第一章 第五話 「かずとのいってた……平和な天下……」 政敵である何進亡き今、権勢を欲しいままにしていた 十常侍の一人が、一介の武官に処刑された。 この事件は、大いに朝廷内を騒がせた。 「蹇碩は、国の定めた門の夜間通行の禁令に背いたうえに、  取調べを拒否したので、その場で処刑致しました」 九人になった十常侍に、詰問を受けているのは曹操。 今回の事件の中心人物である 十常侍の一人を処刑した武官である。 彼女は、憎悪のこもった十八の瞳と相対しても、まるで動じない。 「貴様、それがどういうことかわかっているのか!」 「はい。例え、国の重職にある方でも、  法に背くことは許されないということです」 しれっと涼しい顔で答えた。 「……国の重職にある人間の処断をボクたちに無断でやるなんて、  随分と偉くなったもんだね」 「皆様の所へお連れしようとしたのですが、抵抗されたものですから。  止む無く、その場で処断致しました。  例えお連れしたとしても、禁令に対する重大な違反です。  処罰を免れることはできなかったでしょうけど……  もしかしたら、手足を落として身動きできなくしてでも  お連れした方がよろしかったですか?」 壇上から見下ろしているはずの十常侍たちだったが、 逆に曹操から見下ろされているような錯覚すら覚えていた。 それほどに曹操の態度は尊大で、またそう感じさせる風格があった。 「も、もういい。下がれ!」 「それでは失礼致します」 一礼して悠然と去る曹操。 彼女が去った後、十常侍は地団駄を踏んで悔しがった。 「くっそー!何だよ、あいつの態度!」 「あのくるくる女、絶対に許せないよ」 「けど、困ったね……」 彼らのテンションが急に下がった。 「うん。あいつ、隙がないんだよね」 「それに大先輩の孫だし……」 彼女のしたことは、彼女自身が言ったとおり、 国の法に照らせば、正しいことであった。 更に、彼女の祖父にあたる人間は、一時代を築いた宦官の大物であった。 いわば、某事務所における某マッチさん的存在である。 十常侍たちが朝廷内で好き勝手に出来るのも、 先輩たちの今までの功績があってこそである。 ということもあり、余計に手出しをしかねていた。 「どうする?」 「うーん……」 三人どころか九人寄っても文殊の知恵は浮かばない。 「……というわけなんだけど、良い手はないか?」 十常侍の一人である張譲は、曹操の件を董卓の所へ相談しに来た。 「……詠ちゃん、どう思う?」 正確には、董卓の軍師である賈駆に相談しに来たようなものだが。 「そうね……。  今回の件の功として、適当な地方の領主にしてしまったらどう?」 「はぁ!?」 賈駆の言葉を聞いて、不愉快そうに大声を出す張譲。 それはそうだ。 曹操にどうやって報復するかを相談しに来たのに、 報復どころか功を認めよと言うのだ。 張譲じゃなくても怒るだろう。 普通は。 だが、賈駆はそんな張譲の様子を気にも留めない。 「詠ちゃん、どういうこと?」 董卓が、賈駆に説明を求める。 すると、得意げに賈駆は続きを話し始めた。 「陰謀とかがお得意な方々が、揃ってお手上げなんでしょ?」 「……」 「陥れるのが難しいのなら、  都から遠ざけて、適当な田舎で腐らせておけばいいのよ。  それに、地方で変な動きでもしようものなら、それこそ反乱の意志ありとか  適当ないちゃもんつけて、攻めてしまえばいいんだし」 「いい考えだね、詠ちゃん。  曹操さんも寛大な処置に感謝して、おとなしくなるかも知れないしね」 詠の説明を聞いて、ぱちぱちと手を叩く董卓。 「まあ、あの曹操はそんなタマじゃないんでしょーけどね。  でも、厄介払いとしては妥当なんじゃない?」 「……なるほど。  考えておくよ」 説明を受けて、張譲も一理あると考えたらしい。 「それよりも」 賈駆の眼鏡がきらっと光る。 眼鏡さんの眼鏡は、時にセリフに合わせて光るのだ。 「ん?」 「曹操の後ろで糸を引いている者がいたりしないかしらね」 翌日の朝議で、曹操は陳留の刺史に任じられた。 陳留というと、実はそんなに洛陽から遠くない。 彼女の任地をどうするかについては、十常侍の中でも 意見が分かれるところではあった。 が、やはり彼女の祖父が宦官の中でも大物と言われた人物で 十常侍にとっては大先輩にあたることや、 あまり地方にやり過ぎると監視の目が行き届かなくなることなどの理由で (現にこの頃、益州の州牧である劉焉などは音信不通になっており、  中央との連絡が途絶されていた) 陳留の刺史になることが決まったのだ。 「意外だったわね。桂花、これもあなたの工作の成果?」 この人事は、曹操にとっても意外なものであったらしい。 自身の部屋に戻った曹操は、軍師の荀ケに訊ねた。 今回の一件で、十常侍に付け入られる隙がないように 曹操の持っていた人脈だけでなく、荀ケ自身が袁紹の配下であった頃に培った 独自の人脈も駆使して、配慮していたのだ。 「いえ、華琳様。  予防線は幾重かに張り巡らせてはいましたが……」 「……そう。  十常侍にも面白いことを考える側近がいたのかしらね。  これで当初の目論見とは、少々ずれてしまったわ」 「そうですね。何進の旧臣団を糾合して十常侍を抹殺する計画が……」 まるで時代劇の悪役みたいに企みの内容を話しだす荀ケ。 「桂花!」 「は、はいっ」 「壁に耳ありよ。迂闊な発言は慎みなさい」 「し、失礼しました」 目を閉じて、ふぅっとため息を一つ。 「ともかく、陳留へ向かうわよ。  凪たちに連絡は取れているのでしょうね?」 「はい。抜かりなく」 「さすがね、桂花。  それでこそ、我が張子房よ」 「もったいないお言葉でございます……華琳さま……」 曹操の左遷と時期を同じくして、禁軍の中でも数少ない反董卓派であった 袁紹も渤海郡の太守に任じられ……要するに、地方へと飛ばされた。 董卓派と言っても、董卓の味方と言うよりは、十常侍の権威を恐れて 十常侍に従っている者たちだ。 しかし、曹操や袁紹ほど露骨ではないものの、十常侍たちに対して 非協力的な姿勢を取る者たちは少なからず存在した。 そういった者たちは、十常侍に対して直接反抗することこそなかったものの、 十常侍の手先である董卓に対しては、反抗的な姿勢を取った。 そんな反董卓派の武官文官のほとんどは、同じように都から地方へ左遷され、 洛陽の内から反董卓派の勢力は、その姿を消した。 つまり、事実上、都は十常侍に与する勢力一色に染まっていたのである。 こうして孤立したのは何太后である。 姉を十常侍に殺され、自らに味方してくれそうな可能性のある者も都にはもういない。 それ故に、彼女は地方へと目を向けた。 その発想は悪くなかったのかも知れない。 だがしかし。 計画はあまりにも早く露見した。 都の内に、味方のほとんどいない何太后が、十常侍の目を盗んで 地方の領主に連絡を取ることなど、出来るはずもなかったのだ。 「……張譲様。何太后がこのような密書を……」 「んー?」 何進の元部下の一人が、書状を張譲に差し出す。 「北平の公孫賛に宛てたものですが、この前左遷された曹操や袁紹、  他にも西涼の馬騰や荊州の袁術に宛てたものもございます」 その報告を聞いた張譲の顔に、呆れたような あるいは、哀れみすら帯びた笑みが浮かんだ。 「せっかく息子が姉の命を差し出してまで、母の命乞いをしたと言うのに……  子の心、親知らずだよね」 「……はぁ?」 「いいや。何でもない。  とにかく、密書を全部集めてボクのところに持って来て」 「ははっ」 密書が十常侍の手に渡ったと知った何太后は、帝に助けを求めた。 しかし、国の最高権力者であるはずの帝でも、最早どうすることも出来なかった。 かつて、帝は母である何太后を守るために、十常侍に唆されて 屋敷に篭っていた伯母を呼び出す書状を書き 伯母との食事に一服盛ったりもした。 結果、伯母は十常侍たちに殺されたが、母と彼は生き残ることが出来た。 しかし、その彼の非道で愚かな努力も水の泡となったのである。 そんな母のために彼が出来たのは、 今はただ涙を流すことだけであった。 そして、何太后は国家への反逆罪で処刑をされた。 彼女の最期もまた、姉と同様に無残なものであったとらしい。 そして、深い悲しみに包まれた帝も、何太后の死から間もなく、病で倒れて崩御した。 何太后と帝の死については、諸説あるが、 少なくとも、朝廷の記録ではそのようになっている。 彼は少帝と諡され、弟である劉協が皇位に就くことになった。 劉協……つまりは、 十常侍たちに帝弟としてでっちあげられた俺だ。 相変わらず、俺と恋のポジションというのは、 戸の中と外というのが基本なのだが、 前は頻繁に俺たちのことを監視していた十常侍たちも、 意外なことに俺たちが都に戻ってからというものの、姿を見せていない。 なので、都に戻ってからは全然話せないと思っていたら、 戸を挟んで、二人で話を出来る時間は意外と多かった。 この時には、張譲たちも忙しいんだなあ、とかぼんやり思っていたが、 実際には何太后が殺されたりしていたと後で知った。 で、この時俺は、こっちの世界に来る前にTVで見た三文字ゲームで 恋と遊んでいた。 割と無口な恋は、三文字ゲームが結構気に入ったらしい。 「かずと」 「なあに?」 「おなか」 「すいた?」 「すいた」 「ひるは?」 「たべた」 「だよね」 「たりぬ」 「たべる?」 「なにを?」 「おれの」 「なにを?」 「おかず」 「いいの?」 「いいよ」 昼食中だった俺は、自分のおかずを少し恋にお裾分けすることにした。 戸を少し開けて、箸で煮物を一つまみして、恋に差し出す。 「あーん」 「あーん」 目を閉じて大きく口を開ける恋。 あまりに無防備なその表情に思わず、悪戯心がむくむくと湧き上がったが、 ここは素直に食べさせてみる。 もくもくもく。 「おいし」 ちょっと照れながら、目を閉じたまま、幸せそうに咀嚼する恋。 そして、その様が実に可愛い。 「そうか」 ついまたさっきの顔が見たくなった俺は、焼売を一つつまんで、恋に差し出す。 「いいの?」 「おたべ」 ぱくっ。 もくもくもくもく。 ウム!実に美味しそうに食べるな! 俺が料理を作ったわけではないけど、俺が差し出した料理を こんなに美味しそうに食べてくれる恋を見ていると、つい嬉しくなってしまう。 だから、ついもう一個…… 「あーん」 「あーん」 もぐもぐもぐ。 和むなぁ。 実に和む。 「……しあわせ……」 「あ、恋の負けー」 「……あ……」 「これで一勝一敗だな」 三文字ゲームは三文字でしかしゃべってはいけないゲームなのだ! 「……いい。  恋は今、しあわせだから負けでも……いい……」 少しはにかみながら、上目遣いで俺を見上げる恋。 そんな恋の目を見ていたら、ドキドキが止まらなくなってきた。 今、俺は一片の躊躇いもなく言える。 恋が好きだ! 「いや、俺の負けだよ」 そう言って、俺はそっと箸を置き、恋の頭をなでなでした。 「……?」 不思議そうな顔で俺を見つめる恋。 「恋の嬉しそうな顔には勝てないよ。  だから、俺の負けー」 「……恋のかち……?」 「うん。恋の勝ち……」 二人の手の指が絡み合う。 「……かずと……」 見つめあう瞳と瞳。 「……恋……」 そっと近付く二人の顔。 と、その時。 「随分と楽しそうじゃあないか」 冷め切った少年の声が俺を凍りつかせた。 思えば、かなり久しぶりに見る十常侍の面々だった。 一人足りないけど。 そうか、今いないのが蹇碩だったのか。 張譲以外は、正直なところ、顔と名前が一致していなかった。 一対一で話す事はまずなかったし。 「や、やあ、張譲……」 「よう。殿下。  久しぶりな気がするねぇ」 「そ、そうだね。張譲以外とは、俺が前に都を出て以来だね」 「……そうか」 「そうだね……」 「うん……」 九人の顔色が曇る。 そういえば、あの頃はまだ十人だったな。 「な、何か色々あって……大変だったみたいだね」 「まあ……ね。  その色々あってで、お前は今日から皇帝だから。  よろしくな」 「……は?」 「ああ、知らないのは当然だと思うけど、帝がこの前、急死してね。  何太后が、反逆罪で処刑されたのが、よっぽど悲しかったらしいよ。  とにかく、これからはお前が皇帝だから」 「……そんな……」 何姉妹が袁紹たちを率いて、劉弁を皇位に就けてから、 一月もしないうちの出来事だ。 まして、十日ほど前に陳宮が蹇碩の死を告げた時には、 たぶん何太后たちはまだ生きていたはずだ。 あれから一月の間で、俺の知らないところで 何進が死に 蹇碩が死に 何太后と帝が死んだ。 もし、十常侍の当初の筋書きどおりに、俺が最初から皇位に就いていたら…… 何姉妹や劉弁は死なずに済んだのだろうか。 あるいは、俺がこの世界に来なければ……。 いや、少なくとも三国志の世界では全員権力争いで死んでいたはずだ。 俺の目の前にいる残りの十常侍たちも…… 恋も……。 人はいつか必ず死ぬものだとはいえ、 俺は、運命をただ傍観するだけしかないのだろうか。 「心配することはないよ。  皇帝になっても、政治とかはみんなボクたちがやるし、  お前は黙って、一日中玉座に座っていればいいだけだから」 どうやら、皇帝になっても俺の待遇は変わらないらしい。 ああ、部屋に幽閉されたまんまじゃあなくなったのか。 次の日、俺の即位の式典が行われた。 が、特に演説などをするわけでもなく、 ただ儀式が進行するのを見ているだけだったが。 俺が皇帝になってからも、護衛は相変わらず恋が務めている。 だから、居室が皇帝用の立派な部屋になっても、 基本的には今までとあまり変わらない。 「恋……」 「……?」 「……十常侍たちと敵対していた人たちがいなくなって……  これで少しは平和になったりするのかな?」 「……」 「……やっぱり無理かね。  俺も皇帝になったなんて言っても、黙って玉座に座っているだけだし」 「……へーかは……」 「うん?」 「天下を平和にしたい?」 「んー。  出来るなら、そうしたいな。  戦争ばっかりの世の中よりもさ、争いのない平和な世界の方がいいよね。  みんなが心穏やかに暮らせるそんな世の中で……」 恋と一緒に……と言おうとしたところに、 またまた張譲が現れた。 昨日に続いてですよ! むしろ、何か俺たちは覗かれていて、いい雰囲気になったところで 邪魔されているのではないか、とさえ思ってしまうよ! 「悪いね。急いでいるから、手短に。  ちょっと呂布を借りて行くよ」 「へいへい。  って、ちょっと待った!どういうこと?」 危うく自然にスルーしてしまうところだった。 「んー?  ちょっと宮廷内に、不穏な動きがあってね。  代わりに華雄に護衛をさせるからさ」 まあ、拒否権は俺にはないので。 「……いってらっしゃい、呂布。気をつけてね」 「……うん……」 「張譲も気をつけてね」 ついでに声をかけてみた。 最近お気に入りらしい華雄でなくて、恋を連れて行くのだから たぶんよほどのことなのだと思う。 あるいは、董卓の部下である華雄では、ダメな理由があるとか。 「……ん?あ、ああ……」 どうやら俺のかけた言葉は張譲にとって、意外なものだったようだ。 「今の驚くところか?」 「いや。ちょっと意外だっただけだよ。  ところでさ」 「……?」 「お前たち、まだヤッてないよね?」 「なっ……何をだーっ!」 「まあ、色々と片付いたら、ちょっとは見逃すけどさ。  孕ますなよ?貴重な戦力なんだから」 張譲が去ってからそんなに間もなく、戸の外から華雄の声がした。 「失礼致します!  只今より私、華雄が陛下の護衛の任に就かせていただきます!」 「ありがとう、華雄さん。心強いよ」 「あ、ありがたきお言葉!」 うーん。相変わらずな感じだな。 「……」 「……」 どうもこっちに華雄の緊張が伝わってくる感じがして、息苦しい……。 「ねえ、華雄さん」 「は、はいっ!」 「ちょっとだけ戸を開けて、お話しない?」 「い、いけません!  十常侍の方たちから、陛下をお守りするために  戸を開けてはならないと……」 「別に、戸を開けた瞬間に矢が飛んでくるわけでもないでしょ?」 「……まあ……それはそうですが……」 「それでもダメなら、戸を閉じたままでもいいや。  ちょっとお話しようよ」 「……」 「ダメって言っても勝手に話しちゃうよ?  でも、せっかくだから、互いの顔が見えた方がいいと思うんだけどな」 「本当は話もあまりしてはいけないと言われていたのですが……」 少しの間の後、華雄がそっと戸を開けた。 「す、少しだけ……失礼します……」 「ありがとう。張譲たちには内緒にしておくし、  万一バレても、俺のせいにすればいいから」 ん……? 何か恋の時も似たようなやり取りをした気がするな。 「そ、そんな……いけませぬ!」 「いいって。俺が我がままを言ってるんだし」 一応、にこにこしながら言ってみる。 華雄にも優しくして欲しい、と言っていた恋の言葉を思い出しながら。 しかし、何か 俺が無理矢理迫っているように聞こえなくもない会話だな。 「陛下は……本当に変わった方です……」 「……そう?」 「はい。でも、その……そんなところが……あの……」 華雄が恥ずかしそうにもじもじしている。 ので、俺から続きを促してみた。 「そんなところが……?」 「す……すて……き……だと思い……ます……」 「すすてき?」 「ち、違います!  陛下、私をからかっていらっしゃいますな!?」 「うん。あんまり華雄さんが緊張してるもんだから、つい……」 「前言撤回です。  陛下は意地悪でいらっしゃる!」 そう言うと、顔を真っ赤にした華雄が腕組みをして、 ぷいっとそっぽを向いてしまった。 「ごめんごめん。  どうも、俺と話をしている時の華雄さんってさ。  肩に力が入りすぎてると言うか、緊張し過ぎていると言うか、  そんな感じがしてね。  少しでも気が楽になればと思ったんだけど……本当にごめん」 「そ、そんな。謝らないで下さい。  私こそ、臣下にあるまじき態度でした。  お許しください」 おろおろする華雄。 「臣下かー。だからかな?」 「……は?」 「これは提案なんだけどさ」 「は、はい」 俺の言葉に、警戒しているのが見え見えの華雄。 まあ、無理もないけど。 「友達になってくれないかな?」 「………………………………………………………………………………はぁ?」 おお。 華雄が豆鉄砲食らった鳩みたいな顔になっている。 実際に鳩が豆鉄砲食らっているところなんて見たことないけど。 「嫌?」 「い、いえっ!ですが……」 「嫌じゃないなら、今日から友達な。  よろしく」 手を差し出してみる。 「で、ですが、その……」 「うん?」 「私如きが陛下の友人だなんて……」 「ダメかな?」 「ダメです!  あなた様は今やこの国の皇帝で、私は……  陛下に仕える臣下です。  友人だなどと、あまりに畏れ多い……」 「じゃあ、その畏れ多いらしい俺が  友達になってくれって握手を求めているけど、断るの?」 そう言って、ニヤッと笑ってみる。 「なっ……!」 うむ。 予想に違わず、知力は低そうだな。 「ほーら、握手握手ー」 「……陛下は……」 「ん?」 「本当に意地悪でいらっしゃる……」 顔を真っ赤にして、俺の差し出した手をそっと握る華雄。 「はは。嫌われちゃったかな?」 その問いに対して、華雄はただ 無言で首を横に振った。 さて、俺が居室で華雄とそんなやり取りをしている頃。 俺不在の玉座の間では、十常侍と董卓たちの睨み合いが発生していた。 事の発端は、十常侍が日頃から重用していた役人を 董卓たちが、十常侍たちに無断で処断したことにある。 法に照らし合わせれば、董卓たちの取った行動は正しかった。 しかし。 「勝手なことされちゃ困るんだよねー」 当然、こうなる。 だけど、 「勝手なこと?  国にとって害悪でしかない汚職役人を成敗しただけよ」 強気な賈駆が、その身長の割には意外とある胸を張って、堂々と答える。 「お前は……何様のつもりだ?」 張譲の声のトーンが下がる。 「……へぅっ……」 怯える董卓の手をそっと握る賈駆。 「大丈夫。月、ボクがついているから」 「う、うん……」 賈駆の手を握り返して、小さく肯く董卓。 董卓の目を見つめ、決意の程を確認した賈駆が、一歩前へ出る。 「あんたたちこそ、国政をいつまでも私物化できると思わないことね!」 「なっ!?」 「言ったな!」 「貴様ぁー!もう一度言ってみろ!」 賈駆の返答に十常侍が一斉に立ち上がる。 「何度だって言ってやるわよ。  国の政をいつまでも私物化できると思ってんじゃないわよ!」 「呂布!」 十常侍の一人が、恋に声をかける。 「……ん……」 「こいつらを始末しろ!」 「……んー……」 煮え切らない態度の呂布。 「呂布!殺れ!」 声を荒げる十常侍。 「……わかった……」 そう言った恋の戟が貫いたのは、 手近にいた十常侍の一人の胸であった。 「……なっ……」 少年の胸からずるりと引き抜かれる戟。 飛び散る鮮血。 そして、刺された彼は、糸が切れた操り人形のように倒れた。 「呂布!血迷ったかっ!?」 「……ううん……」 続いて、戟を横に薙ぎ払う恋。 またも血飛沫が上がり、十常侍が数人倒れた。 「恋ちゃん。ありがとう」 「残念ながら、恋は正気よ。  ただ、あなたたちが迂闊だっただけ」 董卓も賈駆も恋のことを真名で呼んでいる。 十常侍たちが、董卓と相対するための切り札だった恋は 既に彼らの味方ではなく、敵になっていたのだ。 「……呂布……裏切ったな!」 「ごめん……」 三度、振るわれる恋の方天画戟。 つい先ほどまでは、九人でも十常侍だったのが、 あっという間に残り二人になっていた。 残ったのは、張譲と段珪。 「……くそっ!」 二人は慌てて逃げ出した。 「恋!霞!追うのよ!  逃がしたら色々と面倒だわ」 「……ん……」 「まかしときぃ!」 「……陛下!戸を閉じます!」 「う、うん」 俺が華雄と友達握手をして間もなく。 華雄が、都で何進の軍と戦った時の模様を話している途中に、 不意に何かを察知したらしく、さっと戸を閉じた。 そのすぐ後のことである。 数人のドタバタという慌しい足音と 「待たんかーい!ええ加減に観念せぇやー!」 という張遼の声が聞こえたのは。 「何事だ?」 「……出ては……なりませぬ……」 押し殺したような声で華雄が答える。 そして、直後に聞こえたまだ若そうな少年の断末魔の悲鳴。 「段珪くん!」 悲鳴の直後に聞こえた声は、聞き慣れたあの張譲のものだった。 彼のこうも慌てた声を聞くのは、初めてのことだったが……。 「華雄!何が起きた!どういうことだ!」 「……陛下は……部屋の中におられますよう……」 「華雄!」 賊でも侵入したのだろうか。 進入した賊を張遼たちが追いかけていて、 その賊に十常侍が襲われて、殺された? 「陛下に助けを求めようとしたかて、そうはいかんで」 ……違う! 追いかけているのは張遼だ! 「華雄!開けろ!」 「出来ませぬ……」 華雄が悲痛な声で答える。 その直後、張譲の呻き声が戸のすぐ外で聞こえた。 そして、どさっと小さな身体が床に倒れる音。 「張譲!」 「はは……どうしたんだい……そんな声して……  何か悲しいことでも……あったみたいじゃないか……」 「張譲!大丈夫か?」 「……大丈夫じゃないね……。  でも、これで……お前は自由になるかな……?  おめでとう……。  せいぜい頑張って……生きて……いけ……よ……」 「おい……張譲……」 だが、戸の外からは返事はない。 「張譲!答えろよ!張譲!」 張譲の代わりに、聞こえたのは張遼の声だった。 「死んだで」 「張……遼……」 「十常侍は、月……董卓を殺そうとしたんでな。  ウチらが返り討ちにした。  それだけのことや」 「呂布は?呂布はどうした?」 まさか、あの恋が殺されたとは思えないが、 恋は十常侍の護衛をしていたはずだ。 その護衛されているはずの十常侍が、皆殺しにされたということは、 恋にも何かあった可能性が高い! 「あー……それはー……アホ!あかんて!」 ……ん? 「かずと……恋は……無事……」 恋の声がした。 「良かった……無事か……」 「うん」 ……ん? なんで護衛していたはずの恋が、張譲が目の前で殺されたはずなのに こんなに普通にしているんだ? 「かゆー……あけて……」 「……ですが……」 とても嫌な予感がした。 一瞬、頭をよぎったその予感を俺は懸命に拭い去ろうとした。 だけど、その悪い予感は恋と 直接会って放さないことには拭えそうにもなかった。 「いいよ。華雄。  危険はもうないだろう?」 「……しかし……」 渋る華雄。 「頼む。開けてくれ」 「……はい……」 そして、戸が開いて…… 返り血を浴びた恋が目の前にいた。 「……恋……」 「ちゃ、ちゃうねん!これはウチが斬った十常侍の血が……」 「いいよ。張遼。  少し黙っておいてくれ」 「……」 張遼はたぶん、恋のことを庇おうとしてくれたんだろう。 すまないね、張遼。 でも、これは俺と恋の問題なんだ。 「かずと……張譲たちがいなくなったから、  恋とかずとは、ずっといっしょにいられる……。  かずとのいってた……平和な天下……」 「……恋。  質問に答えて」 「……?」 「張譲たちを殺したの?」 「……うん……」 「そっか……」 「月と詠が教えてくれた。  張譲たちがいなければ、かずとと恋はずっといっしょに……いられるって」 だけど、俺の表情から感じ取ったのだろう。 テストで100点取ったよ!と親に報告する子供のような ほめて!ほめて!という感じのその声は、 だんだんと小さくなっていった。 そして、一転して叱られた子犬のような目になっていく恋。 「だから……殺したのかい?」 「……」 恋は黙って肯いた。 嗚呼。 わかっているつもりで俺は、わかっていなかった。 彼女は、 俺の大好きな恋は…… 動物好きで ちょっと口下手で どこかちょっぴり抜けているところがあって たまに何を考えているのかわからないところがあるけど 一緒にいると心が安らいで 食事をする姿は何か可愛い動物っぽくて 俺のことを大好きでいてくれて ついかまいたくなってしまう この恋は…… 三国志のなかで 丁原を裏切って、董卓を裏切って、 裏切って裏切って裏切られて死んでいった あの呂布なんだということを。