第四話「認識」 愛紗との抱擁を終えた一刀は、一人の女の子を見つめる。 諸葛亮孔明、真名は朱里。懐かしい顔がそこにあった。 「ご主人様…」 瞳を潤ませ、胸の前で手を組み祈るようなその姿。 本当に懐かしい。 「朱里。久しぶり」 「はい。お久しぶりですご主人様。お救いできて本当に良かったでしゅ」 「……」 「はわわ! またやってしまいました…」 「お、落ち着いて朱里ちゃん。ま、まだ大丈夫だから…」 顔を真っ赤にして恥ずかしそうに顔を俯ける朱里と、それをフォローする雛里。 懐かしい構図がここにある。 それは一刀に、戻ってきたんだという実感をもたらしてくれた。 「さて、感動の再会は名残惜しいですがここまでにしましょう」 「そうでした! すぐに曹操さんの追っ手が来ると思います。離脱しましょう!」 「鈴々が先行するのだー! いっくぞーー!」 元気に駆け出す鈴々を先頭に、みんなが駆け出す。 「で、でも…! 俺は今、華琳の所にいるわけだし、みんなにほいほいと付いていくわけには…」 「ご主人様! ではご主人様は、私とは共に居られないとおっしゃるのですか!?」 「私たち、だよ愛紗ちゃん…」 汗をたらしながら、それとなく桃香が言葉を挟む。 「うっ、いやそうじゃないんだけど。でも俺は今曹操の部下であって――」 「お兄ちゃんうるさい!」 鈴々の拳が一刀の鳩尾にめり込んだ。 「ぐっ!?」 「ちょ、ちょっと鈴々ちゃん!?」 「鈴々!」 「お兄ちゃんは鈴々が担いでいくのだー! みんな、走れー!」 「いいのかな、これで…」 こうして一刀は、愛紗一行に連れられ、黄巾党本営から離脱した。 ◆ 「申し訳ありません、華琳様…! 私の力が足りないばかりに!」 「貴女が謝ることではないわ。全ては、一刀の油断が招いたことよ」 魏の本陣では、凪が華琳に頭を下げている最中だった。 それを華琳は手で制し、平然を装う。しかし心中は苛立ちで一杯だった。 「やってくれたわね…。それにしても、一刀に教育が足りてなかったわ…」 他の陣営に居た事があるなら、もちろんそこに愛着があるのだろう。 もう少し配慮するべきだった。 「まったく、一人の男も傍に置いておけないとは、私もまだまだ…かしら?」 「追っ手を放ちますか?」 傍らに居た秋蘭が、華琳に耳打ちをする。 「無駄よ。もうこの近辺から離れてるわ。今劉備たちのところに攻めてもいいけど… 一人の男のためにそんなことをしては、私の品格が疑われる」 「では…」 「相手が人質にする気がない以上、放って置いても構わないわ。それに、機会はまだある」 これからまた大戦が起きる。 しかも、黄巾党などという獣の集団ではない。政治的な要因で起こる一大決戦。 反董卓連合の結成。そして董卓軍撃破。 この機会を逃す手は無い。 華琳は笑みを浮かべた。 ◆ 皆が杯を手に取り、酒を注いだ。 「では、黄巾党退治と…」 「ご主人様の奪還を祝って…」 桃香と愛紗。二人が他の者たちよりも高く杯を掲げる。 「乾杯、なのだー!」 それに合わせるように背を頑張って伸ばし、高く掲げた鈴々が叫んだ。 「かんぱあああああああああああああああああああいっ!」 集った義勇軍のみなが叫び、酒の席が始まった。 「い、いいのかな? 俺…大丈夫かな? 華琳のやつ怒ってるだろうなぁ」 そんな明るい席で、一人頭を抱えている男。 杯を持ってはいるものの、その手は震えていた。 「大丈夫ですよ、ご主人様っ。ご主人様のことは私たちがお守りしますから!」 「あわわ。朱里ちゃん、お酒飲んだら駄目〜」 「あ、あぁ。ありがとう朱里…」 顔を赤くした朱里が、一刀の背中をばんばんと叩く。 頼もしさよりも不安が増す勢いだ。 「ご主人様。いいではありませんか。ご主人様は私たちと共に居るべきなのです。それに…」 「どうも。はじめまして、北郷一刀さん。正確には、はじめましてじゃないけど…」 大きな胸の前で手を組み、恥ずかしそうにこちらに笑みを浮かべてくる女の子。 劉備――桃香だ。 「愛紗ちゃんのご主人様、だよね? 私の名前は劉備。真名は――」 「桃香、だよね。久しぶり…。っても、そっちは久しぶりじゃないんだよね」 「はい…」 桃香に一刀の記憶は無い。恐らく、記憶覚醒の条件に一致しなかったんだろう。 「あの、私もご主人様、って呼ばせてもらっていいですか?」 「いや…でも、この軍を率いてるのは桃香だから…」 「いいんです。私はきっと、貴方の方が似合ってると思うんです」 「え?」 「私はお勉強も出来ないし、愛紗ちゃんや鈴々ちゃんみたいに戦うことも出来ない。 朱里ちゃんや雛里ちゃんたちみたいに頭もよくないの。だから…」 「いいんだよ」 一刀は桃香の頭に手を乗せ、ちょっと乱暴に、くしゃくしゃと頭を撫でる。 くすぐったそうに目を細める桃香を見て微笑をこぼした。 「桃香の持っているのは、人を惹き付ける魅力だ。頭が良くなくてもいい、戦えなくていい。 みんなの力を合わせる事。それが桃香の持つ、桃香だけが持つものだ」 「あっ、えと…」 「だから、いいんだよ」 「……」 頭を撫でられたまま、桃香は頬を染める。 ――この人はきっと優しい人。この人なら、大丈夫。 桃香は一度頷くと、まっすぐ一刀の瞳を見る。 「うん! やっぱり、一刀さんは私のご主人様になって欲しい」 「え?」 「愛紗ちゃんも、鈴々ちゃんも、朱里ちゃんも、雛里ちゃんも。 みんなを包み込んでくれると思うから。だから私もご主人様って呼びたい」 「桃香…」 「えへへ。よろしくお願いしますね、ご主人様」 「あー。うん。よろしく」 二人が握手をする。 ここに一つの儀式が完了した。 「良かったですね、桃香様! ご主人様!」 「みんな仲良しなのだー!」 それを愛紗たちが祝福する。 蜀の陣営の中枢、その一部が誕生した瞬間だった。 ◆ 酒宴も一時的に落ち着いた頃、座って落ち着く一刀の元に朱里と雛里が近づいてきた。 「どうした? 二人とも」 「ご主人様。これからのことについてお話したいと思います」 「あの…よ、よろしく…お願い、します…」 「うん。そうだね。必要なことだと思う」 店の端っこの方で、三人が同じ卓を囲み、顔を付き合わせながら話を始める。 「前と同じように歴史が進むなら、私たちは王朝より一つの地域を任されます」 「そこで蜀が生まれるわけだね」 「はい。蜀の雛形とも言えるものが誕生します。そしてそれからは…」 「反董卓連合の結成…です、よね…」 「あれ? 雛里は…」 「雛里ちゃんには、私からすでに話をしてあります」 「最初は…信じられなかったけど…。ご主人様を見て…。信じました…」 「そっか。ありがと、雛里」 一刀の言葉に顔を赤くする雛里を優しそうに見つめつつ、朱里は話を戻す。 「そこでは、様々な方が集結します。曹操さんはもちろん、孫策さんも…」 「うん」 「私たちは正直、誰が記憶の覚醒をしているのか判りません。油断できません」 「今判るのは、愛紗、朱里に…華琳と雪蓮かなぁ」 「曹操さんと孫策さんですね」 「うん」 朱里は考え込むようにあごに手を当て、難しそうな顔をする。 「手ごわい方々です…。なので、ご主人様には常に、誰かが傍にいる必要があります」 「そうなるね」 「時期的に、そろそろあの人がやってくるはずです」 「あぁ…彼女か」 「あの人は頭の回転が速く、さらに強いです。なのであの人に任せることになると思います」 「判った」 「ご主人様」 一刀の目を真っ直ぐに見据え、朱里は言葉を選ぶようにゆっくりと口を動かしていく。 「愛紗ちゃんも…、桃香様も…。もちろん私も。ご主人様と、また共に居たいと思ってます」 「うん」 「ですから…。一時の迷いで、ふらふらとしないでくださいね?」 「あー、は、ははは…。肝に銘じておくよ」 「お願いします♪」 弾むような声を出して、朱里は頷く。 しかし一刀の中に少しずつ――それこそ小さな違和感だが――違和感が生まれ始めていた。 それが何かは判らない。 あえて言うなら……疑問に近い。 少しずつ違うところがあるのに、どこかで軌道に乗っている。 まるでかつての歴史を辿らせるような気配を感じるのだ。 前に対峙した二人を思い出す。 左慈と于吉。 あの二人はまた出てくるのだろうか? そしてここに自分を導いたあの声の主は? 判らないことが多すぎる。 少しずつでも調べていかなければならない。 この世界と、女の子たちを守るためにも。 ◆ 白い部屋。それは認識上のものでしかない。 無というのが一番近いが、認識によってなりたっているその部屋は正確には無ではない。 「かの世界……限界だな」 一人の、白装束に身を包んだ老人がぽつりと声をもらした。 「では…」 別の白装束、こちらも老人だ――同じく声をもらす。 「うむ。一度破壊せねばなるまい。このままでは、他の外史に影響する…」 「ファクターは…」 「北郷一刀」 ぽつり、ぽつりと部屋に気配が生まれていく。 老若男女、さまざまだがいずれも白い装束に身を包んでいることは共通している。 「伏羲は?」 「左慈と于吉と相対しておる…。どちらにせよ」 「選択の時は近い」 「終わりは…」 「確定しておる」 「では」 「うむ。プラン通り。変更はない。これはすでに決定されていたことなのだ」 部屋から気配が消える。 最初から何もなかったかのように、無に近い空間が生まれた。 そこに二人、巨漢が進み出た。 「あらん。これは大変ねぇ。すぐにご主人様に知らせなくっちゃ」 逞しい筋肉、大きな体、それに反した高い声。 「うむ。わしもそろそろ、そのご主人様とやらに会いたいしのぅ! 行くぞ!」 同じく逞しい筋肉の漢が同調した。 「あの二人はどうする?」 「しばらくは、伏羲ちゃんが抑えてると思うけど、それもそろそろ限界よん」 「ならばわしらが行くしかあるまい。そろそろ歴史もターニングポイントを迎える」 「じゃあ、急がなくっちゃ」 「うむ。でゅわ!」 二人の気配が消え、その空間は完全なる無となった。 第四話「認識」完