一刀たちが黄巾党との戦を終えたその頃───。 その北から、兵を集め合流しようとする孫権の部隊の姿があった。 「ふぅ…」 孫権は空を見上げ、一つ息を吐く。 「どうかなさいましたか?」 隣にいる甘寧が心配そうに声を掛けてくる。 「…限りなく続く大地。忘れていたから、少し嬉しくて……」 「軟禁状態になって早二年。まさか袁術公認で出陣出来る様になるとは思いませんでしたね」 孫権は孫家の次女───つまり現当主である孫策の後継者にあたる。 先代の孫堅が亡くなってから孫権を初めとした呉の旧臣たちは皆、袁術によって各地方に散り散りにされ 軟禁状態に近い待遇を受けていた。 しかし、それも今日までの事だ。 「そうね。袁術が馬鹿で助かったわ」 「御意」 「でも、愚かだったお陰で姉様達と合流出来る。……いよいよ孫呉独立に向けての戦いが始まるのね」 「はい。およそ半日後には雪蓮様に合流出来るでしょう。……そこからが正念場です」 「そうね。心して掛からないと」 硬い決意を込めて孫権は目の前の大地を見つめる。 (…やはり、肩に力が入り過ぎていらっしゃる) 甘寧はその姿を見て密かにため息を吐く。 もちろん責任を感じ、それを遂行するのは王としての義務だ。だが、もう少し気楽に構えても良いと甘寧は思う。 「蓮華様、もう少し…」 「分かってる。肩肘を張りすぎというのでしょう?…ありがとう思春、心配してくれているのね」 「…分かって頂いているのなら、結構です」 そう言って二人で笑いあう。 物心ついた時から共に居る関係だ。相手の言いたい事も気持ちも良くわかる。 「姉様…お元気かしらね」 「雪蓮様の事です。必ずや元気でいらっしゃる事でしょう」 「……冥琳に迷惑を掛けっぱなしでしょうけどね」 「その自由闊達さこそ、雪蓮様です。もっとも、我々配下のものとしては時々自重して頂きたくもありますが」 「ふふっ、そうね。でも…確か天の御遣いとか言っている男を拾ったとか。そういうのは良くないと思うんだけど…」 幾ら軟禁状態にあったとはいえ、それなりの情報は入ってくる。 その中に姉たちが天の御遣いを名乗る男を拾ったとのものもあった。 ───あの姉たちが男を拾う?しかもそんな素性も知れない者を? 最初に聞いた時、蓮華は正直信じられなかった。何度も確認をしたぐらいだ。 「御意。ただ周喩殿や黄蓋殿もお許しになっているからには、何か事情があるのでしょう」 「そうね。……ただ、私は自分自身の目で見て、考えた事のみを信じる。その男がどういった人物なのか…… しっかり観察させてもらいましょう」 「はい。しかし…」 「ええ…五十歳ぐらいの男って、姉様たちは何を考えているんでしょうね…」 「後方に砂塵を確認〜。どうやら蓮華様たちの部隊のようですよぉー♪」 「そうか。流石は蓮華様…合流時間もしっかり守ってくれているな」 一刀は冥琳に言われた方向に視線を向けてみる。 後方から砂塵を上げて騎兵が近づいて来る。旗の印は良く見えないが…どうやら味方であるらしかった。 「そういう融通の利かなさも心配ではあるんだけどねぇ……」 「そうなの?」 「堅物なのよねー。もうちょっと気軽に構えても良いと思うんだけど」 「ふーん…」 一刀は近づいて来る孫家の牙門旗を見ながら、まだ見ぬ孫権の姿に思いを馳せる。 と、迫っていた牙門旗が停止し、人影がこちらに走り寄って来る。 「お姉様!今報告を聞きました!単騎で敵陣に突撃するとは、どういう事ですか!」 「うわっ…やっぱり」 雪蓮は冥琳の時と同じように一刀の後ろにしゃがんで、身を隠す。 こちらに走ってきた人影は、一刀の目の前───正確には一刀に隠れている雪蓮の前に───来ると、 いきなり怒り出した。 「あなたは孫家の家長にして呉の指導者!こんな戦いで蛮勇を振り翳してどうするのですか!」 「ご、ごめんなさい…」 「少しはご自分の立場を考えてください!」 「はぁ〜い……」 しょぼくれた雪蓮の返事に満足しないのか、少女は更にお説教を続ける。 もちろんそれは雪蓮に向けられているのだが、間に挟まれた一刀にとってはたまった物ではない。 「は、はう…」 「大体お姉様はご自分の身を軽く考えすぎるんです!」 「えーっと…」 「それに万が一お姉様に何かあれば…って、あら?」 少女はそこで初めて一刀に気が付いたようで、ようやく目線を向ける。 「…あなた、誰?あなたみたいな子が何故ここにいるの?」 「へ?何故って…」 「お姉様!何故こんな小さな子が戦場にいるのですか!我が呉はそれほ人材に不足しているとでも?」 「そうじゃなくて…って、一刀の事、蓮華に伝えてなかったっけ?」 「いや?確かに伝令には一刀の事も伝えるように言った筈だが…」 冥琳が首を傾げる。 「蓮華様、天の御遣いの事について何か聞いてらっしゃいませんか?」 「へ?あ、ああそうだった!お姉様、その天の御遣いという輩はどこにいるのですか?何でも五十歳の男だとか…」 「何言ってるの。その天の御遣いなら目の前に居るわよ」 「目の前って…ここには私達しか居ないではありませんか」 「あ、あの…」 「大体、そんな怪しい男など…って、何?」 「その、ぼ、僕が…天の御遣いっていうらしいです…」 「なるほど…。どうやら私の情報が間違っていた様ね」 雪蓮から説明を聞いた孫権は一刀を見る。 今は先ほどとは逆に一刀は祭の後ろに隠れてこちらを伺っていた。 「それにしても…まさかあの子が天の御遣いなどと…本気で言ってるの?」 「はい。あ奴は幼子ながら我らの知らない知識や技術を知っております。 孫策様が拾ったのはあながち間違いではないかと」 「…公謹がそういうのならばそうなのでしょうね。だけど私はまだ認めないわ」 それだけ言うと孫権は一刀を一瞥し、背を向けて立ち去った。 「ふいー…」 ようやく重圧から開放された一刀は、雪蓮の後ろでため息を付く。 「…あれが孫権お姉様?」 「ああ、そうだ」 「僕…何か悪い事しちゃったのかな?」 一刀としてはもう少し仲良く出来ると思っていたのだが、この世界に来てあそこまで拒絶されるのは初めてであり、 少なからずショックだった。 「嫌ってる訳では無いじゃろ。儂にはとてもそうは見えなんだが」 「そうなのかなぁ…」 「うむ。権様は高貴な者の心得を、ただ実践なさってるだけだ」 そう言って、祭が一刀の頭を撫でる。 「ま、心配せんでも坊の心根が分かれば、きつい言葉なくなるじゃろうて」 「そうですよ〜♪一刀様がちゃんと蓮華様とお話すれば、きっと蓮華様もメロメロになっちゃいますから♪」 「あははは…」 と、一刀が皆に慰められていたところへ、立ち去ったはずの孫権と他に二人の女性が、雪蓮に連れられてやって来た。 「あ、母様。どうしたの?」 「貴様!今、姉様を何と言った!」 「へうっ…ご、ごめんなさい…」 すかさず孫権の批難を浴びせられ、一刀は祭の後ろへ隠れてしまう。 「良いの。一刀には真名を呼ぶこともそう呼ぶことも許してるもの。ほら一刀、おいで。母様が抱っこしてあげる」 「えへへ・・・♪」 呼ばれた一刀は、とことこと雪蓮の前に行き思いっきり抱きついた。 そして孫権はそれを雪蓮も何事も無く受け入れている様子を見て、蓮華が驚愕の表情を浮かべる。 「なっ!?あ、あの姉様が…は、母親なんて!?」 「…それほどの子どもなのですか?私にはただの幼子にしか見えませんが…」 「で、でも公謹様たちが真名をお許しになられたという事は…どういう事でしょう?」 後ろにいる二人も同じ様に困惑の表情を浮かべる。 「ふむ。まぁそうだろう。……だが、一刀は将来お前達の夫になるかもしれん人物だ」 冥琳の言葉に、三人はお互いの顔を見合わせた後、 「えええええっ!?」 三者三様、同時に驚きの声を上げた。 「んー。一刀は菅輅の占いに出てきた天の遣いなの。 そんな貴種の血を孫呉に入れる事が出来たら、大きな力になるでしょう?」 「少なくとも、孫呉に天の遣いの血を引く人間が居る……という評判に繋がるだろうな」 「そういうこと。だからちゃんと一刀と仲良くしないとダメよ?」 しかし孫権は納得がいかない様で、 「な……何たる浅慮!姉様はその子と私たちが…そ、その…」 「ま、あなたの想像してる事で間違ってはいないわよ?」 「わ、私達の意志を無視するのですか!?」 「無視するわよ。特に蓮華。孫家の人間であるあなたの意志はね」 「……っ!」 孫呉が強国にのし上がり、天下を目指すためには兵も金も人材も…全ての物が必要になる。 そしてそれを集めるのは庶人の風評だ。 天の御遣いという存在は、乱世で疲れきった庶人の心には救世主のような言葉として広まるだろう。 呉を独立させ、孫呉の宿願である天下統一を目指すためにも、その力がどれほど大きな意味を持っているかは 孫権にも理解出来る。 だが、それは頭で理解出来るというだけの事。 「母様の夢を叶えるためにも、一刀の力が必要なのよ」 「ずるい…。ずるいですよ、お姉様…母様の事を言われたら、私は何も言えなくなるではありませんか・・・・・・」 「知ってる。だから母様の名前を出したの。だけど安心なさい。強制ではあるけれど、本気で嫌がるのならば無理はさせない」 雪蓮はそう言って、今度は抱っこしている一刀に話しかける。 「一刀はどう?蓮華たちと仲良くしたい?」 問われた一刀は少し考えた後、 「…うん。僕、孫権さんたちとお友達になりたい」 「と、いう訳よ。…まずはお互いを知り合いなさい。それが第一よ」 家長である雪蓮の命令は絶対である。孫権はしぶしぶと言った様子で頷いた。 「興覇、幼平。二人ともいいな?」 「はっ…」 「は、はいっ!」 冥琳の念押しに、二人も了解の意を示す。 「まぁかず坊はこんななりをしておるが、中々どうして骨のあるお子じゃ。皆、安心せい」 「結構頭も良いですし、優しさもありますし。良い子ですよ、一刀様は♪」 と、祭も穏も一刀をフォローしてくれるが、肝心の孫権は、 「………」 ただ黙って一刀を睨んでいる。 「はぁ〜…。とにかく、三人は一刀に真名を預けなさい」 その様子を見て、雪蓮が流石に呆れた様に言った。 その後、三人は一刀に真名を名乗った。 明命、思春、蓮華───明命は最初は緊張していたが、 「よろしくね!明命お姉様!」 と挨拶されたのを契機に、緊張は無くなった様である。 後の二人はというと、 「……思春だ」 「…蓮華よ」 「あはは…ほ、ほんごうかずとです。よろしくおねがいします!」 という感じで、多少はぎこちないものの、自己紹介は滞りなく済んだ。 「さて…と。自己紹介も済んだ事だし、部隊の再編成をした後、すぐに出発しましょうか」 「そうだな・・・。興覇、幼平。お前達は黄蓋殿の下につけ」 冥琳に指名された思春と明命が背筋を正し、返事を返す。 「真ん中は儂の部隊じゃ。二人は儂の両翼につけ」 「後は後曲に雪蓮の部隊を。左右両翼は私と穏で固める。蓮華様は輜重隊と共に遊軍として待機しておいて下さい」 「一刀は私の横に居ること。離れちゃダメよ?」 「はーい」 「……」 無邪気に答える一刀を蓮華が睨む。 それを見ぬフリをして、冥琳が場を纏めるように言った。 「では部署割りが決まったところで、再編成に移る。一刻後には出発するぞ」 全員が了解の意を返す。 ここに、孫呉の戦力は集結したのであった───。 そして一刀たちが陣を移動させ、軍の再編成をしている頃。 一刀たちの陣より北方四里のところに───曹孟徳率いる部隊が展開していた。 「華琳様。我らの南方、四里のところに新たな部隊が発見されました」 軍師荀ケの報告に、曹操は書類に落としていた顔を上げる。 金髪の髪、背は小さめであるが整った顔立ちと───そして何より全身から溢れ出る程の覇気を纏った人物 姓は曹、名は躁。字は孟徳……後に覇王として大陸にその名を轟かせるその人であった。 「旗印は?」 「孫。恐らくは袁術の客将になっているという孫策の旗かと」 「そう…猿が英雄を飼う事など不愉快千万だったけど。それもそろそろ終わりそうね」 曹操はにやりとほくそ笑む。 今、利に目ざとい諸侯は黄巾党の本隊を撃破するためにこの場に集まっている。それは誰もが黄巾党の命運が尽きると 踏んでいるからであり、それは現状を分析すれば誰にでも分かる事だ。 「はっ。大陸全体を見るに、すでに黄巾党は風前の灯火」 「そう。多少見る目のある人間なら、この機は絶対に逃さないはず」 なのに本隊を孫策に任せ、袁術は西方に向かった。逆に孫策は寡勢ながら賭けに出た。 そして曹操の見立てではその賭けは成功するだろう。それはすなわち─── 「孫策の名声は益々上がる事になるわ。そしてその名声を利用し、袁術との力関係が逆転すれば…」 「その好機を逃さず独立する。そう仰るのですね」 「ええ。流石は江東の虎と謳われた孫堅の娘。……楽しみが増えたわね」 「御意。今後孫策の周辺に細作を放ち、情報を集めておきましょう」 「よろしく」 さて、と曹操は内心でほくそ笑む。 ───楽しみが増えたわね。英雄孫策……果たして私の敵となりえるかどうか。 「ふふっ…」 曹操はその美麗な顔に凄惨とも言える笑みを浮かべ、笑っていた。 曹操と孫策…この両者の英雄がぶつかるには、天はまだ幾分かの時を必要としていた。 孫権の部隊と合流し、部隊の規模が膨れ上がった一刀たち一行は、初戦の勢いをそのままに 黄巾党の本隊が篭る城を目指していた。 「…と、いう訳だ。分かったか?」 「うーん…なんとなくだけど…」 一刀は頭を捻る。暇だったので、先ほど冥琳に対して現状の説明をしてもらったのだが いろんな名前が次々に出てきて、一刀の頭は少し混乱していた。 「えと、ここには曹操さんや劉備さんやこうそんさんみたいなしょこうの人たちの部隊もいて。 それで、みんなで黄巾党をやつけちゃうんだよね?」 「そうだな。数にして約15万……相手の兵よりは少ないが、質も錬度も違う。これなら圧勝出来るだろう」 「んーと、じゃあだいじょうぶなの?」 「大丈夫…と、保障してやりたいところなんだがな」 そこで冥琳は眉を顰める。 「初対面の軍が連携を取るというのは、かなり難しいものだ。そして───」 諸侯が何より求めてるのは、黄巾党の息の根を止めたという名声だ。 誰が真っ先に黄巾党にとどめをさせるか。ただこれだけが諸侯の目的と言って良い。 そして、戦場において連携の取れていない軍勢が、功を焦って瓦解し、惨敗をきっする場合もあると歴史が証明している。 今回の場合、彼我の戦力の質の差を見ればその可能性は少ないと冥琳は見ているが、それでも油断は出来ない。 「だからと言って諸侯も己の部隊だけで当たろうとは思ってないだろう。よって、我々が指す手としては…」 他の部隊が戦闘を仕掛け、戦の趨勢が決したところで─── 「最後に大将の首を我等であげればいい。分かるか?」 「…いちばんいいところを持っていっちゃうってこと?でもそれってちょっとズルいかも…」 「仕方ないさ。我々が寡勢ある以上、それが最善の策だ。ここで名声を得れば我々の戦いもずっと楽になる」 「そっか…。うん、やっぱり冥琳お姉様はすごいや」 「ふふっ…私を誰だと思っている?お前の母親の元で軍師をして来た女だぞ」 そう言うと冥琳は一刀の頭をポンポンと軽く叩いた。 「……」 「どうなされましたか?先ほどから公謹殿の方を見てらっしゃいましたが?」 思春の声に、蓮華は驚きの声を上げる。 先ほどから蓮華はずっと冥琳と一刀が話しているのを見ていた。 「へっ!?い、いや……何でもないわ」 「公謹殿にご用でも?」 「そいうのじゃないの。……気にしないで」 思春はその言い方に少し引っかかるものを感じる。だが、如何に気心の知れている相手とはいえ、 主君の心の中にまで踏み込むのは配下としてすべきではないと思った。 「……はっ」 だからここは何も言わず下がる。孫策は、また冥琳の方を見ている。 「───」 「ふわー…す、すごい…」 一刀の目の前に広がるのは、巨大な敵城とその周囲に布陣した諸侯の兵。 どれも初めて目にする光景だ。 「曹、袁、公孫、それに劉。……良い感じに集まってるわねぇ」 雪蓮も感心した様に言った。流石の雪蓮もこれだけの大軍が集まっているとこを見るのは雪蓮にも珍しいらしい。 「計算どおり、だな。これだけ集まっていれば互角に戦えるだろう」 「じゃが儂らの参戦する場所が無ければ、功名も立てられんぞ」 「祭の言う通りね。諸侯の軍勢が集まっている以上、時間も掛けられないし」 自分たちの考えている事は他の諸侯も皆考えているだろう。 名を上げるには、誰よりも早くあの城を落として見せなければならない。 「かといって、あれは力攻めだけでは落ちんじゃろ」 通常、城攻めには3倍の戦力を必要とする。正面から行ってはただ敗北するだけだろう。 「祭の言う通りね。…どうする冥琳?」 「ふむ……穏。確か城の地図があったはずだが」 「はいはーい。これですー」 そう言うと、穏は目の前に地図を広げた。 「元々ここの太守さんの持ち物でしたからねぇ。ちゃんと地図もありますよぉ」 「すまん。…ふむ、厄介な城だな」 「攻め辛く守り易い……まさに教科書通りのお城ですねぇ……」 左右の地形は狭く、大軍を展開するには場所がない。後ろには崖が聳え立っており、回り込む事も出来ない。 つまり───攻めるのであれば正面からしか方法がない。 まさに難攻不落、穏の言ったとおり教科書通りの城である。 「もうめんどくさいから、真正面から突入しちゃおうよ〜…」 「うむ!策殿に賛成じゃ」 「…却下だ。一刀、その二人を止めておいてくれ」 一言の元に斬り捨てられ、雪蓮はしょんぼりと肩を落とす。 「結構本気なんだけどなぁ…。うう一刀ぉ〜、母様は辛いわっ」 「にゃはは…僕は母様らしくていいと思うけど…」 「そうそう。私らしくが一番なのにねー」 ……そうやって雪蓮と一刀が遊んでいる間にも冥琳たちの軍儀は続いているが、中々良い案が出ない。 「ふぅむ…一刀」 「ふえ?」 それまで図面を眺めていた冥琳が一刀を呼んだ。 「お前はどう思う?思いつくままでいい。何か気付いた事があれば言ってくれ」 「で、でも僕、お城のことなんて全然…」 「別に具体的な案を期待してる訳ではありませんよぉ。ただ違う視点から意見が欲しいというだけですから〜」 「う、うーん…」 そう言われて一刀は図面を覗き込む。 「えと、ここがお城の真ん中で…こっちは?」 「そこは倉か何かでしょうねぇ。食料や何かを保管している場所です」 「んと、じゃあ…こっちは?」 「それは使用人の宿舎ね」 というふうに、一刀は順番に城の施設の確認をして行く。 「…で、どうなのだ?」 「んーっと…えーっと…確か、そんし様のご本だと…」 一刀は前に読んだ孫子の兵法書を思い出す。兵法ではまず相手の補給を絶つ事が大事であると読んだ記憶がある。 補給がなければ兵は飢え、腹がすけば戦意を無くす。 矢が折れればそれを補充する必要があるし、刀が折れれば代えなければならない。 そしてこの場合…補給と言えば、ご飯だ。ご飯が無ければ戦いは出来ない。 「この…倉っていうのかな?ここのご飯をとっちゃう、とか…」 「倉を狙うんですか?…おお、そう言われれば…ここ死角になってますねぇ」 「しかし具体的な方法はどうするのだ?」 「えーっと…確かご本だと、火をつけちゃうのが…」 「火矢…か。なるほど、試してみる価値はありそうだな」 そう言うと冥琳は指示を飛ばし始める。 「祭殿。諸侯の軍が引き上げたら部隊を正門に集結させて下さい」 「ふむ。それは良いが……夜襲を掛けるのか?」 「いえ。掛けるフリだけで結構。奴らの目を正面に引き付けるのが狙いです」 「なるほど。囮か…」 「はい。それから…」 そうして細かい詳細が詰められていく。ここは冥琳の手腕が発揮されるところである。 「…と、これでどうかしら?」 「良いんじゃない。ワクワクしちゃうわ」 「し、しかし…絶対に成功するという保障がない以上、お姉様が前に出るのは反対です!」 「蓮華。戦に絶対はない。……それぐらい分かってるでしょ?」 「しかし……母様が死んだ時と、状況が良く似ていて……」 その蓮華の言葉に一刀が反応する。 一刀は不安そうに雪蓮の顔を見上げ、 「…母様」 「大丈夫よ。母様が一刀を置いて死ぬ訳ないでしょ?」 雪蓮は泣きそうな目をした一刀の頭を優しく撫でる。 「うん…でも」 「それに、私が指揮するのは突入部隊だけ。城攻めの指揮は祭に任せるもの」 その言葉に、祭が胸を張って答える。 「ね?だから一刀も蓮華も、安心して私の背中を見ておきなさい。……孫呉の王の戦いぶりをね」 「うん…」 「……はい」 二人の言葉に雪蓮は満足そうに頷くと、にっこりと笑って言った。 「聞き分けの良い子は好きよ。……じゃあ、蓮華は一刀と一緒に後方に下がっておきなさい」 「はい…」 「一刀の事、よろしく頼むわね。思春、明命。二人はすぐに精鋭部隊を編成し、作戦を検討しておいて」 「御意!」 「私は雪蓮たちが突入した後の総仕上げを行う」 「了解…」 そう言って雪蓮は獰猛な笑みを浮かべる。 「さあ、ワクワクして来たわ…ふふっ、早く夜がこないかしら」 時は乱世……大陸を阿鼻叫喚の坩堝に陥れた黄巾の乱。その最後にして最大の戦いの前日の事であった。 英傑集う───しかし後に三国時代を代表する英傑となると予感するものは、少ない。