外史「正月」 それは一つの物語。 あったかも知れない外なる歴史。 いくつも枝分かれし、分岐した世界。 その一つをお見せしよう。 ◆ ――洛陽、広間。 そこに大勢の顔ぶれが揃っていた。 どれも各国で有名な人間ばかり、いや国の主要人が集まっていた。 「ほら、ご主人様、お願いします!」 愛紗に手を握られ、促されて壇上に上がる。 「しっかりやりなさいよ? 一刀。私の顔に泥塗ったら…判ってるわよね?」 華琳が笑顔を見せつつも、ちょっと怖い。 「がんばれ、かーずと♪」 「しっかりな」 雪蓮と蓮華が元気付けるように頷いてくれた。 みんなが見守っててくれるんだ、もう怖いものはない。 俺は一歩前に進み出ると、手に持った杯を天に掲げ叫ぶ。 「かんぱああああああああああああああああああいっ!!」 みんなの歓声が聞こえた。 ◆ 「正月?」 それは華琳の昼食に付き合った時、会話の端に出た言葉だった。 「ん?」 「正月というのが判らないわ」 「あぁ…。俺の居た国では新年を祝うんだ」 「ほう? 面白そうではないか」 いつものようにパクパクと口の中に食べ物を突っ込みながら春蘭が目を輝かせる。 どうせいっぱいご飯が食べられるとか考えてるんだろう。 だいたいあってるけど。 「うむ。各国の主要陣が集まるいい口実にもなるだろう」 「そうね。ちょうど良く集まりの機会があるわ」 「はい。北郷が企画したとなれば、みな喜んで来るでしょう」 「というわけで準備なさい、一刀」 「えぇぇ…? 俺これから蜀に戻って、それから呉にも…」 「じゃあそこから人手を持ってきなさい。ちょうどいいわ」 「えぇぇー…」 にっこり笑う華琳が怖くて、俺はしぶしぶ頷いた。 それから俺は蜀に戻り、呉に寄り何人か人手を借りてきた。 幸い戦争はもう終わったから手を借りるのは用意だった。 武官は特に。 それから洛陽の広間を紅白幕で覆ったりと大忙しだった。 真桜たち工作部隊の頼もしさに思わず涙が出そうなくらいだった。 「か、華琳様に頼まれたからだからね! じゃないと誰があんたの手伝いなんか するもんですか! 全身精液汁だく男! 自動妊娠からくり!」 「お前本当に俺が好きだな」 「ば、馬鹿! 馬鹿馬鹿! 違うわよ! 調子に乗るんじゃないわよあんた!」 「はいはい」 そんな感じで指揮を取ってくれる桂花の元、何とか終わったのが三日前。 昨日ようやく蜀と呉のメンバーが来て一晩の休息を取り…。 今日の大宴会こと、新年会となったわけだ。 ◆ 「お疲れ様でした、ご主人様」 「えへへ、格好良かったよご主人様」 二人が労いの言葉をかけてくれる。 ちなみに。 みんなそれぞれ晴れ着を身に付けている。 俺が必死に晴れ着がどんなものかを思い出して、街に居る服職人にお願いして作ってもらった。 それを元にみんなそれぞれ作ったらしい。色取り取り、個性が出て可愛い。 愛紗は白を基調にしたものに紺色の刺繍が入っている。落ち着いた色の中にも個性が出ている。 桃香は愛紗と同じく白を基調にしているけど、桃の花と花びらをが散りばめてあって とても可愛く仕上がっていた。 用意されたイスに腰を下ろすと、桃香と愛紗が同時に食べ物を差し出してくれた。 「あぁ、ありがとう」 それを受け取ろうとすると、二人は受け皿を引き箸で料理を取る。 「はい、あーん」 桃香が俺の前に料理を出し、にこにこと嬉しそうに笑う。 強調された胸が目に毒でご飯を食べなくてもお腹いっぱいになりそうだ。 「むっ…」 華琳がむっしたような顔をしているけど、悲しそうに胸に視線を降ろすのを 俺は見逃さなかった。 「ほらほら、ご主人様! あ〜ん」 「あ、あ〜ん」 口に入れられたのは黒豆。甘い風味が広がっていく。 お節料理のレシピは流琉や朱里たち料理が得意な人たちに教えておいた。 祭さんと亞莎も手伝ったみたいで、豪華な料理が並んでいる。 「わぁ、ご主人様が食べてくれたよ! 愛紗ちゃんもやってみなよ」 「わ、私は…その…別に…でも…」 「愛紗?」 「あ…えと…あ、あーん」 「ぱくっ」 愛紗が差し出してくれた料理を口に入れる。今度はハムだった。 「ご主人様…!」 頬がぱぁっと赤く染まり、目が潤みはじめる。 その顔だけで俺はドキドキ。 「はーい、交代交代。今度はあたし達の番よね、かーずと」 「一刀もそんなに鼻の下を伸ばすんじゃない! わ、私が…いるんだから…」 蓮華と雪蓮、姉妹の二人は揃って赤を基調にした晴れ着。 そこに二人とも個性を出して、雪蓮は金色の凝った意匠が施してあり 蓮華には蓮の意匠が大きく施されている。二人とも綺麗だ。 「だ、だから…その…」 「え? 何? 蓮華聞こえないよ」 「いいから私と来い!」 蓮華にすごいいきおいで手を掴まれ、抗えない強さで引っ張り込まれる。 今まで彼女が座っていた席に座らせられると、食べ物を無理やり口に入れられた。 「ど、どうだ? 私が作ったやつだが…」 「ひょっひょまっふぇ、はふぃがはふぃっふぁままふぁ…」 「まず噛んでからだ、一刀」 「蓮華ー、一刀が”待ってくれ、箸が入ったままだ”って苦情出してるわよー」 「あ、すまん!」 喉の奥ぎりぎりまで入った箸が雪蓮の助けでようやく取り出される。 正直冷や汗かいた。 もぐもぐとゆっくり味わってから飲み込む。 よく味付けされた蓮根が美味しかった。 「うん。美味しいよ蓮華」 「あら良かったじゃない」 「あ…あぁ。が、頑張ったからな」 ぷいっ後ろを向いてしまった蓮華が可愛くて、思わず頭を撫でる。 「う…」 身を縮ませる蓮華が可愛くて笑ってしまった。 「さぁて、では次はこちらだな、一刀」 普段とは違った呼び方をしつつ俺の首を掴み、ゴキリと曲げる。 「うむ。こっちを向いたな」 うむ、に独特のイントネーションを含む秋蘭の顔が目の前にあった。 「ぎゃあああああああああああああああああっ」 「ちょ、ちょっと! 一刀に何してんのよ!?」 「申し訳ありません孫権様。一刀を少しお借りします」 「いいわよね? 蓮華」 華琳が威圧的に微笑みつつも、余裕を崩さない。 言葉の裏に”順番でしょ? 貸しなさい”と含まれている。 「さて、一刀? 判ってるわね?」 「な、何が…?」 「…。ほらこっちに来なさい」 言うとおりに華琳の前まで行きしゃがむ。 彼女は秋蘭が差し出した皿から料理を一つつまむと、俺の前に差し出した。 「はい、あ、あー…」 「ほんごー! ほら、おまえものめ! たべろ〜!」 「!?」 華琳のを食べようとした瞬間に、酒と食べ物が同時に突っ込まれた。 口の中に酒の匂いが充満し鼻腔まで抜ける。 同時に入れられた食べ物の味がまったくしない。 「おいしいか!? かずとー、ほめろー! わたしをほめろー!」 「……」 「……」 俺は呼吸困難に陥り、華琳は絶句した。 「なでなでしる、なでなでしるーー!」 「春…蘭…」 「なーでーな…、あふぇ?」 「姉者…こっちに来い」 「しゅーらーん? なにおこっれんろー?」 「いいからこっちへ来い! 少しは空気を読んでくれ! 姉者!」 秋蘭に耳を思い切り引っ張られながら泣き喚く春蘭を見て、少し同情した。 誰だ春蘭に酒を飲ませたのは。 「あ、あちゃー、やっちゃったかなー?」 現況はすぐ傍に居た。 「白蓮…」 「いやーははは、呑みたがってたから呑ませたら…ねぇ?」 「ねぇ? じゃないよ…こんなところで目立って個性出さなくていいよ…」 「北郷!?それどういう意味だ!?」 白蓮が涙をだばーと流した。 「私だって、私だって出番欲しい! 私だって活躍したいんだ! 普通さんなんて呼ばれたいわけじゃないんだ!」 「はいはい白蓮は頑張ってる頑張ってる」 「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー北郷の馬鹿ーー!」 泣きながら爆走していく姿を見て俺はため息を付いた。 お祭りだから騒ぎたいのは判るけど、節度は守らないと……。 そう思った瞬間、広間中央が爆発した。 「な、何だ!?」 「敵襲!?」 愛紗と雪蓮が同時に立ち上がり、武器を構えた。 華琳は目を見開いたけど、どっしりと構えている。流石の貫禄だ。 「いや…あれは…」 舞い上がった砂が収まる頃、少しずつ状況が見えてきた。 「いやぁ、楽しいのぅ! 最近身体が鈍ったと思ったが、まだまだ!」 「やはり祭りとはこうでなくてはなぁ!」 「あらあら」 祭さんと桔梗さんが、二人とも武器を構え争っていた。 そのすぐ近くでは紫苑が呆れながらも楽しそうに酒を飲んでいる。 「お、おい! 何してるんだ二人とも!」 「おお、お館様。どうですか、お館様も混じりませぬか?」 「楽しいぞ一刀。おぬしもやらんか!」 「やらん! 混ざらん! 二人ともまずは武器を――」 武器を収めてと言い終わる前に、今度はまた近くが爆発した。 「ええ?」 「こらーー! ちびっこ! 待つのだー!」 「待たないよーだ! あとそっちもちびっこだろ!」 「こら季衣、止めなさい! 鈴々ちゃんも止めてー!」 鈴々と季衣が追いかけっこをしていた。武器を持って。 「二人とも! 何やってるんだ!」 「あ、兄様! 二人を止めてください!」 「止めたい、止めたいのは山々だけど、俺じゃあ…」 もう何がなんだかわからなくなってきた。 思えば、新年会とは言えみんなを集めればこうなることは判っていた気がする。 「はぁ…」 「あ、ご主人様♪」 「ご主人様〜」 俺が呆れながらため息をついていると、女の子が二人、俺の腰に抱きついてきた。 「ん? あぁ、朱里に雛里」 「ご主人様! ご主人様の言ってた栗きんとんというものを…あら?」 「ど、どうしたんですか?」 「いや…あれ見てよ」 もう会場はひっちゃかめっちゃか。暴れまわっている人たちのせいで酷い有様だ。 「はわわ!これは困りましたね…」 「あわわ…」 晴れ着に身を包み、わたわたと慌てる二人を見てると、まるで七五三を見ている気分で なんだが和む。あれ? これ現実逃避じゃないか……? 「まったく、めでたき日に仕方が無い。私が行くか」 「星?」 「うむ。今日は私が頑張るでござる。まぁ、たまには主殿にいいところを見せんと」 「じゃあ私も参ります!」 柱の影から急に現れた明命が、刀に手をかけた。 「ありがとう二人とも。でも二人だけじゃ心もとないかなぁ…」 「隊長ーー!」 どうしたもんかと思った時、遠くから慌てて走ってくる音が聞こえてきた。 凪・真桜・沙和の三人だ。 給仕をしていた三人が、血相変えて向かってくる。 「隊長! 何ですかこの騒ぎは!」 「なんや大変なことになっとるで〜」 「いやあ、それがね?」 三人に顛末を説明すると、揃って頷いた。 「じゃあ、私たちも行くの〜」 「任せとき。こいつも暴れたいって言ってるしな〜」 真桜のドリルがキュウィィィィィィンと甲高い音を立てる。 「うむ。では参ろうか」 「行きますよ!」 駆け出していく五人を見て俺は思った。 正月って何だろうって。 ◆ 騒動も何とか落ち着き、俺は喉が渇いたので厨房に向かった。 みんな忙しそうだったり楽しそうにしてたので、 誰かに頼むのも何だかはばかれたからだ。 廊下を歩いていると、部屋の扉が開き、一人の女性が出てきた。 「あぁ、一刀か」 腕に赤ちゃんを抱えて、こちらににっこりと微笑みかけてくる。 「冥琳。大丈夫?」 「あぁ。やっと眠りについたところだ。だから私もそろそろ向かおうかと思ってな」 「ごめん…俺も世話出来ればよかったんだけど」 頭を下げると、冥琳は俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。 「いいさ。私自身望んでやっている。それに…この苦労も、幸せの一部だ」 「冥琳…」 かつては姉のように接していた冥琳が、今は母親の顔をしている。 それが何だか嬉しくて恥ずかしい。 「お前も忙しいしな」 「そんなことないよ」 照れくさくて、少し視線をずらす。 その事に気づいているのか冥琳はくすくすと笑っていた。 「お前の子を産むのは私の夢の一つだった。呉の平和という願いも叶った。 満ち足りているな…私は」 冥琳が揺りかごのように腕を揺らす。 赤ちゃんが気持ちよさそうな顔をするから、ついつい頬をぷにぷに。 「ふふふ。こら、あんまりイタズラするなよ?」 「ごめんごめん」 「さて、私も会場に行くとしよう。一刀はどうする?」 「水を飲んだらまた戻るよ」 「わかった」 冥琳の背中を見送ると、俺は厨房へと歩き出した。 ◆ 厨房に入ると、騒動が終わって調理に戻った料理得意陣が奮闘していた。 メインになる料理を祭さんに紫苑、秋蘭に流琉が担当し、 甘味を朱里や雛里、亞莎が頑張るといった構図。 調理場はまさに戦場のようで、熱気にあふれていた。 その中で一人つまみ食いをしている悪い子が居る。 「こら、小蓮」 「あ♪ 一刀じゃない。どうしたの?」 「どうしたじゃないよ。つまみ食いしちゃダメだろう?」 「えー、どうしてー?」 「どうしたもこうも…」 まったく悪気のなさそうなシャオを少し小突く。 「あいたっ」 「みんな頑張ってるんだから、そういう事しちゃだめだ」 「うー! 判ったわよぅ。その代わり一刀を味見しちゃおーかなー」 「それもダメ」 「いじわるぅ」 シャオを調理場から出すと、俺は水を一杯もらって一息つく。 三国の女性たちが集まると本当にせわしない。 俺はみんなに「頑張って」と一声かけると、その場を後にした。 ◆ 「ふぅ…」 庭に出て一息つく。 広間の喧騒が嘘のようで、少し落ち着いた。 「あら、こんなところで何をしているのかしら?」 「休憩だよ」 樹に身体を預けていると、隣に華琳が立っていた。 橙色を基調に、凝った意匠が入った品のある晴れ着。 華琳によく似合っている。 「そう。隣いいかしら?」 「どうぞ」 俺が持っていた手拭布を床に敷くと「気が利くじゃない」と褒めてくれた。 「まったく、みんな騒々しいわね」 「まぁ…みんな集まれば毎回こんなもんだけどね」 「今回はちょっと度が外れているわ…」 ため息を一つ。華琳も疲れていたのかも知れない。 最近は戦争も終わって内政ばかり。華琳も苦労が絶えないんだろう。 それに加えてこの騒ぎじゃ、疲れるのも当然だ。 「でも…まぁ、悪くないわね」 「そうだね…」 穏やかな時間。空には鳥が羽ばたいて、たまに来る風が気持ちいい。 こんなゆっくりとした時間を華琳と過ごすのはいつぶりだっただろうか? 「なぁ、華琳」 「…………」 「…? 華琳?」 気が付けば、肩に重りがあった。 見てみると華琳の頭が乗っていて、本人は目を閉じていた。 「華琳?」 「……」 規則的で穏やかな吐息がかかる。 ……寝ちゃったんだ。 「お休み、華琳」 華琳の髪から香るいい匂い。それを感じながら俺は彼女の髪をすく。 たまにはこういうのもいい。 俺はそう思った。 ◆ 新年会も終わり、俺が部屋に戻ると愛紗が待っていた。 「あれ? どうしたの?」 「お帰りなさいませ。ちょっと…ご相談が」 深刻な顔をする愛紗に、不安がつのる。 「な、何かな?」 「その……」 言い辛そうにしつつ、俺に打ち明ける。 「えーーーっ!? この宴会、あと二日もあるの!?」 「え、えぇ。ご主人様が”三が日”という言葉を口にしたことから…」 「い、いつ!? 俺いつそんなこと言った!?」 「蜀に来て下さった時、でしょうか…」 「…………」 「どうしましょう?」 どうしましょうも何も……。 「食べ物とか、飲み物は?」 「蜀、呉。合わせると、あと二日行けます」 「……」 どうやら俺は大変な失敗をしてしまったようだ。 そうだよな、みんなお酒とか大好きだもんな。 もちろん騒ぐのも。 「ご主人様?」 「きゅ〜」 「ご主人様、お気を確かに! ご主人様ぁぁぁっ!」 俺は急に目の前が真っ暗になった。 あぁ、夢ならいいのに。 きっと目が覚めたら俺はこう言うだろう。 明けまして、閉じさせて、と……。 外史「正月」 おわり