拠点イベント『魏』編 「有閑の覇王」 「早くしなさい、一日は長くないのよ」 「わ……判ったよ!」 清々しい朝。空は雲ひとつ無く青く、まさに蒼天。 過しやすい日でどこかに出かけるには絶好の日。 だと言うのに、私の目の前に居る男――北郷一刀は寝坊していた。 「まったく。一体どういうことかしら?」 「報告書をまとめてたら筆が乗っちゃってさ〜。なかなか終わらなかったんだよね」 「そう」 返事してため息を一つ。 仕事熱心なのは結構だ。現在の我が領土には優秀な人間は決して多くなく 周瑜の元で勉学を積んだ一刀は重要な戦力と言えた。 かつての北郷一刀とは比べ物にならないほどの知識と武。 未だ頼りにならない部分はあるものの、自分の役割をこなす彼は得がたい人材だ。 仕事熱心なのは結構。 しかし……女性と出かけようと言う日に寝坊とはどういう了見だろう? またため息を一つ。 この男は、別の国でも生きていた経験があるというのに、どうしても女性相手だと駄目なのだ。 それとも。 別の考えが一つ浮上する。 もしかして、自分だけなのだろうか? だとしたら非常に―― 「腹立たしいわね」 「悪かったって。もう終わるから!」 まるで判っていない。 なら……試してみようか? ◆ 「さぁ? 今日はどこへ連れて行ってくれるのかしら?」 私が一刀にそう尋ねると、彼は不思議そうに首を傾げる。 「ん? 華琳がどこか行きたいところあるんじゃないのか?」 確かに、今日は私が誘った。休みを作れたから、どこかへ出かけようと。 しかし今回、私は彼に先導させてみようと思った。 自分からでは駄目なのだ、きっと。魏の人間である以上、何が失敗かは自分で気付かねばならない。 「いいえ、少し気分が変わったわ。貴方が案内してちょうだい」 「んー、そっかぁ」 あごに手を当てて考え込む。最近一刀がよく見せる仕草だ。 前は無かったような気がするが……誰かの影響だろうか……。 そう考えると、胸の中に自分でも良く判らない痛みが走る。 これは……苛立ち? 「華琳、朝食は?」 「まだよ」 「じゃあ、まずは茶屋へ行って軽く何か食べよう」 一刀にしてはまずまずの提案だ。 私はそれを受けることにし、一刀の誘導の元お奨めの茶屋があるというので そこへ行って見ることにした。 ◆ 「いらっしゃいませ、二名様ですか?」 「はい」 「ではこちらの卓へどうぞ」 案内されたそこは、なかなかこ洒落た茶屋だった。 一刀が選んだにしては悪くない。 「ここな、町の人たちに人気なんだ。警備隊にいるとそういうのが判るんだよ」 私が疑問に思ってるのが判ったのだろうか。 一刀はそう言って笑う。 よく考えれば一刀が女性に案内するのに似合いの茶屋などを調べているのも 何だか可笑しな気がする。 私はそこで納得すると注文書に目を通し、簡単につまめるものを探した。 ◆ 「美味しいわね」 出てきたのは饅頭。しかし今まで食べたのとは少し違う。 甘味と、ほのかな苦味があった。お茶の味がするが、いつも飲んでるのとは違う。 「気に入った?」 「悪くないわね。これは何かしら?」 「抹茶っていうお茶を使ってるんだ」 「抹茶?」 聞いた事の無い茶だ。 「うん。俺の居た世界にあるものでね。似たようなのがあったから試してみたんだ」 「そう…」 どうやらずいぶんと町に馴染んでいるようだ。 まぁ、そうだろう。 この男は気さくに、周囲に溶け込んでいける人間だ。 かつて一刀が私達の前に現れた時も、馴染むのは早かったように思える。 「さぁ、次に行きましょう? どこへ連れて行ってくれるのかしら?」 私が少し意地悪く訪ねると、一刀はまたあごに手を当てて考えるそぶりをしてから答える。 「そうだね。服と本屋、どっちがいい?」 迷わず服屋と答えた。 ◆ 服屋に着くと、私は一刀に服を選ぶように命じた。 困った顔をした彼は前と少しも変わらず、それが少しだけ嬉しかった。 「うーん。華琳って可愛いけど、ちょっと凛々しいっていうか、格好いいのが混じってるよなぁ」 「あらゆるものが兼ね備えてあってこそ、曹孟徳にふさわしい格好だと思わないかしら?」 一刀は「そうだな」と笑いながらも、熱心に服選びをしている。 前はこんなこと出来なかっただろう。 これも……他の陣営に居た時に身についたものだろうか? また、胸の中に何か熱いものが――炎のようなものがちらつく。 これは……まさか……。 「華琳、これなんて……華琳?」 「え? えぇ、聞いてるわよ」 一刀の声で自分が考えに没頭していることに気がついた。 まったく……私ともあろうものが。 一人の男に心惑わされるようで何が覇王か。 思わず苦笑した私を見て、一刀が不思議そうな顔を作る。すぐに「なんでもないわ」と答えると 彼は一応の納得を見せた。 「で? どう思う?」 一刀が見せてきたのは、今着ている服と似ているものだ。 部分的な鋭利さを持ちつつ、腰周りは可愛い。胸元が少しだけ開いてるのが特徴だ。 「悪くはないわね。でも、私はこっちの方が好みだわ」 「うーん……難しいなぁ。璃々ちゃんの服を選ぶ時も難しかったっけ…」 「璃々?」 聞きなれない単語だ。恐らく誰かの名前なのだろうが。 この男が関わるのは大抵女性だから、恐らくその名前も女性のものだろう。 「紫苑…、あーっと。黄忠の娘だよ。まだ小さくて可愛いんだ」 「そう」 蜀の重鎮、黄忠。その名は幾度と聞いたし、歴戦の将で何度も苦戦させられた相手だ。 定軍山の時は特にだ。もしあの時一刀が居なかったら、私は秋蘭を失っていただろう。 「一刀、服はもういいわ。次は下着を選んでちょうだい」 「えぇ!? 下着はちょっと……」 暗くなりかけた気持ちを振り切るように言うと、一刀はまた困った顔をした。 服を選べと言った時の比ではない。 その顔に私は笑顔をもらした。 ◆ 「はぁ……へとへとだぁ」 夕暮れになり、町が朱色に彩られていく。 しかし一刀の顔が赤いのはそのせいだけではないだろう。 服屋のあとも色々な店に連れまわしたから、疲労や恥ずかしさでいっぱいのはずだ。 「まぁ、貴方との買いものも悪くなかったわ」 「楽しんでいただけたなら……幸いだよ」 疲れた顔をしながらも、一刀は少し嬉しそうに微笑む。 「……。一刀、聞きたいことがあるわ」 一刀は顔を私の方に向け、言葉に出さずに顔だけで「何?」と尋ねてくる。 「貴方は律儀に私の買い物に付き合ってくれた。それは、何故?」 不思議に思っていた。 かつて一刀が私の元に訪れた時も、何だかんだで付き合ってくれていた。 もちろん私を怖がっていたのもあるだろう。少なからずあるはずだ。 命令と言う形を取ったこともある。 しかし彼は嫌がらずに付き合ってくれていた。その理由は? 「私が貴方の主だからかしら? それとも、貴方からすれば友人に付き合うのと同等?」 一刀の顔が笑みから真面目な顔に変わっていく。 朱に変わる町並みを見ながら、小さく口を開いた。 「華琳……。俺が前に来たとき、華琳と共に居たのは…。もちろん主だったから。 そういうのはある。でもね、俺は……なんて言ったらいいのかな。 華琳、君を見ていたかった。君の色んな表情、行動、考え……そして心。 俺が知れる、君のあらゆることを知りたかった。心に留めて居たかったんだ」 考えながら、なるべく心の内を出せるように口にする。 たどたどしい言葉は、彼の本心だと確信するには十分だった。 「一刀、私は――」 「でもね。今は違う。もう華琳が寂しい思いをしないように。俺なんかじゃ力不足は承知だけど…。 見守っていたい。そう思ってる。いつも一緒に居たいと、思ってる……」 真剣な表情で私を見る一刀。 真に不本意な事ながら――そう、必死に否定した結果だが――嬉しいと思ってしまう。 「そう? なら見ているがいいわ。曹孟徳の全てを、余すことなく見る事を許しましょう」 「ははは。これは光栄だなぁ」 「だから一刀。見ていなさい。もう一度見せてあげる。だから貴方も、私に全てを見せなさい。 それが誠意というものよ」 そして――。 これは口には出さないが。 私が彼と別れる時、彼が口にした言葉を忘れない。 「愛してる、華琳」 その言葉を。忘れない。 あの言葉が嘘でないのであるならば、何も心配することはない。 私は私の信ずる道を歩いていけるだろう。 胸を張り、堂々と。恥ずべき事など何も無い。曹孟徳の覇道はここにある。 何も迷う事は無いのだ。 そう、ただ私の元に居ろと言えばそれでいい。 それが曹孟徳――華琳なのだから。 「一刀、少し寄り道をしましょうか?」 それはちょっとした道草。 たまには羽目をはずすのもいいだろう。 宿を指差し言う。恥ずかしさなどどこにもない。 「あー。魅力的な提案だけど、帰ってから仕事があって。書類が溜まってるんだよ。 真桜と沙和がしょっちゅう騒ぎを起こすからさぁ――」 最後まで言わせる気は無い。 私の全力、力を振り絞った拳が一刀の顔面にめり込んだ。 「同じ言葉を言うんじゃない! 学習しなさいっ!」 路地裏へ吹き飛んで行く一刀を見て、私はこれからの道のりが険しい事を知る。 不本意だが……また教育を施さなければならないようだ。 私の人生に本当の意味で"暇"が出来るのは、当分先のことなのかも知れない。 「有閑の覇王」完