第一話「黄巾」 黄巾党決起す―― 諸侯に衝撃をもたらした野党の群れは、その数を激増させていく。 王朝が手をこまねいている間にも組織として肥大化していく一方。 無論各地の諸侯も指を咥えてみているだけではない。 自らの領地を守る為に各々軍隊を動かし牽制していた。 しかし黄巾党の絶対数は多い。諸侯たちは単独では黄巾党を制圧できない事は理解していた。 そんな情勢の中、華琳たちの元に一報が入る。 近隣の村々が黄巾党の小勢力に襲われているとの事だ。 無論、見逃せるはずも無い。 軍師荀ケ――桂花。 親衛隊として許緒――季衣。 頼りになる二人の仲間を得て、華琳は盗賊退治を決断する。 「まずは私が参りましょう」 そう申し出たのは秋蘭だった。 まずは敵情視察をし、それから戦力を考慮してくれ、というのが秋蘭の分析。 黄巾党は一箇所に留まる勢力でもなければ、小規模でもない。 留守を狙われる可能性は十二分にあった。 しかし華琳はその提案に首を縦に振らない。理由は簡潔。この後どういう展開になるのか知っているからだ。 「華琳様! 私に行かせてください!」 華琳が口を開く前に、季衣が秋蘭の同行を申し出る。 逸る気持ちを抑えきれない季衣の姿を見て秋蘭はなだめようとするが、その秋蘭を華琳が手で制する。 「もちろん、季衣には行ってもらうわ。一刀」 「何だ?」 「一軍を任せるわ。季衣、秋蘭と共に赴き、見事事態を収めて見せなさい」 「わかった」 それに驚きを隠せないのは夏侯姉妹。 「か、華琳様!?」 「さすがにそれは無謀では……」 二人はまだ一刀の実践をほとんど見ていない。 今まで大切に育て上げてきた兵をみすみす無駄には出来ない。当然の感想だった。 「問題ないわ。この男の実力は私が一番知っている。…だけれど、その前に一つ聞きたい事があるわ」 「何?」 「貴方、別の勢力に居た記憶も持ってるの?」 「うん」 「別のところに居た場合の、貴方の役割を知りたいわね」 春蘭、秋蘭、季衣はもちろんこの言葉の意味は判らない。 あえて解釈するならば、どこか別の諸侯に仕官していたのだろう……というくらいだ。 大きく間違ってはいないが、正解ではない。 「呉に居た頃は冥琳……周瑜の下に付いて軍師を。蜀では天の御使いっていう神輿だった」 「なるほど。周瑜の下に居たのなら問題ないわね。秋蘭、納得したかしら?」 二人の会話に注目していた秋蘭だが、すぐに一刀の能力を分析する。 周瑜と言えば、天下に名を轟かせる名軍師。その下に付くのも容易い事でない。 それだけを考慮対象にしても十分だと言えた。 「はっ…。一軍を率いるには十分かと。華琳様のお墨付きと言うならば、私どもには断る術もありますまい」 「いい答えね。ならさっそく出立して頂戴。時間は多くないわ」 「はっ」 秋蘭に命令を下した後、華琳は一刀の方を見つめる。 「必ず帰ってきなさい。私の前から消えることは二度と許さないわ。二度とね」 「判ってるよ華琳」 肩をすくめる一刀を見て、華琳は苦笑しながらため息をつく。 ――まったく、気軽に約束するんだから。 そう思いながらも、華琳の心に暖かなものが広がっていく事を否定できなかった。 こうして、一刀・秋蘭・季衣の黄巾党退治が幕を開けた。 ◆ 出陣して一日が経過した。 「村を発見しました! …ッ! すでに火の手があがっております!」 「何!?」 先頭を行く兵の報告が入る。 「秋蘭!」 「ああ。季衣は兵を連れて先行!」 「はい! みんな行くよ!」 季衣は自分の部隊を引き連れて、凄まじい速度で先行する。 それを見届けた秋蘭は一刀に視線を移す。 「北郷はどうする?」 「俺も行く! 秋蘭は後方で支援を!」 「了解した」 一刀は馬の速度を上げ、自分の隊を指揮する。 近づけば近づくほどに炎の熱と、灰の臭いを感じる。 ――この先に行けば、きっと彼女達が居る。 前回の歴史では一刀はここで、三人の、自分の部下になる女の子達に出会うことになる。 恐らくもうすでに戦闘行為に入ってるはずだ。 「待っててくれよ! 凪、沙和、真桜!」 さらに速度を上げ、邑へと急ぐ。 ◆ 「真桜、そっちはどうだ!」 鋼の籠手をはめ全身に傷を持った少女が、髪を両側に留めた派手な格好の少女に叫ぶ。 「こっちはあんまもたんなー。ちょっとやばいかも知れん。沙和はどや!?」 「こっちもやばいのー! もう防壁が崩れそうなのー!」 色鮮やかな服に身を包んだ沙和と呼ばれた少女は、全身を煤だらけにして今にも泣きそうな顔で叫んだ。 「凪ー、もうやばいでぇー。うちらだけじゃ厳しいかも知れん。最悪…」 「言うな!」 籠手をはめた凪と呼ばれた少女は、悲しそうな顔を浮かべるも気丈に振る舞い、自らの腕を掴む。 「例え私が最後の一人になろうとも、戦い続ける! 弱気人々を見捨てるくらいなら、私は死ぬまで戦う!」 「何言ってんねん。誰が退く言うたよ。最後まで三人で戦うんや」 「真桜……」 友人の温かな言葉に、思わず胸を打たれる。 「よし、なら――」 「凪ちゃん危ない!」 今まさに駆け出そうとしていた時に、沙和の悲鳴が聞こえた。 民家の屋根、そこから黄巾党の一人が剣を持って落ちてくるのが、ゆっくりと見える。 「くっ――」 ――しくじった! 油断した! 私としたことが!! 攻撃は間に合わない。最悪、腕を一つ犠牲にしても……。 そう決意した瞬間だった。 横からも何か影が飛び出してくる。最初は新手かと思ったが違った。 その影は凪と盗賊の間に入ると、その凶刃を止めたのだった。 ◆ 「あっぶねぇ……」 もうちょっと遅かったら間に合わなかった。 凪が危険な目にあっていたのでとっさに飛び出してしまったが、どうやら判断は間違っていなかったようだ。 これも祭さんに鍛えられたお陰か、と少し嬉しくなる。 「ふっ」 競り合っていた相手を力任せに押し切り、蹴りで吹っ飛ばす。 その先には一刀が連れてきていた部下がおり敵を縄で素早く拘束し始めた。 それを見届けると一息つき、三人の女の子に向き合う。 「あ、貴方は……?」 少し警戒しつつも凪が聞いてくる。 ――懐かしい。 そういう思いが浮かび上がる。 凪、真桜、沙和。どれも自分の可愛い部下だった女の子達。 その子たちと無事また会えた喜びが一刀の胸を満たしていく。 「あの……?」 「あぁ、ごめんごめん。曹操が部下、北郷一刀。君たちを助けに来た」 「私……たちを」 「正確には邑をね。黄巾党が襲ってるっていう情報は来てたから。遅くなっちゃったけど 君たちが頑張ってくれたおかげで何とかなりそうだ」 すでに秋蘭と季衣、一刀の部下達は黄巾党の掃討戦に入っている。 邑での戦闘ももうすぐ決着がつくだろう。 「そう…ですか。曹操様が…」 「まずはこの邑に居る黄巾党を全て退治しよう。その後、君たちにはちょっと話がある」 「はぁ…」 困惑気味に答える三人の女の子を見て苦笑する。 ――さぁ、これから忙しくなりそうだ。 一刀の胸は高鳴った。 ◆ 程なくして秋蘭の部下が戦闘の決着を告げに来た。 一刀は三人を連れて本陣に向かうと、季衣と秋蘭に紹介する。 「楽進と申します」 「李典いいますー」 「于禁なのー」 三人が自分の名を名乗り、秋蘭に頭を下げる。 「北郷、この者たちは?」 「今回の邑の戦闘で活躍してくれた子たちだよ。この子たちが居たから保ってたようなもんだ」 「ほお…」 「俺はこの子たちを華琳に紹介したいと思ってる。きっと戦力になってくれるはずだ」 「なるほど。報告を聞くに良い資質を持っているようだ。華琳さまもきっとお喜びになるだろう」 こうして何事もなく、邑での黄巾退治は終わりを告げた。 三人を連れ帰ってきた一刀を見て華琳は満足げに頷いた。そして「三人を貴方の部下に付けるわ」と。 頼もしい三人の部下を手に入れた曹操陣営は次なる作戦に乗り出す。 王朝から回ってきた伝令。 黄巾党を退治せよ。 いよいよ物語りは、一つの区切りへと走り出す。 それは誰にも止められるものではなかった。