤にしながら、華雄は俺の方をまっすぐに見て言った。 「おーおー。唐辛子みたいに顔赤うしてかわええなぁ」 「か、からかうな!  私は……可愛くなどない……」 「かゆーはけっこう……かわいいところ……ある……」 照れる華雄を張遼だけでなく、恋までからかっている。 いや、恋本人はからかっている気など微塵もないかも知れないが。 「い、いい加減にせんか!ほら、もう寝るぞ!」 「それもそやな。ほな、おやすみー」 「恋殿、おやすみなさいなのです」 「……おやすみ……」 「おう。みんなおやすみ」 ……元いた世界をあっちとか表現するのには、まだ抵抗感があるけど、 あっちにいた頃の修学旅行のこととかを少し思い出してしまった……。 と、いうような感じでのんびり旅をすること数日。 「お、お逃げくだされー」 「でも、おじさん!」 「ここは我らが盾となりお守りします。ですから、璃々様は今のうちに……」 という物騒で悲壮な感じのする叫び声が聞こえてきた。 「悟空、悟浄!」 「はいな!まかしとき!」 「心得た。八戒、八兵衛、三蔵様を頼むぞ!」 声のする方に身軽な二人を急行させる。 そして、馬に乗るのがまだ下手な俺を恋とねねが守るという塩梅だ。 恥ずかしながら、これでも旅に出たばかりの頃よりは、だいぶうまくなったんだよ! 「ひへへへへ。金目のものを全部置いていきなぁ。  そうすれば、命だけは助けてやるぜぇ」 「もっとも、お嬢ちゃんはお嬢ちゃんで上玉だからなぁ……  命は助けてやっても、逃がしゃしねえけどなぁ!」 まだ片手で足りそうな年齢の幼い女の子に、見るからに山賊風の男たちが 手に刃物を持ったまま、じわりじわりと近付いてくる。 そこへ 「華雄、ここはまかしたで!」 「華雄ではない!悟浄だ!」 騎乗したまま、華雄が斧で一閃。 山賊の一人の首がびゅんと勢いよく飛ぶ。 「ひっ」 それを見た女の子は、恐怖のあまり、腰が抜けたのか地面にぺたりと座り込む。 「な、何者だぁ!?」 「貴様らに名乗る名はない。生かして帰すつもりはないからな」 馬から降りた華雄は、あっという間に残る二人の山賊も片付けた。 「……」 女の子は、その光景を見て、ただ声もなく、震えるばかり。 「大丈夫か?」 「……」 「怪我はないか?」 「……」 華雄が手を差し伸べたが、女の子はただ首を横に振るばかり。 「ぬぅ……」 「おーい、大丈夫だったかー?」 ここで俺たちが、ようやく華雄に追いついた。 「私も、この子も大丈夫……だと思うのですが……」 「か……悟浄が怖い顔をしているから、この子がすっかり怯えてしまっているのです」 「何だとぅ!?」 「……へいき……もうこわくない……」 恋が女の子を優しく抱きしめる。 女の子は逃げようとしたが、有無を言わさぬ力で優しく強くぎゅっと。 少しして落ち着いたのだろうか。 我に返ったのか、女の子は急に大きな声で 「あ……おじさんたちが!!」 「……?」 「向こうで、璃々を助けようとして……お願い!おじさんたちを助けて!」 先ほどの声の様子だと、この子を逃がそうとした男たちのことか。 「大丈夫だ。  私の仲間が助けに行ったからな」 「でも、山賊たちがたくさん……」 「大丈夫だよ」 璃々ちゃんという……真名だったりするといけないから、迂闊には呼べないけど、 女の子の頭を優しくなでながら、出来るだけ優しい声色で俺は言った。 「お兄さんの仲間はとーっても強いんだ」 「本当?」 「ああ、本当だ」 と、そこに丁度張遼が女の子の連れと思われる男たちを伴って帰ってきた。 「ただいまー。みんな無事やでー」 「おう。さすが悟空だなー」 「はっはっはー。もっとほめてもバチはあたらへんでー」 「えらい……とてもえらい……」 「あはは。おおきに」 張遼は、満面の笑みでご満悦の様子。 「璃々様!よくぞご無事で!」 「おじちゃんたちこそ……無事でよかったぁ」 再会を喜ぶ璃々ちゃんたち。 「ありがとうございました。あなた方がいなければ、今頃どうなっていたことか……」 「いやいや、困っている人たちを助けるのは、俺たちの趣味みたいなもんだから」 「おお。もし、よろしければお名前をお伺いできませんか?  今はわしらは故あって、都への道を急いでいるのですが、  後で必ずお礼をさせていただきたい……」 「俺たちは都から来たしがない旅の商人と、その連れだよ。  それに礼なんていらないって。困った時はお互い様さ」 「み、都から!?」 「……あ、ああ。それがどうかした?」 「あ、あの……この子の母親は、  楽成という城の城主を務めていた方なのですが、  わしらを苦しめて私腹を肥やしていた役人を退治しようとしたら、  逆に都から来た皇帝の使者とやらに逮捕されて、  都へと連れて行かれてしまったのです」 「おかーさんは何も悪いことしてないもん!  悪いのは、みーんなこーてーへーかだもん!」 ……ん? 楽成城の城主って確か……。 「噂によると、都では、皇帝陛下の名を借りて、  董卓とかいう者が次々に罪のない人々を処刑しているのだとか……」 「もし、ご存知でしたら、この子の母親……黄忠様がご無事かどうか……  教えていただけませんか?」 ……やっぱりだーーーー!!! 思いがけず、旅の途中で黄忠さんの娘さんご一行と出会ってしまった俺たち。 お母さんが美人なだけあって、娘さんも可愛いね…… じゃなくて、やっぱり黄忠さんは悪い人じゃなかったみたいで、 更には地方で董卓の悪評が噂されている。 これはまずい。まずいことになっているぞ。