第一章 第四話 「この洛陽も血生臭くなってきましたぞ!」 董卓軍の先遣部隊三万が、張譲に率いられて洛陽の都に入城した。 「ふふ。ボクには20万の兵がついてるんだ。  何進め、今頃は城の片隅でびくびく怯えているに違いない」 堂々と城門を通り、大通りを進む董卓軍。 兵たちの先頭を切って進むのは華雄。 長大な斧を片手に引っさげ、堂々とした勇姿である。 (こうも易々と入城できるとは……。  多少の抵抗くらいはあるものと思っていたが) 彼女の胸中は、張譲とは正反対にピリピリしていた。 (我らを快く思わぬ連中は多いはず。それが、こうも大人しいとは……  我らに恐れをなしたか?  いや、その逆だ。虎視眈々と我らを狙っているに違いない。  だが、しかし!) 感じる胸騒ぎとは裏腹に、華雄の顔に浮かぶのは自信に満ちた笑み。 (来るなら来い!  私の金剛爆斧の錆びにしてくれる) 彼女の心の声が天に届いたかどうかはさておき。 突如、城門が閉ざされた。 同時に、急に辺りが騒がしくなる。 そこへ姿を現したのは、何進率いる禁軍の兵。 まさに、晴天の霹靂とはこのことか。 瞬く間に、董卓の軍は周りを包囲された。 対峙する両軍。 いきなり始まった一触即発の事態に、町の住民たちは大パニックに陥っていた。 我先にと逃げ出そうとするが、包囲する禁軍に隙はなく、 ただ董卓軍の周りで右往左往するのみ。 そこへど派手な人物が、護衛の兵たちと共に颯爽と姿を現した。 「誰の許しがあって、洛陽の都に足を踏み入れたのかしら!」 漢の大将軍、何進である。 「ボクが許可したんだよ。十常侍の一人、この張譲がね!」 華雄の陰から、張譲が言い返す。 ちょっと情けない。 でも、小学生だからしょうがないよね。 「ついこの前、私たちに泣いて助けてください、って命乞いをしていたくせに  随分と偉そうですこと!  そんな女の陰に隠れていないで、出ていらっしゃい!」 「ふん。こっちの兵は二十万だぞ?  お前たちなんてあっという間に蹴散らして、逆にお前に命乞いをさせてやるよ。  いや、死なせてって泣き叫ぶくらいの目にあわせてやろうか」 「減らず口を叩きますわね。  よく周りを見てご覧なさいな。  こっちは五万、あなたの周りにいるのは三万。  有利なのは私たちですのよ!」 そう。 董卓軍が総勢二十万と言っても、城門を閉じられた以上は、 外にいる十七万の軍勢と分断されており、 そう簡単に合流はできない。 そうなると、何進の言うとおり、数的にも状況的にも有利なのは 包囲している禁軍側である。 さて。 董卓軍の接近を知って、あたふたするだけだった何進が、 いきなりこんな作戦を閃いたのか。 もちろんそんなわけはない。 では、誰が? 時間を遡ること少々。 張譲たちが三万の兵を率いて、移動を開始したその頃。 頭を抱えている何進のもとに、曹操がやってきた。 「随分お困りのようですね、何進将軍」 「……何しに来たのかしら、曹操さん」 曹操の顔を見て、何進の不機嫌さは更に増したようだ。 「何進将軍に一つ、良いお話を持って来たのですけど……  お邪魔なようなら、帰らせていただきます」 言葉遣いこそ丁寧だが、曹操の顔からは、 完全に何進を見下した態度がありありと窺える。 まあ、心から見下しているのだが。 そういうところが、何進の機嫌を更に悪くさせているのだ。 が、藁にもすがりたい心持ちであった何進は、 ひとまず曹操の話を聞く事にした。 「良いお話ですって?」 「ええ。  董卓軍のうち、都に向かって移動を開始したのは、三万だそうですね」 「……」 曹操はこの程度の情報は、何進でも知っていると思っていた。 が、何進は董卓軍が都に移動を開始したとは知っていても、 その数を把握していなかった。 「そして、その中には張譲の姿もあったそうです。  ということは、城の中にその三万の兵をおびき寄せて、城門を閉じてしまえば  外の十七万と中の三万は分断できますね」 何進の暗く沈みきっていた表情に徐々に明るさが戻ってきた。 「三万程度でしたら、物の数ではありませんわ」 「張譲を討ってしまえば、外にいる董卓軍も後ろ盾をなくして、  撤退せざるを得ないでしょうね。  それに、おそらくは急ごしらえの二十万の軍。  まともに兵として働けるのは、半分くらいでしょうし」 「ふふ……ふふふふ……。  曹操さん、私もその作戦を考えていたところですのよ。  奇遇ですわね!」 「……」 「でも、私にわざわざ伝えに来てくださった功に報いるため、  この戦が終わったら、陛下には私からよろしく伝えておくわ」 「……ありがとうございます」 「さあ、戦いの準備を始めますわよ!  曹操さん、あなたには城門の封鎖をお任せしますわ」 「ははっ」 上機嫌になった何進の部屋から去った曹操は、 部屋の外で大きなため息をついた。 「やれやれ……。  もう少し素直さがあれば、まだ味方のし甲斐もあったのだけど、  これでしくじったら、あなたはもうお仕舞いよ?  肉屋の年増女」 ということで、曹操の策により、 宮城の中で孤立した董卓軍は窮地に陥っていた。 「……っ」 「大丈夫ですよ、張譲様」 自分の着物の裾をぎゅっと掴む張譲の頭を、そっと撫でる華雄。 彼女はこの窮地に動じることなく、堂々としていた。 「華雄……?」 「あんな雑兵ども、私が蹴散らしてご覧に入れます。  城門まで一気に突破して、外のお味方と合流すれば、こちらは二十万。  勝てますぞ!」 「おおっ」 華雄は、城門を指差すと、大音声で宣言した。 「我らは、あの門に向かってまっすぐ突撃する!  洛陽の住民たちよ、巻き込まれたくなければ我らの逆方向へ逃げよ!  総員、突撃!」 「おおーーーーーーーーーーっ!」 華雄の号令一下、董卓軍は突撃を開始した。 同時に慌てふためく群衆が、彼らとは反対の方向に殺到する。 「くっ!これでは追撃が……」 まさか住民たちを蹴散らして追撃するわけにもいかず、 自分たちに背を向け、まっすぐに突進する董卓軍を ただ歯噛みしながら見送ることしか出来ない何進であった。 華雄隊の勢いは凄まじかった。 また、本隊である何進部隊が動けないため、包囲は機能せず、 囲いはあっという間に突破された。 「待て、賊軍め!我は禁軍の張」 ザシュッ 名乗りが終わる前に、華雄の金剛爆斧が敵将を一刀両断にする。 「命が惜しければどけぇぇぇぇぇぇ!」 華雄の一喝で、ぼろぼろと崩壊する禁軍の戦線。 そのまま、城門へ向けてまっしぐらに董卓軍は突き進む。 「予想以上の勢いね」 城壁の上から戦況を見ていた曹操は他人事のように呟いた。 「華琳様!城門を守る兵たちが、董卓軍に恐れをなして逃げ出しております」 曹操の配下の一人、夏候淵がやや呆れたように報告する。 彼女もまた、どこか他人事のような感じだ。 「華琳様ぁ〜。何進の兵どもはまるで根性がありません〜」 続いて現れたのは、夏候惇。 「二人ともご苦労様。何進が包囲に失敗した時点で戦局は決していたわ。  無理に私たちの兵を損耗することはないもの。  気にすることはないわ」 「華琳様……それは少々言い過ぎかと」 「秋蘭、撤収の準備は出来たのかしら?」 「もちろんです、華琳様」 微笑んで曹操に向かって肯く夏候淵。 「では、撤収!」 董卓軍の勢いに恐れをなした城門の兵士たちは、持ち場を離れて逃げ去り、 洛陽の門は再び開かれた。 「おーっ。無事やったかー」 「張遼将軍!」 城門の外には、張遼率いる董卓軍の増援七万が駆けつけていた。 門が急に閉じられた時、異変を察知して 華雄たちを支援するために出撃したのだ。 「おう!張文遠が助けに来たったで!  ……せやけど、増援はいらへんかったかも知れへんなぁ」 華雄たちが振り返ると、禁軍の姿はどこにもなかった。 董卓軍の追跡をしていた部隊も、城門が再び開いた時点で四散してしまったのだ。 「華雄、よくやったな!  お前の働きは見事だったぞ!」 「光栄です。張譲様」 「これでもう都尉に任命しても辞退したりしないな?」 「ありがたく……拝命致します」 「やぁ、久しぶりだね。みんな」 「張譲君!」 再会を喜ぶ十常侍。 が、その場に立ち会っている現皇帝は、青ざめた顔色で震えていた。 暴を以って暴に易う。 暴力を以って、十常侍を押さえつけようとした結果、 十常侍たちは更に強力な力を手に入れ、 自らの後ろ盾である何進は敗北した。 彼はこの国の最高権力者であるはずなのに、 おとなしく自分がどう料理されるのかを、怯えながら待つしかないのだ。 「帝、久しぶりだねぇ」 「……」 「この前の仕打ち、ボクたちはよーく憶えているよ」 「……朕をどうする気だ」 「とりあえずは、ボクたちの言うことをおとなしく聞いてもらおうか。  ボクたちは寛大だからね。  君がおとなしいうちは生かしておいてあげるよ」 玉座に座り震える帝を、張譲は楽しそうに見下ろす。 「でも、きみの伯母様は許すわけにはいかない。  彼女には、この世の地獄を味わってもらうんだ♪」 張遼が華雄の増援に向かった頃のこと。 恋のところを董卓と陳宮の二人が訪れた。 「……へーかにあう……だめ……」 「こんにちは、呂布さん。  今日は殿下ではなくて、あなたに用があるんです」 「……恋に……?」 「わんっ」 「あら、セキトちゃん。久しぶりね」 セキトをだっこする董卓。 「セキト殿もお元気そうで何よりなのです!」 「呂布さん。セキトを大切に育ててくれているみたいですね。  ありがとうございます」 「……?」 「そういえば、セキト殿は董卓殿が皇弟殿下に贈られたのでしたな!」 「……!」 忘れてた?恋忘れてた? 「今や、セキト殿は呂布殿とすっかり仲良しなのです!」 「わんっわんっ」 董卓に抱っこされたまま、嬉しそうに恋に吼えるセキト。 「ふふふ」 「……セキトのこと、ありがと……。へーかもとっても喜んでる……」 「この子も良いご主人様に恵まれて、私としても嬉しい限りです」 セキトの頭をなでなでする董卓。 その董卓の頬をぺろんぺろん舐めるセキト。 「……セキトのおかげで、へーか……よく笑うようになった。  ……恋は……嬉しい……」 「うふふ。呂布さんは、殿下のことが大好きなんですね」 「……うん……」 顔を赤くして俯く恋。 「ところで、呂布さんはいつも殿下のお部屋を守って、  誰ともお話をさせないようにされていますけど、どうしてですか?」 「それは、へーかをまもるため……」 「呂布殿、ここには殿下に危害を加えようなんて人はおりませんぞ?」 「それに誰ともお話をしてはいけないなんて、おかしいとは思いませんか?  だって、呂布さんも殿下と自由にお話してはいけないのでしょう?」 「……でも、張譲がそうしろって……」 「呂布さん。  殿下はもっと自由であっても良いと思いませんか?」 「……」 「殿下はどうして呂布さんと一緒に、  セキトちゃんの散歩をしたり出来ないのでしょう?」 「……それは……」 「呂布さんは……戸の外と中でなく  ……もっと殿下のそばにいたいとは、思いませんか?」 「そばに……」 「今でこそ、あまり咎められはしないでしょうが、宮中に戻って  十常侍の人たちがいたら、また自由には会えない日々が続きますよ?」 「……」 「呂布さん。  私たちは殿下のため、十常侍を討ちます」 「……!」 「殿下のため、手伝ってくださいますね?」 「……へーかのため……?」 「そうです。殿下のためです」 包囲戦の失敗以来、何進は自邸の周囲を兵に警備させ、自室に篭っていた。 そこへ皇帝からの使者が何進のところへ来た。 「何進将軍!」 「何かしら?」 部屋の中から暗い声。 「皇帝陛下がお呼びです。  十常侍のことで、大切な相談があるとのことで……」 「う、嘘をおっしゃい!  私を騙して呼び出して殺す気でしょう?」 「何進将軍……。陛下が頼りに出来るのは、あなただけなのです。  どうか、お越しいただけませんでしょうか?」 「……」 「陛下は、随分と心細く思われています。  もし、ご心配であれば兵を連れて参内なさいませ」 「……董卓の軍はどうしているの?」 「は。都の中にはおりますが、宮城には禁軍の兵以外に入れませぬ故、  宮中はお味方のみです」 「……本当に陛下からの呼び出しなのでしょうね?」 「こちらに、陛下直筆の書状がございます。  これでもまだ疑われるのですか?」 戸の隙間からそっと書状を差し込む。 半ばまで差し込まれた書状が中にすっと引き込まれる。 「……」 少し間が開いた後、戸の内側から何進が姿を現した。 やつれ気味の顔色を、厚化粧で誤魔化している様がありありと伺える。 「何進将軍!」 「兵を集めなさい!陛下の所に参りますわよ!」 何進は五百の兵を率いて、参内した。 宮中で十常侍と会うこともなく、帝の前では 「地方の諸侯の力を結集して、董卓めと十常侍を討ってみせますわ!」 などと豪語し、久しぶりに一緒に食事などをしていたが、 「ちょっと失礼……」 食事中に席を立った。 「どこへ行くのだ?」 帝に問われ、 「厠ですわ。  陛下ってば、淑女に言わせる言葉ではなくってよ」 などとウィンクしながら、上機嫌で何進は席を立った。 「将軍!どちらへ!」 「用を足しに行くだけよ。すぐ戻るから護衛は不要よ」 「ですが……」 「不要と言ったでしょう!?」 と言って、護衛の兵士たちを待たせて、厠へと向かった。 その厠で何進は、張譲と部下十名に襲われ、囚われの身となり、 監獄へと連れて行かれて、そこで無残な死を遂げたという。 噂によると、死ぬ直前まで陵辱の限りを尽くされたらしく、 その死体のあまりの惨さに、亡骸と対面した何太后も思わず目を背けたらしい。 随身した何進の部下たちも、次々と宮中で討たれた。 長いものには巻かれろという言葉のように、何進の先日の敗戦以来、 禁軍の将にも十常侍になびく者が増え、 宮中には何進の味方はほとんどいなくなっていたのだ。 「いやぁ、ご苦労だったねぇ。陛下」 「あ、あれで良かったのか?」 震える声で張譲に訊ねる帝。 「うん。どうだい、自分の伯母を地獄に追いやった気分は?」 「……」 「ははははははっ。ボクに逆らうとどうなるか、ようやく骨身に沁みて  わかったらしいね」 「……約束どおり、朕と母の命は……」 「ああ。約束だからね。  君と君の母上の命だけは助けてあげるさ」 「やはり何進は死んだのね」 荀ケからの報告を聞いても、曹操は眉一つ動かすことはなかった。 まるでよく振ったコーラの缶の蓋を開けたら、泡が吹き出たと言われたかのように 当たり前のことを聞いたという態度である。 「はい。そして、その後継には例の董卓を据えるつもりのようです」 「そう……。他に動きは?」 「西涼に追放されたはずの皇弟殿下が都に戻られたとか。  ですので、まだ一波乱はあるかと」 「ふむ。  十常侍がご執心のあの皇弟ね……」 久しぶりの洛陽の都、と言っても 俺は洛陽を追い出されるまでは、宮中に閉じ込められっぱなしだったから、 戻ってきたという感覚はあまりなかった。 あの部屋に戻るまでは。 「やっぱり、俺はこの部屋に戻ることになるのな」 こっちの世界に来てから、俺がしばらく閉じ込められていたあの部屋。 恋が戸の外で俺を守っていたあの部屋だ。 その戸がそっと開いて、恋がちょっとだけ顔を覗かせる。 「へーか……おきゃく……」 「お客?張譲とかかい?」 「ううん……かゆー」 「うま?」 「ちがう……かゆう……」 ああ、華雄ね。 「いいよ。通して」 「……失礼……します……」 部屋に入ってきたのは、頬を赤く染めて少しもじもじしている華雄だった。 うーん。 如何にも武人というイメージはどこへやら。 ますます初対面の時とは別人になっている気がする……。 「や、やあ。元気そうだね」 「……殿……下……。  またお会いできて……嬉しいです……」 「大活躍だったらしいね。噂は色々聞いたよ」 「い、いえっ……そんな……  全ては、殿下にご推挙いただきましたお蔭です。  殿下のご期待に応えたい一心で……頑張りました……」 恥ずかしそうに俯きながら、時々ちらちらとこちらを上目遣いで見る華雄。 ……。 そんな彼女を、不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。 「俺はちょっとしたきっかけになったかも知れないけど、  活躍したのは華雄さんの実力なんだから、  自信を持っていいと思うな」 「殿下……ありがとうございます!」 「そういえば、昇進したんだよね?」 「は、はいっ。都尉に任ぜられました!」 「おめでとう。  これからもよろしくね」 「はっ!この華雄、殿下のために……殿下の……ために……」 「え、えーと……頑張ってくれるのは嬉しいけど、  くれぐれも命は大事にね」 三国志だと関羽にばっさり斬られちゃう人だもんなー。 ……む。 このままだと、関羽が敵になるのか。 怖いなぁ……。 恋がいれば平気かなぁ? ともかく頼もしい味方は多いに越したことはないよね。 「ははっ。ありがとうございます!  殿下のお優しい言葉を胸に今まで以上の忠勤に励ませていただきます!  そ、それでは、失礼致します」 慌てて一礼して部屋を出て行く華雄。 まさかとは思うけど。 華雄ってば、俺のことが好…… まさかね。 でも、だとしたら、あの態度の変わりっぷりも肯ける。 けど、俺のどこに……ただ推挙して励ましただけだよな……。 うーん……わからん。 「話……おわった?」 セキトをだっこした恋が、部屋を出てきた華雄に声をかける。 「ああ。聞いていたのではないのか?」 「……」 恋としては、警護が仕事なのだから、聞き耳を立てるのは当然のことだ。 だから、聞いていないわけはないはずだ。 ただ、それを答えなかったのは、華雄に気を遣ってのことだろう。 「……殿下は……素敵な方だな……」 恋の前でぼそりと華雄が呟く。 「……?」 「私は……呂布殿が羨ましい。  いつも殿下のそばにいられるのだからな……」 「……」 「どうも、私は殿下のことを好きになってしまったらしい。  ……私なんかに好かれては、殿下も迷惑だろうにな……。  でも、好きになってしまったのだ……仕方ないではないか……。  私のこの想いはたぶん、報われることはないのだろうが……」 「……かゆー……」 「いや、すまん。  私は何を言っているんだろうな。  今、私が言ったことは忘れて欲しい……」 「……」 そう言って去って行く華雄の背を、黙って恋は見つめていた。 「恋、華雄はもう帰った?」 「……」 返事がない。 「恋ー」 「……かえった……」 そっけもない。 「……。  恋……何か怒ってる?」 いつもの元気もない。 いや、無口なのはいつものことなんだけど。 戸の外にいて、顔を見せてくれない。 「ううん……」 だいぶ間があってから返事があった。 「恋、何だか元気ないね」 「そんなこと……ない……」 「そっか……」 何だろう。 初めてだ。 恋とぎこちない感じになったのは。 「へーか……」 「ん?」 「へーかは、かゆーのこと……どうおもってるの……?」 突然のことに何て返答して良いかわからなかった。 でも、恋に嘘はつきたくないので、素直な気持ちを言葉にしてみる。 「どうって……よく……わからない」 「わからない?」 「うん。わからない。  恋ほどじゃないけど、強そうだし、頼りになりそうかなぁとは思うけど……  こういう答えでいいの?」 恋に語りかけながら、戸の方に歩いていく。 「へーか……  かゆーが、へーかのことすきだって……」 マジか。 まさかとは思っていたけど、マジか。 「俺……恋のこと、好きだよ」 戸越しに囁く。 「へーか……」 「……陛下じゃなくて」 「……かず……と……」 「うん。  華雄さんのことはよく知らないし、よくわからない。  だから、わからないとしか答えられないんだ。  でも、俺が恋のことを好きだって思う気持ちは、  自分でよくわかっているつもりだよ」 戸をそっと開けて、恋を背中から抱きしめる。 「……!」 「恋……」 「恋も……かずとのことが好き……。  かずとは恋のとくべつ……。  でも……」 「でも?」 でもって何だ……。 テンション急降下!テンション急降下! 「かゆーもかずとのことが好き……。  恋もかずとのこと好きだから……わかる……。  恋はかずとのそばにいられるけど……でも、胸が時々きゅうってなる」 俺の掌を自分の胸に当てる恋。 ……や、やわらかい……。 これが 女の子の おっ ぱい……。 さっきの恋の「でも」で一気に下がったテンションが急反発した。 「かゆーは、かずとのそばにいられないから、  きっともっときゅうってなってる……。  かゆー……かわいそう……」 「……かわいそう……?」 えー。 今日の俺相場は乱高下を繰り返しています。 どういうこと? 「かゆーにも……やさしくしてあげてほしい……。  かゆーも恋といっしょだから……」 「恋……」 そういうことか。 何となくわかった。 「恋は優しいんだな……」 「そんなことない……」 「優しいよ。  だって、俺だったら独り占めしたいって思っちゃうもの」 「……恋も……かずとを独り占めしたい……。  けど、恋が好きなかずとはやさしいかずと。  だから、かゆーにもやさしいかずとでいてあげてほしい……」 恋の掌に力がこもる。 結果、俺の掌は恋の胸に押し付けられる形となり、 自然と恋のことを背中から抱きしめる俺の腕にも力がこもる。 「恋……」 「へーか……」 「恋、二人きりの時……は……」 「な、なななななななななな」 気付きました! 今気付きました! 陳宮さんにたった今気が付きました! 「呂布殿から離れろなのです陳宮きぃいーーーーーーーーーーっくうっ!」 「おぷすっ!」 「へーか!」 陳宮のおぱんちゅ丸出しキックが俺の顔面を直撃した。 「いくら殿下でも、嫌がる女子に後ろから抱き付くなんて  絶対に許されざるですぞーっ!」 「……いやがる?」 「呂布殿!この陳宮が来たからにはもう安心ですぞ!  この発情した獣のようなお下劣男から呂布殿を守ってみせるのです!」 随分とひどい言われようだが、そう見えなくもないか。 一応現行犯だしなー。 それでもボクはやっていない とは言えないよなー。 「……へーか、だいじょうぶ?」 倒れた俺のことを助け起こしてくれる恋。 「ありがと」 「ぬぬぬぬぬぬー!離れろ!呂布殿から離れろなのですーっ!」 恋の袖を引っ張って、俺から引き離そうとする陳宮。 「……?」 それに対し、むしろ俺をぎゅっと放さない恋。 「……呂布殿……?」 80年代の少女漫画みたいな顔でよろっとよろめいて、恋から離れる陳宮。 「へーか……けがとか……ない?」 「うん。平気だよ。ちょっと痛かったけどね」 あ。 今鼻から水っぽいものがつるっと唇を駆け下りた。 「……血……」 それを見た恋の目の色が変わる。 「大丈夫だって!すぐ止まるよ、これくらい。平気平気」 「……へーかが……血を……」 一瞬、全身の身の毛がよだつような感覚が身体を駆け巡った。 ……これってもしかして、噂に聞く殺気……? 「……ちんきゅ……」 「ね、ねねは悪く……ないのです……  悪いのはへぼ殿下なのですーっ!!  うわああぁぁぁぁぁあああああああん」 恋の殺気にあてられた陳宮は、泣きながら走り去ってしまった。 「恋、追いかけて!」 「……?」 「俺は平気だから。  陳宮だって悪気があったわけじゃないんだから、  そんな風に怒ったらかわいそうだろ?」 恋の頭を軽くこつんとする。 すると、視線だけでも人を殺せそうな勢いの恋の目がいつもの ぼんやりした感じに戻った。 「相手はまだ子供なんだから……な?」 そう言って、恋の頭をなでる。 「……ん……ちんきゅーをおいかける」 ピーンポーンパーンポーン えーただ今、北郷一刀氏の口から、 陳宮はまだ子供なんだからという発言がありましたがー これは精神的年齢のことを指しておりー 決してー肉体的年齢のことを指しているわけではありませんー。 以上です。失礼します。 ピーンポーンパーンポーン 恋が走り去ったのを確認してから、俺は床にへたり込んだ。 「あーーーーーーーーーーーーーー怖かったーーーーーーーー」 ついつい忘れがちだけど、恋ってば呂布なんだよな。 俺はまだ恋が戦うところを見たことないけど、 呂布としての片鱗を垣間見た気がする。 こつんで元に戻ってくれて良かったー。 横にいただけの俺が腰抜けちゃうくらいだから、 直接睨まれた陳宮の恐怖たるやさぞかし…… そういえば、陳宮のぱんちゅは白かったな……。 などと、俺が陳宮の下着の色を思い出していた頃、 陳宮は走って走って走って走り続けていた。 逃げても逃げても、呂布が怖い目をして追いかけてきているような気がしたから。 陳宮の息が切れる頃には、洛陽の町の大通りまで来てしまっていた。 「んんんー……まずいのですー。殿下と呂布殿に、大事な報告があったのに  伝える前に逃げ出してしまったのです……」 董卓から頼まれた伝言を伝える前に、ついカッとなって皇弟殿下に飛び蹴りして 「……思えば、殿下に飛び蹴りかましたのも、かなりまずいのです……」 怒った殿下に死刑!とか言われたら…… 「まずい!まずいですぞーっ!」 このままいっそ、都落ちしてしまおうか それとも素直に謝ろうかと逡巡していると…… ドンッ 「いたた……どこに目をつけているのですかーっ!」 「それはこっちのセリフだぜ、おチビさんよぅ」 そこにはガラの悪い男が三人立っていた。 三人の中で一番背が低い男ですら、陳宮よりもだいぶ大きい。 どうも考え事をしている間に、ぶつかってしまったようだ。 「ぬぬぬぬ……」 「おう、嬢ちゃん。謝れや」 「でも、謝っても許してやらないんだな」 「違いねぇ!がっはっはっはっは」 「ぬーっ!ねねをバカにするななのです!ちんきゅーきりもみーっきーっ」 陳宮は、目の前の悪党に飛び蹴りを放とうとして初めて気が付いた。 おぱんちゅの湿り気に。 どうやら、呂布に殺気をぶつけられた時に、軽く失禁してしまっていたらしい。 (……!?) 乙女としての恥じらいが、蹴りの威力を弱めた。 「なんだぁ?」 ぼいーんと一番太った男のお腹で弾かれる陳宮キック。 「そんな蹴りなんて利かないんだな」 羽交い絞めにされて持ち上げられる陳宮。 陳宮ピンチ! 「アニキ!こいつ、俺たちにびびってちびってやがりますぜ!」 陳宮スーパーピンチ! 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」 洛陽の往来、乙女陳宮の声にならない悲鳴が響いた。 その時! 「……ちんきゅを放せ……」 恋が現れた! 「あーん?何だぁ、嬢ちゃん」 「……じゃま」 目の前に立ちふさがった背が一番低いのを、 ノーモーションの膝蹴り一発でダウンさせる恋。 「て、てめえ!」 二人目もボディへのパンチ一発で黙らせ、 恋は陳宮を捉えた男に向かって、ゆっくりと歩み続ける。 「そ、それ以上近付いたらこいつがどうなって……も……」 言葉が終わる前に、素早く動いた恋の右手が男の額を鷲づかみにする。 「あだだだだだだ」 万力のように頭を締め付ける恋の怪力に、男は思わず陳宮を放してしまう。 急に手を放されて、尻餅をついて着地する陳宮。 「呂布……殿……」 「ちんきゅ……無事?」 頭を掴んだまま、片手で一番体格の良かった男を放り投げる恋。 「お、おかげさまで……」 「よかった」 恋の顔には、先ほどまで陳宮が恐怖を感じていたような 鬼気迫る迫力はなく、実に穏やかな笑みが浮かんでいた。 「呂布殿ぉ〜〜〜っ」 恋に抱きついて泣きじゃくる陳宮。 「……もう……平気……」 そんな陳宮の頭を優しく撫でる恋。 「呂布殿。助げてくでてありがどだどです。  ででは、このごぼんはいっじょおわずでだいどでず〜〜!」 「ちんきゅ、おちついて」 「りょぶどど……」 恋の差し出した布で鼻をかむ陳宮。 「呂布殿!ねねは決めましたぞ!  非力ではありますが、この陳公台。呂布殿を心の主と仰がせていただきます!」 「ちんこーだい?」 「呂布殿!ねねのことは今日から、音々音とお呼びくだされ!」 「ねねね?」 「左様!我が真名にございます!」 「じゃあ、恋のことも恋でいい……」 「呂布殿……いえ、恋殿……」 「ん」 「ねねはいば、ぼーでつにかんどーしでおりばすぞー!」 こうして、恋と陳宮は互いに真名を呼び合う仲となりました。 ただし…… 「ちんきゅ、そろそろかえろ。  へーかがしんぱいする……」 「恋殿ぉ〜」 「……?」 「ねねのことは、ねねとお呼びくだされ!」 「……ごめん……」 恋は慣れるまで、何度も前と同じ呼び方をするだろう。 「しかし、どうして恋殿はねねを助けてくださったのですか?」 「ちんきゅを追いかけてきてたから……」 「えっ?」 「そしたら、ちんきゅが大変そうだったから……助けた」 「どうしてねねを追いかけてきたのです?」 「へーかがしんぱいしてた」 「殿下が?  でも、ねねは殿下の顔を蹴ってしまったのですぞ?」 「へーかはやさしい……だから、おこってない……」 「……恋殿は……」 「……?」 「恋殿は、殿下の話をされている時、すごく素敵な顔になるのです。  でも……」 「……??」 「何でもないのです!さあ、恋殿帰りましょう!  ねねは、殿下と恋殿に大事なご報告があったのです!」 恋の手を引っ張って駆け出す陳宮。 俺たちの戦いはこれからだ!(違う) でも……ねねは……殿下に負けませんぞーっ! 「おう、おかえりー」 セキトの腹を撫でながら俺は、恋と陳宮におかえりの挨拶をした。 陳宮を迎えに行った恋の帰りがあまりに遅いので、やきもきしていたが、 二人とも仲良さそうに帰ってきたので安心した。 お留守番というか、部屋から出してもらえない俺は、 とりあえずセキトと遊んでいたわけだが。 「わんっ」 セキトがご主人である恋に駆け寄っていく。 「ただいま、セキト。  ただいま、へーか」 「殿下、先ほどは失礼したのです……」 しおらしい陳宮。 そんな陳宮を見たら、ますます悪い気がしてきた。 「いやいや、謝るのはこっちの方だよ。  ごめんっ」 「……殿下……。  ねねは、殿下の顔を足蹴にしたのですぞ?  お怒りになっても当然なのに……」 すっかり陳宮の表情が優しくなっていた。 「いやいや、悪いのは俺なんだから。本当にごめん」 「も、もういいのです、殿下。  そんなことより、大事な報告があるのです」 ああ。 そうだよな、用もないのに来たわけじゃないよな。 「報告?」 「はい。  十常侍の蹇碩殿が処刑されたのです」 「処刑?」 仲間割れとかか? 俺の想像では仲間割れは考えにくかったけど、何進が死んだらしい今、 十常侍にそんなことが出来る人間がいるとも思えなかった。 だが、俺はこの後、陳宮の口からそのいるとも思えなかった 人物の名を聞くことになる。 「典軍校尉の曹操殿が、門の夜間通行の禁令に背いたとのことで蹇碩殿を拘束。  抵抗したため、その場にて処刑したそうですぞ!」 「……そう……か……」 「ここ数日だけで、何進将軍に、蹇碩殿と要職の方の死亡が相次いでおります。  この洛陽も血生臭くなってきましたぞ!」 曹操……。 三国志屈指の要注意人物の名前が出てきた。 どんな人なんだろう。 董卓みたいにイメージと全然違う人だったらいいのになぁ……。 蛇足 あれぇ〜?おかしいねぇ〜。十常侍と何進たちは三話くらいで全滅する予定だったのに おかしいねぇ〜?