第二話「再会」 曹操の軍勢は暴れる盗賊を退治し人々を救いつつ、ある地点を目指していた。 それは華琳が初めて一刀と出会った場所だ。 外見上は威風堂々とした姿勢を崩してはいないが、内心は決して穏やかなものではない。 華琳は想像していた。 自らの記憶が復活したという事は、それは即ち他の者の記憶が再生された可能性もある……と。 そうなれば必ずや一刀を迎えに行くだろう。先を越される訳にはいかなかった。 「焦がれるわね」 その胸の内に宿る炎は凄まじいものだった。覇王としての自分の命。それに匹敵する。 あの日。あの運命の日。 覇業を成し遂げた後、北郷一刀は消滅した。光となって夜空に消えた。 定軍山、赤壁の戦い。 どちらも一刀が居なければ甚大な被害を被っていたし、赤壁においては彼が居なければ 大敗を味わったであろうことは想像に難くない。 しかし自分を助けたお陰で一刀は消えた。 それはある種、トラウマとなって華琳の中に残っている。 「次こそは。この曹孟徳、同じ失敗は繰り返さないわ」 「? 何か仰られましたか、華琳様」 「何でも無いわ秋蘭。それよりも、あとどれくらいかしら?」 「もうそろそろ……。っ!」 華琳たちの頭上を、一筋の光が通って行った。 「流星…でしょうか」 「ついに来たわね」 ニヤリ、と笑う華琳を見て春蘭が不思議そうに首をひねる。 「何がでしょうか?」 「すぐに判るわ。それよりも急ぎましょう。時間が無いわ」 ◆ 「ん……うっ。ここは……」 何も無い荒野。 遠くには高い山がそびえ立ち砂埃が一刀の身体を撫でる。 扉をくぐった後、光に包まれ、その後意識が消えた。 気がつくとそこにはあの見慣れた大地が広がっている。 「戻ってきた……。そうか、俺は戻ってきたんだ」 感慨深さが胸を占めじんわりと心を満たしていく。 目に涙がにじみ視界を白くしていた。 「はははっ、はは、やった…。やった!」 手を振り上げ、次にガッツポーズをし、大地を何度も踏みしめる。 あまりの嬉しさにテンションが上がり続けるだけだった。 「な、何だぁオメェ」 だからまったく気がつかなかった。 すぐ傍に人が居るなんて。 「え?」 「おいおい頭の病気かいにーちゃん。可哀想だから俺たちがそのご立派な服持って行ってやるよ」 「ヘヘヘ、さすが兄貴。親切ですねぇ!」 「お、お前には…、その服、もったいないんだな」 下卑た笑みを浮かべる盗賊の三人。威圧的な態度を取りつつゆっくりと一刀に迫っていく。 そんな状況の中、一刀は奇妙な笑みを浮かべていた。 「ああ…。あんた達も懐かしいなぁ。元気にしてた?」 今まさに襲いかかろうとしている男に人懐こい笑みを浮かべられ、盗賊のリーダー格は当惑を浮かべる。 「はぁ?」 「いや、悪い。こっちの話だよ」 「訳の判らん事を言ってるんじゃねぇ! お前は頭に病気を持ったやつか!?」 「ちょっと違うかな」 「何が違うんだコラぁ!」 盗賊のリーダー格は痺れを切らし、真剣を抜いて一刀に襲い掛かる。 一刀に向けて振り下ろされた一撃は彼を傷つけるかと思われた。しかしそれは空を切る。 「あぁっ!?」 「あー。うん、やっぱり祭さんに鍛えられてると違うなぁ」 涼しい顔とは言えないが、一刀はその一撃を避けていた。 「何だおめー!?」 「何だろうね」 男が振り下ろす攻撃を、的確に避けていく。 過去に黄蓋――即ち祭に鍛え上げられた一刀は、少なくとも一般人よりは強くなっていた。 英傑の攻撃に晒された彼にとって、男の攻撃はあまりにも遅かった。 「あ、アニキィ!」 「お…俺たちも加わるんだな」 「え? おい、ちょっと待って――」 攻撃は三人同時になり、一刀もさすがに避けるのが厳しくなってくる。 一人の斬撃を避ける事は容易かったが、三人となると状況が違う。 いくら祭に鍛えられていたとは言え実践が少なかったのが災いした。 「やばい、やばいやばいやばい!!」 ――調子に乗った、俺調子に乗った! 一斉に振り下ろされる武器。 一刀に斬撃が落ちるその時鉄と鉄がぶつかり合う強烈な音が響いた。 ◆ 三つの剣を受け止める、一本の青龍刀。 闇の中でさえ輝くその一本の槍は、その持ち主すらも輝いていた。 「貴様らぁぁ……」 凄まじい殺気。凄まじい闘気。凄まじい気合。そして、それらに合わぬ美しさ。 「……愛紗!?」 「貴様ら……、このお方を誰だと思っての狼藉かッ!!」 「ヒィィッ!?」 「な、何だこの女!?」 愛紗の怒声に、大の男三人は途端に震え上がる。それほどの威圧感が彼女にはあった。 「ご主人様……」 しかし、一刀に向かって一瞬振り向いた時の愛紗は乙女の顔をしていて、 そして何より彼女の瞳は潤んでいた。 「すぐに、片付けます」 それも一瞬。覇気は戻る。 振り上げた青龍刀によって全ての刀は弾け飛び、男たちの顔が驚愕に染まる。 「私は北郷が一の家臣にして、彼を守る青龍刀、関雲長! 正義により成敗いたす!」 愛紗の気合の入った名乗りに三人の荒くれは土下座をして許しを請う。 「ご、ご勘弁を! ご勘弁を!」 「この通り謝るんだな! 謝るんだな!」 「もうしねぇ! 悪事はしねぇから許してくれぇ!」 その姿を見て愛紗は一刀に視線を移す。 即ち「どうされますか? ご主人様」と。 「うん、いいよ。もう行きな。もう悪事とかしたら駄目だからね」 「あ、ありがてぇ…! この恩は一生忘れねぇぜ!」 すたこらさっさと走り出す三人を見届けてから、愛紗は構えを解き一息つく。 「愛紗…」 一刀が礼を言おうと愛紗を見ると、彼女は一刀の胸に飛びこんでくる。 背中に腕を回し服をぎゅっと掴み、もう離すまいと強く、強く彼を抱きしめる。 「ご主人様……。ご主人様! ご主人様!」 その姿は幼い女の子のようだった。 「愛紗……」 一刀も愛紗の背中に腕を回す。顔を頭に埋め、匂いと共に彼女の存在を確かなものにする。 懐かしい、愛した女性の存在が今腕の中にあった。 「会いたかった。ずっと会いたかったんですご主人様」 「俺もだ、愛紗…」 温もりが二人の身体に伝わっていく。体温がじんわりとお互いの身体に染み込み交じり合う。 二人が見つめあい、口付けしようとするのは自然の流れだった。 「愛紗ちゃーん!」 「姉者ー!」 しかし、そうはさせてくれなかった。 ようやく到着した桃香と鈴々だ。 「あう…」 「お預けだね、愛紗」 「残念です」 そっと身体を離す二人。苦笑が漏れる。 「えっと…。その人は?」 親しげに愛紗と話す事に首を傾げながら、桃香は愛紗に訊ねる。 「あ…えと、桃香様。このお方は…」 手を一刀に向けて紹介しようとする。 その時、一つの矢が愛紗に向かって飛んできていた。 「姉者!」 「――――ッ!!」 愛紗は青龍刀を一瞬で構え、剣風によって矢を弾き飛ばす。 風は砂塵を切り裂き、一つの集団を顕にした。 「その男の名は、北郷一刀。天より来たりし魏の、我が曹操の忠臣よ」 現れたのは、威風堂々という言葉の体現者。曹操の姿だった。 「華琳……」 「久しぶりね、一刀。あの時、あの夜。消えた時以来だったかしら? 元気にしていたのかしら」 「まぁ…それなりにね」 苦笑する一刀に、冷ややかな笑みを送る。しかしその瞳は正反対で、親しみが込められている。 「退きなさい関羽。その男は私たちが預かるわ」 手を差し出す華琳に愛紗は青龍刀を向ける。 「お断りさせてもらう。ご主人様は大陸を救われるお方。そして、ご主人様と私は共にある!」 「いいでしょう。なら私と来なさい関羽。一刀と共に――」 「断る! 曹操殿、ご主人様は渡さない。そして私もまた、貴殿のところには行かない!」 「そ、そうだよ! 愛紗ちゃんは私たちの仲間なんだから!」 「なのだー!」 頭を振り、敵意を向ける愛紗に賛同して、桃香と鈴々もまた、一刀の前に立ち構える。 「なら強硬手段をとってでも……」 「待ちなさい!」 華琳の言葉に武器を構えようとした夏侯姉妹。 その時愛紗たちでも、華琳たちでもないところから別の、鋭い声が飛んでくる。 「久しぶり、かーずと」 赤い何かがまるで突風のように一刀に飛び込んで行った。 それは一刀を抱きかかえ、豊満な胸に彼の頭を埋め、すりすりと嬉しそうに頬擦りを繰り返す。 きゃっきゃと一人騒ぐテンションに、場の全てが一時停止した。 「な…何?」 それは誰の呟きだったか。しかし場の全員の言葉の代弁でもあった。 「雪蓮…」 「あっ、一刀、覚えててくれたんだ! やっぱり一刀だなー。今度こそ、ずっと一緒に居られるかな?」 「そ、そんなの…」 「まぁいっか。今度は私とも子作りしよ? もう蓮華にも渡したくないかなー」 「あ、あぁうん。あの、雪蓮? その、周りが見てるから……」 「え? あー」 一刀の言葉に周りを見渡し、ようやく状況を理解し、照れたように頭に手を当てた。 「あはは、やっちゃった」 華琳は一部始終を全て眺め、一度ため息をついた後、前に進み出る。 「なるほど。つまり私だけじゃなく、関羽。それに貴女は孫策ね? 貴女たちも記憶が目覚めたわけ?」 「そういうことに」 「なるわねー」 「なるほど」 華琳は腰に手を当て、堂々と言い放つ。 「一刀は渡してもらうわ」 愛紗は青龍刀を構える。 「ご主人様には、もう指一本、触れさせはしない!」 雪蓮は剣を抜き放つ。 「一刀は私がもらって行くわ。誰にも渡さない」 英傑三人の殺気が、一つの場にせめぎ合う。 火すら点きそうな猛烈な気合が場を包み込んで行く。 小さな、ごく一部、狭い地域でありながら。 三国志のミニチュアとも言えるべき戦いが起ころうとしていた。 「俺の意思は? 誰も聞かないの?」 争いの張本人の意思は、全て無視したままで。 ◆ 第二話、完。