作られた外史───。 それは新しい物語の始まり。 終焉を迎えた物語も望めばその新たな姿が紐解かれる。 物語は無限大───。 故に世界は無限であり、可能性もまた無限。 だからこれは一つの可能性。 数多ある外史の一つ───。 さあ、外史の突端を開きましょう。 世は乱れていた。 漢王朝の衰退はそのまま統治能力の消失───国としての機能を維持する能力すら失わせ、 民の生活は荒廃し、人心が乱れ、世はまさに乱世に向かおうとしていた。 時が英雄豪傑を求め、人が、天が世を治める人物を欲する─── 後に三国時代と呼ばれる時代の始まりである。 「ふむ…もう春だというのに肌寒いのう」 馬上で祭が腕をさする。 時刻は戌の時を過ぎようとする辺り───普段であれば閨で酒の一つも飲んでいる時刻である。 「気候が狂ってるのかもね。……世の中の動きに呼応して」 と、隣に並ぶ雪蓮が嘆くように答えた。 「確かに……最近の世の動きは少々狂ってきておりますからな」 「圧政に飢饉、盗賊の横行……ほんと、世も末ねぇ」 馬上の二人は揃ってため息を付く。どちらも絶世、と言って良い美女である故に、見るものがいれば それだけで絵になったであろう。 「だけどまあ、大乱は望むところよ。乱になれば私の野望も達成しやすくなるもの」 勝気な目をした雪蓮が笑いながらそんな事を言う。 「全くじゃな。いい加減、あの阿呆どもの下で働くのは飽きてきたしの」 「そういう事。ま、私たちの力はまだまだ脆弱。何か切欠でもあればいいんだけどね」 「切欠か…。策殿、こんな噂を知っておるか?」 「どんな噂よ?」 黒点を切り裂いて一筋の流星。その流星は天の御遣いを乗せ、乱世を鎮める─── 「まあ良くある救世話じゃな。何でも占い師の菅路という者の言じゃそうだが」 「そういうの余り良くないんじゃない?縋りたいって気持ちは解らないでもないけどね」 救世論───世が乱れる時は往々にしてそのようなものがまかり通る。 馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、そうでもしないと庶人は平穏を保てないのだろう…。 その気持ちは解るがと、二人で苦笑い。 「さて、策殿。偵察も終わった。そろそろ帰ろう」 「そうねー。さっさと帰らないと冥琳に───」 そう言って、雪蓮が馬を返そうとした時… ───不思議な音がした。 「…何この音?」 「っ!!策殿!儂の後ろへ!」 異変を察知した祭が雪蓮の前へ出る。 「大丈夫よ。それより祭、気をつけて……」 雪蓮も腰の剣を引き抜き、構えた。 「盗賊か、妖か…。何にせよ、来るなら来なさい。殺してあげるから……」 しかし続けて来たのは予想外の出来事だった。真っ白な光───閃光が雪蓮の目の前で炸裂した。 「何これ……視界が、白く……っ!」 「策殿ぉ!」 二人の目の前を真っ白な光が覆った。 「で、拾ってきたのがこの子という訳か」 城門の前で二人の帰りを待っていた冥琳は、雪蓮の説明を聞いていた。 「ええ。本物の天の御遣いなら孫家で保護するのが上策……。妖の者なら私が殺す。どっちにしろお得でしょ?」 「簡単に言ってくれるな。…ふむ、名を得るには最適の贄か」 そう言ってから冥琳は祭が抱えている“それ”を見る。 5歳ぐらいの男の子だった。 薄い青色の着物を着ていて、見たところ上等な絹で出来ているらしい。 幼い顔立ちは今はあどけない寝顔を晒しており、少し長めの髪の毛が汗で額に張り付いている。 「まあ、平原に一人こんな小さな子がいたという時点で只事ではないわね。……分かった。扱いはどうする?」 「本物なら、孫呉に天の血を入れるわ」 雪蓮はきっぱりと言った。 「天の御遣いの子孫・・・・・・・その風評を得るために、その子には種馬になってもらう」 「……また突拍子も無い事を考え付いたものね」 冥琳は呆れながら祭に抱えられている男の子を見る。相変わらず、スヤスヤと良く眠っている。 「……その前に、そういう事が出来る年齢まで育てる必要性がありそうだけどね。それに本物であれば、という前提が付くわ」 「ああ、それなら大丈夫よ。きっとね」 訝しげに見る冥琳に、雪蓮はにっこりと笑いながら言い放った。 「たぶん本物よこの子。……私の勘が告げているもの」 「また勘、か。あなたの勘の良さは認めるけどね。全面的に賛成は出来ないわよ?」 「ま、こ奴を尋問してからでも遅くはなかろう?」 横で見ていた祭が言った。 「・・・・・・そうしましょう。黄蓋殿、すまんがこ奴を適当な部屋へ」 「おう。一応数人と共に監視は付けておくが…ま、この様子じゃ大丈夫かの」 そう言って祭は男の子の頭を撫でる。少しむずがったのか、祭の腕の中で眉を顰めて身を捩る。 「んぅ・・・・」 「ふふっ、邪気の無い顔をしよって。それに良く見れば中々愛い顔立ちをしておるのう」 「戯れはそこまでにして置いて頂きたい。あと……雪蓮」 「何?」 「あなたは明日までこの子に近づかない事。良いわね?」 冥琳の言葉に雪蓮は「あちゃ〜…」という顔。 「……先読みしすぎ」 「あなたの考えてる事なんてお見通しよ。……約束して頂戴」 「はぁ……了解。じゃあ、この子のこと、よろしくね二人とも」 雪蓮はそう言うと、手をひらひらとさせながら城門の中に入って行った。 その姿が見えなくなると、冥琳と祭が苦笑いを浮かべ、 「相変わらずなお方じゃな」 「夜にでも部屋に忍び込むつもりだったんでしょうね。油断も隙もありません」 「爛漫娘のお守りも大変じゃの。……では公謹よ、儂も行くぞ」 「お疲れ様でした。雪蓮を入れないように、お願いしますよ?」 「応」 そして祭も城の中へと入って行く。 時は乱世の前兆───後の呉を建てる孫一族と、北郷一刀の出会いはこれが最初であった。 「────ん」 どこからともなく聞こえてくる鳥の声。 「ふにゃぁ〜…あさだー…」 目を覚まして、顔を洗って───それからお着替えをして幼稚園に。 今日はだいすきな先生に絵本を読んでもらう約束をしてるから、いつもより元気にごあいさつしないと。 そんな事を考えながら、北郷一刀少年は、ゆっくりと目を開けた。 「ふえ?ここ、どこ?」 目に入ってきたのはいつも見慣れている自分の部屋ではなく───どこか見知らぬ場所。 変な色の壁に、変な色のベッド。 「おうちじゃ……ない?」 幼い記憶を辿っても、自分の住んでる家にこんな部屋は存在するはずがない。 「おかーさん?」 母親を呼んでみるも、返事はなし。何度呼んでも、返事はない。 そして段々と頭が理解する。 見ず知らずの場所に一人置き去りにされた───そして誰も来ない。 「お、おかーさん…ひっぐ」 そんな不安が胸を押しつぶし、耐えられなくなり、泣き出しそうになった時─── 「おっ?目が醒めたか、儒子」 「……おかーさん?」 「気分はどうだ?怪我はしとらんか?」 部屋に入ってきた女性は、一刀の方に近づくと顔を覗き込んだ。 「え、ええっと…」 突然見知らぬ女性が目の前に来たので、一刀の頭は混乱しっぱなしだった。 「あ、あの…だれ?」 「ん?儂か?儂の名は黄蓋。字は公覆という。以後見知りおけ」 「ふえ?えーっと…こ、こ、こ…」 「黄蓋じゃ。……お主、儂の言葉をちゃんと理解しとるか?」 「んと、こーがいおばs」 その瞬間、一刀の目の前で火花が散った。 「……いひゃい」 「人をおばさんなどと呼ぶからじゃ。無礼な儒子め」 「ごめんなさい……」 「うむ、分かれば良い。それで、どこかおかしなところはないか?」 そう言われて一刀は改めて自分の置かれた状況を思い出す。見ず知らずの部屋、知らない女性。 「ここ、どこぉ…?」 また不安が胸を重くし、涙が出てくる。 「こら、泣くでない。ここは荊州南陽。我が主、孫策殿の館よ」 「けいしゅー?なんよー?」 どちらも聞いた事のない土地である。少なくとも一刀の記憶にはない。 「荊州じゃ。……お主、まさか荊州を知らんとでも言うんじゃなかろうな?」 「知らないよぉ…。ひっぐ…おうちにかえしてよぉ……」 「ああもう、だから泣くでないわ!……だから子どもの相手は苦手なんじゃ…」 そう言われても、一刀にも止められるものではない。 そうやってしばらく黄蓋の横で泣いていると、 「おっ、起きてる起きてる。おはよう少年、気分はどう?」 扉が開くと同時に気さくな声が部屋に響く。 その声の主は、綺麗な髪を靡かせ、笑顔を浮かべていた。 そして、その笑顔のまま一刀の目の前に座る。 「おねーさん…だぁれ?」 「さあ、誰でしょう?それより、何か変わった事はないかな?」 「んー…げんきだよ」 不思議とその笑顔を見てると不安が収まってくる。 ───なんだか、おかーさんみたい。 一刀は少しだけ目の前の女性に安心感を覚えた。 「そう。じゃあお名前を教えて貰えるかしら?私は孫策。字は拍符。この館の主よ」 「そんさくおねーさん…んとね、ぼくはほんごうかずと。かずとはひとつのかたなって書くんだよ」 「姓が北、名が郷。字が一刀?」 「あざなってなーに?」 一刀の一言に、黄蓋と孫策は困惑しつつ目を合わせる。 「……この子、字を知らないの?」 「もしくは無い、とか?いや、しかしそんなはずは…」 二人で腕を組んでと考え込む。 「ま、まあ良いわ。それじゃあ…」 その後、出身地や身分、何故あそこにいたのかを聞かれたが 「ぼく、おうちで寝てて…そしたら目がさめたらここにいてて」 一刀にはそう答えるしかなかった。 「ふむ…にほんという国がどこにあるのか、とうきょうとかいう町がどこにあるのかは気になるが」 「ま、少なくとも嘘は付いてないわね。目を見れば分かるわ」 そして孫策は腕を組み─── 「まあ良いわ。とりあえず危険は無いみたいだし、こんな小さな子を切るのは私も嫌だし─── あとは夜に公謹が帰って来てからにしましょうか」 「そうじゃな。儒子、それでもいいか?」 「うん…」 「決まりね。それじゃ、一刀?良い子にしてるのよ?」 そう言って、孫策は席を立つ。 「それでは北郷。この部屋から出てはいかんぞ?厠に行きたい時はこの鈴を鳴らせ。飯も同様じゃ」 「はーい」 「夜の訊問でお主をどうするか決める。……まあ、それほど構えんでもいきなり幼子を放り出したりはせん」 そして黄蓋も笑いながら部屋を出る。 「それでは……大人しくしておるのじゃぞ?」 再び扉が閉まり、部屋には一刀一人だけになる。 また訪れた静寂に、再び一刀の胸に不安が首を擡げてくる。 「……ぼく、どうなっちゃうんだろう?」 ぽつりと呟いた言葉に、答えてくれる者は誰もいなかった───。 そして時刻は過ぎ、その日の戌の刻───。 「おい……おい、北郷。起きろ」 「んぅ…だぁれ?」 「だぁれ?ではない。お前に話を聞くためにだな…」 「お話…?ふあ…」 そうだった。昼間黄蓋お姉ちゃんとやくそくしたんだっけ… そこまで思い出して、一刀はようやく目を醒ました。 「おはようございます……」 とりあえずぺこりとお辞儀してごあいさつ。 「何がおはようか。……まあ、疲れていたであろうから、仕方もないことか」 「あう…ごめんなさい」 「はっはっはっ。なぁに、儒子が寝るのは当たり前じゃ。誰も怒りはせん」 黄蓋はそう言って一刀の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。 「あら、ずいぶんと仲が良いのね」 と、いつの間にか横に居た孫策が近づいてくる。 「あんまり気持ちよく眠ってたから、声を掛けるのずいぶんと悩んじゃったわよ?」 孫策はクスッと笑いながら、一刀の横に座る。 「さて、それじゃ始めましょうか。良いかな?」 「は、はい…」 一刀はちょっと緊張しながら、答えた。 「ふっ、なかなか良い度胸をしているな」 その声を聞いて、一刀は部屋にもう一人女性が居る事に気が付く。 含み笑いとともに、その長身の女性が一刀の前に出る。 「私の名は周喩。お前の訊問官…まあ、話を聞きに来た一人だ」 「ほ、ほんごうかずとです…」 思わず、横に座る孫策の影に隠れてしまう。 「こら冥琳、怖がらせちゃ駄目でしょ?」 「やれやれ…嫌われたものだな」 一刀としては別に嫌っていた訳ではなく、驚いて隠れてしまっただけなのだが 周喩は苦笑いをしながら一歩引いて一刀の前に改めて座った。 「さて、ではまず生地を聞かせて貰おうか」 ……その後、一刀は周喩に朝の質問と同じ答えをした。 自分は目が醒めたらここに居たこと。 にほんのとうきょう、あさくさというところで生まれたこと。 それ以外はどうやってここに来たのか、どうしてこんなところに居たのかも分からないということ。 「ふーむ…まあ嘘はついていない様だが」 「そうね、嘘だったら昼間私が斬ってるわよー?」 孫策は笑いながら一刀を抱き上げて、 「私の勘がね?この子は悪い子じゃないって言ってるから大丈夫♪」 「ふにゃぁ…」 一刀は孫策の腕の中で身体の力を抜いた。緊張がほぐれて行く。 ───まるで、お母さんにだっこされてるみたい。 一刀は上にある孫策の顔を見上げてみる。 「ん?どうしたの?」 「な、なんでもない、です・・・」 そこにあるのはとても綺麗な顔で…一刀は自分の顔が赤くなるのを感じた。 「だが天の御遣いという証明がない。ただの子どもかも知れん」 「んー…まあそうねぇ。一刀、何か証明出来るものってない?」 「ふえ?」 そもそも天の御遣いがどういうものかも分からないのに、それを証明しろと言われても 一刀にはどうすればいいのか分かるはずもない。 しかし、幼い頭でも、自分が何かを求められているのは分かる。 一刀は悩んだあと、 「んーっと、えーっと…あ!そうだ!」 自分の着ているパジャマのポケットを探る。寝る前に大事にしまったものがそこにあるはずだった。 これを見せてどうなるとも思えないけど、とにかく今は何かをしなくてはいけない。 しばらくして、取り出したそれを皆に見せる。 「これじゃ…ダメ、かな?」 「これは…箱か?」 周喩は一刀からそれを受け取ると、しげしげと回して見る。 一刀が取り出したのは、薄い水色の箱───現代日本に住むものであれば、誰もが知っている携帯ゲーム機だった。 「これはどう使うものなんだ?」 「んとね、これをこうやって…」 一刀は周喩の手元の覗き込む。電源を入れ、画面を開き───軽快な起動音が鳴った。 「むっ!?」 「わっ!お、落としちゃダメー!」 音に驚いてゲーム機を落とそうとした周喩を慌てて止める。 「こ、これは面妖な…。箱の中で人が動いておる…」 横から覗き込んだ黄蓋が恐怖とも感嘆とも取れる声を上げた。 「他にも音楽が聴けたり、カメラがついてたり…いろいろ出来るんだよ?」 「かめら?かめらってなに?」 「んとね…」 そうして一刀によるゲーム機の解説は一時間近くに及んだ。 「なるほど…確かにすごいわね。これは妖の術?」 「ちがうよ。ただのゲームだよ」 「ただのって…お前の住んでいるところではこんなものが当たり前に存在するのか?」 周喩は一刀の言葉に驚愕する。 「うん。みんな持ってるよ?」 「ふ、ふむ…」 科学というものを知らない周喩でも、これが自分の知らない何かをもって作られている事ぐらいは解る。 そして、それを持っているこの子どもは…… 「天の御遣い、か…。本当かどうかは知らんが、我らの知らない国から来た事は確かな様だな」 「理屈っぽいわねぇ」 「性分でな。まあ雪蓮と祭殿の見立てどおり、性根も悪くない様だし…天の御遣いとして祭り上げる資格はあるだろう」 「じゃあ決まりかな?」 「そうね。雪蓮の好きにすればいいわ」 「あ、あの…ぼく、どうなっちゃうの?」 話の展開に幼い一刀がついて行ける訳も無く、孫策の顔を見上げる。 「んー?ま、しばらくは私たちがあなたを保護してあげるって事」 「で、でも…いいの?」 「儒子が何を遠慮するか。それに儂はお前の事が気に入った」 黄蓋は笑いながらまた一刀の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。 「みゅう・・・」 「あはは。良かったわね、一刀」 そして一刀を抱きしめる孫策。一刀は腕の中でまた顔が赤くなるのを感じた。 「その代わり、私たちに一刀の知ってる事を教えて欲しいの」 「知ってること?」 「そ。一刀の居た国はどんなところで、どんなものがあったのかっていうのを私たちに教えて欲しいの」 「うん。良いよ」 一刀は即答する。 別に何も隠すものでもないし、何より自分の知ってる事でこの綺麗な人の役に立てるならと思っていた。 「良い子ねー♪あともう一つ、私に仕えてる将……まあみんな可愛い女の子なんだけどね? その子たちと出来るだけ仲良くすること」 「仲良く?」 「そうよ、一刀の事がみんな好きになっちゃうぐらい仲良くするの」 「ふえ!?」 「うふふふ…頑張りなさい♪」 そう言う孫策の腕の中で、また抱きしめられた。一刀はそうされると何も言えなくなる。 「ふにゃあ…」 「それじゃ決まりね。じゃ改めて自己紹介、私は姓は孫、名は策、字は伯。そして真名は雪蓮よ」 「まな?」 聞きなれない言葉に一刀は首を傾げる。 「自分の誇り、生き様…そういうものがいっぱい詰まったとっても大切で神聖な名前よ」 「そう。自分が認めた相手、心を許した相手にしか言ってはいけない大切な名前じゃ」 「そ、そんな大事なの…いいの?」 困惑する一刀に雪蓮は頭を撫でながら笑いかけた。 「いいの。一刀は私たちにいろんな事を教えてくれたでしょ?これはそのお礼」 「うん…ありがとう。えと、しぇれん…おかーさん」 その瞬間、場が凍りついた。 そして数秒後─── 「あはははははははは!さ、策殿が…は、母上とな!?いや、笑ってはいかん。いかんが…ぷっ」 黄蓋の爆笑が部屋に響く。 「お、おかーさん?私が?」 「ふえっ!?ご、ごめんなさい!で、でも…おかーさんとおなじにおいがしたから、つい…」 「いや、その…あー…冥琳?ど、どうしよっか?」 「落ち着きなさい雪蓮」 しばらくして、友のあまりの混乱っぷりに笑いを隠しながら周喩が言った。 「ふふっ…まあ、一刀に悪気はないのだろう?好きに呼ばせてやればいいじゃないか」 「わ、私はまだ母親って歳じゃないわよ!」 「まあまあ、諦めろ策殿。母親を経験するというのも中々良いものだと聞くぞ?」 「なっ!あなた達勝手に…!」 抗議の声を上げる雪蓮を無視して、黄蓋は一刀の前に立ち、顔を近づける。 「儂は黄蓋。字は公覆。真名は祭じゃ」 「さ、祭おば…じゃなかった、おねーさん」 「うむ。出来ればお姉様と呼ぶが良い」 「…さいおねーさま?」 「うむうむ。偉いのう、かず坊は」 そして最後に周喩が一刀の前に立って名乗った。 「姓は周、名は喩。字は公謹・・・真名は冥琳だ。一刀、お前には期待しているぞ」 「は、はい!」 「それじゃあ自己紹介も終わったところで…今日はもう寝ましょうか」 時刻はいつの間にか亥に入りかけている。もうかなり遅い時刻だ。 「それじゃ一刀、いろんな事は明日にするとして。まあ、とりあえず今日はおやす、み…?」 「……すぅ」 「一刀?おーい?」 雪蓮が声を掛けるも、一刀は一向に起きる気配がない。 「…良く寝ておるの。この状況でなんとも肝の太いお子じゃ」 「で、どうするのよ?この子私に抱きついて離れないんだけど…」 「母親なのだろう?今日ぐらい一緒に寝てやればどうだ?」 「あのねぇ!」 「ほら、そんなに大きな声を出すと一刀が起きてしまうぞ?」 冥琳がそういうと、雪蓮は慌てて腕の中を見る。 一刀は静かに寝息を立て、雪蓮の腕の中で眠っていた。 「ほっ…」 「かかか、一日も経っておらんのに随分と板についておるのう」 「止めてよ…もう…」 「まあ、これからのためにも仲良くするのは良い事だ。さて、私たちも帰るとするか」 「策殿、しっかり添い寝してやるんじゃぞ?」 「だから何で放っていくのよ!ちょっと!あなたたち主君を置いてく気!?」 「んぅ…」 「あー…もう、誰か何とかしてぇ」 こうして───北郷一刀の慌しい出会いの一日が終わった。 世は三国時代の始まり……黄布党の乱が各地で多発し、本格的な乱世が訪れようとしていた頃である。