第二章 第一話 「この国を良くするために……あなたを利用させてもらうよ」 霊帝の死後、権力を争った何姉妹も十常侍もいなくなった。 先の帝であった少帝も ……病死と言われているが…… この権力争いという舞台で彼らは 殺し殺され、皆が死んでいった。 そんな物騒な漢帝国の権力争いの舞台に、 十常侍たちによって、俺は立たされた。 ただし、北郷一刀としてではなく、 偽者の皇太子、劉協として。 権力なんてものに興味はなかったけど、 俺の望む望まざるにまるで関係なく、 十常侍亡き今もまだ俺は、生きて舞台に立ち続けている。 そして、共に舞台に立っているのは、董卓たち。 けど、俺や董卓のことを、舞台から引きずりおろそうという連中もいるはずだ。 三国志の小説だと、董卓は呂布に殺されて、その呂布は曹操に殺された。 それで今の俺は、三国志の小説だと 献帝のポジションにいるんだと思うのだけれど、 献帝って確か、董卓たちが滅びて、何やかやで色々あった後、 曹操のところでめそめそしていた気がする。 あまりロクな人生じゃなかったよな。 歴史どおりのそんな展開は、俺としてはまっぴらなんだけど、 この世界は俺の知っている三国志とはだいぶ違う。 賈駆も華雄も張遼も陳宮も董卓も呂布も(以上、五十音順。敬称略) みんな可愛い女の子だし。 そして、俺の想像していた武将像をほとんど皆が裏切ってくれている。 これは、良い方向での想像外だけど…… 三国志の中の董卓は、とんでもない悪党だったけれども、 俺のそばにいるこの世界の董卓は、信じてもいい人間だと思えた。 だから、出来るならば、歴史どおりな展開は避けられたらいいな、と思う。 そして、平和な世界を董卓たちと築いていきたい。 なんて思っていたんだけどね。 「嫌だぁぁぁぁ。俺はまだ死にたくないぃぃぃぃぃ」 ヒゲの男が二人の衛兵に引っ立てられていく。 「アニキィィィィィィィィ」 「あ、アニキぃぃ」 そして、連行されるヒゲの男を涙涙で見送る背の小さいハゲ男と 体こそ大きいが、いかにも頭の回転の鈍そうな大男。 二人とも縄で縛られ、跪かされている 「心配しなくても、アンタたちも同じところに連れて行ってあげるわよ」 そして、二人に疲れ顔で物騒なことを宣告する賈駆。 ここ連日、こんな調子で裁判続きの日々を送っているので、結構いらいらしている。 「ま、待てよ!アニキはともかく、俺たちゃあ」 「な、なんだな!」 「この二人も罪状は明白。  複数の証言者もいるし、死刑で問題ないわ」 「そう……だね」 伏し目がちにそう答えたのは、董卓。 目の前で処刑するわけではないとはいえ、人の人生を終わらせる決断をするのだ。 気が重くなるのは、人として自然なこと。 「そうよ。こんな連中、獄に繋いでおいたところで、食べさせるご飯代だけ  無駄ってものよ」 などと非情なことを言いつつも、賈駆だって 身長の割には意外とある胸を痛めているに違いない。 だが、董卓につられて情に流されるわけにはいかない。 それが、軍師である賈駆の仕事なのだから。 「……わーお」 という感じの報告を、俺は毎日のように聞いている。 基本的に人の名前を聞いても三国志に出てきた有名な人ならともかく、 そうでない人たちの名前なんてわからないのだが、 処刑だとか登用だとかの人事に関する情報は全て、俺に報告されることになっている。 十常侍の全盛期の頃、十常侍に逆らった人々は次々に粛清されていった。 董卓たちが、十常侍の後見として宮廷に入るようになってからは、 反十常侍派の多くが地方に左遷されるようになって、 粛清される人数は随分と減った。 それはそれとして、今都にいるのは少なからず、十常侍と誼を結んでいたか、 長いものには巻かれることを選んだか、そのどちらかの人々。 腐敗してしまった支配体制の改革を志す董卓たちにとっては、 十常侍と馴れ合って甘い汁を吸っていた連中というのは、排除すべき対象なんだろう。 ……ってことはわかるんだけどさ。 「なぁ、陳宮」 「何なのです?」 「この処刑された人たちって、どうしても処刑しなきゃいけなかったの?」 「んー……と仰いますと?」 「いや、ここ最近で随分な人数が処刑されている気がするんだけどさ」 「そうですなー。  兵が戦で死ぬのならともかく、十常侍の時代でも文官や武官がこんなに  処刑されたことはなかったでしょうなぁ」 そう。 文武百官などというが、既にこの十日間だけでも 六十人近くが処刑されている。 俺に報告が入るのは、一定以上の官職にある人たちだけだ。 汚職を働いたなどと言われる役人たちも、次々と処刑されているらしいから、 その人数は百人を軽く超えているのではないだろうか。 理由はともかく、この連日の粛清というのは、 三国志の歴史に近い出来事と言える気がする。 だとすると、この後に待つ展開は反董卓連合軍とかかー……まずいなぁ。 「いや、何も殺さなくてもさぁ……」 という俺の言葉に対し、陳宮は俺を小ばかにした表情で (よくよく考えれば、俺と話をしている時の陳宮は六割方そんな表情なのだが) 人差し指を左右に振った。 「ちっちっち。陛下は甘いのです」 「そうかなー?」 「下手な情けは身を滅ぼすのです。  十常侍に情けをかけた何太后は、十常侍によって殺されましたぞ」 「……地方に左遷するとか」 「……うぅん……」 「ふむ。では、陛下は、左遷した先の土地の民が苦しむ分にはよろしいと?」 「いや……そういうわけじゃ……  そうか。そうなるよな……うーん」 「……」 それに、地方に左遷された不満分子が、叛乱を起こさないとも限らないのだ。 董卓たちのやり方というのは、俺個人としては決して好きになれないが、 方法の一つではあるのだろう。 「納得されましたか?」 「うーん……。  納得は出来ないよ。  けど、今の俺には、代案があるわけでもないしなぁ」 「……かずと……」 「……ところで陛下……」 「うん?」 陳宮がこめかみに血管浮かべて俺に静かに問いかけてきた。 珍しく我慢してるね、陳宮! 「……すき……」 「何でさっきから恋殿が微妙に寝言を言いながら、  陛下の膝枕で、すやすや寝てるのです!?」 「何でって言われてもなぁ……」 俺の太ももを枕にして、気持ち良さそうに寝ている恋の頭を そっと撫でる。 「恋が眠そうにしてたから、ちょっと休んだら?  って声をかけたんだけど、そしたら  俺の太ももを枕にして寝ちゃってさぁ」 「ぬぬぬぬぬぬ……」 そう言えば、太ももを枕にしているのに膝枕とはこれ如何に。 「……陳宮も一緒に昼寝する?」 「しませぬ!!」 「……うぅん……ちんきゅ……」 「な、何ですか?恋殿」 「……」 恋は何か言っているみたいだが、小声でよく聞こえない。 すぐ近くにいる俺に聞こえないのだから、少し離れた場所にいる陳宮に 聞こえようはずもない。 恋の顔のすぐ近くにまで陳宮が近付いたその時。 がしっ 「なっ!?」 恋が陳宮を捕獲した。 そして、無理矢理に自分の隣に寝かせる。 「ちんきゅも……いっしょ……」 「!!!!」 陳宮の口から声にならない悲鳴が。 何でかとゆーと、陳宮さんの顔面は俺の股間に着地させられちゃいましてね。 恋が馬鹿力で離さないもんですから、陳宮さんも身動きが取れなくてですね。 「あ、あの……陳宮……大丈夫?」 「ーっ!!!ーっっっっ!!!!!」 すみません。 股間の所で陳宮がむぐむぐするもんだから、 ちょっと股間がむくむくしてきちゃいました。 これって見ようによっては、Wでむにゃむにゃな感じに見えなくもないよね! とか思ってしまうと余計に。 「!!!!!????」 さすがにまずいと思ったので、恋を揺すって起こす。 「恋、起きて。ちょっと起きて!」 「……?」 「恋、起きた?」 「……かずと……おはよう……」 「おはよう、恋。よく眠れた?」 「……うん……」 「そっか。それは何より。  で、お願いがあるんだけど」 「……?」 「陳宮を放してあげてくれないかな?  苦しそうだから」 「……??」 恋は、まだ少し寝ぼけていたのかも知れない。 ちょっと間を置いてから、びっくりしたように陳宮を解放した。 「ぷはーっ!  し、死ぬかと思ったのです……」 慌てて俺と恋から距離を置く陳宮。 「ちんきゅ……大丈夫?」 「な、何とか……」 そう恋に答えてから、ぼそっと 「お邪魔陛下さえいなければ、あのまま恋殿と至福の一時を過ごせたのに……」 俺に聞こえないように呟いたつもりなのだろうが、 十分に聞こえたよ。聞こえちゃってるよ。 「悪かったな」 「べ、別に今のは事故だということくらい、ねねにもわかってるのです。  でなければ、ちんきゅーきっくで前歯を全部へし折っているところなのです!」 「おおこわ……って、恋……どうした?」 恋が、俺の股間を凝視なさっておられるのですよ。 「何かかくしてる……」 そう言うと、恋は右利きの人が野菜とかを包丁で切る時の左手の形…… 通称にゃんこの手で、俺の成長してしまった何かにじゃれついてきた。 「「!!!」」 しかし、そんなのは序の口だった。 「これ……なに?」 今度は、犬みたいに鼻を近づけてくんくんする恋。 「「!!!!!!!!!!」」 もうびっくりしちゃって、俺も陳宮も声が出ませんでしたよ。 そして。そんなんされちゃったもんですから、 もう股間の一刀はカッチカッチです。 「……へーか、おっきくなった……」 「ストーップ!恋、ストーップ!」 「「……すとっぷ?」」 恋と陳宮が同時に小首を傾げる。 ああ、そうか。英語は通じないか。 「いや、待って。恋、これは食べ物とか生き物とか隠しているわけじゃないから!  俺の体の一部だから!」 「……?」 確かめようと俺のズボンに手をかける恋。 「こらこらこらこらこら」 「……?」 そんなナチュラルに不思議そうな顔するなーっ! 「い、いけません!恋殿!そんな汚らわしい場所を!」 陳宮もようやく正気に戻ったらしい。 「……?」 「と、とにかく、恋!離れて!」 「……」 きゅーん と鳴く子犬のような表情で俺からすごすご離れる恋。 「あのね、恋。  とにかく、男の子のここは大きくなったり小さくなったりするもので、  何か隠しているわけじゃないから。  だから、あんまり触ったり、  増してや不用意に顔を近づけたりしちゃだめだよ」 「……へーか……おこってる?」 「いや、怒ってはないけども。  さっきのはあんまりやっちゃいけないことだよ」 ただでさえ、最近ムラムラしがちだと言うのに。 体に悪いよ、もう。 「……恋……わるいことした?」 「あまり……よろしいことではないですなぁ」 陳宮も困り顔。 「……ごめんなさい……」 俺から離れて、部屋の隅で置物の陰に隠れ、顔半分だけで俺と陳宮の方を見ている恋。 とりあえず愚息も通常モードに移行したので、俺は立ち上がって恋に近付く。 物陰で一瞬、恋がびくってした。 「恋、怖がらなくても大丈夫だってば」 「……だって、恋……へーかにおこられる……」 「怒らないってば。  恋はちゃんと反省して、ごめんなさいしたんだし」 ……ああ。 そうか。 「恋、ありがとう」 恋の頭をなでなで。 「……?」 「陳宮。  悪いことしたって言われている人だってさ。  例えば、賄賂を渡そうとした人とかでも、今までこの国は  そういうのが当たり前だったんだから、  生き延びるための知恵で、賄賂を渡したのかも知れない」 「陛下……?」 「けど、そういう人でも反省してやり直す機会を与えてあげることは、  決して悪いことじゃないと思う。  これからこの国は変わるんだからね。  それに、最初から悪いことなんてしていないのに、  狡賢い悪党に陥れられただけの人だっていたかもね」 そう言って、俺はもう片方の手で陳宮の頭を撫でた。 「……」 「董卓も賈駆もバカじゃないからね。  もちろん、そんなことはないように、気をつけているだろう。  けど、彼女たちだって神様じゃない。  何から何まで全てお見通しってわけにはいかないだろう?  陳宮、今日裁きを受ける予定の人たちの一覧とかある?」 「そのようなものは見れる形ではありませぬが……  だいたい記憶しておりますぞ」 「おおっ。陳宮偉い!」 陳宮がすらすらと名前を書き出す。 そのなかに 「黄忠?」 三国志の中で見覚えのある名前があったので、思わず声に出してしまった。 黄忠と言えば、蜀の五虎将軍の一人だ。 「……陛下はこの者をご存知なのです?」 「ん……いや……」 本で読んで知ってるなんて言えないから 「いやぁ、今朝見た夢に出てきた人と同じ名前だー……ってね」 誤魔化してみた。 「ほほう。それは奇遇ですなー」 「……恋は……」 突如だんまりだった恋が呟いた。 「うん?」 「恋は……でてきた?」 「ん……んーと……」 もちろん今朝見た夢なんておぼえていないし。 って言うか、そもそも黄忠の名前に反応しちゃった言い訳だし。 たぶん今朝は夢なんて見てないし。 けど、それはそれとして。 「出てきたよ。俺のこと、助けてくれた」 「……ん……」 はにかむ恋。 「ねねは!ねねは出ましたか!」 突如、予想外の陳宮の参入。 「……は?」 「ねねは陛下の夢に出てきたかと聞いておるのです!」 「いや、んーと……出て……きてなかったかな?」 「な、何ですとぉ〜!?」 怒った。 陳宮が怒った。 なぜだ! 「え?ど、どうして怒ってるの?」 「例え、陛下の夢の中であろうと恋殿あるところ、ねね在りなのです!  ですのに、ねねを除け者にするとは〜っ!!」 納得。だが、そんな無茶言われても…… 「えっと、すんません」 「全く。今回は大目に見ますが、次からは気をつけて欲しいものですな!」 「へーい」 まあ、それはそれとして。 あの黄忠に限って悪人ということもあるまいと思って、 ちょっと賭けてみることにした。 「んー。黄忠殿の罪状は……おお、なかなかの大悪党ですぞ。  城主であった夫を謀殺して、城主の座を乗っ取り、悪政を布いたそうですな」 ぉぉぅ。 罪状だけ見ると悪女ですな。 「な、なぁ、陳宮」 「何なのです?」 「面会することとか……出来ないかな?」 面と向かって、目を見て話せば信用できる人かどうか、 少しは判断の材料に出来るかなと思ったわけで。 そんな俺を呆れかえったような……と言うか呆れきった目で見る陳宮。 「……陛下が?  ……罪人の収監されている牢で?  ……囚人と面談ですか?」 「いや、まだ罪人と決まったわけじゃあ……」 「どのみち、そんな所へ陛下が?」 「無理かなぁ?」 「少なくとも、前例はありませんな」 「そっか。じゃ、連れてって」 「………………は?」 「前例がないって言うのは、俺を止める理由にはならないよ。  董卓たちはこの国を変えようとしているんだし、  変えるっていうことは前例のないことにも挑戦しないといけないよね。  というわけで」 「いやいやいやいやいやいやいや」 「よし、行こう。恋、陳宮、案内して」 「……ん……」 陳宮をひょいっと持ち上げる恋。 「れ、恋殿ぉ〜」 「ち、陳宮殿……これは一体……」 酔っ払ったサラリーマンのお父さんが『おーいお土産だぞー』と 寿司の折り詰めをひょいと片手で持っているくらいの気軽さで 陳宮をひょいと片手でぶら下げた恋と俺の三人を見た 二人の衛兵は、揃ってものすごい怪訝そうな表情になった。 「ちょっとその奥にいる囚人に面会希望なんだけど、通してもらえないかな?」 「だ、ダメだダメだ。賈駆様の命令で、ここは何人たりとも通すわけにはいかん!」 仕事熱心な衛兵である。 「陳宮殿、こちらはどなたですか?」 ふむ。 俺のことを知らなくても、身なりを見て、邪険な態度を取らないあたりは さすがに宮廷の衛兵といったところか。 「……実に頭の痛い話なのですが……」 「へーか……」 陳宮の言葉を遮って、恋が答えた。 「……は?」 「恋殿の言うとおり、皇帝陛下なのです……」 「「ええええええええええ」」 二人の衛兵は、腰が抜けたかのように床にへたり込んだ。 そんなに驚くような……ことか。 家の物置を片付けしていたら、総理大臣が「よっ」って現れるようなもんだもんな。 びっくりしもする。 「……賈駆には俺からちゃんと言っておくから、通してもらえる?」 「は、ははっ」 「し、失礼しました!」 これは、夢だろうか。 牢の中にいた黄忠の姿を見た瞬間、俺の頭は真っ白になった気がした。 衝撃! あまりにも巨大! 我が眼を疑うその大きさは! 「……んきゅーーーーーーごくとけん!」 「がふっ」 拳と言いながらも蹴る陳宮のぶっぱなしの獄屠拳が、俺の顎に炸裂。 その衝撃で俺は我に返った。 「陛下……囚人の胸に見とれてる場合ではありませんぞ!!」 「……ゴメンナサイ」 陳宮はさておいても、恋は結構大きいと思う。 意外と賈駆も大きいのだが、一番大きいのは張遼かな?というのが 今までのランキングでした。 しかし、この黄忠さんは半端じゃないです! 巨! あるいは爆! スケールが違うのですよ、スケールが! 「……陛……下……?」 少々やつれた様子の獄中の黄忠さんが、陳宮の視線の先にいる俺の方を見た。 「……は、はい……」 「皇帝陛下が、どうしてこのような場所へ……?」 その目には、露骨に警戒の色が見える。 「全くなのです。  さては、ぼいんぼいんな女がいるという噂でも聞いて、エロ心剥き出しで  会いに来たのですかな?」 陳宮が俺を見る視線が、実に痛い。 いや、まあ会っていきなりおっぱいの大きさに放心状態になってしまったら、 そう思われても仕方ないか。 ちょっと気まずい気分を立て直すために恋の方を見てみると…… 「……ん……」 黄忠と自分の胸を交互に見比べながら、自分の胸をわしわししていた。 「あの……恋……?」 「へーか……あのくらいおっきい方が……すき?」 ちょっと切なそうに俺を見る恋。 「いや……人それぞれでいいと思うよ。  陳宮は……これからだね!」 そう言って陳宮にウインクしたら 「……っ!」 思い切り足を踏んづけられた。 「……えっと……失礼ですが、何をしに来られたのですか?」 「あ、ああ……ごめんなさい。  ちょっと董卓たちより先に話を聞きたくてですね」 「……陛下、囚人相手に何を敬語で話しているですか」 「いや、こうして檻に入れられているけど、別に有罪って決まったわけじゃ」 「それはそれとしても、陛下の臣下なのですぞ?」 ああ、そうか。 もっと偉そうにしてないといけないんだよな、俺。 けど、いきなり尊大に話すっていうのも難しく。 「……何を……お話すればよろしいのでしょうか?」 「あなたの罪状は、城主であった夫を謀殺し、城主の座を乗っ取り  悪政を布いて、住民を困らせていた……となっているらしいけど……」 「嘘です!誰がそんなことを……」 黄忠の言葉に対し、陳宮が眉をひそめて答えた。 「……楽成城の役人からそのような訴状があり、董卓殿が派遣した監察官が  調査した結果、そのような報告があったとのことでしたが……」 「でたらめです!そんなひどい嘘……あんまりです!」 そう悲痛に叫ぶ黄忠さんの瞳には、涙が浮かんでいた。 「ごめん、ごめんね。黄忠さん、まずはあなたの口から  真相を聞かせてもらえるかな?」 俺の謝罪を聞いて、黄忠さんは少し落ち着いたらしい。 「あ、あの……。  ……陛下……取り乱してしまい、申し訳ございませんでした。  臣下の身であるにも関わらず、陛下に対する非礼をどうかお赦しください」 「いや、かまわないよ。  俺の発言が配慮に欠けていたんだから、気にしないで」 黄忠さん曰く。 楽成城は、かつて彼女の父が統治しており、その父の死後は彼女の叔父であり 先の夫にあたる人物が統治していたそうだ。 が、その夫に先立たれ……高齢のため、天寿を全うしたそうだが、 ひとまず彼女が城主を務めることになり、彼女なりに住民のためを思って 統治していたそうだ。 「うーん。それでどうしてこんなことになったんだ?」 「……私にも何が何やら……私が悪政を布いていたのかどうかは、  城の民たちに聞いていただければ、おわかりになるはずです」 「ふむー。随分と自信がおありのようですな」 腕組みして、黄忠さんをじろじろと値踏みするように見る陳宮。 「誰からも恨まれてはいない、とは申しません。  ですが、自信はあるつもりです」 はっはっは。 これで実は悪い人だったら怖いなぁ。 でも、俺は…… 「俺はあなたを信じてみようと思う。  ただ、董卓たちを納得させるには、再調査が必要になるから、それまでは  牢で不自由な生活をしてもらうことになっちゃうけど……大丈夫かな?」 「陛下、勝手にそのようなことをーっ!」 「勝手って……俺、一応この国の皇帝だぜ?」 陳宮は時々そのことを忘れている気がする。 俺自身もそうだけど。 「そ、それはそうなのですがー……」 「んじゃ、董卓や賈駆たちに話に行こうか」 と、話をまとめて黄忠さんに一声かけてから行こうとしたその時。 「あ、あの……陛下!」 黄忠さんの方から声をかけてきた。 「うん?」 「どうして……そこまで……」 「まあ、黄忠さんっていう名前の人が、今朝方夢に出てきてね」 「夢……ですか……」 「うん」 ちょっと拍子抜けしたような表情の後に、黄忠さんは頬を少し赤く染めたように見えた。 「気になる夢だったから、ちょっと会ってみようかなって思ったんだ。  ちょうど、董卓たちのやり方はちょっと見直した方がいいんじゃないかな?  って、思っていたところだったしね。  俺はこの国をあなたを信じて、賭けてみようと思う。  この国を良くするために……あなたを利用させてもらうよ」 「はい。信じてください。  決して、陛下に損はさせません」 そう言って、黄忠さんは深々と床に額をつけて礼をした。 はぁ、と陳宮がため息を一つ。 「運がよかったやら悪かったやら。  黄忠殿、とりあえずもうしばらくは牢屋暮らしが続きそうですぞ」 「お待ち致しますわ……陛下と再びお会いできるその日を……」 その黄忠さんの微笑みに ……不覚にも俺はドキッとしてしまった。 さて。 どうにか董卓たちを説き伏せて、黄忠さんを助けないとな。 三国志では、関羽とたしか互角に戦っていた気がするし、 味方になってくれれば、きっと頼もしいはずだから。