第一話[連鎖] 「以上が近隣で調べた概要です。…華琳様?」 頭に靄がかかったように、白んでいる。 誰かに呼ばれている気がするが、どこか薄ぼんやりとして意識がはっきりしない。 「華琳様……? 聞いておられますか? 華琳様?」 確実に呼ばれている。身体が揺さぶられる感覚があり、私を刺激する。 これは確かな感覚だ。今ここにある感覚だ。 なら夢ではない。 「ん……」 「お目覚めですか、華琳様。どこかお具合でも悪くしていらっしゃるのでしたら…」 「大丈夫よ、秋蘭」 心配そうに私の顔を覗き込んでくる夏侯淵――秋蘭の事だ――に対して微笑み返す。 確か今は軍議を行っている最中だったはずだ。そう……軍議を。 「……軍議?」 「はい、そうですが……」 秋蘭が再び心配そうな顔をする。 何か問題があっただろうか? そういう顔をしている。 「何の話題…、だったかしら?」 「最近諸国で狼藉を働いている無法者の集団。黄巾党についてですが?」 不思議そうな顔をしている秋蘭。しかし私は今、彼女に冷静な反応を返せなかった。 ――黄巾党? 何故? あれらは私達が殲滅したはずじゃ? 私の脳裏にあらゆる過去が蘇る。 黄巾党の出現。一刀の保護。黄巾党退治。反董卓連合の結成。董卓軍の殲滅。群雄割拠の時代…。 さまざまな事があった。あらゆる戦場を戦友(とも)たちと駆け抜けた記憶。 そして――。 私の隣には常にあの男が居た。いつも惚けていて、でもたまに鋭くて。 私を支えたあの男が。 「一刀は……」 「一刀?」 私の言葉に返したのは、夏侯惇――春蘭――だった。 「誰です? それは」 彼女の顔に眼帯は無く、いつもの元気印の顔に疑問を貼り付けている。 「まさか……まさか!」 もしかして、私に今、起こっている事は……。 一刀と同じ現象? いえ、違うわ。これは同じ歴史の再生? ――いいでしょう。ならばすることは、ただ一つのみ! 「春蘭! 秋蘭! すぐに支度をなさい!」 「はっ!」 「目的地はどのように?」 「近辺にて暴れている黄巾党を殲滅するわ。すぐに出るわよ!」 「はっ!」 高らかに宣言する私に、二人は同時に声を発する。 もし、私の考えに間違いが無ければ……。 もう一度、彼と出会える。 ◆ 荒野に二人組みの足音が響く。 時節巻き起こる砂塵を分けながら進む二人の女性が居た。 「はぁ〜。退屈ねぇ」 「退屈じゃのぅ」 二人の女性は、一様にして疲れた顔をしていた。 理由は今しがた発せられた通り退屈によるもの。戦の無い日常は、彼女達にとって過酷だった。 「何か面白い事が起こらないかしら?」 髪をかきあげながら笑うのは、薄紅色の美しい髪を流す赤いドレスに身を包んだ美しい女性。名を孫策。 「そうそう起こらんじゃろう。わしだって退屈しておるんじゃ。あぁ…戦がしたいのぅ」 少し肩を落とし気味に答えるのは、黄蓋だ。 「そうねぇ…」 そう答えてふと空を仰ぎ見る。すると、そこには一筋の光が遥か彼方を流れて行った。 その瞬間、孫策の脳裏に過去のことが蘇る。 一刀との出会い。黄巾党との戦い。反董卓連合への参加。反撃の狼煙。袁術の撃破。呉の復興。 そして……。 曹操との戦い。その戦いで私は……死んだのだ。 「そう…そうだわ! あの光は!」 「ん? どうかしたのか策殿」 「光よ! あの光よ! 一刀が、一刀が来るの!」 興奮気味に答える孫策に、戸惑ったように黄蓋が問いかける。 「一刀? とは…はて、誰じゃったか。わしも知っておるかの?」 「なぁに? まさか祭ったら覚えてないの?」 「うぅむ…申し訳ない。わしも歳を取った証拠か……」 肩を落として落ち込む祭――黄蓋のことだ――を引っ張り、駆け出す。 孫策の顔には、笑顔が浮かんでいた。 「これから判るよ! もう一度、出遭えるんだから!」 死んだ時の、苦痛を忘れたわけではない。 だが……もう一度彼に出会えることが、何より嬉しかったのだ。 ◆ 劉備、関羽、張飛は荒野を歩いていた。 金は無い。空腹で腹を鳴らし、早く町に着かないか……と願うが、その足取りは重く 一向に着く気配を見せていなかった。 「鈴々お腹空いたのだー……」 「そうだねぇ。早く町に着かないかなぁ…」 張飛と劉備の二人がぼやく。とぼとぼと歩く姿はどこか哀愁を漂わせていた。 ただその中に一人、手をあごに当て考え込んでいる者が居た。 関羽その人である。 「どうしたの? 愛紗ちゃん」 「いえ……」 笑顔で訊ねる劉備に対し、微妙な笑顔で返す関羽――愛紗。 「桃香おねーちゃん。今愛紗は考え事してるのだ。話しかけても無駄なのだ」 「あー。愛紗ちゃんって時々そういう時あるよね」 桃香と呼ばれた少女、俗に劉備と呼ばれる少女は愛紗を見て苦笑した。 しかし、張飛……鈴々と、桃香は気がついていなかった。愛紗は笑って流せるような事に 頭を悩ませているのではない。彼女だけが気がついていた。彼女だけが思い出していた。 彼の……事を。北郷一刀の事を。 「ご主人様……」 自然と涙がこぼれ出す。つい最近までは、まったく思い出せていなかった。 いや、知らなかったと言っていい。それが突如として記憶が戻ったのだ。 それは彼と共に歩んだ記憶。 三人で北郷一刀と出会い。白蓮殿との出会い。黄巾党の乱。反董卓連合。いくつもの困難を乗り越えた。 頬を涙が伝う。 もう一度会いたい。もう一度あの方に仕えたい。もう一度あの方に愛されたい。もう一度……。 その時、空を流星が瞬いた。 「あっ、流れ星なのだー」 「綺麗だねー」 空を指差し、微笑む二人。 しかし愛紗は微笑んでなど居られなかった。 ――もう一度、あの方に会える! 「ご主人様!!」 愛紗は叫ぶと走り出す。流星が落ちた方向へと。 「愛紗ちゃん!?」 「ご主人様って誰なのだー!!」 待っていて下さい、今行きますから、ご主人様! 愛紗は期待に胸を膨らませるのだった。 ◆ 第一話、完。