第一章 第ニ話 「セキト……この子の名前はセキトがいい……」 表向きには、張譲は俺を西方に追放する目的で、長安へと向かっていた。 しかし、本当の目的は別にある。 「西涼で刺史をしている董卓っていう奴を味方につけるんだ」 「董……卓……?」 とても とても嫌な名前を聞いた。 「何だい、その顔は」 俺の表情を見て、張譲は怪訝そうな顔をする。 「い、いや別に……」 「別にって顔じゃないだろ。  知ってるの?董卓のこと」 「……」 「お前は、この世界のことは何も知らないんだと思っていたけど、  そうでもないのか?」 「……」 「答えろよ」 「言っても信じないかも知れないけど、名前は知ってるよ。  俺がいた世界では……昔話の登場人物だったけど……  暴虐非道の悪党としてそれなりに有名だ」 張譲は、少しだけ驚いたみたいだったが、 俺の想像していたよりは、ずっと落ち着いていた。 「へぇ。昔話の登場人物か。面白いな。  天の御遣い殿と言うよりは、未来から来た男って感じだね」 「……天の御遣い?  何それ?」 「ちょっと前に都にいる占い師が、言ったんだよ。  洛陽の都に天の御遣いが現れて、乱世に平和をもたらすんだとさ」 「でも俺、別に天から来たわけじゃないと思うんだけど」 「お前が来たあの日、霊帝の寝所の方面に流星が落ちたなんて話をした奴がいてね。  様子を見に行ったら、陛下の身辺を警護させていた呂布と陛下の死体、  そしてお前がいたってわけさ」 「……俺は気が付いたらあそこで倒れていたんだけど、  あの時、そんなことがあったのか……」 「陛下の身の回りによからぬ兆しがある……なんてことも占い師が言っていたけど、  まさかこんなことになるとはね」 うんざりしたような顔で窓の外に視線をやる張譲。 「天の御遣い……ね……」 「そんなのはもうどうでもいいよ。  お前はボクたちの操り人形の劉協なんだから」 「……」 「それよりさっき、昔話の登場人物って言ってたけど、  ボクたちもその昔話にはいたのかい?」 「ああ」 でも、俺の世界の話では十常侍は年を取った宦官で、 ついでに呂布は男で、十常侍とは接点がなかったことも話して聞かせた。 「ふぅん。  君の知っている昔話とこの世界は随分違うってことか。  じゃあ、アテにはならないね」 「まぁ、そうかもな」 そうか。 呂布があんなに可愛い女の子なわけだから、 董卓も俺が知ってる三国志の董卓とは全然違うかも知れない。 個人的なイメージとしては、ターザン後藤みたいな感じの髭もじゃのおっさんで、 酒池肉林じゃーとか 皆殺しじゃーとか言いながら、大きな包丁みたいな刀を振り回している感じだ。 わかんない良い子はターザン後藤でイメぐぐれ。 でも、イメージどおりだったら、それはそれで困るなぁ。 もし、女の子だったとしたら、どんな感じかな? 肉感的なイメージと年齢で言うと、ムチムチプリンな熟女かも知れないよね! 女の子って言うよりはぎりぎりおねいさん。 男の子とかたくさん侍らしていたりな! 「とにかく、今から会う董卓が、どんな奴でも構わないさ。  君の言う大悪党でも面白いかもね。  仲良くなれそうだよ」 仮に 今から俺たちが会う董卓が、俺の知っている三国志の董卓だったとしたら、 張譲は彼(彼女かも知れない)を自分の目的のために利用しようとしているが、 逆に利用されて使い捨てられるのではないだろうか。 俺も例外ではないかも知れない。 とか考えるとまた不安になってきた。 でも、恋が俺たちの側にいる間は安心かなぁ? 恋が三国志どおりの、万夫不当のあの呂布なのだとしたら。 恋、何かあった時は君だけが頼りだ! 頼むぞ、恋! 「董卓殿がお見えです」 いよいよ来た。 「通せ」 俺の目の前に現れた董卓は、予想していた全てを裏切っていた。 「へぅ……」 「月、しっかり!」 「皇弟殿下、張譲様。この度はみ、都より遠路はるばるお足元のお悪い中を」 「月、挨拶が変な感じになってるよ!」 「よ、よくいらっしゃいました」 ダウト! 誰だよ、この気の弱そうな女の子は。 ものすごいびくびくしてるじゃないか! イメージと正反対じゃん! まず男でもないし。 まあ、いいや。それは予想しなくもなかったから。 でもさ、ものすごい気弱そうだし! 体格は貧相だし! と言うか、そもそも幼いし! これのどこが董卓だよ! 「西涼の刺史、董卓にございます」 董卓さんです。 本人が名乗ったんだから、しょうがない。 でも、さすがにその横の性格キツそうな眼鏡っ娘は李儒だろー。 頭良さそうだし、性格キツそうだし。 年の頃は董卓と同じくらいみたいだけども、随分としっかりしている雰囲気だ。 「ご苦労、ご苦労。  ボクたちに協力すれば、お前たちの立身栄達は思いのままだよ」 「ありがとうございます」 張譲の言葉に深々と頭を下げる董卓。 でも、心なしかその表情は曇っている気がする。 どういうことだろう。 「じゃあ、早速洛陽へと向かうぞ!」 「お待ちください、張譲様!」 せっかちな張譲を李儒っぽい娘が止めた。 「……何だよ。まさか準備していなかったとか言わないよね?  事前に使いの者はやったはずだよ」 「準備は整っていますが、長旅でお疲れではないかと思いまして。  歓待の準備は整えておりますので、よろしければ  一日だけでも逗留して行かれては、と」 「……お前、名は?」 「ははっ。賈駆、字を文和と申します。  董卓様の軍師を務めさせていただいております」 そう言って一礼をする賈駆。 「賈駆か。憶えておくよ。  しかし、どうしたものかなぁ……」 賈駆……文和……。 君、李儒じゃなかったのね。 いや、でもさ! 李儒だって思うじゃんッッ!! ダメだ。さっきから予想を裏切られ過ぎて、この世界についていけない。 こんな調子じゃヒゲのない関羽とか、貧相な体形の張飛とか、 美人じゃない貂蝉とかがいるに決まっているんだぜーッ! とはいえ。 賈駆の言ってくれたことはありがたかった。 正直、慣れない馬車での長旅にだいぶ疲れは溜まっていたし、 せっかく歓迎の支度をしてくれていると言うんだ。 一日くらい良いじゃないかなぁ? とか俺は思うのだけど、決めるのは残念ながら、 俺ではなくて、張譲だ。 でも、無駄とは知りつつも、張譲に念を込めて視線を送ってみる。 「……仕方ない。皇弟殿下もお疲れのようだからな。  部屋に案内しろ!」 「ははっ。霞、張譲様たちを案内して」 「へーい」 霞と呼ばれたのは、随分と露出の高い格好をしたムチムチのプリンプリンの ボンボーンな女の人だった。 今度は誰だろう? もう推理しても当たりそうにないから、ひとまず考えないでおくことにする。 「霞!」 「ああ、すまんすまん。  皇弟殿下、張譲様。部屋にご案内致します」 ちょっと嫌々そうな感じの痴女に案内されて、俺たちは奥に連れて行かれた。 「はぁぁぁぁぁ」 皇弟たちの姿が見えなくなった途端、 緊張の糸が切れたのか董卓はぺたりと床に座り込んだ。 「月はよく頑張ったよ!偉いよ!」 「ううん。詠ちゃんがいなかったら全然ダメだったよ、私」 「そんなことないって!月は立派だったよ!」 「へぅ……ありがとう、詠ちゃん」 「とりあえず、作戦の第一弾はうまくいったね」 「そうだね。さすがだね、詠ちゃん」 にこにこする董卓。 「しかし、あの殿下たちの傍にいた呂布っていうのは只者じゃないわね。  ボクたちの計画の障害になるかも知れない」 「私たちの味方になってくれないかなぁ?」 「そうね……。それはいい考えだわ。  何か策はないか考えてみる」 賈駆がふと見ると、何やら董卓がもじもじしている。 「ありがとう。あ、あの……  何だか安心したら、お手洗い行きたくなっちゃった……」 「そういうことは早く言いなさいよ!  その間に私は殿下への贈り物を用意しておくから」 「うん。よろしくね、詠ちゃん」 しかし。 しかしだ。 この人の格好はどうなんだよ、女の子として。 一応、肩から着物を羽織ってるけど基本的に上半身は晒だけですぜ! 見せブラですか? 見せブラみたいなもんなんスか? 晒してるのにそんなにボインってどんだけですか? むしろ、晒だけに晒してますって? 「ん?殿下、さっきからうちのおっぱいちらちら見てからに……  うちのおっぱいに何か用でもあるんですかー?」 「い、いや、ごめん……」 「あははははは、赤なって殿下は可愛いなぁ」 うぅ……恥ずかしい。 思い切り気付かれていたんだね。 「おい、そこの。  多少の軽口は許すが、殿下に無礼は許さないよ」 張譲が釘を刺す。 「あはは、堪忍してください」 「君、名前は?」 「張遼、字は文遠言います。以後よろしゅうに」 「うん、よろしく」 張遼って確か、曹操の配下で結構な名将だった気がする。 でも、最初は呂布の配下とかだったんだっけ? 「殿下やったら、ちょっとだけ見せたってもええよ。  うちのおっぱい」 「……!」 「あははははは、冗談やて、冗談。  顔真っ赤にしてからに、ホンマにウブやねんねぇ、殿下は」 そんな感じで張遼にからかわれながら、俺たちは城の奥にある部屋に案内された。 「こっちが殿下の居室で、こっちが張譲様の居室ですー」 「待て。ボクと陛下は同じ部屋にしろ」 「はぁ。  ……もしかして殿下ってそっちの趣味の方なん?」 何か突然目をきらきらさせたぞ、この人。 「バカなこと言ってると殺すよ?」 「そ、それは失礼しましたー。  ほな、張譲様は殿下と同じ部屋っちゅーことで。  そっちのぼんやりした子も同じ部屋やったりします?」 「呂布か?呂布は部屋の外で番をさせておくから気遣いは無用だ」 「へーい」 「……あ、張遼さん。トイレ……じゃなくて厠はどこかな?」 「厠はそこを左に曲がってまっすぐです」 「ありがとう。張譲、すぐ戻るからいいよな?」 「いや、着いて行くよ」 やっぱり着いてくるって言い出したかー。 今までもトイレの時ですら一人にさせてもらえなかったから、今更気にしないけどね。 「何やホンマにえらい仲ええんやねぇ」 「……何か言ったか」 軽口を叩く張遼をじろりと睨む張譲。 「おお怖」 けれども、彼女にはまるで反省している様子はなかった。 「うー厠厠」 今、厠を求めて全力疾走している俺は、異世界に飛ばされたごく一般的な男の子。 強いて違うところをあげるとすれば…… 「待て!急ぐにしても、もう少しゆっくり走れよ!」 厠にすら一人で行かせてもらえないことカナ? そんなわけでこの城にある厠の一つにやって来たのだ。 が、慌てて駆け込んだ厠の中をふと見ると そこには一人の少女が座っていた。 「……?」 「……っ!!」 辺りに響くちょろちょろという水音。 たぶんほんの短い間の出来事だったと思うのだけど、時が止まった気がした瞬間だった。 水音がぴたりと止まり、少女の首がゆっくりとこっちを向く。 少女は、ついぞ先ほどまで謁見の間で話をしていた董卓 その人であった。 俺も慌てて外へ出れば良かったのだろうが、あまりに驚いて身動きが出来なかった。 「へ、へうぅぅぅぅ」 「ウホッ!……じゃなくて、ご、ごめん!」 そこへ俺を追いかけてきた張譲が更に厠に入ってきた。 「どうした!」 もう董卓の顔は泣く直前だ。 そりゃあなぁ。 男二人に用足しているところ見られたらなぁ。 「……何やってんだ、お前ら……」 「い、いや、ごめん。慌てて駆け込んだら先客がいて……」 「へぅぅぅぅ」 「どないしたんや!?」 そこへ更に恋と張遼が駆けつける。 「……へーか……?」 「……な、な、な、何してるねん!!」 手に持った薙刀みたいな武器を俺に突きつける張遼。 「わ、わーっ!」 「へーかに……刃を向けるのは……恋が許さない……」 素早く恋が、俺を庇うようにして立ちはだかる。 その手には、あの方天戟が。 「おーおー。やる気かぁ、呂布?」 「やる気じゃない。  でも、へーかは恋が守る……」 恋と張遼の間に更に董卓が割って入った。 「ち、違うの霞ちゃん。待って!待って!」 「月……」 「殿下は私が入っているって知らずにここへ来て、びっくりしただけで、  別に悪いことしたわけじゃないから。ね?」 「いやいやいや、俺が慌ててたのがいけないんだ。よく確認しないで  厠に駆け込んじゃったせいで……。ごめん、ごめんな?」 俺と董卓の必死の説得で、とりあえず一触即発の事態は回避できた。 ひとまず用も足し、自室でやっと一息つくことができた。 ……張譲もいるから、本当に落ち着けたわけではないけど……。 「へーか……」 部屋の外から恋の声がした。 「どうした、呂布」 俺は基本的に黙っていろと言われているから、張譲が代わりに答える。 「董卓から……使いが……」 「通せ」 「……通っていいって……」 「ありがとうございます!失礼するのです!」 部屋に入ってきたのは、子犬を抱きかかえた、ちっこい女の子。 「皇弟殿下、張譲様、お目どおりいただきまして、光栄至極なのです!  私は董卓殿の配下の一人、陳宮と申します!」 そう言って、陳宮は子犬を抱えたままぺこりとお辞儀をした。 これが陳宮か。 董卓よりも更に子供だなぁ。 このちびっこが、後に呂布の参謀になる陳宮ねぇ? 「……陳宮とやら、何だ、その犬は。  殿下の御前で無礼だろう」 その子犬は犬種的にはウェリシュ・コーギーの子犬に見える。 って、古代中国にコーギーって。 何でもアリか、この世界は。 「ははー。ご無礼、平にご容赦を。  これなるは、董卓殿から殿下へ先のお詫びに、との贈り物でございます」 「わんっ」 「……贈り物だと?」 あ。 張譲がすげぇ嫌そうな顔した。 でも、可愛いじゃん! 董卓めー、なかなか良い贈り物チョイスをするではないかー。 ああ、抱っこしたい。 撫でたい。もふもふしたい。 今の俺に必要なのは癒しだよ!癒しなんだよ! 癒されたい。 超癒されたい。 人間相手だと張譲も色々と警戒するだろうけど、 犬ならいいよね?許されるよね? 「なかなかに可愛い贈り物じゃないか。  しかも、賢そうだし。なー?」 勇気を出して、陳宮からわんこを受け取る。 どうだ!俺が気に入れば、董卓の使者の手前、ダメとは言いづらいだろう? 「よーしよしよし」 だっこして撫でくりまわしたりすりすりしたりすると、 わんこは嬉しそうに俺の顔を舐め返してきた。 愛い奴めー。わははははは。 「……殿下?」 張譲が超怒り顔で俺の方を睨む。 「いいじゃないか。董卓からの贈り物なんだし。  董卓とは、これから長く仲良くしたいんだろう?」 董卓の協力が得られないとなると、張譲としても困ったことになるはず。 こんなことで董卓の機嫌を損ねても得はないだろう。 俺の作戦勝ちだな! 「……仕方ない。  董卓には、殿下がとっても喜んでいたと伝えてくれ」 「ありがとうございますなのです!」 両手が自由になった陳宮が平伏する。 「陳宮、この子の名前は何て言うの?」 「ははっ。まだ名前はありませんので、殿下に命名していただければと思います」 「んー」 ぱっと思いつかなったので、張譲の方を見てみると、張譲は (どうしてボクが犬畜生の名前なんか考えないといけないのさ) と言わんばかりな表情だったので……。 「呂布ー」 「……?」 部屋の外の恋を呼んでみる。 「……!」 部屋に入ってきた恋の目の色が、子犬を見た瞬間に急変した。 犬好きか! 恋も犬大好きなのか! 「……へーか……」 ふらふらしながら、こっちに近づいてくる恋。 ふふふ、こやつのあまりの可愛さに恋もやられてしまったか。 「この子の名前、何がいいかな?」 恋にも抱っこしてごらん、と渡してみる。 愛しそうに目を細め、俺から子犬を受け取る恋。 こんな表情もするんだな、恋は。 「セキト……この子の名前はセキトがいい……」 セキト? 赤兎?赤兎馬? 馬じゃないから赤兎犬か? ……まあ、いいか……。 呂布や董卓が女の子なんだもの。 セキトが犬でも。 日に千里走れそうになくてもいいよな。 「じゃあ、その子の名前は今日からセキトだ」 「ああ、そうだ。呂布が名前をつけたんだから、呂布が責任持って育てなよ」 間髪入れず、張譲が鬼のような一言を言ってのけた。 何だとぅ!? 先生!犬嫌いっぽい張譲が、俺とセキトとの仲を引き裂きます! 鬼!悪魔! 「な、何ですとー!?」 これには陳宮も驚きだ。 「こ、このセキト殿は、董卓殿が皇弟殿下に贈られたもので……」 「……」 悲しそうな顔で陳宮を見つめる恋。 「りょ、呂布殿……」 「いいじゃないか。この犬は殿下のものだが、その世話を呂布に任せただけだ。  何より殿下はお喜びだ。文句はないだろう?」 「は、はぁ……なら、良いのです……。  良かったですな、呂布殿」 「うん」 まあ、俺としてもセキトを口実に、恋と遊ぶ機会が出来たのかも知れない。 これはチャンスだと考えておこう。 恋、セキトを頼んだよ。 幸せにしてやってくれ……。 さて、恋とセキトが運命的な出会いをした少し後、宴の支度が整ったと 再び陳宮が俺たちを呼びに来た。 下手すると、都にいた時よりも豪華かも知れないご馳走にお酒に、 張譲もすっかりご機嫌になった。 そのおかげで、俺も随分と気楽に過ごせた気がする。 張譲は子供だからということで、お酒はあんまり飲まなかったみたいだけど、 疲れが溜まっていたからか、ご馳走をたらふく食べたからだろうか? 部屋に戻る途中で寝てしまったので、仕方なく俺がおんぶして部屋まで連れ帰り、 寝床に寝かしつけた。 ……こうして寝顔を見ていると無邪気なただの子供なんだけどな……。 さて、思いがけず俺に自由な時間が出来た。 しかも、とりあえずは命の危険もなさそうだし。 ひとまず、恋とセキトの様子を見に部屋の外に出てみた。 恋は寝ずの番のはずだったけど、セキトをだっこしてすやすや寝ていた。 こうやって寝顔を見ていて、ふと思ったのだが、 恋には動物系の可愛さがあるな。 最初に会った時は無表情な子だと思ったけど、 とんでもない。 よく見てみると、彼女なりに色々な表情をするんだ。 俺を守るって言ってくれた時の強くまっすぐな眼差し、 俺を一刀って呼ぶときのはにかんだ表情、 セキトを見た瞬間のきらきらした目、 セキトをだっこした時のとても優しそうな顔……。 そして、今の寝顔もとっても可愛らしい。 起こしちゃ悪いかなと思って、頭をそっと撫でるだけで立ち去ろうとした。 「……んん……へーか?」 「あ、ごめんね。起こしちゃったかな」 「へーかもセキトと一緒に寝る?」 魅力的な提案だ。 とても魅力的な提案だ。 「あはは、恋と三人で川の字で寝たいのはやまやまだけどね。  張譲に怒られるからやめとくよ」 「……残念……」 「俺も残念だよ。  あと、恋。今は二人きりだから……」 「……?」 「一刀」 「あ……」 二人きりじゃない時は、俺も真名で呼ばないようにしてみていた。 今はセキトもいるけど、それはそれとして二人きりだからいいよな。 「かず……と……」 「よく出来ました」 ご褒美に頭を撫でる。 最初は叩かれるとでも思ったのだろうか。 恋は頭の上に来る掌に一瞬、ビクッとしたみたいだったが、 自分の頭を撫でる手を見て安心したようだ。 撫でられて気持ち良さそうに目を閉じる恋。 「恋……かずとになでられるの……好き……」 「俺も恋と一緒にいられる時間が好きだよ……」 恋が体重を俺に預けてくる。 意外と柔らかいんだな、恋の身体って。 「かず……と……」 俺をまっすぐ見つめる恋の赤い瞳。 胸の鼓動がどんどん早くなるのがわかる。 心臓が口から飛び出そうだっていうのは、まさにこんな感じなんだろう。 自然に近づく二人の顔。 鼻と鼻が触れ合いそうな距離になり、恋がそっと目を閉じた。 「恋……」 俺は少し顔を傾け、恋の唇にそっと自分の唇を重ねる。 「ん……」 脳髄の芯からとろけそうな感覚が、唇から全身へと伝わっていく。 女の子の唇って……こんなに柔らかいんだ……。 「ぷぁ……」 少し息が苦しくなって、お互いに唇が離れる。 「……かずと……」 けれどもまた、二つの唇は見えない力に引き寄せられるかのように近づく。 まるで、覆った盆から水が床へとこぼれ落ちるように、 自然に俺たちは再び惹かれあった。 先ほどよりも貪欲に、互いに相手の唇の感触を求め合う。 「恋っ……」 何度目かの唇同士の邂逅の後、 恋がほんの軽い冗談みたいな感じで、子犬のようにぺろりと俺の唇を舐めた。 俺も真似して舐め返す。 そして、二人の舌の先と舌の先が触れ合った瞬間、身体に電流が走ったような感覚が。 それは決して不快なものではなく、むしろその真逆。 感触を再確認するかの如く、再び触れ合う舌先。 人というのは、つくづく欲深い生き物だと思う。 舌先のみの触れ合いから、互いの舌を絡ませるようになり 互いの舌の柔らかさ、温かさに二人とも酔いしれる。 唇の端を伝う唾液は、もはや俺のものか恋のものかわからない。 あまりに強い刺激が、思考を麻痺させていく。 ずっと、こうしていたい…… とか思ってたら、二人の間でほっとかれてたセキトがいつの間にか起きてきて 俺たちの顔を交互にぺろんぺろん舐めだした。 「セキト……」 「きゅーん」 「あははは、ごめんな。お前もいたなー。よしよし」 セキトの頭をなでなでする。 「はっはっはっ」 嬉しそうに俺に飛びついてくるセキト。 そんなセキトをだっこして、頭だけでなくお腹や背中もなでなで。 俺たちを見て、恋が微笑む。 何かこうしているとあれだな。 まるで俺と恋がお父さんとお母さんで、セキトが子供……みたいな感じだな。 子犬だけどな! 「かずと……」 「うん?」 「もし、十常侍がいなければ、  恋とかずとはずっとこうしていられる?」 「……どうだろう。俺にも俺の立場があるらしいし……  でも、一緒にいられる時間は増えるだろうな……」 この時の俺は、恋の 十常侍がいなければ という言葉の意味をまるで理解していなかった。 「……」 ふと見ると、俺の肩にもたれかかり、恋はすやすやと寝息を立てていた。 更にセキトまで俺の膝に頭を乗せて寝ている。 まずい……身動きができない……。 「ボクが寝ている間に護衛の兵士といちゃいちゃしているなんて  随分といい度胸じゃないか、殿下……」 結局、翌朝俺は張譲にめいっぱい怒られた。 「……せっかく十常侍に眠り薬まで盛ったっていうのに、  殿下を連れ出せないなんて……」 「何やっとってん、ちんきゅー」 「し、仕方ないのです!殿下があまりに気持ち良さそうに呂布殿とセキトと  寝ていたので……」 「セキト?」 「董卓殿が献上したあの子の名前なのです」 「ああ……気に入ってもらえているのね。よかった……」 「仕方ない。  都に入ってからでもまだチャンスはあるでしょ」 「せやな」 俺たちの知らないところで陰謀は進んでいた。