第一章 第六話 「私たちは、この国を変えたいと思っています」 床に転がる張譲。 その背中と倒れた床に拡がる血。 傍らに立つ返り血を浴びた恋。 俺とずっと一緒にいたいから、そのために十常侍を殺したと言う恋。 そんな恋に俺は…… 俺は…… 彼女の望む答えを、返してあげることが出来なかった。 「恋、よくやったな。ありがとう」 そう言ってあげることが、どうしても出来なかった。 この時の俺には、目の前で人が死んだという 身近にいた張譲という存在が、目の前で殺されたという ショックがあまりに大きかったから 怯える子犬のような目をした恋に 望まなかったであろう言葉しか返せなかったんだ。 「……恋……ごめん。  俺もね。  恋と一緒に……もっと一緒にいたいなって思っていたし、  争いのない平和な世を望んでもいたよ。  けど。  けどね、恋……。  俺には、こんなやり方が正しいとは……思えないんだ……」 「……へーか……」 誰かが、人の心は鏡だなんてことを言っていた。 恋にそんな顔をさせているのは俺で 俺もまた同じような顔をしているからこそ、 恋はこんな泣きそうな顔をしているのだろう。 俺は自ら戸を閉じて、逃げてしまった。 彼女の悲しそうな顔を見ると、胸がとても苦しくなったから。 これ以上、恋の悲しむ顔を見るのに耐えられなかったから。 「すまない、華雄。  しばらく一人になりたいから、誰も通さないでくれ」 「……陛下……」 「……お願いだ……」 「はい……」 「ふんふんふふんふふふーん♪」 鼻唄まじりにセキトや張々に餌をあげてる陳宮。 「わんっ」 ご飯に夢中だったセキトが不意に顔を上げる。 「ぬぬっ?どうしたのです、セキト殿」 そのセキトの視線の先には恋が。 「おお、恋殿!  いかがでしたかな?陛下はお喜びでしたか?」 「わんわんっ」 恋に駆け寄り、飛びつくセキト。 恋はうつむいたまま、セキトを静かに抱きとめた。 「……恋殿……?」 その恋の様子に、さすがの陳宮も違和感を感じたらしい。 「……」 しかし、恋の返事はない。 その恋の頬にきらりと光る一筋の 涙。 「恋殿!どうなされたのですか!」 「……」 「ぬぬぬ……陛下ですな?陛下が恋殿を泣かせたのですな!」 「……(ふるふる)」 陳宮の問いに、恋はただ黙って横に首を振るばかりであった。 だが、陳宮は 「お、おのれあのおバカ陛下ぁ〜っ!許せんのです!  ねねが成敗してくれるのです〜っ!」 恋が止める間もなく、駆け出した。 「ちんきゅ……だめ……」 その恋のかすれた涙声は陳宮に届くことはなく。 「大バカ陛下と会わせろなのです!この石頭!」 「ならぬと言ったらならぬ!」 戸の外から陳宮と華雄の声がした。 何となくわかる気がした。 俺が恋を悲しませてしまったことを、怒っているのだろう。 陳宮にも悪いことをしたな、と思うけど、今はまだ会いたくない……。 気持ちの整理がついたら、陳宮にも謝ろう。 だから、今は 止めてくれている華雄がありがたい。 「帰れ!あと、陛下は大バカではない!」 「あっかんべーっなのです!華雄のバーカ!いのしし!」 「何をぅ!」 ……子供の口ゲンカみたいなの聞こえる。 ごめんな、華雄。 俺のせいで……。 陳宮がどうやら帰ったようなので、華雄に声をかけてみた。 「華雄……ありがとう……」 「いえ……陛下から仰せつかった任を  ただ……果たしているだけです」 「……それでも、ありがとう……」 「……陛下……」 「……ん?」 「夕食を……」 「ごめん。食欲が……ないんだ……」 「それでも、せめて何かお召し上がりにならないと……」 「華雄……」 「……はい……」 「ありがとう……」 「……」 それでも、やはり夕食が喉を通らなかった。 けれど、夜が明けて眠れない夜を過ごし、 朝になっても、未だに心はもやもやを抱えたままで。 腹は何となく空腹感を訴えても、やはり飯が喉を通らない。 考えはまとまるどころか、更に混乱するばかり。 下手な考え休むに似たりと言うけれど、 休むというよりは、霧の中でぼんやり立ち尽くしているような感じで。 悶々とするうちに、そろそろ昼かなという頃合に 「ちんきゅうぅ〜〜〜〜〜〜〜う!」 「!?」 どこかから声がした! 「きぃーーーーーーーーーーーーーーーーっく!」 壁の一部にボコッと穴が開き、ちっちゃなあんよが俺の顔面を目がけて飛んできた。 慌てて、顔面を両腕でブロックする俺。 しかし、陳宮の右足は俺の腕を踏み台にして…… 「と見せかけてガークラちんきゅーかかと落とし!」 左足の踵が俺の脳天を直撃した。 「ごふっ」 「ふんっ!お前の行動など、この天才軍師のねねね様にはお見通しなのですっ!」 えっへん、と胸を張る陳宮。 「……陳宮……お前、どこから……」 そんなえっへん陳宮を涙目で睨みつける俺。 「ふん!ここは皇帝陛下用のお部屋ですぞ!  万が一、何かあった時のための、秘密の脱出口があるのは、当たり前なのです!」 知らんかった。 ってゆーか、華雄や恋はこの秘密の脱出口とやらを知っていたのだろうか。 もし、知らないのであれば、まずいだろー。 ここから暗殺者とかが忍び込んできたら、ダイレクトアタックされちゃうじゃないか。 「それはそうと、何しに来やがった陳宮。  というか、何故にお前に蹴られねばならんのだ……あたまいたいのだ……」 「蹴られる理由など、恋殿の涙だけで十分過ぎるのです!この人非人陛下!」 そうか。 やっぱりな。 「恋を……泣かせちゃったのか……俺は……」 「白々しいことを……恋殿を泣かせるような非道な人間は  お前くらいしかいないのです!  あのお優しくて強い恋殿を泣かせたお前なんか、ねねに蹴られて当然なのです!」 「そうだな。  陳宮の言うとおりだ。蹴られるには十分過ぎる理由だよな」 「おバカ陛下……」 「陳宮、ありがとう。  俺、恋に謝ってくるよ」 そして、俺は戸を開けた。 「陛下!」 ぱぁっと明るい顔で俺の方を振り向く華雄。 が、 「……陳宮、貴様なぜそこに!」 一瞬で怒り心頭といった表情に変わる華雄。 そうか、華雄は秘密の抜け道のことは知らなかったか。 そうだろうなー。 ということは、あの抜け道は何とかせにゃーならんなあ。 「まあ、その件は追々説明するから。  とにかく、今までありがとう、華雄。  おかげで、気持ちの整理がついたよ」 「陛下……」 華雄の目の端にもうっすらと輝くものが。 それを俺は優しく指で拭った。 「華雄、心配かけてごめんね。  このお礼は必ずするから……」 「もったいないお言葉……」 そう言ってにっこり微笑んだ華雄のこと…… この時、ちょっとだけ本当に可愛いと思った。 が、今は恋に謝りに行かないと! 「ちょっと出かけてくる」 「へ、陛下!お待ちください!」 恋は、かずとのために……十常侍を倒した。 月や詠が、十常侍さえいなくなったら、 恋とかずとは……ずっと一緒にいられるって教えてくれた。 かずと……泣きそうな顔してた。 一緒にいられるどころか離れ離れになってる。 どうして? かずとは恋とずっと一緒にいられるの……うれしくないのかな? かずとをよろこばせようと思ったのに かずとは悲しそうだった。 ? 恋の目から汗みたいなのがぽろぽろと出てきた。 指で拭ってぺろりと舐めてみる。 「……しょっぱい……」 それは汗みたいにしょっぱかった。 そして、それは拭っても拭っても後から後から目からこぼれてきた。 「きゅ〜ん」 セキトが、恋の目から出てくるのをなめてくれた。 そっとセキトを抱きしめる。 「セキト……」 それからどのくらい時間がたったかわからない。 お日様は沈んで、またのぼって 晩ばはんも朝ごはんも食べてなくて おなかすいて目が回って、あたまがぐるぐるして…… 「わんっ」 セキトが急に顔を上げた。 「恋!」 たいへん!かずとがあらわれた! 「恋!」 「かず……と……」 「……恋……」 少し見ない間に、やつれたのではないか。 「ごめんな、恋!」 思わず、俺は恋の身体をぎゅっと抱きしめた。 「かずと……」 「恋、俺が悪かった。  こんなに目を赤くして……泣かせちゃったんだな。  本当にごめん」 「……なく……?」 「うん。目から汗みたいなしょっぱい水が出なかった?」 「でた。セキトがみんななめてくれた」 「わんわん!」 セキトが俺の背中にわふわふと飛びかかる。 「お、おう、えらいな。セキト」 とりあえず、片手で恋を抱きしめたまま、もう片方の手でセキトをなでる。 「それが……涙だよ……」 「なみ……だ……」 そっか。 恋は涙を知らなかったか。 「泣かせちゃってごめん……」 「ううん……かずとはわるくない……わるいのは恋……」 「違うよ。誰が何と言っても、悪いのは俺だよ。  ごめん、恋」 「……かずと……」 「あれから考えたんだ。  でも、うまく考えはまとまらなかった。  けど、陳宮がさ。  俺のこと蹴飛ばして……いや、正確には踏んづけたみたいなもんだけど、  その理由なんて、恋を泣かせちゃったことだけで十分だ、って言ってさ。  思ったんだ。  俺は恋のことを理解しようとしないで、逃げてしまった。  けど、それは間違いだよね。  恋がどうして、十常侍を殺さなきゃいけなかったのか。  董卓はどうして恋に十常侍を殺させたのか。  俺、今から確かめに行って来るよ」 俺が好きになった恋は、あの呂布なんだ。 小さい頃、三国志を読んでいて考えたことがある。 もしも、貂蝉が董卓と呂布を殺し合いさせることだけが目的だったんじゃなくて、 呂布と相思相愛だったら。 例え、何があっても呂布は、貂蝉のことだけは裏切らなかったんじゃないかな、って。 俺が恋にとっての貂蝉になって、 きちんと恋のことを愛して導いてあげれば、 恋はきっと天下無双の英雄として、生きられるんじゃないか。 それがもしかしたら、この世界に来た俺の使命なんじゃないか。 「……」 恋のうさぎのように真っ赤になった目がうるうるしだした。 「あと、恋。  どうしても伝えたかったことがある」 「……?」 「……恋。愛してるよ……」 俺はそう言って目の端から零れそうになった恋の涙を そっと唇で拭った。 「……」 「……」 部屋の外に二人。 先ほどから部屋に入るタイミングを計り損ねた挙句、 最早入るに入れない雰囲気になってしまって困ったまま 立ち尽くしていた者たちがいた。 陳宮と華雄である。 「……華雄……」 華雄に小声で話しかける陳宮。 「何だ」 「情けない面をしているのです」 「う、うるさい……。  お前こそ、今にも泣きべそかきそうな顔じゃないか」 「お、お前こそうるさいのです……」 気まずい沈黙が暫し続いた後、 口を開いたのは華雄だった。 「陳宮……」 「何なのです?」 「陛下は……本当に呂布殿のことが好きなのだな……」 「……」 「まあ、私みたいなのに勝ち目がないことなんて  最初から承知していたのだが……」 「華雄……」 「それでも……友達になろうって言ってくれた  陛下のお言葉が、私は嬉しかったんだ……」 「陛下が……そんなことを?」 「ああ……  あのお方はこの国の皇帝陛下で、私は一介の家臣に過ぎないのにな……」 やや自嘲気味の笑みを浮かべながら、幸せそうに頬染める華雄。 「あ、あきらめるななのです!  お前だって十分、あの陛下とはお似合いなのです!」 「……え?」 「このねねが応援してやるのです!  だから、自分の想いを……諦める必要はないのです!  (このいのししとおバカ陛下をくっつければ、恋殿は……恋殿は……)」 そんな企みに気付くはずもなく、 華雄は陳宮の言葉に感激したらしい。 「陳宮、お前……意外といい奴だったんだな」 「い、今頃気付いたのです?  (さ、さすがいのしし……単純過ぎて逆に恐ろしいのです……)」 「ああ。今まで誤解していたらしい。  お前になら我が真」 ガラガラガラ 「あ、華雄に陳宮……いた……の……?」 俺が恋と部屋から出ると、そこには華雄と陳宮がいた。 「ま、まあ……陛下をお守りするのが私の役目なれば……」 「いて悪いのですか!?  恋殿のいるところ、ねね在りなのは常識なのですぞ!」 何か気まずいところを見られた風な二人。 「そっか。じゃ、一緒に行くか」 「どこへです?」 「董卓んとこ」 と、その時…… ぐぅぅぅぅぅぅきゅるるるるるるるる ぐううぅぅぅぅぅぅぅぅ 「……ぁ……」 恋と俺の腹の虫が見事な二重奏を奏でた。 「陛下、昨日の夜から何も召し上がられていないのですから、  先にお食事を取られた方が……」 「……う、うん。確かに……」 「恋殿もですぞ!しかも、昨日から一睡もされていないのではないですか?」 「うん……」 「なんだ、恋もだったのか」 「へーか……も……?」 「うん。何だか食欲がなくてね。  それに恋のことを考えてたら、何だか寝られなくて……」 「……」 「……」 ああっ、華雄と陳宮が気まずそうにしてる! 「と、とにかく先にご飯にするか!」 「うん」 引きこもっていた皇帝が、自室から出たという報告を聞いた董卓たち。 「……」 「……」 「……来ないわね……」 「……そうだね、詠ちゃん……」 「おかしいわね。  てっきり、ボクたちのところにどうして十常侍を殺したんだ!  とか乗り込んでくると思ったのに……」 「恋ちゃんの所に寄り道してるのかな……?」 「それは……あるかもね……」 「どうしよう、詠ちゃん。行ってみる?恋ちゃんの所」 「うーん。でも、ボクたちがわざわざ出向くっていうのも癪じゃない?」 「けど、詠ちゃん……」 「どうしたの、月?」 きゅうぅぅぅ 「お腹……空かない……?」 「……月……もうちょっとだけ我慢しようよ」 「へぅぅ……」 (三十分経過) 「へぅぅ……詠ちゃあん……」 「もうちょっとだけ我慢しなさい!」 (更に三十分経過) 「え、詠ちゃぁぁぁ……お腹空いたんだよ……  もうお腹の虫が大合唱なんだよ……」 半べそかきながら空腹を訴える董卓。 「月、それキャラ違……じゃなくて、仕方ないわねぇ、もう……」 「詠ちゃん!ありがとう!」 賈駆にすがりつく董卓。 「月……ほら、早く行くわよ!」 賈駆は、何だかんだで董卓に甘えられると弱いのだ。 というわけで、ここは宮廷内でも位の高い人しか入れない食堂。 そんなものがあるかどうかはさておいて、食堂。 空いている二人分の席を探そうと、賈駆が食堂内を見渡すと…… 「はい、あーん」 「……あーん……」 四人席で、箸でつまんだ餃子を帝が恋に食べさせていた。 むぐむぐむぐ 「おいしい……」 「ぬぬぬー!ずるいのです!恋殿、ねねの春巻も食べてくださいなのですー!」 そう言うと、恋の横に座っていた陳宮が、帝の皿から春巻を奪って 帝の真似をして、恋に食べさせようと差し出す。 「あ、陳宮!それ、俺のだぞ!」 「いいのです!陛下の食べ物は皆、恋殿のものなのです!」 もくもくもくもく。 「……びみ……」 「おおーっ」 美味しそうに食べる恋を見て、幸せそうな陳宮。 「へーか、ありがと」 「陛下ではないのです!ねねが恋殿に差し上げたのですぞーっ!」 「もともと、それは俺の春巻だろうが!」 そして、帝の横に少し居づらそうな華雄。 そんな華雄の様子に帝が気付いたらしい。 「あ、そうだ。  華雄ー」 「は、はいっ?」 突然、声をかけられて驚く華雄。 しかし、華雄が本当に驚くのはこれからだった。 「あーん」 「ああっ!それはねねの!」 陳宮の皿から奪った鶏の唐揚げを、華雄の口元に箸で持って行く帝。 「な、なっ!?」 当然、戸惑う華雄。 「ほら、華雄。口開けて。  あーん」 「で、でででで出来ませぬ!」 「ほらほら、照れずに……あーん」 「無理です!無理無理!」 と言いながらも目を閉じて、おずおずと口を開く華雄。 が、照れのせいか。 唐揚げを食べるにはちょいとおちょぼ口。 「返せなのですー!」 そこへ、横から陳宮が乱入して、唐揚げを華雄の目の前で奪回する。 具体的に言うと、一口でばくんと。 「もふー」 「あ、お前!陳宮っ!」 「ふふーん。  ひょれはふぇふぇほふぁふぁはふぇはほへふー  (訳:それはねねの唐揚げなのですー!)」 唐揚げを口の中でほふほふしながら言ってるから何を言ってるかさっぱりだ。 「……も、もう……。  冗談が過ぎます……」 顔を真っ赤にしてそっぽ向く華雄。 「……ってぇ……何やってんのよ、アンタらはーっ!!」 ここで賈駆が我に返って、本来の役割であるツッコミを実行した。 「何やってるって……ご飯食ってるんだよ」 「……」 俺の言葉にうんうんと肯く恋。 「ギギギ……」 何やら歯噛みして怒りを堪えている風な賈駆。 「仕方ないよ、詠ちゃん。  陛下のことを勝手に待っていたのは私たちなんだし……」 「……ま、まあ、確かにそうなんだけどさ……」 「董卓たちもご飯?  ちょうどいいや。あっちの大きい席で一緒に飯食べようよ」 どうせ、ご飯食べたら董卓たちと話そうと思っていたのだし。 「あ、はい。よろこんで」 「ちょ、ちょっと月!」 というわけで、董卓と賈駆を加えて、改めて六人で着席。 月たちが頼んだ料理が届くまで、俺たちの皿から料理を分けてあげたりして 何となくわいわい食事が始まった。 「っていうか、何でアンタがここでご飯食べてるのよ!  ちゃんと部屋に食事は運ばせていたでしょう!?」 俺をびしっと指差す賈駆。 その口からご飯粒がちょっと飛び散った。 汚いよ、賈駆。さすがにそれは汚い。 「……それが、陛下は昨日の夜と今朝も食事が喉を通らぬご様子でして……」 俺の代わりに華雄が答えてくれた。 「その喉を通らぬ人が、なんで楽しそうに四人で食事してるわけよ!?」 「まあ、話すとそれなりに長いんだけどね」 恋に焼売を食べさせながら俺が答える。 「説明してもらいましょーか!  今すぐここで納得のいくよーに説明してもらいましょーか!」 「おバカ陛下!説明するなら、三行にまとめろなのです!」 陳宮が余計な口を挟む。 「ちんきゅ……へーかは、ばかじゃない」 「恋ちゃん。はい、あーん」 「……あーん」 「外野うるさい!」 賈駆にキッと睨まれて、しょんぼりする恋と董卓と陳宮。 「まあ、手短に説明するとだ。  お腹が空いたからみんなでご飯食べに来た」 「短すぎよ!それで何を理解しろって言うのよ!」 「んー。  じゃあ、俺と恋は昨日の晩から何も食べてなかったので、  とてもお腹が空いていたから、とりあえずご飯を食べることにした」 三行にまとめてみた。 「さっきと大して変わんないわよ!」 「わがままだなぁ……」 「詠ちゃんと私もお腹空いたから、食事に来たんですよ」 「何だ、賈駆も人のこと言えないじゃないか」 「月、余計なこと言わないの!」 「へぅ……」 食後にみんなでお茶を一服。 「ぷはーっ。食った食ったー」 「恋も……おなかいっぱい……」 「恋殿ー!ねねもお腹いっぱいですぞー!」 「……陳宮、そんな小さい身体でよく食べるな……」 「……で、陛下。  私たちにお話があったんじゃありません?」 董卓がにっこり微笑みながら、俺に話しかけてきた。 ご飯も食べ終わったし、実に良いタイミングだ。 「ああ、うん。  前にさ、俺のことを十常侍から救うって言ったことがあったよね」 「はい」 「その時……今でもだけどさ。  俺は、世の中のことをあんまり知らなかったから、  よくわからなかったんだ。  十常侍を殺すことが、  俺を救って、世の中を変えて、嘆く天下の人たちを助けることになるのかが」 「今ではどうなんですか?」 「うーん……今でもよくわからなくてね……。  その答えを見出したくて来たんだ」 「……食堂に?」 賈駆がジト目で俺を睨む。 「食堂で腹ごしらえしたら、董卓たちの所に行こうと思ってたんだよ」 「詠ちゃんったらね。もうすぐ陛下が来るだろうから待っていようって  なかなか食堂に行かせてくれなかったんですよ」 「ほほー」 「なっ!ちょ、月!それじゃまるでボクが、こいつのこと  ずっと待っていたみたいじゃない!」 「ほほー」 「何よ、その顔。すごいムカツくんですけど」 うむ。からかっているつもりだからな! そんな俺と賈駆を見て、董卓がくすくす笑う。 董卓につられて、恋や陳宮も笑い出す。 「な、何よ!何がおかしいのよ!」 「そんなこともわからないのか、軍師賈駆よ」 俺がわざとらしい口調で更に賈駆をからかう。 「アンタ、今完全にボクのことバカにしたでしょ!  ねえ、完全にボクのことバカにしたよね?」 「そんなこともわからないのか、軍師賈駆よ」 出来るだけ先ほどの口調をトレースしてみた。 笑いを堪えながら。 とりあえず、俺の顔面目がけて投げつけられた茶碗は、恋がキャッチしてくれた。 気付けば、すっかり和やかな雰囲気になっていた。 そして、何となくわかった。 こいつらは、基本的には悪い奴らじゃない。 「董卓に賈駆、君たちと一緒に食事が出来て良かったよ」 「光栄です」 にっこり微笑む董卓。 「……唐突に何よ」 また疑いの目で俺を睨む賈駆。 「君たちが何となく悪い人じゃないんだな、っていうのがわかった気がするんだ。  一つの食卓を囲んで話をしていてね。  そう感じた」 「ふ、フン!あんた、騙されてるかも知れないわよ?」 賈駆が、少し照れくさそうにしながら言う。 「大丈夫だよ。  騙すつもりの人は、そんなことわざわざ言わないと思うし」 「……っ!」 「……詠ちゃん、陛下に一本取られちゃったね」 董卓がくすくす笑う。 笑われた賈駆は、それはもう唐辛子もかくやという真っ赤な顔。 「まあ、それすら罠で、本当に俺が騙されているのだとしたら、  それはそれでいいよ。  うまく騙し通してくれ」 「それは、ボクたちが大悪党でも構わないってこと?」 「うーん……正直に答えると、困る」 俺の答えを聞いた賈駆の片眉が面白いくらいにぴくって上がった。 「困るって……アンタ」 「国の政治を仕切る人間が、大悪党だなんてそりゃ困るだろう?」 「そうですね。  でも、今までこの国を統治していたのは、そういう人たちなんですよ」 十常侍の専横、何姉妹と十常侍の権力争い、地方の民の生活など 今まで俺が断片的な情報でしか知らなかったことを、 董卓と賈駆は丁寧に説明してくれた。 そして、 「私たちは、もともと西涼の一豪族だったのですが、  黄巾賊討伐の際に、私たちは精一杯頑張っていたんですけど、  都から派遣されてきた監察官が賄賂を要求してきたんです」 「賄賂を寄越さないと、董卓の軍は黄巾征伐に失敗したと報告して処罰させるぞ  って脅してきたのよ」 「そんなことが……」 「別に珍しいことではないのです。  功績があっても、賄賂を断ったために、  嘘の報告をされて投獄された将軍もいれば、  負け続けで功なんてないくせに、  賄賂を山のように積んで出世した者もいるのです」 当然のことだといった風な、すました顔の陳宮。 「……そんな……」 「私たちは、監察官に賄賂を渡しました。  私たちと一緒に戦ってくれた人たちを、路頭に迷わせるようなことは  したくありませんでしたから……」 悲しそうに目を伏せる董卓。 「あんたは知らなかったでしょうけどね。  高祖劉邦の時代ならいざ知らず、今のこの国の役人なんて  ほとんどそんな連中ばっかりよ」 賈駆の言葉はおそらく真実なのだろう。 「だから、領主は賄賂のために、農民たちに重税を課すのか……」 「そのとおりです。  そして、その賄賂政治の頂点にいるのは、十常侍たちでした」 俺には見えなかった、この国の暗部。 それを俺は知らされた。 だからこそ、彼女たちに質問したんだ。 「……董卓たちは、そんなこの国をどうしたいの?」 「私たちは、この国を変えたいと思っています。  汚れ切ってしまったこの国を……何とかしたいんです」 そう俺に告げた董卓の瞳には、強い意志が込められていた。 俺は、董卓の言葉を信じることにした。 賈駆たちと相談し、俺は皇帝として董卓を相国という位に任命した。 これで、董卓がこの漢の国の政治における最高位に就いたことになる。 彼女たちは、この国をどう導いていくのだろうか……。