虎牢関───古くは西周の時代に穆王がこの地で虎を飼っていたという事に由来する 大陸でも最古の関の一つである。 戦国時代を経て秦の時代にこの地に砦が築かれ、以後漢王朝に到るまで首都洛陽を守る 盾として幾度の戦乱を潜り抜けてきた不落の“要塞”だ。 逆を言えば、ここを落とせば洛陽までは大した障害は無く───ここを抜くことが 反董卓連合軍の命題であり、董卓軍にとっては死守すべき場所であった。 誰もが激戦を予想し、死を覚悟する。 そして今まさに両軍が衝突しようとしていた。 「……流石は虎牢関ね。あれは中々落ちそうにないわ」 「そうだな。まあ指揮しているのがあの袁昭というのもあるだろうが…流石に硬い」 前線を観察していた雪蓮と冥琳が冷静に分析した。 前曲の袁昭・曹操の部隊が戦端を開いてから早半刻近く───城壁に取り付こうと突撃を繰り返す連合軍側の 旗色は悪かった。 もちろん突撃しているのは袁昭の部隊だけで、曹操は一歩引いて陣を置いているが… その曹操も難所ために積極的には動けず、攻めあぐねている様だ。 「このままでは悪戯に時間を費やすだけだな」 ただでさえ連合軍は一枚岩ではない。虎牢関攻略が長引けば兵を引く諸侯も出かねない。 そうすれば連合軍は敗北し、この出兵の意味が消失する。 雪蓮たちにはどうでも良いことではあったが、その後の風評などを考えれはここで長引くのは 避けたいところであった。 「何か契機が欲しいところね。……策、あるんでしょ?」 「ああ。今回は機動力がモノを言う。興覇!」 「ここに」 「前曲を率いて戦場の間に割り込め。ただし長居はするな。敵が釣れたららあとは全力で後退しろ」 「御意!」 「あとは本隊と合流し、袁術の場所まで逃げて見せれば良い」 そう言うと冥琳は薄く笑い、唇を少し舐め、 「ここからが軍師の腕の見せ所だ。ふふっ…楽しみだな」 「あらら、珍しく燃えてるわねぇ。……それじゃあ、私たちはいつでも部隊を動かせる様にしておきましょうか」 「はいです!」 「一刀は私の馬に一緒に乗りなさい。……さて、全軍に徹底させよ!前曲の部隊が戻り次第、 次の指示があるまで後退!無駄に戦場に留まるな。命を無駄にする事はこの孫策が許さん!」 雪蓮の号令以下、前曲の部隊が動き出す。 「作戦開始!全軍抜刀!」 そして思春の部隊が戦場に割り込んでから間もなく……状況は慌しく動き出した。 「城門が開きました!旗印は漆黒の華!その横には深紅の呂旗です!」 城門を注視していた明命が報告する。 冥琳はその報告を受け、ニヤリと笑った。 「猪は釣りやすいな。…興覇の部隊はどうか!」 「……ご無事です!こちらに向かって後退してきます!」 「よし!全軍反転!前曲の部隊の勢いを殺すな!そのままの速度で受け入れ、後退しろ!」 呉の部隊が移動を開始する。 砂塵を上げて後退してきた前曲の部隊を受け入れ、そのまま自軍の陣地に後退して行く。 「やはり曹操はこちらの意図に気付いているみたいね…」 後方を確認していた雪蓮が感嘆したように呟く。 「ああ。こちらの意図を見透かした上で策に乗り、同時に自軍の被害を最小限に抑えている」 雪蓮たちが排除したがっている対象を袁術と見抜き、その策に自分の乗る。 それと同時殿を袁昭に押し付け、後々のためにその兵力を削ぐつもりだろう。 そして何より驚嘆に値するのは、それを戦場の動きだけで把握し、こちらと連携した動き をしている。 驚異的な判断の速度とそれを可能にする軍の錬度───冥琳をして『北方の巨人』と称された その実力は伊達ではない。 「恐ろしいほど利に聡い。…だが今は助かるな」 「ええ。お陰でこちらに合わせてくれてる分、演出も容易になった」 今現在───客観的に見れば連合軍側の前線は崩壊し、潰走と言っても良いほど 混乱している様に見えているだろう。 それこそが雪蓮たちの狙いであり、袁術のいる場所まで敵軍を釣るための口実となる。 「さて、あとは袁術がどう動くかだけど…」 「あの袁術の事だ。ロクに戦闘準備もしていないだろう。…上手くすれば呂布あたりが討ち取ってくれるかもしれん」 「流石にそこまではさせてあげないわよ。……後方!遅れるな!もう少しの辛抱だ!」 雪蓮が脱落しそうな味方に檄を飛ばす。 「ここまでお膳立てしてあげんだから…ちゃんと乗ってよね!」 袁術の陣はすぐそこだ。もう少しでこの後退劇も終わる。 「っ…!」 抱きかかえている一刀が必死に鐙にしがみ付きながら悲鳴を堪えている。 雪蓮は時々ズレそうになるその身体を直してやりながら、 「大丈夫!?」 「う、うん!僕は大丈夫!だから…!」 「良い子ね!もう少しだから!」 今は馬を全力で走らせる。 袁の旗印が視界に入り───袁術の陣営が慌てふためく様子も見える。 ここまでくれば策は成功したも同然だ。もう何もしなくても後方から追撃してきた部隊は 袁術の喉元に喰らい付いてくれるだろう。 戦場は、その第二幕を上げようとしていた。 「ふふっ…慌ててる慌ててる♪」 袁術の陣より少し離れた位置に雪蓮たちは居た。部隊の再編ためと───策の結果を確認するためである。 「曹操の部隊がこちらに合わせてくれたお陰で、危険な賭けにならずに済んだな」 「袁昭さんたちの混乱も、良い具合に盾になってくれましたからねぇ」 本来なら呉軍単独で釣らなければならないはずだったが、曹操と袁昭の部隊に敵が分散して食い付いたため、 殿の部隊にもそれほど大きな損害は出ていない。 作戦は当初のもくろみ以上の効果をあげた。 「ほっ…よかったぁ」 馬から下りて同じくそれを見ていた一刀が安堵の息を吐く。 「ふっ……天がお前に微笑んだのかもしれんな」 「流石は天の御遣い様ってところですかねぇ〜♪」 「そ、そんなんじゃにゃい…。ふあ…」 穏に優しく頭を撫でられて、一刀は赤くなりながら照れている。 「ま、安心するのは後にしましょう。この難場をどれだけ被害を抑えて乗り切るか。 ……正念場はまだ終わってないんだから」 第一目的を達成した今、次に優先されるのは敵部隊の撃破だ。 但し、それもあの呂布と張遼、それに華雄などの武勇を誇る精鋭を相手にしなければならない。 「うむ。では我らも反撃に移ろう。……雪蓮、あとは頼んだわよ」 「了解。……興覇!幼平!」 「はっ!」 「はいです!」 「部隊を反転させて反撃に移る!袁術軍を盾にしつつ敵を分断!呂布と華雄の部隊に楔を打ち込む!」 そこで伝令の兵より報告が入った。 「曹操軍、袁昭軍反転!続いて後方より味方の部隊!旗は劉の一文字!」 どの諸侯もここが契機だと理解しているのだろう。 次々に反転し、追ってきた敵部隊に逆襲を掛け始めていた。 「頃合いは良し!孫呉の兵よ!今こそ我らの力を見せ付ける時!」 雪蓮も腰の剣を抜き、号令を下す。 「全軍抜刀!雄叫びと共に突撃せよ!」 虎牢関の戦いの最終幕が上がる。 兵の怒号が戦場を震わし、血飛沫が戦場を彩る。 「敵を合流させるな!分断させれば我らの方が数は上!各個撃破してしまえ!」 一刀の横で雪蓮が命令を飛ばす。 その顔はいつもの見慣れた笑顔ではなく、戦場に立つ王の顔であった。 「そこ、下がるな!持ち堪えろ!もう少しで援護が来る!」 随時部隊に指揮を飛ばし、戦場を有利に運ぶ。 総大将の檄は兵士にとっては己を鼓舞し、士気を維持するための大事な要素だ。 ならばそれを完璧にこなして見せるのが王の役目。 一刀はそんな雪蓮の姿を、憧れを持って見つめていた。 「…大丈夫?冥琳たちのところに居た方が良いんじゃない?」 そんな一刀の顔が不安そうに見えたのだろう。雪蓮が心配そうに聞いてくる。 「だ、大丈夫…。母様の横に居るって、決めたから…」 本音を言えば、少し───いや、かなり怖い。 だがいつまでも守られてばかりでは居られない。一刀には一刀なりの意地があった。 それに…… (僕が言い出したんだもん。…ちゃんと最後まで見なくちゃ) それは母の姿を見て来た中で生まれた決意。 自分の行動に対し責任を持つ事。 故に───安全なところでただ眺めていることなんて出来ない。 「そっか…。でも危なくなったらすぐに後ろの下がって」 「母様!前!」 「っ!?」 一刀の言葉に、雪蓮の身体が反応する。 ───ギィン! 金属と金属がぶつかる鋭い音を上げて、一刀の目の前で武器同士が火花を散らす。 「ふ、ふあ!?」 「……ちっ」 「一刀っ!ちぃっ!」 剣を振るった雪蓮の前に、赤髪の女性が居た。どうやら必殺の一撃を防がれたらしく、舌打ちをしながら間合いを取る。 「───呂布か!」 「孫策……斬る」 「まさか、単騎でここまで抜けてくるとはね…。だが、この孫伯符!ただで斬られてやるほど甘くは無いぞ!」 「……っ」 雪蓮の剣が踊り、呂布に重い一撃を叩きつける。 「はああああああ!」 雪蓮はそのまま勢いを止めず、独楽の様に回転し連撃を放つ。 だが─── 「……甘い」 呂布はその一撃を全て受け流し、逆に一瞬の隙を突き、逆襲の一撃を見舞った。 「くっ・・・!?」 受けた雪蓮の剣がしなる。鋼鉄製の剣がくの字にしなるなど、一刀は見たことがない。 むしろ折れなかったのが僥倖と言うべきだろう。 「母様!」 「一刀!逃げなさい!」 「……余所見、ダメ」 呂布が猛攻を叩き込む。雪蓮は何とか受けるのが精一杯で、その顔には焦りと疲労がにじみ出ていた。 (に、逃げなきゃ…。それで冥琳おねーさまに知らせて…!) 一刀は必死に立とうとするが、 「っ!?」 腰に力が入らない。目の前で剣と剣の打ち合いが炸裂したせいか、恐怖で腰が抜けていた。 (う、動かないと…!早く!早く母様を助けないと!) だが脚に力が入らない。せめて手の力で起き上がろうとするが、むなしく地を掻くだけだ。 「……行くっ」 「きゃうっ!くっ…舐めるなぁ!」 その間にも雪蓮は次第に追い詰められていく。 自分が意地を張ったから───。 ちゃんと言う事を聞いて、後ろに下がって居なかったから───。 そのせいで、大切な母様が窮地に陥っている。 (ダメだ!そんなの嫌だ…!) 自分のせいで大事な人が死ぬ。そんなもの、絶対に見たくない。 だから───。 「……終わり」 「くっ…!ここまでか、な?」 だから───、一刀は立ち上がり、傍らに落ちていた剣を拾い上げた。 「母様を…それ以上いじめるなぁ!」 一刀はよろめきながら剣を構える。脚も手も……全身が恐怖と緊張と剣の重さに震えていた。 だが、それでも一刀は剣を構える。一騎当千、天下無双と呼ばれる呂布に向けて。 涙を流し、気を抜けばへたり込みそうになる身体を気力で支えて。 ───大切な、何より大好きな母と呼ぶ女性を守るために。 「……」 呂布がこちらを睨む。 恐らく逃げなかった事に驚いているのだろう。不思議そうな顔でこちらを見ている。 「馬鹿!何をしてるの!逃げなさい!」 「いや!」 雪蓮の言葉に、一刀は震える声で答える。 「ここで逃げたら…きっと母様にあえなくなるもん!だからいや!」 あの雪蓮ですら勝てなかった相手だ。五歳の一刀が勝てるはずもない。 だが───自分が犠牲になれば、雪蓮が逃げるぐらいの隙は出来るだろう。 死ぬのは嫌だ。 痛いのも絶対に嫌だ。 でも、大切な人が死ぬところを見るのは───もっと嫌だ。 「……っ」 呂布は表情に困惑を浮かべ、戸惑っている。 それは何かを思い出している様に。まるで目の前にいる一刀を、誰か別の人間に重ねているように。 そうして奇妙な睨み合いが生まれた時─── 「孫策様!」 「はぁぁぁぁぁ!!」 「……っ!?」 横合いから駆けつけて来た思春と明命が呂布に切り込む。 不意を突かれた呂布は、辛うじてその一撃を受け流し、間合いの外に出る。 「雪蓮、一刀!無事か!?」 そこに冥琳が弓隊を率いて駆けつけてきた。 後方からこちらの異常を察知し、戦線を抜けてきたのだろう。 「弓隊、放て!呂布を近づけさせるな!」 「……っ」 如何に一騎当千の呂布と言えど、この数を同時に相手には出来ない。 呂布自身もそう判断したのか、飛んでくる矢を槍で弾きつつ後退して行く。 「……追い払ったか。しかし…まさか単騎で抜けてくるとはな」 「はい。まさに天下無双…恐ろしい相手です」 「それより孫策様と一刀様は!?」 「そうだな…。雪蓮、一刀!無事か!?」 冥琳は雪蓮の無事を確認するため、後方に目を向けると… 「馬鹿!何で逃げなかったの!」 パンッと。平手打ちの乾いた音が響く。 「…っ!」 一刀が頬を押さえている。雪蓮が左頬を打ったのだ。 「馬鹿…一刀の馬鹿!あなたが死んだら…私は…呉はどうなるの!」 そう言って、雪蓮は一刀を抱きしめる。 「こんなに震えて…こんなに真っ青になって!こんなに小さな身体で無理をして。馬鹿…本当に馬鹿なんだから…」 「ひっぐ…ごめんなさい。でも…僕…がんばって…」 「そんなの───私が一番分かってるわよ。…ありがとうね、一刀。 あなたが居なかったら、私はきっと死んでいたわ」 「母様…母様ぁ!」 緊張の糸が切れたのか、一刀は雪蓮に抱きついて大声で泣き始めた。 「……まったく、不器用極まりない親子だな」 冥琳が苦笑しながら一刀の頭をやさしく撫でる。 「さて。戦闘の方も決着が付きそうだな」 呂布が下がった事で周囲の戦闘もこちらが押している。 これならば、遠からず敵を退ける事が出来るだろう。 「深紅の呂旗と漆黒の華旗!撤退していきます!」 冥琳の推察どおり、敵の主力が後退して行く。 「どうする雪蓮?このまま追撃するか?」 「当たり前よ。…そうね、ついでに洛陽まで行っちゃいましょうか」 泣きつかれて眠っている一刀を抱き上げながら、雪蓮はいつもの調子で言った。 「ふむ…今だから、こそか。よし!劉備と曹操に伝令を出せ!我らはこれより洛陽にせまるとな!」 こうして───虎牢関の戦いは連合軍の勝利で終わった。 この後に首都洛陽まで連合軍の進軍を阻むものは無い……。 「なーんかおかしいわね…」 雪蓮は洛陽の城を睨む。 「ああ、静か過ぎる。……我々が押し寄せているというのに、城壁に旗すら上がっていない」 追撃を受けて情報が届いていないとしても、目の前に軍が押し寄せているのに守りを固めな馬鹿はいない。 篭城戦ならなおさらである。 ───罠、か? 冥琳はあらゆる可能性を考慮してみるが、判断材料が不足していた。 「ふむ…。中の様子が知りたいわね。興覇」 「ここに」 雪蓮に呼ばれる事を予想していたのか、思春は既に傍に来ていた。 「一隊を率いて場内に潜入。中の様子を探ってきてくれ」 「御意」 そう言うと素早く隊を率いて洛陽に向かって駆け出して行く。 「…さて、どうなっているのやら」 「後ろには曹操さんたちの部隊もいますしねぇ。迂闊には動けませんから」 後方には曹操の部隊が。その後方には劉備の部隊が続いている。 洛陽を攻めるとしても、それが合流してからでも遅くは無い。 「ん〜あとは興覇ちゃんの情報待ちですかねぇ」 「もう帰ってきております」 と、いつの間にか帰ってきていた思春が言った。 「ふえ!?い、いつ帰って来たの…?」 「あら、相変わらず気配を消すのが上手ね。思春」 雪蓮の言葉に「ありがとうございます」と短く礼を言い、思春は城内の様子を報告した。 「…董卓軍がいない?」 「はっ。住民の間には董卓軍は撤退したとの噂が流れているようです」 「洛陽を捨てて、か…」 確かに華雄、呂布、張遼という主力部隊を失った董卓軍に勝ち目は無い。 ならば諸侯の前に餌を巻いて、自分は逃げおおせる───考えられない話ではない。 「ま、様は安全って事ね。それじゃあ…ちゃっちゃっと入城しちゃいましょうか♪」 そう言って、雪蓮は洛陽に部隊を進めた。 結局、一番乗りは劉備と曹操の軍に譲ったものの───呉軍は大した混乱もなく洛陽に入城した。 漢の都、洛陽。しかし、入城した一刀たちを待っていたのは… 「ひどいや…こんなの…」 一刀が煙避けに袖で口を押さえながら呟く。 あちこちで煙が燻り、家の焼け焦げた後や───逃げ遅れた人々の死体が目に付く。 先に台帳と地図を確保するために潜入した冥琳と思春の報告によると、どうやら黄巾党の残党が 狼藉を働いたらしい。 「まさに獣の所業ね。…むかつくわ。いつか根絶やしにしてやる」 雪蓮が忌々しそうに吐き捨てた。 「そうだな。…で、この惨状をどう処理する?」 「穏。すぐに炊き出しと天幕の準備を。薬も薬草の供給、それに負傷者の救護も最優先で行いなさい。 それと長老役の人をここへ」 こうして都市機能が完全に麻痺した場合、何より怖いのは病と飢え、それに風雨だ。 どれも人が生活して行く上で必要なものであり、これを保障しなければ下手をすれば暴動が起こりかねない。 「了解であります♪」 「思春は治安の回復を。…狼藉を働いたものは国や軍を問わず斬り捨てなさい」 「御意」 「明命は仮設天幕の設営を」 「はっ!」 雪蓮の指示を受けた将たちは、一斉に作業に掛かる。 「私たちは暫く洛陽に留まり、復興作業に従事するわ。…良いわね?」 「この際仕方ないだろうな。…この惨状を放っておく訳には行くまい」 洛陽の都は広い。 劉備や曹操に任せるという手もあるが───両者の手を合わせても、足りないだろう。 「戦争の爪あと、か。……いつも弱い人間にしわ寄せが行くのよね。やるせないなぁ……」 各作業を視察をしながら、雪蓮は呟く。 「でもでも、これは悪い人たちがやったことで……母様のせいじゃないよ?」 「ありがとう一刀……。でもね、これは他人事じゃない。私たちは一度経験してるし、 これからも…経験するかもしれない事よ」 先代孫堅が死んだ後、江東ではそれまで抑えていた暴徒の反乱や侵略、内乱など、そういったものが 一気に噴出した。 そして…当時の雪蓮たちにはそれらから民を守る力が無かった。 「だからね、一刀。この光景をちゃんと覚えておきなさい。……絶対に、呉の民を。いいえ、天下に居る 全ての民をこんな目に合わせないように」 「うん…」 一刀はふと空を見上げる。 厚く空を覆っていた雲が晴れ───光が差し込んで居た。 こうして、雪蓮は洛陽の都を復興するという慈善事業を開始する。 その他の諸侯は無駄なこととせせら笑ったが───雪蓮がとある“もの”を発見した事と、 復興に対し惜しみない援助をしたお陰で、その風評は多くの人と物を集めるほど成長した。 そしてそれを聞きつけさらに人と物が増え続ける───。 江東の麒麟児は、こうして着々と力を付けていった。 時は三国時代───この董卓の乱以後、世は本格的な群雄割拠の時代を迎える事になる。 時代は更に血と生贄を欲して、静かに沸騰して行った。