第五話「始動」 華琳に保護されてからの一刀は忙しかった。 かつて華琳に世話になった時のように、警備隊長として奔走した。 華琳の政治的手腕により、人は少しずつだが入ってくる。町でトラブルは尽きなかった。 しかし前の記憶がある一刀には懐かしく、それでいて反復作業だったのでさほど苦ではなかった。 唯一苦があるとすれば……鈍った体の酷使が酷く、疲労困ぱいに陥った事だろうか。 だがそれすらも充実感へと変えられて行く。 懐かしさは、疲労すら凌駕していた。 ◆ 夜寝ようと自室の前まで来ると、華琳が扉の前で腕を組み、顔を伏せて待っていた。 「遅かったわね」 「まぁ…働いてますから」 一刀の言葉に、納得が行ったように華琳は笑った。 最初……そう、今ではなく前回の外史で会った時、華琳はこんなに素直に笑う女の子では無かった。 もっと冷酷に口の端を吊り上げるようにして笑っていたものだ。 それがずいぶんと変わっている。 いい変化に思われた。 「良く働いているようね。報告は受けてるわ」 「まあね…色々と懐かしむところもあるし…」 「そう」 華琳は簡潔に返事して、頷く。 「ところで一刀。女性にこんな場所で立ち話させる気? 私はもう少し女性の扱い方を教えたはずだけれど?」 「あっ、わ、悪い! 入って」 慌てて扉を開ける。それに華琳は満足そうに頷くと、部屋の主である一刀よりも先に入る。 あくまでここに居る時は彼女が主なのだ。 「今お茶を用意するから待ってて」 一刀は華琳を座らせ、茶の用意を始める。 しばらく彼を眺めた華琳は、おもむろに口を開いた。 「ねぇ一刀」 「んー?」 「後悔しているかしら」 その言葉に、今まで準備していた一刀は華琳の方を向く。 「…何で?」 「貴方の大事な人から、離してしまったわ。後悔…違うわね、私に怒りを覚えても不思議じゃない」 「…………」 「私は貴方に、正直な回答を求めるわ。北郷一刀、答えなさい」 「ん…」 一刀は華琳の言葉にそう漏らすと、今までの通りお茶を淹れ始める。 その様子に眉を潜めるが何も言わない。それが一刀の考える"間"だということが判るからだ。 こぽこぽと言う音がし、湯飲みに茶が入っていく。 温かそうな湯気が立ち上り、茶葉のいい匂いが漂ってくる。しかし淹れ方があまい。少し雑がある。 華琳は少し茶を口に含むと「…悪くはないわね」と呟く。 実際、淹れ方があまい。秋蘭に比べるとかなり雑だ。だが懐かしく思った。 一刀の淹れた茶があまりにも久々だったためだ。 「華琳」 そんな事を考えていると、一刀は手を弄びながら、言葉を選ぶように少しずつ口にしていく。 「俺は…。何というか、別に後悔も。…華琳への怒りもない。むしろ感謝してるくらいだ! …本当だ。 それにこう言ってはなんだけど、嬉しいんだ。華琳とまた一緒に暮らして、町を守って、発展させて。 あの時消えちゃったから、そういう意味では反省もある。愛紗や雪蓮と行きたくない言ったら嘘になる。 けどそれらとは別に……また、一緒にやれて、楽しいし、嬉しい」 一刀がため息をつきながら「これが、正直な気持ちかな」とはにかむまで、華琳は一切口を挟まなかった。 正直多少の怒りがぶつけられる事は覚悟していた。 それでも、あえて自分と一刀の感情を切り捨てて封殺つもりでいた。 自分の元に居なさいと。貴方は私の部下だと言い切るつもりだった。 しかし……一刀はそれすら許してはくれなかった。全て、自分の言う事を無くしてしまった。 ――まったく、この男は。 心の中で苦笑する。 感謝という気持ちがない訳ではない。しかし、今は呆れが勝っていた。 どこまでお人よしだと言うのだろうか。それともこれもとぼけてる内に入るのだろうか。 ともかくとして、心の内にある微かな安堵感を表に出さないまま、華琳は茶を静かに置く。 「生意気ね。主に対してもう少し尊敬の念を持ったまま言葉を口に出来ないのかしら」 「あ…えと」 「それに、茶の淹れかたも満足に出来ないようでは、他所に行っても不安の種を巻くだけだわ。私の威厳まで失われしまう」 「はは、返す言葉もないな」 「だから」 一度区切る。この言葉を口にするのは、少しだけ勇気が必要だった。 「私の元で勉強する事ね。秋蘭にでも教わりなさい」 言い切った。自分は覇王。一人の男くらい傍に置けないでどうするか。 「あ…あぁ!」 最後まで返事は聞かなかった。 ◆ 桃香一行は、各地を放浪しながらも義勇の旅を続けていた。 しかし目的地は決まっている。 公孫?のところだ。前の歴史にて、愛紗達はそこで世話になっている。 道行くルートも同じ。ならばそこに着くのは必然だったのだろう。 「わー! きれー!」 桃香が満面の笑みを浮かべ、手をいっぱいに広げ魅入っていた。 そこには満開の桃の木がいくつもあり、桃色の世界が広がっていた。 「あはは、私の名前の通りだね、愛紗ちゃん!」 「え…ええ、そうですね」 綺麗な花びらがはらはらと舞い落ちる。 幻想的で、美しい光景だ。 しかし今この場にあの人は居ないのだ。 「ねえ愛紗ちゃん、これから、どうすればいいと思う?」 「え?」 ふと桃香の方を見ると、真剣な表情で愛紗を見ていた。 「それは決まっています。困っている人々を助け、賊を倒し、そして――」 「うん。それもあると思う。でももっと、何ていうのかな。えへへ…上手く言えないけど」 「?」 桃香は自分でも何が言いたいか形になっていないようで、胸に手を当て考えている。 「どうしたらそれが出来るのか、っていう事…かな」 「…なるほど」 つまりは手段の事を言っているのだろう。どうすれば人を助け、賊を退治していく事が出来るかという。 目的のための手段。それを手に入れる方法を考えているのだろう。 「人の上に立つ事です、桃香さま」 「人の上に立つ? 私が?」 「そうです。人の上に立ち、人々を導き、そして我らの目指す平和を手にするのですよ」 「そっか……」 ようはご主人様、つまり一刀がやってきたことと同じだ。 彼は天の御使いとしてこの世に降り、そして人の上に立ち導き、大陸に平和をもたらした。 それが桃香さまになるだけだ。 この人は優しさに満ちている。人を思いやる事が出来る。だから―― 「でも、私じゃ駄目な気がする」 「え?」 「愛紗ちゃん。愛紗ちゃんはあの北郷一刀って人を、ご主人様って言ってたよね?」 「はい」 「つまり、愛紗ちゃんはあの人に仕えたいってこと。愛紗ちゃんはあの人に、みんなの上に立ってもらいたいんだよね?」 「…………」 答える事が出来ない。 先日までは、桃香こそ人々を導くものだと愛紗は信じていた。しかし今はかつての記憶を取り戻してしまっている。 本音を言うならばご主人様に……それは否定できない。 「いいんだよ、愛紗ちゃん。私はね、きっとあの人の方が向いている気がするの」 「それは……何故ですか?」 「直感、かな。えへへ、ごめんね上手く言葉に出来ない。でも…愛紗ちゃんがご主人様って言う人。 なら私も信じていいんじゃないかって思うの」 「桃香様……」 愛紗が目を見開く。まさかそんな言葉をもらえるとは思っていなかったから。 「今はあの人が居ないけど、愛紗ちゃんは取り返すつもりなんでしょ?」 「もちろんです!」 拳を握り意気揚々と言う愛紗の姿に、くすりと笑みをもらす。 「あの方は天の御使い。あの方は大陸に天下泰平をもたらす人!」 「天の…御使い。あの占い師さんが言ってた?」 確か前に、天に一筋の光が落ちる時、御使いが来ると言っていたのを桃香は思い出す。 「そっか」 「もし…桃香様さえよろしければ、それまでは私達の主に…」 「ううん。それはあの人に譲るね。一刀さん…だったっけ? 私達は姉妹だよ」 桃香がそう言うと、今まで黙っていた――おそらく会話に付いてこれなかったのだろう――鈴々が 嬉しそうな顔をして酒を取り出した。 「じゃあ、誓いをするのだー!」 「うん! 結盟式だね!」 「義兄弟の契り…ですか」 三人杯を手に取り、天に掲げる。 「我ら三人!」 「性は違えども、姉妹の契りを結びしからは!」 「心を同じくして助け合い、みんなで力無き人々を救うのだ!」 「同年、同月、同日に生まれる事を得ずとも!」 「願わくば同年、同月、同日に死せんことを!」 ここまで三人で一息に言う。そして―― 「乾杯!」 三人の言葉が重なる。 一息に杯の中を空け、一息つく。 「次は、一刀さんが揃ったら、もう一度…だね」 「はい」 「今度は主従の契りかな?」 「はは…きっと、驚いてしまいますよ」 会えぬあの人へ思いを馳せる。 ――待っていて下さいね、ご主人様。 杯の中に桃の花びらが舞い込む。 それが祝福されているように見えて、愛紗は微笑んだ。 ◆ 大陸に少しずつ波紋が広がり始めた。 漢王朝は衰退し、大陸中で暴動の兆しが見え始めている。 各地で出来た賊の勢力が集結し始めた。 後に言われる黄巾党の乱である。 一刀は警備をまとめる仕事を前回同様任され、それに精を出しながらも 春蘭、秋蘭姉妹と親交を深めていく。 その中華琳に従い賊対峙に出かけ、許緒こと季衣と出会う。 少しずつ戦力を拡大させていった。 愛紗達はというと、予定通り公孫?のところに厄介になり 体勢を整えて行った。 世に戦乱の火種が少しずつまかれて行く。 愛紗と一刀の再会は近い。 ◆ 第五話「始動」完