第四話「別離」 「あーあ、曹操ちゃんに取られちゃったか」 雪蓮は髪をかき上げながら、苦笑いをする。 「ふむ…。あの童子が策殿のお目当てであったのか?」 「そうよ?私としては何としても手に入れたい人だったんだけど…。しょうがないわね。 でもまだ機会はあるわ」 「諦めんのか? 策殿らしくないの」 「それだけ私には重要な人ってことよ」 そう言って祭に微笑んでから歩き出す。行き先は、自分と同じで運命に振られてしまった 哀れな少女のところ。 「やっほ、大丈夫?」 「…孫策殿か」 関羽と呼ばれていた少女だ。 唇には血の跡が付き、涙で顔がぐちゃぐちゃになっている。 「もう…可愛い顔が台無しね」 そう言って、指と手の平で涙をぬぐう。 「何を…」 「いいからいいから」 そうやっていると、近くに居た明るい色の髪をした少女が 拭き布を渡してくれた。 それを使ってぬぐってやると、少しだけマシに見えるようになる。 「ん、これでいいかな」 「そ…その、礼を、言う」 少し頬を染めながら言う彼女に、素直に好感が持てた。 「さて…私はもう行くわ。貴方達はどうするの?」 「我々も移動する。元の歴史の通り私達はこれから白蓮殿…いや、公孫?殿の所に厄介になる」 「そう。どちらにせよ早く移動したほうがいいわ。国境沿いとは言え、長く留まると厄介よ」 「忠告はありがたくいただこう」 孫策と関羽。 二人の英傑が互いの瞳を見つめあう。 本当なら、ひと時の接点しか生まれなかった二人。それが今この場で奇妙な縁が出来た。 正史にはない、ありえないはずの場所の出会い。 これがどのような意味合いを持つのか二人にもわからない。 しかしどこか他人のようには思えず……かと言って心から判り合う事は出来ない。 だが二人は目を逸らさなかった。意思を込めた瞳を相手にぶつける事こそ、今出来る最大の流儀だった。 「じゃあまたね関羽。また会えたら嬉しいわ」 「さらばだ孫策殿。こちらも期待させてもらおう」 そう言って別れる。 奇妙な縁だが悪くない。愛紗はそう思った。 ◆ 華琳たちの部隊は一路、本拠に戻る為に移動していた。 一刀はというと、ぐるぐる巻きに縄で縛られ、春蘭の乗る馬の背に米俵のように乗せられていた。 「離せ、というかこの縄解いてくれよ!」 「あぁもう! うるさいぞ貴様!」 「いちいち剣を取り出すな! 物騒だぞ、そういう所は変わらないな春蘭!」 一刀の言葉に、今までは冗談半分で取り合っていた春蘭だったが、初めて本気の怒りをその瞳に写し殺気を迸らせる。 「貴様…。誰から聞いたかは知らんが、私の真名を呼ぶとはそれなりの覚悟だろうな?」 「そう言えばまだこの時だと知らないんだっけ……」 冷静に過去を思い出す一刀とは対照的に、春蘭は怒りをあらわにする。 「何をぶつぶつ言っている!」 まさに剣を振り上げ、降ろそうとした時、春蘭の馬に華琳が近づいて来た。 「いいのよ春蘭。私が許可をしたの」 「はい!? で、ですが華琳様……」 「黙りなさい春蘭。私は、私自身の真名も許した。そういう事よ。秋蘭もそれでいいわね?」 声をかけられた秋蘭は一瞬眉根を寄せるが、自身の主の命だ。すぐに気持ちを切り替え「はっ」とだけ短く返す。 「えと…つまり?」 「いい。姉者には後で説明してやる。それよりも華琳様。私たちはこの男の名を聞いていないのですが」 「あら? そうだったかしら。北郷一刀。これがこの男の名前よ。真名も一刀。彼もまた真名を私たちに預けたのだから それ相応の対応をなさい、いいわね?」 「はっ」 理解を示し従う秋蘭だったが、結局春蘭は最後まで理解が出来なかった。 ◆ 本営に着いてまず最初に響いたのは、怒声でも無く奇声でもなく、頬を打つ平手の音だった。 「これがどういう事か判るかしら? 一刀」 「……ああ」 一刀の返事を聞くと、華琳は今一度頬に平手を放つ。 「どういう意味があるかも、判るかしら?」 「ああ」 先ほどと同じ返事。すぐさま反対の頬に平手が飛んできた。 鋭い音がし、玉座の間に強烈な音が響く。 「くっ……」 「なら耐えなさい」 三度、同じ音が鳴ってようやく華琳の平手打ちは止む。 華琳は玉座に座り、ゆっくりと長い息を吐いた。 「…………」 「…………」 どちらも会話せず、一言も出ず、ゆっくりと時間が流れていく。 十五分ほど経ってようやく華琳が一言ぽつりと言葉をもらす。 「こちらに来なさい、一刀」 その言葉に従い一刀はゆっくりと彼女の座る玉座へと近づいていく。 春蘭と秋蘭が息を飲みその事態を見守る中、一刀は華琳の目の前に辿り着き、膝をついて華琳と目線を同じくする。 「……」 何も言わず、ゆっくりと一刀の頬を挟み込むようにして、手で包む。 今まで平手打ちしたところを癒すように撫でていく。 「よく、帰ってきたわ、一刀」 「あぁ…ただいま、華琳」 二人にはその言葉で十分だった。 会えなかった年月が溶け、二人の心の内に染み込んで行く。 「行こう、姉者」 「え? え? しかし華琳様を置いては――」 「それは野暮だと言うものだ姉者」 「しかし……」 「いいから、付いて来るんだ!」 気を利かせて姉を引きずっていく秋蘭を見て、二人はそっと微笑んだ。 ◆ それから少し話をした。 一刀が消滅してしまってからの苦労話。 みんな悲しんだこと。それでも何とかやったこと。三人の部下はしばらく大変だったなどなど。 あの春蘭でさえ悲しんだと言うのだから驚きだ。 「それほど、貴方の事をみんな想っていたのよ。それなのによりにもよって消えるとはね」 「悪かったよ」 一刀のバツの悪そうな顔見て満足したのか、華琳は少し笑うがすぐに真面目な顔に戻る。 「それで? 今回はどれくらい居れそうなの?」 「正直判らない。ある声に導かれて俺はこの世界に戻ってきたわけだけど、いくつか違う点があるから」 「というと?」 一刀は悩んだ顔をしつつ、指をあごに当て考えながら言葉を選んで口にする。 「今までは、前回の記憶を持ったままここに来る事はなかった。俺も、華琳も、愛紗も、雪蓮も」 「……」 「それなのに、今回は記憶を持ってる。気になるな…。それと」 「?」 「俺の落下地点は、各陣営の側だったんだ。もしくは各陣営の長が通りかかりそうなところ。それなのに、今回は中間地点だった」 一刀の言葉を聞き、華琳は難しい顔を作る。 「それはつまり…今まで貴方が歩んできた、どの歴史とも違うと?」 「そう。つまり、今回は何が起こるか判らない。これは俺の勘だけど、今までの歴史どおりには進まないと思う」 「要因は?」 「恐らく、介入者が出てくるだろうね。この世界を管理する者が」 白い装束を身にまとった二人の男。 左慈、そして于吉。 外史を管理する超越者。もしかしたら今回も襲ってくるかもしれないと、一刀は考えていた。 ◆ 同時刻、白い部屋。 「早くここから出せ、伏羲!」 「駄目だね。この七並べが終わるまでここから出られないようになってる」 「お前はさっきからそればかりではないか! 大富豪、大貧民、ポーカー、ダウト! 一体いくつやらせるつもりだ!?」 「左慈、落ち着きが無いのは関心しない。あと回答するなら、お前がゲームに勝ったらだ。そう条件付けして空間を作成してある」 「しかし、一向に勝てる気配がないぞ!」 顔を真っ赤にして叫ぶ左慈。しかしその手からはカードを離さない。否、離せない。 左慈の言葉を受けると、伏羲は不思議そうな顔をして首をひねってから、得心した、という顔をして手を打つ。 「勝てないようになってるから、当然だろ?」 さも当たり前のように。 「ふ……ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」 左慈の悲鳴が、無限の空間にこだまして行った。 ◆ 第四話「別離」完